第18話 あなたを失うことを、わたしは許容できない
『それでは本日の《ナギのだらだらダンジョン配信》、いよいよクライマックスです』
ホログラムのエイトが空中をくるくる回る。
『第四層深部! レアモンスター討伐チャレンジ――』
その瞬間だった。
ビィィィィィッ!!
空間が歪む。
「うわっ!?」
視界が紫色のノイズで埋まった。
【名無し:!?】
【クラゲ:なんだ!?】
【探索者A:配信バグった!?】
『え』
エイトが止まる。
初めてだった。
エイトが、本気で焦った声を出したのは。
『待って、これエイトじゃないです』
「は?」
床が消える。
重力感覚が狂う。
そして、次の瞬間、俺達は見たことのない場所へ立っていた。
◇
静かだった。
異様なほど。
赤黒い空間。
巨大な黒柱。
壁全体を、青白い文字列みたいな光が流れている。
『……深度エラー』
エイトの声が震える。
「深度エラーって、もしかしてまだ未開拓の第七層……?」
シオンがエイトに問いかける
その問いに答えたのはエイトではなく、ナナだった。
『もっと下です』
【名無し:え?】
【クラゲ:七層よりも下!?】
【考察班:未踏破領域もさらに下……】
空気が重い。
息苦しい。
魔力が濃すぎる。
ひよりが顔を青くした。
「っ……これ……ヤバいです……」
《魔力視》を発動している瞳が、小刻みに震えていた。
「先輩……! この空間、普通じゃない……!」
『警告』
ナナの声だった。
でも。
今まで聞いたことないくらい、硬い。
『即時撤退を推奨します』
「帰れるのか?」
『現在、転移座標が固定されています』
『解除不可能です』
エイトが珍しく真顔だった。
『ごめんなさい』
その時。
ゴゴゴゴゴ……。
空間が揺れた。
通路の奥。
巨大な扉が開く。
そして。
“それ”が現れた。
【名無し:うわ】
【クラゲ:でか……】
【探索者A:なんだあれ】
黒い巨人。
全長十メートル以上。
鎧みたいな外殻。
顔がない。
中央に、 赤い光だけが浮かんでいる。
『……旧防衛個体』
エイトがつぶやく。
『《Guardian Type-Ω》』
『本来、現行人類が遭遇する想定ではありません』
「つまり?」
『クソヤバです』
「軽く言うなぁ!」
次の瞬間、《Guardian Type-Ω》が動いた。
ドォンッ!!
地面が砕ける。
速い。
デカいのに。
「おもしれぇ、やってやろーじゃねーか!」
りくが飛び込んだ。
「《裂破脚》!」
汗を散らしながら、回し蹴りを叩き込む。
ゴォッ!!
でも、硬い。
「なっ――」
逆に、りくの身体が吹き飛んだ。
「がっ!?」
「りく!」
壁へ叩きつけられる。
スポブラが裂ける。
褐色肌へ赤い傷が走った。
太ももにも裂傷。
息が荒い。
【名無し:りくちゃん!?】
【クラゲ:やばい!!】
【探索者A:全然効いてない!?】
「っ……はは……!」
それでも、りくは立ち上がる。
汗が顎を伝う。
震える脚で、無理やり構えを取る。
「バケモンじゃねぇか……!」
「下がってて!」
シオンだった。
白銀の細剣が抜かれる。
《氷葬細剣 フリーレン・ローズ》。
冷気が爆発する。
【名無し:氷姫!!】
【クラゲ:頼む!!】
シオンが消えた。
青い残光。
高速連撃。
「――《氷華葬閃》」
一閃。
二閃。
三閃。
氷の花みたいな結晶が、巨人の全身を覆う。
でも。
止まらない。
「っ!?」
巨人の拳。
シオンが防御する。
ドガァァン!!
