第30話 シオン外伝②氷姫と憧れと……
吹雪が荒れていた。
第六層。
極寒の大地。
白銀の世界で、シオンは静かに剣を振る。
一閃。
二閃。
三閃。
氷の軌跡が空へ刻まれる。
「……違う」
まだ足りない。
冬華には届かない。
もっと先へ。
もっと高みへ。
そう思った時だった。
「シオン様ぁぁぁぁぁぁ!!」
静寂が死んだ。
シオンはゆっくり振り返る。
そこにいたのは。
白いコート。
青いマフラー。
細剣。
明るい金髪のサイドテール。
そして、豊かな胸を揺らしながら雪原を駆けてくる少女。
「シオン様、会いたかったですぅぅぅ!!」
「誰?」
「上ケ屋アリスです!」
「知らない」
「ですよね!」
元気だった。
異常なほど元気だった。
「私、シオン様の大ファンなんです!」
「そう」
「大好きです!」
「そう」
「結婚してください!」
「帰りなさい」
即答だった。
だが、アリスはまったくめげない。
「いきなり結婚が無理なら、せめてお友達になってください」
「悪いけど、無理。今の私は……」
言いかけたシオンのセリフをアリスが遮る。
「修行中なんですよね!」
「ええ……まあ……」
思わずたじろぐシオン。
「と、とにかく、ここは危険よ。見たところそこまでの腕はなさそうだし、早く帰りなさい」
「嫌です!」
「死にたいの?」
「だって、だって! やっとシオン様を見つけたんですもの!」
「私の話、聞いてる? 大体、どうやってここまできたのよ」
「へ?」
「いや、よく私の居場所がわかったなぁって……」
シオンは気づくとアリスのペースに巻き込まれていた。
「そんなの簡単です!」
アリスが胸を張る。
「探索者掲示板! SNS! 配信者コミュニティ! ダンジョン情報サイト! 全部チェックしてシオン様の目撃情報を集めました!」
「暇なの?」
「暇じゃないです!」
即答。
「シオン様、最近、ナギの配信に出てなかったじゃないですか!」
シオンの眉が少し動く。
「だからどこか修行しているんじゃないかと思って、探しまくったんです!」
「……」
「そしたら第六層で白災を見たって目撃情報があって!」
「それで?」
「護衛を雇いました!」
「は?」
「A級探索者三人です!」
「馬鹿なの?」
「お金ならあります!」
ドヤ顔だった。
シオンは額を押さえる。
「いくら護衛を雇ったからって、第六層にくるなんて危険すぎるわ」
「でも会えました!」
「A級を護衛に雇ったってことは、あなたはよくてB級、下手するとC級以下でしょ? A級以下の探索者が第六層に来るなんて無謀よ」
「でも会えました!」
「話聞いてる?」
「聞いてます!」
聞いていなかった。
完全に聞いていない。
「それで護衛は?」
「帰しました!」
「は?」
「だってシオン様見つけたので!」
当然みたいに言う。
「シオン様と一緒なら安全です!」
「帰りなさい」
「嫌です!」
頭が痛かった。
◇
「ところで」
アリスが隣を歩きながら言う。
「シオン様はナギのことどう思ってるんですか?」
「どうって?」
「私はナギのこと、嫌いです!」
「そう」
「シオン様と距離近いので!」
シオンは空を見上げた。
吹雪いていた。
なぜ自分はこんな話を聞いているんだろう。
「そうだ! シオン様……」
「何」
「私のコーデ見てください!」
アリスが両手を広げる。
「シオン様コーデです!」
白コート。
青マフラー。
細剣。
確かに似ている。
だが。
「真似しても強くなれない」
シオンは静かに言う。
「憧れているうちは強くなれないわ」
アリスが止まる。
珍しく真面目な顔になった。
「あなたはあなたの戦い方を探しなさい」
それは。
少し前のシオンなら言えなかった言葉だった。
強さだけを追いかけていた頃の自分なら。
「シオン様……」
アリスが恍惚とした表情を浮かべていた。
嫌な予感がした。
「つまり、まだまだシオン様に近づけてないってことですね!」
「違う」
「ならもっと近づくために……抱きつきます!」
ぎゅっ。
「離れなさい」
「嫌です!」
やっぱり伝わっていなかった。
◇
数時間後。
第二層。
「ここまで送ってあげたんだから、今日はおとなしく帰りなさい」
「嫌です!」
シオンの言葉に安定の返答を返すアリス。
第二層は、本来なら初心者向け。
比較的安全な階層。
だが……。
突然、警報音が鳴り響いた。
ピピピピピピッ!!
