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Iの冒険記  作者: 一発KO
第一章 異世界漂流変
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8話 村と異世界 下


「いやぁ、手伝ってもらって悪いね。もう日が暮れそうだし、今日はここまでいいよ」


「分かった、バルサおばさん」


夕暮れ時、遠くに広がる黄金色の麦畑が、赤く染まって見える。

一日の終わりを告げるように、柔らかな風が畑を揺らしていた。


「カイトも、お疲れ。一緒に手伝ってくれてありがとう」


「……はい。セレナさん」


セレナの言葉にカイトは自身の疲労を隠して笑顔を浮かべた。


(……思っていた以上に疲れた)


カイトはこの一日、セレナ達と共に農場で働いていた。

飼料の運搬、牛や家畜の餌やり、水汲み。どれも単純な作業ではあるが、慣れない体にはこたえる。普段使わない筋肉が軋み、息をするたびに肩が重かった。


「カイト?大丈夫?」


セレナが心配そうに覗き込む。

カイトは慌てて首を振った。


「えっと、大丈夫です。セレナさん。心配かけてすみません」


「そう?でも、もし何かあったら言ってね。力になるから」


セレナが軽く笑って背を向けて歩き出す。

そんな中、不意にティグは耳に手を当てて立ち止まった。


「……なるほど、分かりました。では予定通りに」


まるで誰かと交信しているように呟いた後、ティグはセレナ達の方を向いた。


「館からの報告です。ちょうど中央貴族が帰ったそうです」


「そうだね……でも今から帰ると夜になっちゃうね」


「はい。ですので安全を考慮して戻るのは明日の朝、屋敷に戻るのがよいでしょう」


ティグの提案にセレナは頷く。

今から帰った場合、距離を考えると屋敷に着くのは深夜になるだろう。

暗い道を馬車で進むのは危険だ。


「なら、今日はうちに泊まっていけばいいじゃないか」


バルサが笑顔で提案する。


「いいの?バルサおばさん?」


「いいってことさね。手伝ってくれたお礼だよ。ここは任せておくれよ」


バルサが笑うとルブルスも顔を出した。


「そうそう。今日は泊まっていけ。お嬢様が来てんだ。うんとごちそうで作ってやらねぇとな!」


「何言ってんだい。作るのはほぼ私だろうが」


「いいだろ!!ちゃんと手伝っているんだから!例えば……味見くらいできらぁ!」


ゴンッ!

鈍い音が響き、ルブルスは涙目で頭をさすった。

そんなルブルスに呆れながらバルサはセレナ達に視線を向ける。


「まぁ、そういうわけでセレナ嬢ちゃんたち。今夜は私たちの家に泊まってきな」


「うん。ありがとうバルサおばさん」


「えっと、ありがとうござ……」


カイトも礼を言いかけたその時、遠くから騒ぎ声が聞こえた。


(なんだろう?あの人だかり……?)


声のする方を向くと、村の外れで何人もの人が言い争っているのが見えた。


「なにやってんだ。あいつら?」


「これは何かあったね、行くよ!!ルブ」


「おう!」


バルサとルブルスが様子を見に走る。

それを見たセレナも顔を上げた。


「ティグおじさん、私達も……」


「分かりました。セレナお嬢様もカイト様も、くれぐれも私達から離れないように」


「分かったわ、ティグおじさん」


「はい。ティグさん」


こうして彼らも騒ぎの中心へと向かった。


*     *    *


「頼む!行かせてくれ。息子がまだ森にいるんだ!」


「うちの娘はまだ六歳なのよ!お願い」


「落ち着け!もう日が暮れている!考えなしに入ったら、二次遭難になる!兄貴、姐さんが来るまで待て!!」


(……どういう、状況だ?)


カイト達が現場に着くとそこには大人たちが集まり、 悲痛な声が飛び交っていた。

泣き叫ぶ者、どこかへと駆けだそうとする者……それを必死に押しとどめる男たち。

混乱と絶望の気配が渦を巻いていた。


ルブルスとバルサが前へ出る。


「おい、どうした!?」


その声に対して村人達が振り向く。

ルブルスの声に反応して細身の男と大柄な男が走り寄ってきた。


「ルブルスの兄貴大変なんだ!!」


「バルサの姉御!アレンのガキたち帰ってきてこないんだ!!」


「「なんだって!?」」


二人の声が重なる。


(アレン?……どこかで聞いたような…)


カイトがアレンという名前に首を傾げた時、ルブルスが思い出したように言った。


「おい。アレン達ってあの悪ガキ共だろ?今朝、酪農場で見たぞ!?」


「少なくとも今朝まで村にいたね。誰かその後を見ていないのかい?」


ルブルス達の言葉にカイトの記憶が繋がった。


(もしかして今朝、出会ったあの子たち!?)


