間話 ゼラス・アルカードと中央貴族
カイトが子供を追いかけ森に入る数時間前、アルカード家、応接室。
「私をごまかせると思うなよ!この落ちこぼれが!」
煌びやかな服を着て腹に脂肪の乗った男がお茶の入ったカップごと、ゼラスに投げつけ唾を飛ばしながら怒鳴りつけた。
アルカード家の館は年季があれど掃除が行き届いている。しかし応接室は誰かに荒らされたかのように物が散乱しており、ゼラスと話している男は怒鳴りながらも椅子に足を乗せ下卑た笑みでゼラスを見下していた。
ゼラスはそんな相手に頭を下げながら弁明する。
「フレドリット伯爵、ごまかしも何も、今見せたものが全てでございます。領地運営に不正は働いておりません」
「黙れ!!不正をしているうえに、私を嘘つき呼ばわりするとは!!幼年学校も中退した未熟な貴様を査定及び指導するために来たというのに、この中央貴族である私に向かって何たる口ぶりだ!!」
中央貴族はふんと鼻息を鳴らす。近くにいる取り巻きも「全くその通り」、「所詮田舎貴族……それも落ちぶれ貴族がまともな領地運営ができるはずがないな」とひそひそと陰口をたたいていた。
その後、中央貴族の罵声が続いたがゼラスは黙って聞いていた。途中、誤解があるところは意見を言ったが聞いてもらえなかった。
しばらく罵声を飛ばした中央貴族は疲れたのかそのまま立ち上がる。
「ふん。今日は帰らせてもらおう。王にどう報告されるか楽しみにしているんだな。まぁどのみち、これで最後になるだろうがな」
中央貴族はそう笑いながら扉に向かう。
「それではさよなら”仮”領主殿、おっと、もうじき”領主”すら呼ばれなくなるか」
中央貴族はそう吐き捨て応接室を出ていった。
扉の向こうからは中央貴族とその取り巻きの笑い声が聞こえ、やがて館から出たのか静かになった。
「……ふぅ」
中央貴族が帰ったのを確認したゼラスは荒れた応接室を見回した後、深いため息を吐いて力が抜けるように椅子に腰を落とした。
「お疲れ様です。ゼラス様」
「ありがとう。クロノ」
執事長である片眼鏡を掛けた黒髪の青年、クロノがお茶を注いでくれたのをゼラスはお礼を言って受け取った。
「それで、屋敷の現状はどうなっているんだい?」
「はい。中央貴族こと監査官による被害……査定ではまず……」
中央貴族の所業はひどいものだった。
監査とは名ばかりであり、ことあるごとにいちゃもんを付けては調査と言ってその場所を荒らしまわり家具や備品を壊したり冬用に蓄えている保存食を台無しにされるなど、中には物がいくつか紛失していた。
「……以上です」
報告をしているクロノも中央貴族の横暴さに耐えかねているのか平静を装っているが頭に青筋が立っている。
ゼラスも中央貴族がやっていたことを知っていたとはいえ、実際に報告を聞くと頭を抱えたくなるほどだった。
「結局、書庫室の方は鍵を掛けても扉を破壊して入ってきたか……本は違う場所に避難させて正解だった」
もし、メアリが大切にしている書庫室の本に何かあったら人形のように無表情の彼女が仁王のような顔に変わっていただろう。
そんな姿を想像したゼラスは溜息を吐く。
すると、「失礼します」と応接室にムドが入りゼラスに報告してきた。
「中央貴族を監視しているティグさんの分裂体から報告です。どうやら彼らはそのままアルカード領を出たようです」
「そうか……セレナの方に向かわなくてよかった」
ムドの報告にゼラスは安心する。
「……私としては不純……例の異世界人と一緒にいる時点で不安しかないのですが」
「ムド、君が彼を警戒してしまうのは分かる。けどティグさんやメアリもいる。それに彼らからの報告からは彼が危険な行動をすることはないと来ているしね」
「……」
ゼラスの言葉にムドは溜息を必死に隠すのを見てゼラスは苦笑いをする。
「だが、時間帯的に夜になってしまう。それに……今、この屋敷の惨状をセレナ達に見せるわけにはいかない」
ゼラスは中央貴族達によって荒らされた応接室を見て溜息を吐く。
するとクロノがゼラスにある提案をする。
「でしたら、予定通りにセレナ様達には明日の朝に屋敷に戻るという形でどうでしょうか?」
「そうだね。ムド、セレナ達にそう報告してくれるかい?」
「……分かりました。ティグさんの方に”付与”しているのでそこから報告します」
ムドはそう言って目を閉じ、まるで何か思念みたいなのを飛ばしたのをゼラスは確認する。
「さて、早くここの屋敷を掃除しないとね」
そういうとゼラスが立ち上がり部屋内に散乱している紙束や割れたカップを拾い集めるのを見てクロノは慌てて止める。
「ゼラス様、これは私達の仕事です。後は我々に任せて今日は休んでください」
「大丈夫だよ。セレナ達も明日帰ってくるから早く掃除しとかないと。それに中央貴族が帰った後も仕事は山積みだしね」
ゼラスはそう言って中央貴族によって散らかってしまった資料を拾い上げる。
「世間に自分を正式な領主として認めてもらうためにも、少しでもここの領地を支えないと」
ゼラスは暗い顔をしながらも昔のことを思い出す。
