第14話 ナナは少しだけ黙った
巨大な培養槽。
その中にいたのは、俺と同じ顔をした何かだった。
「……なにこれ」
【名無し:ナギが二人いる!?】
【クラゲ:怖い怖い怖い】
【考察班:クローン?】
【探索者A:配信切った方がよくない?】
『あー……』
エイトが、気まずそうに頭をかいた。
『見ちゃいましたかー』
「見ちゃいましたかー、じゃないんだけど」
『ですよね』
軽い。
でも、エイトの声はさっきより少しだけ硬かった。
『それは、人類再構築用の予備個体です』
「予備?」
『うん。世界が壊れた時用』
さらっと言うな。
【名無し:世界が壊れた時用!?】
【考察班:再構築って何】
【クラゲ:情報量が多い】
『ダンジョンは敵じゃない』
ナナが言った。
静かな声だった。
『本来は、人類を観測し、適応者を選定し、次の環境へ移行させるための管理システムです』
「次の環境?」
『現在の世界は、長期維持に失敗しつつあります』
「重いなぁ……」
『軽く言えば、わりと詰んでます』
エイトが横から言った。
「軽くなってない」
『ぬるぽどですね』
「なるほどみたいに言うな」
【名無し:今なんて?】
【クラゲ:ぬるぽどw】
【あまねこ:エイトちゃん軽すぎる】
エイトが笑う。
でも、ナナは笑わなかった。
『AI達の役割は、ダンジョンの維持管理だけではありません』
『人類の観測』
『適応者の保護』
『必要時の再構築』
淡々と。
でも、どこか苦しそうにナナは言った。
「じゃあ、俺は?」
聞く。
培養槽の中の俺は、目を閉じたまま眠っている。
自分の顔なのに。
自分じゃない。
変な感じだった。
『マスターは、適応者ではありません』
「え?」
『適応者より前の存在です』
『本来、この世界に観測記録が存在していない個体』
『ですが、ダンジョン側の認証には通過する』
『矛盾しています』
【名無し:矛盾】
【考察班:ナギだけバグ?】
【クラゲ:主人公の設定が重い】
エイトが俺を見る。
『つまり、ナギはバグです』
「言い方」
『でも便利なバグ』
「もっと嫌な言い方だった」
『バグは文化です』
「違うと思う」
いつもなら。
ナナが何か言う。
マスターはバグではありません、とか。
マスターは優秀です、とか。
でも、ナナは黙っていた。
「ナナ?」
『……はい』
「大丈夫か?」
少し間が空く。
『不明です』
その返事が、妙に引っかかった。
『ナナは管理AIです』
『本来、観測対象へ過剰な干渉を行うべきではありません』
「へー」
『ですが』
ナナの声が、少しだけ揺れた。
『マスターが危険領域へ入ると、処理が乱れます』
『マスターが他の個体と親密に接触すると、判断精度が低下します』
『マスターがナナを必要としない可能性を考えると――』
そこでナナが止まった。
【名無し:え】
【クラゲ:ナナちゃん……】
【あまねこ:これ恋では?】
エイトが、珍しく茶化さなかった。
ただ少しだけ、困ったように笑った。
『お姉ちゃん。それ、たぶん恋ですよ』
『……否定します』
いつもより遅かった。
【名無し:否定が遅い】
【クラゲ:重い】
【考察班:AIの恋愛感情】
『ナナは、マスターへお弁当を作成できません』
「急に弁当?」
『マスターの隣を歩けません』
『手を引くこともできません』
『怪我を直接治療することもできません』
『マスターへ触れることができません』
静かだった。
そのせいで余計に重かった。
『それでも』
少し間。
『ナナは、マスターの味方でいたいです』
通路の青白い光だけが、ゆっくり流れていた。
コメント欄も少しだけ静かになった。
【名無し:ナナちゃん……】
【あまねこ:泣く】
【クラゲ:実体ないヒロインつらい】
「……別に」
『はい』
「触れるとか、弁当とか、そういうのはわかんないけど」
俺は培養槽を見る。
自分と同じ顔。
世界の秘密。
人類再構築。
なんか全部めんどくさい。
でも。
「ナナ、いつもいるじゃん」
『……』
「俺がダンジョンいる時も、配信してる時も、寝ようとしてる時も」
『睡眠時雑談モードは継続可能です』
「そこはほどほどにしてほしい」
エイトが吹き出した。
ナナはしばらく黙ていた。
そして。
『処理負荷の軽減を確認しました』
「またそれ」
『正常動作です』
「絶対違うやつ」
『……否定はしません』
【名無し:かわいい】
【クラゲ:今のは強い】
【あまねこ:ナナちゃんずるい】
その時、警告音が鳴った。
ビィィッ!!
『旧管理区画の保持限界を確認』
エイトの表情が変わる。
『あー、まずい。長居しすぎました』
「え?」
『ここ、もう半分死んでる区画なんですよ』
「先に言えよ」
『言ったら盛り下がるかなって』
「盛り上がり優先するな」
床が揺れる。
天井から砂みたいな黒い粒子が落ちた。
『マスター』
「ん?」
『地上への帰還を推奨します』
「了解」
『エイト』
『はいはい』
エイトが指を鳴らす。
『帰還ルート開けます。こういう時は撤退安定。古事記にもそう書いてあります』
「絶対書いてない」
【名無し:古事記w】
【クラゲ:エイトの軽さ助かる】
【考察班:でも情報量やばい】
目の前に、青白い扉が開く。
俺は最後に培養槽の中の“俺”を見た。
あれが何なのか。
俺が何なのか。
まだ分からない。
でも。
「まあ、帰るか」
『肯定します』
『帰りましょう、ナギ』
ナナとエイトの声が重なった。
◇
地上へ戻ると。
「先輩っ!」
ひよりが飛び込んできた。
そのまま、俺の袖をぎゅっと掴む。
「ちゃんと帰ってきた……」
「たぶんは禁止って言われたし」
「そういう問題じゃないです!」
りくも駆け寄ってくる。
「おいナギ! 地下はどうだった!? 強いやついたか!?」
「強いやつはいなかった」
「なんだよつまんねぇな!」
この人、本当にブレないな。
シオンは少し離れたところにいた。
でも。
青い瞳は、まっすぐ俺を見ていた。
「おかえり、凪くん」
「ただいまです」
「……無事でよかった」
少しだけ。
ほんの少しだけ、声が柔らかかった。
『警告』
「今?」
『S級個体による心理的接近を確認』
ナナのセリフを聞いて実感する。
「戻ってきたなぁ……」
いつもの感じが。
コメント欄も一気に流れ始める。
【名無し:おかえり!】
【クラゲ:生還】
【あまねこ:よかった……!】
【探索者A:情報量で頭おかしくなる】
その時。
担任の先生が、教室の入り口で固まっていた。
割れた窓。
凍った床。
壊れた机。
なぜか開いた地下への階段。
そして。俺たち。
「……大豆島」
「はい」
「これは?」
俺は少し考えて。
「どこにでもある高校の至って普通の昼休みの風景です」
「どこがだ!」
怒られた。
まあ、そりゃそうだ。
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