シオンの端末へ異常反応が表示される。
「……何?」
大型反応。
危険度高。
そして。
第二層に存在するはずがない。
「最近多いわね……」
ダンジョン異常。
本来出現しないモンスター。
脳裏に大豆島凪の顔が浮かぶ。
そして、シオンの実力でも全く歯が立たなかった《Guardian Type-Ω》。
だが今は考える余裕はない。
地響き。
雪原が揺れる。
巨大な影が姿を現した。
漆黒の体毛。
赤い瞳。
三メートルを超える巨体。
鋭い牙。
危険な魔力。
「《ガルム》……!?」
シオンの表情が変わる。
本来なら第四層以降で確認される危険種。
新人が出会えばまず助からない。
「下がりなさい」
シオンが前へ出る。
だが。
「今です!!」
アリスが飛び出した。
「認めてもらうチャンスです!!」
「待ちなさい!!」
遅かった。
《ガルム》の前脚が振り下ろされる。
ドゴッ!!
「がっ……!」
アリスの身体が吹き飛んだ。
地面を転がる。
血。
悲鳴。
シオンの顔色が変わる。
「アリス!!」
駆け出す。
脳裏に浮かぶ。
炎。
血。
両親。
守れなかったもの。
そして。
また――。
「……っ!!」
冷気が爆発した。
吹雪。
氷。
白銀。
空間そのものが凍り始める。
「――《氷界断葬》」
静かな声。
次の瞬間。
世界が白く染まった。
《ガルム》。
空気。
雪。
全て。
絶対零度の結界へ閉じ込められる。
そして。
パリン。
一音。
《ガルム》は氷像のまま粉々に砕け散った。
◇
「シオン様ぁ!」
救護班の担架の上。
アリスは元気だった。
大怪我をしているはずなのに。
「シオン様が助けてくれました!」
「喋らないで」
「あと抱っこされました!」
「それ関係ある?」
「あります!」
即答だった。
「一生自慢します!」
シオンは頭を抱える。
だが、その笑顔を見ていると少しだけ救われる気もした。
「ごめんなさい」
ぽつりと漏れる。
アリスが首を傾げた。
「なんでです?」
「私がもっと早く動けていれば」
「違います!」
アリスは笑う。
明るく。
真っ直ぐ。
「勝手に突っ込んだの私です!」
「……」
「だからシオン様は悪くないです!」
シオンは返事ができなかった。
「シオン様!」
「何」
「やっぱり大好きです!」
「そう」
「結婚してください!」
「まずは傷を治しなさい」
最後までうるさかった。
◇
夜。
救護施設の外。
シオンは一人立っていた。
「また……」
小さく呟く。
「救えなかった」
助かった。
でも大怪我をした。
あと少し遅ければ。
そう思うと胸が重い。
その時だった。
「本当にそう思うか?」
男の声。
振り返る。
知らない男だった。
探索者協会の職員証。
だが見覚えはない。
「誰?」
「ただの協会職員だ」
男が笑う。
どこか不気味に。
「君は強い」
「……」
「だが真実を知らない」
シオンの眉が動く。
「何の話?」
男が一歩近づく。
そして。
「君の両親の死についてだ」
世界が止まった。
シオンの瞳が揺れる。
「……何を知っているの」
男は答えない。
ただ静かに笑った。
「知りたくないか?」
冷たい夜風が吹く。
その言葉だけが。
シオンの胸へ深く突き刺さっていた
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