第27話 温泉旅行のはずだったのになんか……
『最悪なのはたぶん、これからです』
エイトの言葉が静寂が訪れた地下神殿に響く。
少しの間。
「いや待て」
りくが口を開く。
「何が最悪なんだよ」
「それです!」
天音も食いついた。
赤フレーム眼鏡の奥の目が真剣になる。
「そこ重要ですよね!?」
『えー』
エイトが露骨に嫌そうな顔をした。
『説明めんどくさいんですよねぇ』
「殴るぞ」
拳を固めるりく。
『暴力反対』
エイトが咳払いする。
そして、珍しく真面目な顔になった。
『まず確認です。さっきの配信、何万人が見てたと思います?』
「知らん」
『同時接続四百二十万人です』
静寂。
【名無し:はい】
【クラゲ:見てました】
【探索者A:現場です】
「そんなに?」
俺が疑問を口にすると天音が即答した。
「そんなにです!! これまでの配信記録を軽く上回る歴史的な数字です!」
「歴史作るつもりなかったんだけど」
「作ってます!」
力強かった。
なんでお前が誇らしそうなんだ。
『まず一つ目』
エイトが指を一本立てる。
『《Deep Archive Core : Leviathan》が実在すると世界にバレました』
「ふーん」
『ふーんじゃありません。今まで協会は深層情報をかなり制限していました』
天音が頷く。
「はい。公式発表では、第六層より下はほぼ未調査扱いです」
『その通りです。でも今、全世界へ向けて、旧人類施設、管理AI、深層記録装置……すべて配信されました』
【名無し:あ】
【クラゲ:やっちまった】
「なるほど」
「なるほどじゃないです!」
天音が叫ぶ。
「ニュースになりますよ!?」
「だろうな……」
『二つ目』
エイトが二本目の指を立てる。
『マスターがバレました』
「俺?」
『はい。《Deep Archive Core : Leviathan》は言いました。適応済み個体確認、継承候補確認……と』
嫌な予感しかしない。
『つまり現在、世界中が大豆島凪って誰?ってなっています』
【名無し:なってる】
【クラゲ:なってる】
【探索者A:めちゃくちゃなってる】
「えぇ……」
『今までは、面白い配信者、ちょっと強い探索者、AIに好かれてる人』
エイトが指を折る。
『ぐらいのものでした。でも今は違います』
「……世界の秘密に関わる存在」
天音がつぶやく
『はい。マスターは世界の秘密に関わる存在として認知されました』
それは、正直、全然うれしくなかった。
「配信やめようかな」
『もう遅いです』
「早かったな返答」
『三つ目』
エイトが三本目の指を立てる。
その顔から完全に笑みが消えていた。
『これが一番まずいです』
「まだあるのか」
『あります』
『協会は見ていました』
空気が変わる。
ひよりが小さく息を呑む。
りくも黙る。
天音も真顔だった。
『マスター。あなたは今、ただの探索者じゃありません。協会、国家、企業、研究機関、そして他の探索者たち……全部から興味を持たれる存在になりました』
静寂。
『簡単に言います』
エイトが言う。
『マスターの平穏な日常は終わりました』
「元々そんな平穏だった記憶ないんだけど」
『その通りです』
ナナだった。
『マスターの日常は元々平穏ではありません』
【名無し:正論】
【クラゲ:ナナちゃん、さすがメインヒロイン】
少しだけ空気が和む。
その時だった。
『ふふっ』
ネレイスが笑った。
蒼銀の髪を指で払う。
濡れた薄布が身体へ張り付き、白い肩や胸元のラインが揺れる。
相変わらず妙に色っぽい。
『でも安心して』
「何を」
『あなたなら大丈夫』
「根拠は」
『勘』
「雑だな」
『女の勘は当たるのよ』
ネレイスが妖艶に微笑む。
その仕草だけで、コメント欄が荒れた。
【名無し:強い】
【クラゲ:お姉さん系だ】
【探索者A:新ヒロイン怖い】
『新ヒロインじゃないわ』
ネレイスがコメントへ返す。
「ネレイスってもっと怖いキャラだと思ってた」
あきれたように俺がつぶやいたその時、地下神殿全体が小さく震えた。
『あ』
エイトが振り返る。
『この施設、そろそろ崩れます』
「今!?」
『でも、大丈夫です!……たぶん!』
「たぶん!?」
『八割くらい!』
「信用できねぇ!」
天音が泣きそうな顔になる。
「残りの二割が怖いんですけど!?」
ひよりは俺の袖を掴む。
「先輩……帰りましょう……」
「賛成」
りくも頷く。
「今回はマジで帰ろう」
珍しく全員の意見が一致した。
『じゃあ出口を作るわ』
ネレイスが指を鳴らす。
地下湖へ青い光が走る。
水面が割れる。
巨大な転移門が現れた。
『温泉施設へ繋げる』
「便利だな」
『もっと褒めて』
「えらい、えらい」
『子供扱いしないで』
頬を膨らませる。
【クラゲ:かわいい】
【名無し:威厳どこいった】
そんなやり取りをしながら。
俺たちは転移門へ向かう。
だが、誰も気付いていなかった。
俺の右手の甲。
そこへ、青白い紋章が一瞬だけ浮かび上がっていたことに。
そして、それを見たナナが誰にも聞こえないほど小さな声で。
『……どうして』
そう呟いていたことに。
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