7話 村と異世界 上
(あれ?ここはどこだ?)
カイトは気づけば書庫室にいた。
(……あぁ、そういえばこの世界の言語を勉強をしていたんだったな)
意識を取り戻したカイトは目の前の本に目を向ける。
(相変わらずこの絵本で文字を勉強していたっけな。やや活字の本も……あれ?)
そこでは相変わらずの本だったがカイトにある違和感を覚えていた。
(俺、こんなに目線が低かったっけ?それにいつもより読めているような?)
今までと違う自分にカイトは大きく戸惑った。
『〇〇〇〇〇!!』
(……!!誰?)
ノイズがかかった声が聞こえた。
カイトは辺りを見回そうとした。
(あれ、首が動かない?)
しかし、首が動かない。
視点が一つに固定されている。
気づけばカイトが読んでいた本が持ち上がり、視点が横に向いた。
その横にいたのはセレナよりやや年上の少女だ。
そして先ほどと同じノイズがかかった声が聞こえる。
『〇〇〇!!』
その声は遠くではなく間近だった。
(もしかしてこの声は……俺!?)
その時、カイトは気づいた。
この声の正体は自分のものだということ。
(……!!もしかしてこの視点も、別の誰か!?)
そして今見えている視点は誰か別の存在だということを、カイトはようやく状況を飲み込んだ。
そんなカイトの困惑を他所にその存在は少女に話し続ける。
本を見せられた少女は表情が変わらなかったが少し戸惑いながらも会話をし始める。
お互いノイズのような声で聞き取れないが少女と会話していることは分かる。
内容は分からないが少女は僅かに笑っていた。
(何なんだ?)
この状況にカイトは理解が追いつかない。
(……でも何でこんなに懐かしい感じがするんだ?)
しかし、この光景にカイトは何故かなつかしさを感じていた。
ガチャリ
すると、書庫室の扉が開き男性と女性が入ってきた。
するとその存在はその男女の方に視線を向け、嬉しそうに席を立ちあがり駆けだしていた。
* * *
「カイト?…カイト!」
「……ん?」
セレナに体を揺すられカイトは目を覚ました。
「カイト、おはよう」
「えっと、おはようございます。セレナさん」
(夢……だったのかな?)
不思議な夢を見たカイトは目を軽くこする。
「カイト見て、もうそろそろ村に着くよ」
セレナが馬車の窓を開けると外の景色がカイトの目に入ってきた。
「うわぁ……」
カイトは馬車に揺られながら窓の外の景色に思わず息を吞んだ。
一面、広がる麦畑が朝の光を受け、黄金色に輝いている。まだ日は昇り切っていないが、穂の一つ一つが淡く光を返していた。
(外に出ることになって最初は不安だったけど……こんな景色を見られるなら、悪くないかもな)
中央貴族が来るという、カイトにも良く分からない理由で突如外にでることに、少し不安があったが今は、外の景色に感動していた。
「そういえば、カイト、従者服似合っているね。これなら本物の従者に見えるよ!」
「あっ……」
その時、カイトは自分の今の恰好を思い出した。
「そうですか?あまり着なれないのでちょっと緊張しますけど」
カイトはぎこちなく笑いながら、自分の服の襟元を指で整えた。
今の彼は”従者見習い”という設定でセレナに同行している。
これは昨日、ティグの頼みによるものだった。
