6話 予兆と異世界
異世界に転移してから数日。
書庫室のテーブルに置かれていた様々な本は今では片づけられており、代わりにお茶が置かれていた。
「へー、カイトって酒屋で働いていたんだね!」
「正確に言うと学校帰りに家の手伝いをしていただけなんですけどね」
「その学校もカイトの聞いた話だと楽しそうな場所ね。私も行けたらいいのに」
椅子に座ってお茶を飲みながらカイトはセレナに自身の世界の話をしていた。とは言ってもカイトは自身の世界を具体的に話せるわけじゃないのでこの世界に転移する前に自分は何をやっていたのかをセレナに話していた。
「それにしてもカイトってすごいね。学校行きながら家の手伝いをしていたんでしょ?」
「いや、単純にやることがなかっただけですから……」
カイトは自身の学校生活を思い出した。カイトの学校は必ず部活や委員会に入らないといけないと言った強制力はなかったが基本、入学した生徒は一か月足らずで大抵どこかの委員会や部活に入っているのでどこかに所属することは暗黙の了解という風潮があった。
しかしカイトは入学してから二年たってもどこにも所属しない。行く道中で顔見知りがいたり困っている人がいたりしたら手伝ったりするが積極的に人と関わろうとしていなかった。そのため、カイトの学生生活はかなり空虚に近く、人とのつながりは薄かった。
(そう考えると最近、ここまで話したのはセレナさんが初めてだな。前の世界だと義両親がほとんどだし)
この世界に来てからセレナと話すことが多かった。メアリやティグはよく会うし話すことはあるがセレナと比べると少し違うとカイトは感じている。人と距離をとっていたカイトだが、セレナと話すことをあまり嫌に感じていなかった。
「……あっ、そうだ。カイト、そういえば私達が渡した本、どうだったかな?役に立てた?」
そんな中、セレナはカイトに渡した本を思い出し話題をそこに変え、自身の本がカイトに問題なかったか心配そうに見つめる。
「えっと、はい。役に立っています。セレナさんが選んだ本、すごく読みやすかったです」
セレナの本は絵も入っているためこの世界の言語が理解でき切れていないカイトにとっても内容が理解しやすく読みやすい本だった。
そのおかげか文字も多少読めるようになった。
まだ活字の本をすらすら読める段階ではないのでこの世界についてまだ知らない状態であるのだが。
「……よかった。役に立てて」
彼女は自分が力になれて安堵の息を吐く。
コンコン
すると書庫室の扉からノックの音が響いた。その音を聞いた世話係のティグが部屋に入るように促す。
「……どうぞ」
「失礼します」
(えっ!?)
扉を開き書庫室に入ってきた人物にカイトは心の中で驚きの声を上げる。
なぜならその人物の容姿がちょうど近くにいるティグにそっくりなのだ。
似ているのではない。ほぼ同じ、鏡写しでもしたかのようにその人物はティグとそっくりだったのだ。
「ゼラス様からの伝言です。至急、セレナお嬢様とカイト様にお伝えせよとのことで」
「分かりました。では合流しましょう」
世話係のティグが書庫室に入ってきたもう一人の自分に近づいた。すると、その二人がまるで水滴同士がぶつかったかのように融合し一つのティグになったのだ。
心なしかティグの身長が少し伸びているような感じだ。
そんな光景を見たカイトはただただ唖然とした。
(……異世界だからこれも……普通なのかな?……とりあえず、そういうことにしとこう。聞くのははばかられるし……よし、そうしておこう)
異世界ならこれも普通にあるだろう。少し思考停止した脳でそう結論付けたカイトはそのままティグを見つめる。
融合したティグはしばし、目を閉じ静止した。
そして「なるほど」と一人でうなずき、セレナ達に向き直りゼラスからの伝言を報告する。
「カイト様、セレナお嬢様、ゼラス様から伝言があります。まず結論から申しますとセレナお嬢様とカイト様は外出……いえ、外に出ないといけなくなりました」
「えっ?待って、ティグおじさん。私って今、しばらく外出禁止になっているんじゃ……」
山賊の襲撃の関係でしばらく外に出ることを制限されているセレナはティグの報告に戸惑う。
報告したティグも苦い顔をしながらもそうならざるを得ない理由を話した。
「分かっています。ただ、王都の監査官…中央貴族が来ます」
それを聞いたセレナは少し体を震わせていた。
(中央貴族ってなんだ?セレナ達の反応を見ても普通じゃなさそうだけど……)
「あのメアリさん。……あの”中央貴族”ってなんですか?」
中央貴族を知らないカイトは事態の深刻さを理解できず近くにいたメアリに小声で話しかける。
「……王都……王宮に仕える貴族……”敵”」
「敵?」
彼女の普段からの無表情の顔に今は殺気に満ちた瞳も加わっていた。
「倒すべき敵……根絶やしにするべき敵……駆逐すべき敵」
「え?え?メアリさん?」
中央貴族について理解できなかったが、オーラを放ちながら恨み言を吐いているメアリを見たカイトは結構危険な人が来ることが理解できた。
少なくともセレナにとって山賊と同じかそれ以上に危険な人物なのだろうと理解できた。
「セレナお嬢様を襲撃した山賊のことも考慮して明日は信頼できる者たちのところに避難させる予定です。当然、私とメアリも一緒に」
「……何故?」
明日は安全な場所に避難することを伝えたティグに対してメアリはなぜ自分も同行しないといけないのか首を傾げた。
「メアリさんにはセレナお嬢様やカイト様の護衛として人手がほしいのです。それに……明日、来る監査官……中央貴族に何かする気でしょう?」
「……当然……奴は私の大切なものを……だから今度は先手必勝で」
「書庫室は厳重に鍵を閉めますのでそれで我慢してください」
「……分かった。それで……我慢する」
ティグの説得に若干不服そうだがメアリは納得する。
「それでは明日の朝、館を出ますのでそのつもりでお願いします」
ティグはカイトとメアリに向き直り頭を下げた。
(外に出るか……しばらく、館にいると思っていたけど)
この世界に来てからというもの山賊騒動のせいで外に出ることはできなかった。
しかし、何か理由があるとはいえこんなに早く外出の機会に出くわすとはカイトは思ってもいなかった。
「それとカイト様、申し訳ありませんがその日で頼みたいことがあります」
「何ですか?」
ティグの頼みにカイトは小首を傾げる。
「いえ、これは我々の都合ですが……」
カイトはこの後、少し頭を抱えることとなるのだがそれは翌日の話。




