第26話 深淵に眠るもの
地下湖の奥。
さらに巨大な“影”が浮上し始めていた。
最初は島だと思ったが、違った。
それは動いている。
【名無し:え】
【クラゲ:待って】
【探索者A:でかすぎる】
水面が盛り上がる。
神殿そのものが揺れる。
そして、それは姿を現した。
暗い青銀色の巨体。
鱗にも見える。
装甲にも見える。
生物なのか機械なのかも分からない。
巨大な胴体の周囲を、いくつもの光輪が公転していた。
青白い文字列。
幾何学模様。
魔法陣のようなもの。
電子回路のようなもの。
その全てがゆっくり回転している。
まるで惑星だった。
顔はない。
口もない。
ただ中央に。
一つだけ。
巨大な赤い瞳が存在していた。
その瞳が開く。
瞬間。
地下神殿全体へ重圧が落ちた。
【名無し:やばい】
【クラゲ:怖い】
【探索者A:これ戦う相手じゃない】
ネレイスの顔から笑みが消える。
『……どうして』
小さな声だった。
『どうして起きているの』
エイトも固まっていた。
珍しく冗談を言わない。
『確認』
『対象を《Deep Archive Core : Leviathan》と認識』
『旧人類深層記録装置です』
「記録装置?」
『はい』
エイトの声が震える。
『ダンジョン全域の記録保管装置です』
『戦闘用ではありません』
「全然そう見えないんだけど」
『本来は戦いません。……戦ったら世界が終わります』
「さらっと怖いこと言うな」
【名無し:世界終わる】
【クラゲ:説明になってねぇ】
その時、巨大な赤い瞳が俺を見た。
そんな気がした。
直後。
頭の中へ声が響く。
『認証』
知らない声。
男でも女でもない。
機械みたいな声。
『適応済み個体確認』
頭痛。
視界が揺れる。
『継承候補確認……記録照合開始』
「っ……!」
『マスター!?』
ナナだった。
珍しく慌てている。
『マスター!』
薄れていく意識。
視界の奥で何かが見えた。
白い研究施設。
誰かの背中。
男と女。
優しく笑っている。
でも顔が見えない。
手を伸ばした瞬間。
映像が消えた。
『マスター!!』
ナナの声で意識が戻る。
『現在、脳波異常を確認。精神接続を確認。外部認証信号を確認』
「多いな」
『全部危険です』
即答だった。
【名無し:ナナちゃん焦ってる】
【クラゲ:珍しい】
少しの間。
そして。
『……無理をしないでください』
弱い声。
《Guardian Type-Ω》と戦った時と同じだった。
俺が消耗した時の。
あの声。
「大丈夫」
『信用できません』
「ひどい」
『事実です』
【名無し:ナナかわいい】
【クラゲ:完全に彼女】
その横で、りくが俺の肩を支えていた。
「立てるか?」
黒ビキニ姿のまま。
濡れた褐色肌が水晶の光を反射する。
少し心配そうな顔だった。
「まあな」
「無理すんなよ」
素直だった。
珍しく。
「ナ、ナギさん!」
今度は天音。
白フリル水着。
赤フレーム眼鏡。
濡れたパレオ。
慌てて走ってきたせいで太ももがちらちら見えている。
本人は気付いていない。
「ナギさん、なんかヤバいことになってると思います!」
「雑だな」
「でもヤバいです!」
それはそうだった。
『ふふっ』
ネレイスが笑う。
妖艶な笑み。
『やっぱり』
『あなただったのね』
「だから何の話だよ」
『秘密』
不適に微笑む。
『まだ教えない』
【名無し:また秘密】
【クラゲ:説明不足系ヒロイン】
その時だった。
《Deep Archive Core : Leviathan》の赤い瞳が一度だけ強く輝く。
『観測完了』
声が響く。
そして、巨大な神は、ゆっくりと地下湖の底へ沈み始めた。
【名無し:帰るの!?】
【クラゲ:なんだったんだよ】
静寂。
だが。
ナナも。
エイトも。
ネレイスも。
誰も安心していなかった。
『……まずいです』
エイトが呟く。
「何が」
エイトが答える。
『最悪なのはたぶん、これからです』
地下神殿に静かな沈黙が落ちた。
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