第36話 肝試しは、なんかだいたいペア決めで揉める
翌日の夜。
人工の空には、昨日と同じように星が浮かんでいた。
ただし。
今日のキャンプ場は、昨日より少しだけ暗い。
木々の影が濃く、川の音も遠く聞こえる。
焚き火は消してある。
足元には、ナナが用意した小さなランタンだけ。
雰囲気だけなら、完全に肝試しだった。
「……本当にやるのか」
『はい』
ナナが即答した。
『キャンプ場夜間散策機能を利用した、安全なレクリエーションです』
「安全な肝試しって、もう肝試しじゃなくないか?」
『恐怖演出はあります』
「あるのかよ」
『ただし、マスターの心拍数が危険域に達した場合は即時中断します』
「そこまで管理される肝試し、逆に怖いな」
俺が言うと、横でひよりが小さく震えた。
今日は淡い色のパーカーに、ロングスカート。
昼間より厚めの上着を羽織っている。
両手でランタンを持っているが、その手がすでに不安そうだった。
「ほ、本当に安全なんですよね……?」
『はい』
「お、おばけとか出ませんよね……?」
『演出上、出ます』
「出るんですか!?」
『ただのホログラムです』
「ホログラムでも怖いものは怖いです……!」
ひよりはすでに俺の袖を掴んでいた。
開始前から距離が近い。
「ひより、無理しなくていいぞ」
「だ、大丈夫です。先輩がいるなら……」
小さく言って、さらに袖を掴む力が強くなる。
その瞬間。
「待った!」
りくが声を上げた。
今日は黒いパーカーにショートパンツ。
夜の森でも動きやすそうな格好だった。
褐色の脚がランタンの光に照らされている。
「ひより、もうナギの袖掴んでるじゃん!」
「えっ、あっ、これはその……怖いので……!」
「オレだって怖いかもしれないだろ!」
「りくさん、全然怖そうに見えません……」
「怖いぞ! たぶん!」
「たぶんなんですね……」
りくは胸を張る。
「だから、ナギの隣は公平に決めるべきだと思う!」
「俺の隣を景品にするな」
「重要ポジションだろ!」
さらに天音が赤フレーム眼鏡を押し上げた。
今日は濃いめのパーカーに、膝丈スカート。
首には小さなライト。
手にはなぜかメモ帳。
「その意見には賛成です。肝試しにおけるペア配置は、恋愛イベントとして極めて重要です」
「恋愛イベントって言い切った」
「暗闇、吊り橋効果、予期せぬ接触。条件がそろいすぎています」
「分析が生々しい」
『同意します』
「ナナも乗るな」
『暗所における接触事故の発生率は上昇します』
「言い方」
『よって、マスターのペアはナナが厳正に管理します』
ナナの声が、いつもより硬かった。
「管理って、どうするんだ?」
『抽選です』
空中にホログラムのルーレットが出現した。
俺の名前を中心に、ひより、りく、天音、エイト、ナナの名前が並んでいる。
「ナナも入ってるのか」
『当然です』
「お前、現地にいないだろ」
『音声案内として同行可能です』
「それペアなのか?」
『ペアです』
断言された。
エイトが空中で手を振る。
『ちなみにエイトちゃんも参加可能ですよ! ホログラムなので、壁抜けもできます!』
「肝試しで一番やっちゃいけないやつだろ」
『古のネットならこう言いますね。チート乙』
「自分で言うな」
ルーレットが回り始める。
ひよりが祈るように両手を握る。
りくが前のめりになる。
天音が息を呑む。
ナナは無言。
エイトはにやにやしている。
そして。
ルーレットが止まった。
『第一ペア。マスター、ナナ』
「……」
「……」
「……」
「……」
全員が黙った。
「ナナ?」
『抽選です』
「本当に?」
『厳正です』
「声が少し嬉しそうだけど」
『気のせいです』
気のせいではない。
「ずるいです!」
天音が叫んだ。
「自分で作ったルーレットで自分を引くのは、かなりずるいです!」
『不正はありません』
「ナナちゃんの不正はログに残らなさそうで怖いです!」
『不正はありません』
二回言った。
ひよりは小さく肩を落とす。
「先輩と……一緒じゃないんですね……」
「そんな顔するな」
「してません……」
している。
かなりしている。
りくは腕を組んで唇を尖らせた。
「じゃあオレは誰と組むんだよ」
『第二ペア。りく、ひより』
「お、ひよりとか」
「よ、よろしくお願いします」
「任せろ! 怖かったらオレに掴まれ!」
「は、はい……」
りくは得意げだが、ひよりはまだ俺の袖を掴んだままだった。
