第34話 隠れ家キャンプがなんか恋愛バトルになっていた
川遊びの翌日。
俺は朝から働かされていた。
「ナギ、そっち持って!」
「はいはい」
「先輩、洗濯物こっちに干しますね」
「よろしく」
「ナギさん! 火起こしってこれで合ってますか!?」
「それ火起こしじゃなくて非常用発煙筒……」
言いかけたところで天音が手にしていた発煙筒からもくもくと煙があがる。
「えっ!? きゃああああ!」
『ナイスリアクションです』
「エイト、止めろよ」
『面白かったので』
「最悪だな」
人工の空は今日も青い。
川の音がして、木々が風で揺れている。
ここがダンジョンの中だということを忘れそうになるくらい、キャンプ場は平和だった。
少なくとも、見た目は。
『マスター』
ナナの声が聞こえる。
『本日の予定を提案します。午前中は生活環境の整備、昼食後に周辺探索、夕方は自由時間です』
「自由時間あるんだ」
『マスターの休息は重要です』
「それなら午前中も休息でよくない?」
『却下します』
「厳しい」
『生活環境の維持も重要です』
ナナは相変わらず真面目だった。
だが、その声は少し楽しそうでもある。
俺のために用意したキャンプ場。
その場所で、みんなが普通に過ごしている。
たぶん、それが嬉しいんだろう。
「よし!」
りくが大きく伸びをした。
今日は昨日の水着ではなく、黒のスポーツブラに薄手のパーカー、ショートパンツという格好だった。
健康的な褐色肌に、動きやすそうな服。
キャンプ場の空気にやたら似合っている。
「洗濯終わったら飯だな!」
「お前、だいたい飯のこと考えてるな」
「動いたら腹減るだろ」
「それはそう」
りくが濡れたタオルを絞る。
ぎゅっと力が入ると、腕や肩の筋肉が自然に浮かび上がった。
本当に運動向きの身体をしている。
見ていて気持ちいいくらいだ。
「ナギ」
「ん?」
「また見てた?」
「タオルを見てた」
「嘘だろ」
『マスターの視線はタオルより上方に固定されていました』
「ナナ」
『事実です』
「今日も取り締まりが厳しい」
りくの耳が赤くなる。
「べ、別にいいけどさ。いや、よくないけど。……でも、見られて嫌ってわけじゃないけど」
「どれだよ」
「自分でもわかんねぇよ!」
りくがタオルを投げてきた。
顔が赤い。
強気なくせに、こういうところだけ弱い。
それがりくらしかった。
◇
「先輩、これ、どうぞ」
ひよりが洗濯物を干し終えて、小さな水筒を差し出してきた。
今日は淡いクリーム色の大きめパーカーに、デニムのショートパンツ。
帽子も被っていて、昨日よりさらにキャンプっぽい。
袖が少し長くて、両手で水筒を持つ姿が妙に可愛かった。
「お茶です」
「ありがとう」
「喉、渇いてるかなって思って」
「助かる」
水筒を受け取る。
中身は少し冷たい麦茶だった。
「うまい」
「よかったです」
ひよりがほっとしたように笑う。
その笑顔が自然で、見ているとこっちまで落ち着く。
『マスター』
「ん?」
『後輩個体による献身行動を確認しました』
「言わなくていい」
「け、献身ってほどじゃないです! ただ、その、先輩が暑そうだったので……!」
ひよりが慌てて手を振る。
その拍子に、帽子が少しずれて、前髪がふわっと揺れた。
「ひよりは気が利くな」
「そ、そんな……」
ひよりの顔が赤くなる。
すると。
「ナギさん!」
今度は天音が走ってきた。
赤フレーム眼鏡。
今日はベージュのキャップに、白いTシャツ、薄手のチェックシャツ、カーゴスカート。
アウトドア初心者なりに頑張った格好だった。
肩からはいつものオタクっぽいトートバッグ。
キャンプ場でもそれは手放さないらしい。
「私もあります!」
「何が?」
「飲み物です!」
天音が自信満々に差し出してきたのは、なぜか缶コーヒーだった。
「キャンプで缶コーヒー?」