カイトの立場はこの世界ではかなり特殊らしい。
ティグの話によれば、カイトが「異世界人」であることを知られるのはまずいのだという。
そのため、カイトは屋敷から借りた従者用の礼服を着て、貴族の従者の見習いの立場として振舞うことになった。
(汚したり、破ったりしたらどうしよう……)
普段着ることのない上等な服。
改めてみるとあまりに着なれない服なのでカイトは不安になった。
(そういえば……ムドが言っていたような……異世界人がいるだけでなんとかって)
アルカード家の従者ムドの冷たい態度を思い出す。
数日前なので具体的には理解できなかったが、異世界人である自分にいい感情を持っていなかった。
(もしかして、異世界人ってこの世界だと結構、厳しい立場なのかな……)
不安が胸の奥で静かに膨らむ。
「大丈夫ですよ。基本的なことは私達がフォローします」
馬車の外から、ティグの落ち着いた声が聞こえた。
「無理な願いとはいえ、従者の見習いを引き受けていただき感謝しています。ですが、仕事のほとんどは私達が行います。カイト様は私かメアリさんから離れずに行動してくだされば問題ありません」
「……任せろ」
カイトのすぐ隣……ほとんど鼻先がカイトの顔に触れそうな距離でメアリはサムズアップしていた。
(……うん。彼女のこれにはもう慣れた。何も言うまい)
起きて気づけばこの距離だったので、カイトは半ば諦めていた。
そんなやり取りのうちに、馬車は目的の村へとゆっくりと入っていった。
* * *
「お世話になります。突然とはいえ、受け入れてくれてありがとうございます。ルブルスさん」
「いいってことですよティグさん。ゼラス坊ちゃんの父上……前領主とは深い付き合いですし、それに悪いのは中央貴族の野郎どもでしょ。気にする必要ないですよ」
村に着くと細身の中年男、ルブルスが笑顔で出迎えた。
「ルブルスおじさん。よろしくお願いします」
「まぁ、セレナ嬢ちゃんもゆっくりしていきな」
セレナが軽く下げるとルブルスは陽気に手を振る。
「……それにしても、メアリの嬢ちゃんはともかく……そいつは?」
ゼラス達とはかなり面識があるらしく、見慣れないカイトにルブルスは視線を移した。
「彼はカイト、新しく入った従者です」
「えっと、カイトです。よろしくお願いします」
ティグに紹介されたカイトは緊張しながら頭を深々と下げる。
「彼はまだ新人ですので、未熟な所がありますが見所がある人材でして……」
「大丈夫ですって、ティグさん。こっちもほぼ荒くれ共が大半ですからね、気にする必要ないですよ。あははは」
「カイト、紹介します。彼はルブルス・レテロ。ここの村を管理している一人です」
「えっと、よろしくお願いします」
カイトはルブルスに頭を下げる。
「よろしくな。立場は違えどお互い支え合う者同士、気楽にやろうや」
ルブルスはそう笑いながらカイトに近づき、そっと右手を差し出した。
カイトも右手を出しお互い握手をする。
「よし、せっかくだからここの農場での注意事項を言っておくか」
「注意事項ですか?」
「そうだ。まず俺の妻に気をつけろよ。あいつ、可憐なんだけど馬鹿力すぎてよ。この前、ぶん殴られて畑の端まで飛ばされて……」
ドゴォッ!!
