第28話 なんか最悪な出来事はまだ始まらないみたい
転移門の前。
『ナギ』
ネレイスが呼び止めた。
振り返る。
蒼銀の髪が地下湖の光を反射していた。
「ん?」
『わたしは行かないわ』
「来ないのか?」
『行こうと思えば行ける』
「行けるんだ」
『ええ』
ネレイスが肩をすくめる。
『でも今はこっちが優先』
そう言って地下湖の奥を見る。
《Deep Archive Core : Leviathan》が沈んだ場所。
『あれが起動した理由を調べないと』
「お前も知らないのか」
『全部知ってたら苦労しないわ』
ネレイスが苦笑した。
『それに』
その視線が俺へ向く。
『今のあなたの周り、女の子多すぎるし』
「は?」
『これ以上増えたら収拾つかないでしょ』
【名無し:正論】
【クラゲ:草】
「俺はべつに気にしてないけどな」
完全に気にしていないと言えば嘘になる。
でも、こうなってしまったものはしょうがない。
それに……嫌ってわけじゃないしな。
思案している俺を見てネレイスが笑う。
そして少しだけ優しい顔になった。
『また会いましょう』
「会う前提なんだな」
『だって』
妖艶な笑み。
『あなた、絶対また深いところまで来るもの』
「行きたくないんだけど」
『ふふっ』
不適な笑みを浮かべるネレイス。
『次に会う時まで』
少しだけ真面目な声。
『死なないでね』
転移門を抜ける。
眩しい光。
次の瞬間。
俺たちは温泉施設の地下倉庫みたいな場所へ戻っていた。
「帰ってきたぁぁぁ……」
天音が床へへたり込む。
白フリル水着。
濡れたパレオ。
赤フレーム眼鏡。
完全に燃え尽きていた。
「生きてる……」
「よかったな」
「よかったですぅ……」
本気だった。
「温泉旅行のはずだったんだけどな」
「途中から世界の秘密ツアーでしたね……」
ひよりもぐったりしている。
旧型スクール水着が濡れたまま身体へ張り付いていた。
細い肩。
華奢な脚。
妙に保護欲を刺激する。
「先輩」
「ん?」
「今度は普通の温泉旅行にしましょう」
「それは賛成」
ひよりが少し嬉しそうに笑った。
「なー」
りくが俺の肩へ腕を回す。
黒ビキニ。
濡れた褐色肌。
近い。
非常に近い。
「結局オレら勝ったのか?」
「どうだろ」
「勝ったことにしようぜ」
「雑だな」
「細かいこと気にすんな!」
元気だった。
『あれ?』
エイトが首を傾げる。
「どうした」
『なんか』
エイトがきょとんとした顔になる。
『全然最悪なこと起きてなくないですか?』
全員が止まる。
「確かに」
「言われてみれば」
「協会の人がここに集まってきてると思ってたんですけど……」
ひより。
りく。
天音。
全員頷く。
「おい」
俺が言う。
「誰のせいで心配したと思ってる」
『えへ☆』
てへぺろと舌を出すエイト
「許されると思うな」
【名無し:草】
【クラゲ:元凶】
【探索者A:お前が言うな】
『いやでも本当に』
エイトがコメント欄を見る。
『今のところニュースも爆発してないですし。協会も来てないですし……案外なんとかなったのかな?』
「それならいいけど」
『ですよね!』
エイトが元気になる。
『やはり人生なんとかなる!』
「適当だなぁ」
その時。
ナナだけが黙っていた。
『……』
「ナナ?」
『問題ありません』
「そうか?」
『はい』
短い返事。
だが、どこか引っ掛かった。
◇
一方その頃。
探索者協会本部。
重い空気が会議室を満たしていた。
巨大モニター。
そこへ映し出されているのは、
《Deep Archive Core : Leviathan》。
そして。
大豆島凪。
「確認した」
男が言う。
「適応済み個体」
「継承候補」
別の男が頷く。
「危険だ」
その言葉に。
数人が頷いた。
「情報統制を強化するべきだ」
「一般人へ知られるべきではない」
「管理が必要だ」
だが。
別の席の女性が冷たい声で言う。
「それは違う」
空気が張り詰める。
「また隠すのか?」
意見が割れていた。
そして、誰も気付いていなかった。
その会議のさらに裏側で。
別のグループが動き始めていたことを。
「時代が変わる」
男が笑う。
「今度こそ我々が主導権を握る」
暗い会議室。
モニターには大豆島凪の顔が映っていた。
◇
「ナギさん!」
天音だった。
「温泉入ります!?」
「まだ入るの?」
「せっかく来たんですよ!?」
「確かに」
「オレも入る!」
「私もです!」
ひよりも手を挙げる。
「……帰れそうにないな」
そう呟くと。
ナナが小さく言った。
『よかったです』
「ん?」
『なんでもありません』
でも、その声は少しだけ嬉しそうだった。
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