第20話 シオン外伝①敗北を知った氷姫は白災と対峙する
雪が降っていた。
白い。
静かな。
世界を塗り潰すみたいな雪。
第四層よりもさらに下、第五層も越えた先の第六層は極寒の地だった。
探索者協会すら危険指定している領域。
その中心で、シオンはひとり細剣を振っていた。
《氷葬細剣 フリーレン・ローズ》のの刀身が、周囲の空気ごと凍らせる。
一閃。
二閃。
三閃。
吹雪が裂ける。
氷の花が咲く。
でも。
「……足りない」
シオンは剣を止めた。
脳裏へ浮かぶ。
赤黒い空間。
《Guardian Type-Ω》。
そして、砕かれた氷。
「……っ」
唇を噛む。
悔しかった。
あんなふうに、一方的に力負けしたのは初めてだった。
S級。
氷姫。
最強クラス。
そんな評価に、どこか甘えていたのかもしれない。
しかし、現実は違った。
守れなかった。
ひよりも……りくも……そして――凪も。
最後に戦ったのは、自分じゃなかった。
凪だった。
「……どうして」
自然と、言葉が漏れる。
「どうしてあなたは、あんなふうに戦えるの」
凪は、強さへ執着していない。
勝利へ飢えていない。
なのに、誰かを守る時だけ、あんな目をする。
シオンには理解できなかった。
その時。
「まだ弱いのね」
静かな声。
シオンは振り返らない。
「……いたの」
「ええ」
雪の中。
ひとりの女が立っていた。
銀白色の長い髪。
薄氷色の瞳。
白い和装コート。
その周囲だけ、吹雪が静かに避けている。
氷鉋 冬華。
シオンの姉。
そして、彼女がどうあがいても勝つことができない相手。
「気配くらい隠しなさい」
「お姉ちゃん相手に無理よ」
「そう」
冬華は静かだった。
感情が見えない。
昔からずっと。
でも、シオンは知っている。
この人は誰よりも怖い。
◇
「それで」
冬華が言う。
「負けた感想は?」
シオンの眉が動く。
「……最低」
「そう」
「笑わないのね」
「なぜ?」
本気でわかってなさそうだった。
昔からそうだ。
この姉は、感情表現が壊滅的に下手。
「あなたは昔から、自分を強く見せたがる」
冬華が雪へ触れる。
指先が、空気ごと白く凍った。
「でも実際は弱い」
「……っ」
「弱いから焦る」
「うるさい」
「弱いから、強くなければ価値がないと思っている」
「うるさい!!」
シオンが踏み込む。
「――《氷華葬閃》!!」
叫び声とともに冷気が爆発する。
一瞬で周囲が凍り付き、冬華の体も氷柱と化す。
だが……。
パリンッ。
と音を立てて、氷柱が割れる。
凍り付いていたはずの冬華はこともなげに微笑む
「あなたは弱い」
繰り返される言葉にシオンは唇を噛む。
そんなシオンの様子を気に留めるふうでもなく、冬華は腰に下げられた派手な装飾の鞘から剣を抜く。
《零凍魔剣 アブソリュート》
シオンの《氷葬細剣 フリーレン・ローズ》を上回る超高位のアーティファクト。
半透明の刀身から放たれる冷気は、鞘から抜かれただけで一瞬にして周囲の空気を凍らせる。
周囲の空気だけではない、ダンジョンに満ちている魔力、生き物が放つ熱……すべてが奪われる。
「くっ……」
《零凍魔剣 アブソリュート》の放つ死の冷気に苦しむシオン。
その冷気は持ち主に冬華の魔力や熱も奪っているはずなのだが、冬華の表情に変化はない。
「ぁぁ……」
苦痛の声とともに漏れるシオンの吐息も凍り付く
シオンの生命活動そのものが失われつつあった。
「まだ届かない」
冬華が言う。
「何年経っても」
シオンは歯を食いしばる。
悔しい、昔からずっとそうだ。
追いつけない。
どれだけ強くなっても。
どれだけ努力しても。
この人には届かない。
そして、あの日も。
届かなかった。
◇
炎。
崩れる建物。
泣き叫ぶ自分。
そして、血だらけの両親。
冬華だけが立っていた。
静かに……冷たく。
シオンは、今でも覚えている。
あの日、自分は思った。
――もっと強ければ。
もっと強ければ守れたんじゃないかって。
「……あなたは」
シオンが震える声で言う。
「どうしてそんな顔なの」
「?」
「何も……感じてないの……?」
冬華が少しだけ黙る。
吹雪の音だけが響く。
そして。
「感じているわ」
小さな声だった。
シオンが目を見開く。
「今でも」
冬華が空を見る。
「だから強くなった」
「……っ」
「失わないために」
その横顔はほんの少しだけ寂しそうだった。
◇
「でもあなたは違う。あなたは強さへ執着しすぎ」
冬華は静かにシオンを見ると、 《零凍魔剣 アブソリュート》をゆっくりと鞘に納める。
周囲を覆っていた死の冷気は消え、シオンの体に少しずつ魔力と熱が戻ってくる。
「ハァ……ハァ……」
肩で息をするシオン。
「だから止まっている」
「と、止まってなんか――」
「凪という子」
その名前で、シオンの動きが止まった。
「あなた、あの子を見る時だけ、少し楽そうな顔をする」
「なっ……」
図星だった。
「意味わかんない」
「そう」
冬華は静かに言う。
「でも、たぶんそれが答え」
シオンは黙る。
脳裏へ浮か、だらだらした顔と眠そうな声。
『まあ、なんとかなるだろ』
あの空気。
自然体。
強さへ執着してないくせに、誰かを守る時だけ本気になる。
「……ほんと意味わかんない」
でも。
少しだけ笑ってしまった。
冬華がそれを見る。
「やっと少し戻った」
「……お姉ちゃん、そういう言い方ずるい」
「そう?」
たぶん、本気で分かってない。
でも、昔からこうだった。
不器用で。冷たくて、強くて……優しい。
だから余計に、憎らしい。
「……次は負けない」
シオンが、《氷葬細剣 フリーレン・ローズ》を握る。
青い瞳にもう迷いはなかった。
冬華は静かに背を向ける。
「なら、早く追いつきなさい」
「無茶言うわね」
「ふっ……」
冬華が初めて見せる笑み
吹雪の中、白災は消える。
残されたシオンは、静かに空を見上げた。
「待ってなさいよ、凪くん」
もう一度、剣を構えるとシオンは第六層のさらに奥へと進んで行く。
自らより高見へと導くために。
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