5年前、隣国との戦争によって前領主、ゼラスとセレナの父親と母親が死んでしまった。
そのため、跡継ぎであるゼラスが12歳という若さで領主を引き継ぐこととなってしまった。
当時、幼年学校の卒業を目前に控えていたゼラスだったが、戦後の復興と領地運営のため学業を続ける余裕がなかった。幸い、首席候補になるほど優秀だったこともあり首席を外される代わりに特例として早期卒業が認められた。
しかし、一部の貴族がゼラスを「幼年学校を追い出された落伍者」と流布し、ゼラスを領主として認めるべきではないという意見が出て議論が巻き起こった。その噂を真に受けなかった貴族もいたがまだ若いゼラスを領主で大丈夫なのかという不安があったことに変わりはない。
その結果、ほとんどの貴族がアルカード家を没落させて財産と領地を他の貴族に分配させるべきだという意見さえ出ていた。
しかし、前領主ことゼラスの父、クリス・アルカードが名君だったことが唯一の救いだった。
最終的に王の決定で「5年の猶予」を与えることとなり、その間、問題なく領地を維持できたらゼラスを正式に領主として認めるーーそれまでゼラスは仮領主という不安定な立場とはいえ、首の皮一枚、繋がったのだ。
だが、その後が大変だった。
両親の死で混乱する領地の復興、孤立状態での領地運営、査定に来る中央貴族からの悪意ある評価。ティグや従者たちの助けでなんとか維持してきたが、最近は山賊被害まで頻発し、人手不足で手が回らない状態だった。
そして今、五年の期限が近づいている。
次に来るのは、ゼラスを正式な領主として認めるか否かを決める最終報告となるだろう。
(この5年、できる限りのことをしてきたつもりだけどもう無理かもしれないな……)
ゼラスは資料を拾いながら、心の奥で暗く落ち込む。
5年間、必死に領地を守ってきた。だが、中央貴族の報告内容を考えれば、自分が正式な領主として認められる可能性は限りなく低い。
おまけにここ最近出ている山賊被害、それを解決できてない現状も含めばほぼ絶望的だ。
(せめて、セレナだけは……妹だけでも無事に暮らせれば……ただでさえ、彼女は……)
ゼラスは心のなかで無意識に呟いた。
自分が領主の座を失えば、妹も巻き込まれる。貴族社会から追放され、場合によっては命の危険さえあるかもしれない。
そんなことを思っているとゼラスは、ふと数日前に保護した転移した異世界人の青年……カイトの顔が浮かんだ。
ティグの報告によると大人しく周りを心配する様子だということもセレナとは仲がいいということを聞いていた。
(もし彼なら、セレナを……いや、転移したばかりの人に自分達の面倒事を押し付けるわけにはいかない)
ゼラスはすぐに首を振り、とにかく今は目の前のことに集中しようと目の前の資料を片づけようとした。
その瞬間だった。
「……!!ゼラス様!!」
すると、ムドは突然、耳に手を当て何かを感じ取ったのかさっきまでの表情とは明らかに違う、切迫したものに変わった。
「ティグさんの分裂体からの報告です。セレナお嬢様達がいる村で子供達が行方不明になりました。捜索したところ恐らく山賊が関与した可能性が高いと……」
ゼラスの顔から血の気が引いた。
「セレナは!?」
「セレナお嬢様は異世界人、メアリと一緒にレテロ宅に避難しています。村もティグさんが村の人たちで子供達の捜索と見回りをしております」
「……そうか」
とりあえずセレナが無事だという報告にゼラスはホッとするが、すぐに顔を引き締める。
「山賊となるともしかすると”真名”……国級以上の人間がいる可能性は?」
「……確認されていませんが可能性があるかと」
ムドの報告にゼラスは眉を寄せた。
この世界の人間は皆”真名”と呼ばれる特殊な能力を持っている。
”真名”を使うための”霊力”が少なすぎて真名を使いこなせないのが大半だが中には”真名”だけで十分な戦闘能力を持つほどの”霊力”を持った者もいる。
そして、その能力は多種多様だ。
物質を形成してそれを武器にする者。
”領域”という特殊な空間を生み出す者。
単体だけの人間に直接的な効果を与える者。
体の体質自体を変える者。
特殊な条件下で発現する者。
対象に触れ効果を付与させる者。
人によって様々でありそれによって脅威や対応が変わる。
この世界はいわば異能世界であった。
しかし、ゼラスはすぐに決断をする。
「すぐに準備を!!館は残りのティグさんの分裂体に任せる!!」
「「かしこまりました」」
……数十分後。
「それでは村に向かう!!」
万が一のための準備を終えたゼラスはクロノとムド、複数になっているティグと共に向かおうとしていた。
「……えぇ!?」
その時、ティグから連絡が来たのかムドは耳に手を当てて硬直……そして驚きの声を上げた。
その様子を見てゼラスは嫌な予感を覚えた。
そしてその予感は間違っていなかった。
「……ゼラス様、例の異世界人……カイトが山賊が潜んでいると思われる森へ一人で入って行かれました」
その報告にゼラスは心が潰されそうだった。