「ナギさん、昔の配信で夜中に缶コーヒー飲んでましたよね! 登録者三人時代の深夜雑談回で!」
「またそれか」
「なので、ナギさんには缶コーヒーかなって!」
「ありがたいけど、今は麦茶飲んだばかりなんだよな」
「っ……!」
天音が固まる。
ひよりが水筒を抱えて小さく一歩下がる。
「す、すみません……先に渡しちゃって……」
「いえ! ひよりちゃんは悪くないです! むしろ強敵です!」
「強敵!?」
天音の目が燃えていた。
「生活力のある後輩、強いです。これはかなり強い」
「そ、そんなことないです……」
「あります! 私はナギさんの過去情報量で勝負します!」
「勝負するものが違わないか?」
「恋愛バトルは総力戦です!」
朝から濃い。
りくが横から口を挟む。
「じゃあオレは体力で勝負する」
「恋愛バトルで体力?」
「ナギを肩車できるぞ」
「しなくていい」
「じゃあ腕相撲で勝ったら昼飯一緒に食う権利」
「全員一緒に食うだろ」
「じゃあ隣!」
「なるほど、それは重要です!」
天音が食いついた。
ひよりも小さく反応した。
「と、隣……」
「何で急に真剣になるんだよ」
『マスター』
ナナの声が静かに入る。
『昼食時の座席配置について、ナナが最適化します』
「何を基準に?」
『マスターの安全性です』
「安全性?」
『過度な接近を防止します』
「それ、お前が決めると全員遠くなりそうだな」
『否定しません』
「しろよ」
◇
昼食は、昨日の残りのカレーを使ったカレーうどんだった。
さすがに飽きるだろうと思っていたが、ひよりが出汁を足してくれたおかげで、普通にうまい。
「ひより、料理うまいな」
「えへへ……ありがとうございます」
ひよりは俺の正面で嬉しそうに笑った。
ナナが決めた座席配置の結果、俺の正面がひより。
左がりく。
右が天音。
つまり、結局囲まれていた。
「ナナ」
『安全性を考慮しました』
「どこが?」
『少なくとも背後は空いています』
「そういう問題か?」
『はい』
ナナの基準はよく分からない。
「ナギ、肉いるか?」
りくが自分の器から肉をひょいと箸で持ち上げる。
「いや、自分の分あるから」
「いいから食えって。ほら」
「近い近い」
りくがぐいっと距離を詰めてくる。
肩が当たる。
パーカー越しなのに、体温が分かるくらい近い。
「はい、あーん」
「またそのノリか」
「昨日ひよりもやってた!」
「そ、それは味見で……!」
ひよりが真っ赤になる。
「なら私も!」
天音が慌てて缶詰のフルーツを開ける。
「ナギさん、デザートどうぞ!」
「昼飯中だぞ」
「甘味は別腹です!」
「お前が食べたいだけじゃないのか」
「否定はしません!」
堂々としていた。
『マスターの周辺で給餌行動が多発しています』
「動物扱いするな」
『モテ期ですか?』
「違う」
『古のネットなら、リア充爆発しろです』
「昨日も聞いた」
『様式美です』
「便利な言葉にするな」
騒がしい昼飯だった。
でも、悪くない。
誰かとこうやって、普通に飯を食う。
笑って、ツッコんで、どうでもいいことで揉める。
最近、世界の秘密とか、協会とか、適応済み個体とか、面倒な言葉ばかり聞いていたせいか。
こういう時間が、妙にありがたく感じた。
◇
昼食後。
ナナの提案で、周辺探索をすることになった。
昨日の夜、森の奥で光った青白い光。
あれが気になっていたらしい。
「問題ないんじゃなかったのか?」
『現在は問題ありません。ただし、原因確認は必要です』
「現在は、ね」
『はい』
ナナは否定しない。
こういう時のナナは、何か隠している。
たぶん俺に心配をかけないためだ。
ありがたいような。
少し腹立つような。
「じゃあ行くか」
「はい!」
ひよりが小さく手を挙げる。
「私、ついていきます」
「オレも!」
りくが即答する。
「森なら任せろ!」
「私も行きます!」
天音も手を挙げた。
「ナギさんが行くところ、私も行きます!」