カイトは思いだした。

今朝、泥を投げつけたこの村のいたずらっ子達。

そのリーダー(と思われる)の名前はアレンだった。


「それが……」


ルブルスとバルサの問いかけに細身の男は言い淀んでいた。代わりに大男が口を開いた。


「一人……子供が帰ってきたんだ。ミーリャっていうアレンの妹がな」


大男が指差した先には、小さな女の子が母親にしがみついて泣いていた。

母親も、涙をこらえながら娘を抱きしめている。


「話を聞いたら、昼過ぎに他の子らと森へ入ったらしい。でもミーリャだけが途中で怖くなったから一人で戻ってきたそうだ。けど他の子供達は恐らくそのまま奥へ……」


「はぁ!?森だと!?」


「あそこは入っちゃダメだってあれほど言ってたろう!?アンタら、何やってんだい!」


バルサの怒号が響く。

男たちは顔を伏せ、深く頭を下げた。


「すまねぇ姉御……。俺たちが忙しい隙を見てこっそり抜け出してたみたいで……」


「兄貴、とにかくアレンの親たちをどうにかしてくれ。このままじゃ、あいつら勝手に行きかねねぇ!」


バルサとルブルスは泣き叫ぶ親たちに視線を向けると彼らも気づいたのかバルサたちに詰め寄る。


「バルサさん!頼む!探しに行かせてくれ。俺の息子はまだ六歳になったばかりなんだ!」


「お願い!私の娘を探させて!!」


「頼むよ!」


悲痛な叫びが夜風に混じる。

その場の空気には、焦りと不安が漂っていた。

放っておけば、親たちはすぐにでも暗い森へと飛び出していきそうだった。


そんな様子にルブルスとバルサは視線を交わし、すぐに判断を下した。


「……バルサ、俺は森の詳しいやつと男手、数人連れて捜索隊を組む。村の見回りを頼む」


「分かった。ルブ。村は任せときな」


短い言葉のやり取りで、二人の動きは決まった。

ルブルスは村人の中から狩人や木こりなど、森に明るい者たちを選び、手際よく指示を出していく。

そんな中、ルブルスはティグの方に声を掛けた。


「ティグさん、お願いできますか?」


「もちろんです。私もできる限り、力になります」


「恩に着ます」


ルブルスは頭を下げると集まった男衆の一人に振り返る。


「おい、お前ら!松明を用意しろ!それとロープと笛もだ!」


ルブルスの声が響く。

集まった男たちは真剣な顔で頷き、それぞれ準備に走った。

彼らの動きに焦りと緊張が混じっている。

日が沈むまで、もう時間がない。


一方、バルサも残った男衆を集めていた。


「いいかい、外を見回るのは男だけ!女と子供、年寄りは家の中で待機!絶対に外に出ちゃいけないよ!」


「はい!」


バルサの声に、村人たちが一斉に返事をする。

彼女の指示は的確で、動きにも迷いがなかった。


「ティグ、セレナお嬢様達は私の家に避難してもらうよ。いいね?」


「了解しました」


「えっ……俺は、その……」


カイトが何か言いかけたとき、バルサは軽く笑って首を振った。


「アンタたちが悪いわけじゃない。屋敷の人間には屋敷の役目があるでしょ。今はお嬢様を守ること。それが一番大事さね。ただ、ティグさんはちょっと借りるけどね」


「……はい」


バルサの言葉にカイトは頷くことしかできなかった。

周りを見れば、泣き崩れる母親たち、唇を噛む父親たちの姿が目に入る。

その中で、「アレン……」と泣き続ける女性の声が、カイトの胸に深く刺さった。



*    *    *


その後、村は二手に分かれて動き始めた。

ルブルスたちの捜索隊は松明を手に森の方へと向かい、バルサは村の周囲に見張りを立てて回る。

残った村人たちは家の扉を閉め、窓に板を打ち付け、明かりを落とした。

夜の帳が村を包み込む。


カイトたちはバルサの家。……木の香りがする大きな民家……へ避難していた。

暖炉の火が静かに揺れ、外の闇をかろうじて忘れさせてくれる。


「……ルブルスさんたち、無事だといいね」


セレナがぽつりと呟く。

膝の上で手を握りしめ、視線を落としている。


「……ティグさんがいる……だから大丈夫」


メアリがそう言いながらセレナの頭を優しく撫でる。


(……俺も何かできないかな?)


カイトは黙ったまま、窓の外を見つめていた。

『アレン……』と泣き崩れていた女性の声が、まだ耳に残っていた。


「……なでなで」


「えっ?メアリさん!?」


すると、メアリがカイトの頭を撫でた。


「カイトも……心配しすぎ……バルサもティグさんも私もいる……肩の力抜いて」


「……分かりました」


メアリなりにカイトを励ましているのに気づき、カイトは肩の力を抜いて窓の外を見る。


(……ん?)


すると、窓の向こう、暗闇の中に小さな人影が見えた。

子供のような背丈。

その手には、布の袋のようなものがぶら下がっている。


「……誰だ?」


カイトは目を凝らす。

その影は、森の方へ走っていく。


(まさか……あの子、村の子供!?)


胸がざわつく。

もう外は真っ暗だ。

ルブルスたちですら、松明を持って森に入るような時間帯。

子供が一人で行っていい場所じゃない。


「メアリさん、外に――」


セレナも気づいたのか窓に視線を向けたとき、……カイトの足はすでに動いていた。


(止めなきゃ!)


ドアを開け、夜風が吹き込む。

遠ざかる小さな影を追いかけて、カイトは森の方へと駆け出していた。


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