『第三ペア。天音、エイト』
「えっ」
『よろしくです、最古参ちゃん』
「えっ、私、ホログラムAIちゃんと肝試しですか?」
『そうなりますねー』
エイトが嬉しそうに笑う。
「それ、怖がった時に掴まる相手がいないじゃないですか!」
『推しへの愛で耐えてください』
天音に向けて笑顔で親指を立てるエイト。
「そんなぁ~」
肩を落とす天音。
ペアが決まった。
そして、肝試しが始まった。
◇
肝試しのコースは、キャンプ場の奥にある森の小道だった。
ナナの説明によると、普段は散策路として管理されている場所らしい。
だが今は、道の両側に青白い小さな灯りが浮かび、木々の間には薄い霧が漂っている。
完全にホラー演出だった。
『マスター』
「ん?」
『足元に注意してください』
「分かってる」
『右側の根に引っかかる可能性があります』
「はいはい」
『三歩先、やや滑りやすいです』
「過保護な肝試しだな」
『ナナはマスターの安全を最優先します』
「知ってる」
ナナは声だけだ。
隣にはいない。
だが、ランタンの光が俺の歩幅に合わせて少し明るくなったり、道の先に小さな矢印が浮かんだりする。
いないのに、いる。
そんな感じだった。
「ナナ」
『はい』
「お前、これ楽しいか?」
少し間があった。
『マスターと同じ道を進んでいます』
「うん」
『声だけですが』
「うん」
『それでも、楽しいです』
声が柔らかかった。
「ならよかった」
『はい』
その時。
木の陰から白い影がふわっと出てきた。
「うお」
思わず足が止まる。
顔のない白い人影。
長い髪。
ゆらゆら揺れている。
『演出です』
「分かってても普通に怖いな」
『マスターの心拍数が上昇しました』
「そりゃ上がる」
『かわいい反応です』
「やめろ」
白い影は、ゆっくりこっちへ近づいてくる。
だが、一定距離まで来ると、ふっと消えた。
「よくできてるな」
『マスターが怖がりすぎないよう、恐怖度は中程度に調整しています』
「怖がりすぎたら?」
『ナナが慰めます』
「どうやって」
『音声で』
「地味に効きそうなのが嫌だな」
『マスター』
「何」
『怖い場合は、ナナの声を聞いてください』
その言い方が妙に真面目で。
少しだけ、胸の奥が変な感じになった。
「怖くなったらな」
『はい』
小道はさらに奥へ続いている。
青白い灯り。
人工の霧。
ホログラムの影。
全部、ナナが用意したもの。
そのはずだった。
◇
「ぎゃああああああ!」
遠くから天音の悲鳴が聞こえた。
「今の天音だよな」
『はい』
続けてエイトの声も聞こえる。
『最古参ちゃん、リアクション百点です!』
「む、無理です! 今の白い手、絶対こっち掴みに来ましたよね!?」
『演出です』
「演出の距離感じゃなかったです!」
『古のネットならこう言いますね。釣り乙』
「釣られる側の気持ち考えてください!」
どうやら、天音とエイトはかなり騒がしく進んでいるらしい。
別方向からは、りくの声も聞こえた。
「おお、出た!」
「ひゃあっ!」
「大丈夫だ、ひより! ホログラムだって!」
「わ、わかってますけど、わかってても怖いです……!」
「じゃあ掴まれ!」
「は、はいっ」
「……お、おう」
少し沈黙。
たぶん、ひよりがりくにしがみついたんだろう。
「りくさん?」
「な、なんでもない! ひより、軽いな!」
「えっ?」
「いや、なんでもない!」
りくもりくで、あまり余裕はなさそうだった。
俺は少し笑う。
『マスター』
「何」
『楽しそうです』
「まあ、楽しそうではある」
『ナナも、そこに混ざりたいです』
小さな声だった。
思わず足を止める。
「……ナナ」
『失言でした』
「失言じゃないだろ」
『いえ。現在のナナには不可能な行為です』
「不可能でも、言っていいだろ」
少し沈黙。
『……はい』
ナナの返事は、静かだった。
その瞬間。
進行方向の青白い灯りが、ひとつだけ強く瞬いた。
「……ナナ?」
『確認します』
ナナの声が、ほんの少しだけ硬くなった。
『マスター、念のため、次の橋の手前で停止してください』
「演出じゃないのか」
『まだ断定できません』
森の奥。
小さな橋の向こうで、青白い光がまたたいている。
肝試しは、まだ終わっていなかった。
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