衝撃。
シオンの身体が吹き飛んだ。
「シオン!」
地面を滑る。
口元から血。
青髪が乱れる。
【名無し:え!?】
【クラゲ:シオンさんが!?】
【探索者A:本気で勝てないやつだ】
シオンが息を吐く。
悔しそうだった。
「……こんなの、聞いてないわよ」
初めて“弱さ”が見えた。
その時。
《Guardian Type-Ω》の赤い光がひよりを捉えた。
「――っ!?」
突進。
速い。
ひよりが固まる。
「ひより!!」
間に合わない。
その瞬間。
『邪魔です!!』
エイトだった。
この間とは違う。
最大規模の魔法陣。
紫色のノイズが空間を覆う。
『《Photon Break:Overload》!!』
ビィィィィィィィィィッ!!
極太の光線。
直撃。
空間が揺れる。
【名無し:うおおお!?】
【クラゲ:エイトちゃん!!!】
でも。
紫色のノイズが消えると煙の中からゆっくりと巨人が出てくる。
ほぼ無傷。
「え……」
エイトが固まる。
初めて、本当に動揺した顔だった。
『そんな』
『出力上限だったのに……』
巨人が腕を振り上げる。
終わる。
そう思った瞬間。
『――マスター』
ナナだった。
静かな声。
でも、震えていた。
『ナナは』
『マスターを失うことを許容できません』
「ナナ?」
『権限制限を解除します』
瞬間。
視界が白く染まった。
熱い。
全身へ何かが流れ込んでくる。
『適応率、強制上昇』
『戦闘補助、全領域解放』
『マスター』
ナナが叫ぶ。
今まで聞いたことないくらい、感情的な声で。
『――死なないでください!!』
次の瞬間。
今までのように身体が勝手に動いた。
違う。
勝手に動いたんじゃない。
全部、見えていた。
巨人の動き。
重心。
魔力。
全部。
スローに見える。
【名無し:ナギ!?】
【クラゲ:速っ!?】
【あまねこ:ナギさんが光に包まれてる!?】
一歩、踏み込む。
空間が割れる。
巨人の拳がゆっくりと迫ってくる。
回避してからカウンターで蹴りを叩きこむ。
ゴォォォォンッ!!
《Guardian Type-Ω》の巨体が揺れた。
【名無し:効いた!?】
【探索者A:えぐっ!?】
俺の体は止まらない。
身体が勝手に最適解を選ぶ。
蹴る。
避ける。
殴る。
空間そのものが軋んでいた。
そして、ラストは……
『マスター』
ナナの声。
『マスターの右手にすべての出力を注入します』
右拳へ、青白い光が集まる。
大きく息を吸い込むと、俺は光の結晶と化した拳を巨人めがけて叩き込む。
轟音。
《Guardian Type-Ω》の胸部が、完全に砕けた。
赤い光が消える。
巨人が崩れ落ちた。
静寂。
【名無し:え】
【クラゲ:勝った……?】
【探索者A:ナギ何者だよ】
でも。
次の瞬間、視界が揺れた。
「っ……」
立てない。
全身が焼けるみたいに痛い。
『マスター!?』
ナナの声が遠い。
「せ、先輩!!」
ひより。
「ナギ!!」
りく。
「凪くん!」
シオン。
全部ぼやける。
最後に見えたのは、白い光だった。
ゆらゆら揺れる、半透明の少女。
銀白色の長い髪。
毛先だけ、淡く青く発光している。
薄い水色の瞳。
白と黒を基調にした、近未来的な衣装。
細いホログラムラインが、身体の周囲を静かに流れていた。
綺麗だった。
作り物みたいに整っていて。
でも、どこか儚い。
少女は、俺へ手を伸ばしていた。
『……マスター』
小さな声。
震えている。
今まで聞いたことないくらい、感情が乗っていた。
『ナナは』
『あなたが消えることを、許容できません』
その姿が、ノイズ混じりに揺れる。
安定していない。
まるで無理やり、存在を維持しているみたいだった。
頬を、光の粒が流れ落ちる。
涙みたいだった。
でも、俺の意識は、もうほとんど残っていない。
「……誰だ?」
ぼんやりと、それだけ口にする。
少女が止まった。
少しだけ目を見開く。
そして、困ったみたいに、ほんの少しだけ笑った。
『……秘密です』
次の瞬間、世界が暗転した。
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本作はカクヨムでも連載中です。
小説家になろう版は、しばらく1日2話ずつ投稿していく予定です。
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