最後まで言い切る前に突然、ルブルスが真横にぶっ飛んだ。
地面に激突し、土煙が上がる。
カイトはぽかんと口を開けたまま動けなかった。
突然の出来事にカイトは茫然としていたが気づけば、さっきまでルブルスがいた場所の隣にがっしりとした筋骨隆々の体格の女性が立っていた。
「馬鹿なことを言ってんじゃないよ。それは稼いだ金をあんたが酒と賭け事で溶かし切ったからだろう。そんなやられてブチ切れない嫁がいないだろうさ」
「あっ、バルサおばさん。こんにちは」
その女性と面識があるセレナが挨拶する。セレナにバルサと呼ばれていた女性は柔和な笑みで微笑む。
「やぁ、セレナ嬢ちゃん、よく来たね」
さっきまで仁王かと思っていた雰囲気とは打って変わってまるで孫娘に会うおばあちゃんだった。
「カイト、紹介するね。この人はバルサ・レテロ。ルブルスおじさんの妻でここの農場を管理している人だよ」
「夫婦経営だけどね。旦那のダメなところをフォローするのが私の仕事さね」
「えっと、カイトです。よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく。そんなに緊張しなくていいわよ。ルブの言う通りここには行儀はそこまで気にしない奴ばっかりだからね」
そう言ってバルサはぶっ飛ばした旦那、ルブルスに視線を向ける。
一方のルブルスは足以外、生存確認ができないような感じで地面にめり込んでいた。
「気にすることはないわよ。あいつがあれで死ぬことはないしね。まぁ、せっかくだしゆっくりしていきな」
「ありがとう。バルサおばさん。でもせっかくだしいつも通り仕事手伝うね」
「いや、セレナ嬢ちゃんはしなくても……と言っても勝手にやっちゃうだろうね。しょうがない。それじゃ、酪農場の水を変えるの頼めるかい?もちろん、他の従者たちと一緒にだよ」
「ありがとう。それじゃ、行こう。カイト」
「えっと、分かりました」
カイトはセレナ達に案内されるまま村の奥まで入っていった。
(すごい光景を見たな……)
あまりにいろんな意味で常識はずれなことがありすぎてカイトはただ唖然としていた。
その瞬間、カイトの横から何か飛んできて服に当たった。
(えっ?)
突然の出来事に固まるカイト、恐る恐る当たった服の方を見ると泥が付いていた。
(えっ、ちょっと待て……えっ?どうして?)
ゼラス達から借りている服だったためカイトはどこから泥が飛んできたのかより貸してくれた服を汚してしまったことに顔を青ざめていた。
すると、遠くからよっしゃーと歓声が上がった。
「どうだ。見たか!!俺の力があればこれくらい楽勝だろ?」
「アレン、すごーい」
「見ろよ。貴族の騎士?兵士?どっちでもいいか。驚いて何も動けないよ」
「だろ?これなら俺も貴族に取り立ててもらえるだろ?」
遠くを見ると子供達が笑いながら話し合っている。特にアレンと呼ばれていた子供がカイトに向けて指を差している。
手も泥で汚れていることからカイトにめがけて投げつけたのも恐らく彼だろう。
(えっ?どういうこと?)
その光景にカイトは状況を飲み込めず茫然としたままアレン達を見つめていた。
そんなカイトを他所にバルサは再び仁王みたいな顔で怒鳴る
「コラー!この悪ガキ共!まだやっているのかい!!」
「やべ、みんな逃げろー!!」
「キャー」
アレン達は散り散りとなって逃げ出してしまった。
バルサが追いかけようとしたときにはもう遠くまで離れていた。
もう追いつけないと分かったバルサは諦め、溜息を吐いた。カイトたちに向き直る。
「驚かせてごめんね。あいつらここじゃ、悪ガキで有名でね。ほんと、毎日、いたずらばっかしているから手焼いてるんだよ」
バルサは申し訳なさそうにカイトたちに頭を下げる。
「えっと大丈夫です。怪我はしていないですから」
「そうかい?でもそれって結構、高価な服なんだろう?」
「あっ、えっとその……」
バルサの言葉にカイトが言い淀んでいるところへ、ティグが助け船をだした。
「バルサさん。カイト様の泥の付いた服を落としたいのですが、申し訳ありませんが何か拭く物はありませんか?」
「あぁ、そうだったね。待ってて。今持ってくるから」
ティグが泥の付いた服を落とすために拭く物を頼むと、バルサはそれを取りにカイトから離れていった。
それを確認したカイトはティグに頭を下げる。
「……ごめんなさい。ティグさん、貸していただいた服を汚してしまいました」
「気にしないでください。こうなることも想定していますので。カイト様に怪我がなくて良かったです」
ティグは笑顔に返すがそれが余計に申し訳ないとカイトは感じてしまった。
(……本当に大丈夫だろうか)
できればこれ以上、何事も起きないでほしいとカイトは願った。
しかし、その願いは空しくも破られることになる。