「理由が真っ直ぐすぎる」
『ではエイトちゃんも先導します!』
エイトが白とブルーのアウトドア風パーカー姿に変わって、空中でくるっと回った。
「お前、服を変えるの好きだな」
『気分転換です。デジタル女子にもおしゃれは必要なのです』
「そういうものか」
『そういうものです』
森の中へ入る。
木漏れ日。
柔らかい土。
小さな鳥のようなものが枝から飛び立つ。
本物の鳥なのか、ダンジョンが作った疑似生物なのか分からない。
「これ、キャンプ場っていうより、本当に山ですね」
天音が小声で言った。
「怖い?」
「少し。でも、ナギさんがいるので大丈夫です」
「俺で大丈夫なのか」
「ナギさんなので大丈夫です」
よく分からない信頼だった。
その後ろで、ひよりが少しだけむっとしていた。
「先輩は、確かに頼りになりますけど……でも、危ない時はちゃんと下がってくださいね」
「善処する」
「それ、守らないやつです」
「よく分かってるな」
「分かります」
ひよりが真面目に言う。
「先輩、だいたい自分のこと後回しにするので」
「そうか?」
「そうです」
ひよりは少しだけ強い声だった。
その真剣さに、ちょっとだけ返事に困る。
りくが横から笑った。
「ナギはまあ、無茶するよな」
「お前に言われたくない」
「オレは無茶しても丈夫だから!」
「理由になってない」
「じゃあ、今度からナギが無茶しそうになったらオレが止める」
「どうやって」
「抱きつく」
「やめろ」
「なんでだよ!」
『効果はありそうです』
「ナナまで何言ってる」
『マスターの行動制限には物理拘束が有効です』
「怖いこと言うな」
◇
森の奥へ進むと、空気が少し変わった。
涼しい。
さっきまでのキャンプ場の明るさが少し薄れ、木々の影が深くなる。
「この辺りか?」
『はい。昨日、青白い発光を確認した地点に近いです』
ナナの声が少し低くなる。
「何かあるのか?」
『調査中です』
その時、天音が小さく声を上げた。
「あ」
「どうした?」
「あそこ、光ってませんか?」
指差した先。
木々の間。
苔むした岩の奥に、細い青白い線が走っていた。
人工物。
明らかに自然ではない。
「遺跡っぽいな」
『旧施設の外部端末です』
ナナが答えた。
『このキャンプ場の管理システムの一部です』
「壊れてるのか?」
『機能の大部分が損傷しています。ですが、昨日の《Leviathan》反応以降、わずかに再起動しています』
「またそれか」
面倒な名前を聞いて、少しだけ気が重くなる。
せっかくのキャンプなのに。
でも、ナナはすぐに続けた。
『ただし危険性は低いです。今すぐ対処する必要はありません』
「本当に?」
『はい。マスターの休息を優先します』
その言葉が少し意外だった。
ナナなら、異常があれば即座に調査すると言いそうなのに。
「いいのか?」
『はい』
少しだけ間。
『今は、キャンプを続けてください』
その声は、どこか優しかった。
俺は青白い光をもう一度見る。
確かに気になる。
だが。
ナナがそう言うなら、今はそれでいいのかもしれない。
「じゃあ戻るか」
「はい!」
ひよりがほっとしたように笑う。
「じゃあ帰ったらおやつですね!」
天音が急に元気になる。
「もう食うのか」
「探索後の糖分は大事です!」
「さっき昼飯食べたばかりだぞ」
「別腹です!」
りくも頷いた。
「オレも腹減った!」
「お前もか」
平和だった。
本当に。
青白い光が、背後でかすかにまたたいた気がした。
だが俺は振り返らなかった。
今はまだ。
この騒がしい時間を、もう少しだけ続けたかった
お読みいただきありがとうございます。
本作はカクヨムでも連載中です。
小説家になろう版は、しばらく1日2話ずつ投稿していく予定です。
続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




