鉄拳制裁
5月の、とある月曜日、イカリ通信新宿支店ではいつものように週初めの朝礼が始まった。
黒木チーフの声がオフィス内に響く。
「ゾス、おはようございます。先週も見事に目標を達成しました。皆さんお疲れさまでした。この調子で今週も頑張りましょう。では支店長、お願いします」
支店長の永江滋樹、29歳。年齢よりも老けた外見で、鋭い眼光、落ち着いた物腰、相手を威圧する雰囲気から40過ぎに間違えられたこともある。体型は小柄で小太り。ぼさぼさの長髪と伸ばした髭はかつて世間を震撼させた宗教団体教祖を彷彿させる。
右手で顎髭を触りながらゆっくり立ち上がり、前に歩み寄った永江、幾分高い声でいつものように話し始める。
「ゾス、諸君、先週もよくやった。これで14週連続、目標を達成したことになる。しかし、しかしだ。支店としての目標を達成しているものの、個別にみると問題を抱えている者がいる」
予想していたこととはいえ34歳の山田の全身に悪寒が走る。2か月前、外食産業から転職して入ったものの営業に不慣れなこともあり目標達成には程遠い状態が続いているのだ。
支店長の永江が全体を見渡しながら静かに口を開く。
「山田君、こちらへ来てくれますか」
社内に緊張感が走る。
「ゾス、山田参ります」
顔面蒼白の山田が永江の前に現れる。永江は笑みを浮かべながら語りかける。
「山田君、君は僕のことを舐めているんですか?」
「ゾス、舐めていません」
「新宿支店の中で君だけずっと目標を達成できていませんね」
「ゾス、申しわけありません」
「謝ってすむのなら警察はいらないと思いませんか?」
山田の体がブルブル震えだす。
永江が続ける。
「どうして目標達成できないのでしょう」
「ゾス、根性が足りないからであります」
イカリ通信ではこのように答えるしかないのである。
「さすが山田君、わかっていますね。ではどうすればいいでしょう」
「ゾス、支店長に指導していただくしかありません」
これもイカリ通信における正しい答え方である。
「そうですか。山田君の望みなら仕方ないですね。お望み通り指導して差し上げましょう。準備はよろしいですね」
直後、永江の強烈な右アッパーが山田のみぞおちに炸裂する。ウッと声が漏れる、呼吸が止まる、膝から崩れ落ちる、胃の内容物が込み上げてくる、必死に堪える。指導という名の鉄拳制裁はイカリ通信においては日常茶飯事である。
そして永江の、それまでの甲高さとは一転した太い声が社内に響き渡る。
「いいか山田、舐めんじゃねえぞ。わかったか」
うずくまる山田、額にじっとり汗、目にうっすら涙。必死に声を絞り出す。
「ゾス、ありがとうございます」
朝礼は無事に終わった。




