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ゾス(営業戦士として死にたかった)  作者: 印具米


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歌舞伎町の風雲児

永江滋樹ナガエ シゲキ、 29歳、 (株)イカリ(錨)通信新宿支店長。

 

 6年前、23歳の春、当時、驚異的成長で注目を集めていたイカリ通信に営業職として入社、新宿支店に配属される。オフィスは靖国通りに面する築40年の古いビル内にあり、歌舞伎町は目と鼻の先である。人並外れたバイタリティと行動力で永江は同社においてめきめきと頭角を現し、あっという間にトップセールスマンの仲間入りを果たした。入社2年目からは、年間売上げ高で同社1000人の営業マン中、毎年トップの座を占めるという偉業を成し遂げた。

 営業至上主義のイカリ通信では、目標達成を当然とする文化がある。未達は恥ずべきことであり、人間失格の烙印を押される。こうした厳しい社の方針に耐えられない者は、早々に退社を余儀なくされる。したがって同社営業マンのレベルは極めて高く、そうした精鋭たちの中で最高位に就くことは至難の業と言える。しかし永江はこれを4年間続けた。いつしか永江は同社内で「歌舞伎町の風雲児」「営業の怪物」と呼ばれるようになった。

 永江の驚異的な営業力は競合他社にも広く知れ渡り、新規顧客の獲得で永江とバッティングしたことを知った他社営業マンは、無益な戦いを避け早々に退却するのが常であった。彼らにとって特に悔しいのは、長年にわたり盤石な関係を保っていた優良顧客を永江に奪われることである。先方との話が順調に進み、当然受注できるはずの大型案件が、何の予兆もなく突然イカリ通信にさらわれる。後になって永江が絡んでいたことを知る。CIAやモサドの秘密工作を連想させる永江お得意の潜行型営業である。敵であるライバル営業マンに知られぬよう企業担当者と接触、時には一気に社長室に乗り込む頂上作戦を実行。イカリ通信との取引優位性を訴える。その際、永江は主に、価格やサービスの優位性よりも自身の人間性を売り込む。ワンマン社長率いる中小企業においてこうした情に訴える営業手法は未だに有効である。男が男に惚れ、とんとん拍子で契約が成立。いつしか永江は他社営業マンから「歩くステルス爆撃機」と呼ばれるようになった。

 「歌舞伎町の風雲児」、「営業の怪物」、「歩くステルス爆撃機」を生み出した原点はどこにあったのか。それは彼独自の営業哲学から来ている。

 永江は営業を戦争にたとえる。営業マンは戦士、売れれば勝ち、売れなければ負けである。朝、オフィスを出るときは戦地に赴く戦士の心境となる。極限まで緊張感を高め自らを鼓舞する。そしてスーツの内ポケットに、人知れず短刀を忍び込ませる。それは永江の覚悟を表す。その日1日、全力を出し切れなかった時、内ポケットの短刀で腹を切ると決めている。その覚悟は本物である。だから永江は営業中にさぼることができない。さぼること、それは永江にとって死を意味するからである。



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