第24話 なんか最古参リスナーが水着で現地参戦してきた
『ふふっ』
扉の向こうから聞こえてきた女の声。
水の奥から響くみたいな、妙に耳へ残る声だった。
エイトに導かれるまま扉を潜ると目の前には地下湖が広がっていた。
青白い結晶光が、水面をゆらゆら照らしている。
そして……。
【名無し:え?】
【クラゲ:誰?】
地下湖の中央が、ゆっくり波打った。
ちゃぷん。
水面から、白い指先が現れる。
細い腕。
濡れた蒼銀の髪。
【名無し:うわ】
【クラゲ:美人】
【探索者A:人魚!?】
青白い肌。
濡れた薄布が身体へ張り付き、柔らかなラインを妖しく浮かび上がらせている。
細い腰。
白い脚。
水面越しに揺れる胸元。
人間離れした美貌。
女は、水面に立つとゆっくり俺を見つめる。
『やっと会えた』
「……初対面だよな?」
『どうかな』
意味深だった。
『あなたは、わたしたちにとって特別だから』
【名無し:わたし“たち”?】
【考察班:AI側か?】
『マスター』
ナナの声が響く。
珍しく、少し硬かった。
『その個体へ近づかないでください』
『あら』
女が楽しそうに目を細める。
『No.07』
空気が止まった。
【名無し:知り合い!?】
【クラゲ:やっぱAI側!!】
『現在名称《深淵歌姫 ネレイス》』
ナナが静かに言う。
『旧世代補助端末、《Aqua Archive Support Terminal : No.Sea-03》』
【名無し:なっが】
【クラゲ:管理AI!?】
ナナの反応にネレイスと呼ばれた女が笑う。
妖艶だった。
濡れた髪を指で払う仕草ひとつで、妙に視線を奪われる。
『変わったわね、あなた。昔はただの機械だったのに』
『……』
『今は、まるで感情に流される少女のよう』
空気が止まった。
【名無し:え?】
【クラゲ:それって】
『あなたに、マスターを渡すつもりはありません』
ナナだった。
今までで一番、感情が乗っていた。
ネレイスが少し目を丸くする。
そして。
『ふふっ』
妖艶に笑った。
『やっぱり変わったわね』
その時だった。
『あれ?』
エイトが首を傾げる。
赤いボブ髪のホログラム少女が、空中でくるっと回る。
『なんか配信コメント欄、変な流れになってません?』
「ん?」
【名無し:誰だあの子】
【クラゲ:またナギのこと好きな女!?】
【探索者A:ヒロイン増えた?】
「……は?」
次の瞬間。
後方から、誰かの悲鳴が響いた。
「ひぃぃぃぃっ!?」
全員振り返る。
そこにいたのは、赤フレーム眼鏡。
濡れたハーフアップ。
白ベースのフリル付き水着。
そして、透け感ある薄いパレオ。
茂菅 天音だった。
【名無し:赤メガネの子かわいくね?】
【クラゲ:なんで水着なんだよw】
【しろまる:……あ】
【ねむ太:え?】
【しろまる:あの赤フレーム眼鏡、あまねこじゃね?】
【名無し:は!?】
【クラゲ:えっ、あの最古参!?】
【探索者A:実在したの!?】
【しろまる:昔の地獄オフ会で会ったことある】
【名無し:参加者3人の伝説オフ会!?】
【ねむ太:行動力どうなってんの】
【クラゲ:現地まで来るのヤバすぎるw】
「な、なんでいるの!?」
「だ、だってぇ!!」
涙目だった。
「ナギさんがまた配信事故起こしてるから!!」
【クラゲ:あまねこ現地勢!?】
【探索者A:行動力バケモン】
「いや、なんで来れるんだよ」
「配信の背景と、旅館の内装と、温泉施設のパンフ照合しました!」
「怖っ」
「あとナギさん、移動中に旅館の名前うっかり映してました!」
「やらかしてたぁ!?」
『マスターは配信適性がありますねぇ』
「居場所を自分でバラすなんて、むしろ、適正ないでしょ」
天音は、完全に息を切らしていた。
ただ、水着姿は普通に可愛かった。
白ベースのフリル水着。
清楚系っぽいデザイン。
なのに、意外と布面積が少ない。
特に胸元。
フリルで隠れてるのに、動くたび柔らかそうなラインが揺れる。
しかも、濡れたパレオが脚へ張り付き、翻るたび太ももが見えて妙に危ない。
赤フレーム眼鏡もそのまま。
レンズへ水滴がついていて、妙に色っぽかった。
「えっ、なんでそんな見てるんですか!?」
「いや別に」
「今ちょっと間ありましたよね!?」
『マスターの視線停滞を確認しました』
「ナナ黙ろうか」
一方。
りくは、妙に面白そうな顔をしていた。
黒髪ショート。
色黒肌。
黒の大胆なビキニ。
健康的な身体が、濡れた肌で艶っぽく光っている。
「へー」
ニヤニヤ。
「お前、ガチ勢じゃん」
「が、ガチ勢ですけど!?」
「認めるんだ」
「だってナギさんの初配信から見てますし!!」
早口スイッチ入った。
「登録者三人時代の“深夜カップ焼きそば雑談回”とか、“二層で30分迷子になった回”とか、“コメントゼロで一人で喋ってた回”とか――」
「掘り返すな黒歴史!」
『最古参マウント開始です』
『うわぁ』
エイトが笑う。
『でもナナのほうがマスター観測歴長いですよ?』
「ズルくないですか!?」
『合理性です』
「AIつよい……!」
押されていた。
完全に。
その時だった。
『ちょっと』
ネレイスだった。
地下湖へ浮かぶ妖艶なセイレーンが、少しだけ頬を膨らませている。
『さっきから、誰もわたしの話聞いてなくない?』
【名無し:拗ねたwww】
【クラゲ:かわいい】
【探索者A:ボスキャラっぽいのにこれじゃあ、威厳がw】
「いや、急に最古参が現地参戦したから……」
『ひどい』
ネレイスが、わざとらしく肩を落とす。
濡れた蒼銀の髪がさらりと揺れ、白い肩が覗いた。
『せっかく、あなたをここに導いたのに』
「導いた?」
ネレイスが、ゆっくり俺を見る。
さっきまでの軽さが、少しだけ消えていた。
『あなた、“上”の管理区画へ入ったでしょ?』
空気が止まる。
【名無し:きた】
【考察班:管理区って学校の地下にあったやつか?】
『あそこ、本来なら現行人類は辿り着けない』
ネレイスが、静かに水面へ触れる。
すると。
地下湖の水へ、青白い文字列が浮かび上がった。
『ここは、旧管理区と繋がってるの』
「……やっぱり」
エイトが小さく呟く。
『深層水路。昔の移送ルートですね』
『正解』
ネレイスが笑う。
『だから、あなたの反応を感知できた』
その視線が、真っ直ぐ俺へ向く。
『“適応済み個体”を』
【名無し:またその単語】
【考察班:ナギだけ特別】
その瞬間だった。
「もしかして……」
天音が恐る恐る口を開く。
「ダンジョンって、モンスターとかもいるし、実際、死んじゃう人もいるから、協会の人たちは“人類を排除する施設”なんじゃないかって考えてるみたいですが……」
『適応施設』
ネレイスが答えた。
「適応施設ってことは、なんらかの理由で人類を選別しているってことですか? ナギさんはその選別をすでにクリアしているから“適応済み個体”……」
『ふふっ』
ネレイスが妖艶な笑みを浮かべる
【名無し:は?】
【クラゲ:世界観変わった】
『ダンジョンは人類を壊さないための場所』
「……っ」
ひよりが息を呑む。
旧型スクール水着姿のまま、俺の腕をぎゅっと掴いていた。
濡れた布が身体へ張り付き、華奢なラインが妙に目立っている。
『でも失敗した』
ネレイスが静かに笑う。
少しだけ寂しそうだった。
『だから今は、こんな形になっちゃった』
その時だった。
ゴゴゴゴゴ……。
地下神殿が揺れる。
『あ』
エイトが止まる。
『まずいです』
「何が?」
『旧防衛機構、再起動してます』
直後。
地下湖全体から、巨大な影が浮かび上がった。
【名無し:うわあああ!?】
【クラゲ:またかよ!?】
水面が裂ける。
巨大な機械魚みたいな怪物。
赤い単眼。
金属外殻。
どう見てもヤバい。
『あー……』
ネレイスがため息をついた。
『だから嫌だったのよね』
「知り合い?」
『元同僚』
「嫌すぎる」
次の瞬間。
怪物が咆哮する。
衝撃波。
水柱。
神殿全体が揺れた。
『一時共闘ね』
ネレイスが微笑む。
妖艶に、危険に、そして……。
『ナギ』
その瞳だけが、少し真剣だった。
『あなたは、まだ“目覚めてない”のよ』
「……は?」
『だからみんな、あなたを欲しがる』
その瞬間。
怪物が、俺へ向かって突っ込んできた。
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