5話 迷苦と異世界
「それじゃ、メアリ、またね」
「えっと、今日はありがとうございました」
「……また来て」
書庫室を後にした時にはすでに時刻は夕方になっていた。
「今日は色々とありがとう。カイト」
書庫室から歩いてからしばらくしてセレナは笑顔でカイトにお礼を言った。
「えっと、俺は何かやれた気がしないんですが……」
「それでも、助かったよ。他の世界だとどう違うのかとかね」
カイトの言語学習が一通り切りよく終わった後、セレナに自身の世界について話していた。
(それにしても……なんか、セレナさんが見せた本って俺が知っている物ばっかりだったな)
カイトは自身が話した世界について思い出す。
具体的に言うとセレナがある本を持ってきてたことからだった。
それは写真が写っている本、その写真には”照明”や”冷蔵庫”など、カイトのいた世界に流通した物が載っていた本だった。
どうやら、この世界で発明された経緯や歴史について載っている本らしくセレナはカイトの世界ではどうなのかと聞かれそれに応えていた。
どんな回答でもセレナは目を輝かせながら聞いていた。
(”遺物”と”異界の資料”か……)
セレナから聞いた話だと、この世界では異世界の物を転移、召喚する技術があるらしく道具などの場合は”遺物”、本や紙資料の場合は”異界の資料”と呼ばれているらしい。
その事実を知った時、カイトは異世界の言語以上の衝撃を受けた。
(ここまで来ると俺以外の異世界人もいるのかな?)
異世界の道具などがあるのなら当然、異世界人もいるかもしれない。
(……出会えるといいな。……心細いし)
同じ人間がいるなら出会いたいカイトは心の中でそう願った。
「セレナ様、そろそろ部屋に戻りましょう」
そんな希望を他所に横に着いてきたティグはセレナに声を掛ける。
「分かったわ。ティグおじさん。……それよりゼラス兄様は」
「ゼラス様は他の村の視察です。最近、山賊騒動があり帰りは夜遅くになるでしょう」
「うん。分かった……」
ゼラスと出会えないと聞いたセレナは寂しそうにしょんぼりして立ち止まる。
「えっと、セレナさん?」
「あっごめんね。カイト、少し足を止めちゃって」
カイトが声を掛けるとセレナもハッと我に返ってカイトの方に笑顔で振りむく。
「ゼラス兄様は、領内の仕事で忙しくて、なかなか顔を合わせられないんだ。昨日は会えて今日も会えたから、もしかしたら少し話できるかなと思ったけど、無理だったみたい」
セレナはそう笑いながらカイトに語る。
その様子はまるでさっきの落ち込んだ姿は嘘かのようだった。
「少し、時間を取らせちゃったね。それじゃ、そろそろ……」
「おや、セレナお嬢様じゃないですか。どうしましたこんなところで?」
すると、遠くから頬に切り傷がある金髪のオールバックを決めた従者がセレナに声を掛けた。
「あっ!ムド!!」
セレナが、名前で呼ぶとムドは笑顔でセレナの前まで来て頭を下げる。
「今日、カイトと館の案内をしていたんだ」
「えっ?カイト……ですか?」
セレナの話からムドはカイトの存在に気づいた。
するとさっきまでの優しい笑顔から一点、蔑むようにカイトに視線を向け睨みつける。
「なぜ、貴様がセレナお嬢様と一緒にいる?”不純物”」
「……えっ?」
メアリやゼラス達とは違うまるで人として見てないかの冷酷な態度にカイトは萎縮してしまう。
「えっと俺……自分はセレナさんに……」
「セレナ”お嬢様”だ。礼儀をわきまえろ」
「あ……」
カイトがふり絞るように話そうとするがセレナを”お嬢様”と呼ばなかったのが気に入らなかったのかムドは強引に遮りカイトを見下ろして圧を掛ける。
「……ごめんなさい」
カイトは頭を下げる。
確かにセレナは貴族令嬢だ。いくらお嬢様と呼ばないでと本人に言われてても”さん”付けで言うのはまずいとカイトは感じた。
そのカイトの姿にムドは鼻で笑った。
「ふん、貴様の世界はろくな教養がなされていないのだな。”不純物”の環境はどうだか知らんがこう見るとたかが知れるな」
「えっ……えっと」
カイトは何も言えなくなってしまった。
セレナやティグは基本的に親切にしてくれていただけに、ムドのように明らかに敵対した態度にカイトは困惑してしまった。
しかしそれがムドを余計に不快にさせてしまった。
「なんだその態度は?貴様、セレナお嬢様に無礼を……」
「待ってムド!!カイトには私のことを”お嬢様”と呼ばなくていいって私は頼んだだけなの」
「ムド。カイト様は現在、我々で保護されている人物です。いくらなんでもあなたのその言動はとてもじゃないですが見過ごせません」
更に圧を掛けて脅すようにカイトに詰め寄った所でセレナは、ムドを宥め、さっきまでセレナ達の近くにいたティグも怒った顔でムドの前に立ち彼を叱責した。
しかし、ムドはティグの行動を愚かだと言わんばかりに鼻で笑う。
「保護ですか……なら、部屋の中に閉じ込めておけばいいでしょう?なぜセレナお嬢様の同行を許可したのですか?セレナお嬢様を助けたからといって保護していますが面倒事を起こす前に処分しておくべきでしょうに。こいつのせいでどれだけ我々に迷惑を被るか分かったもんじゃありませんよ」
ムドはそう言ってカイトを冷たい目で見つめる。ムドが掛ける言葉はまるでアルカード全体を代弁でもしているかのように冷たく冷酷な言葉と視線がカイトの心を締め付けるような感じで体がぶるっと震えた。
「……ただでさえ不純物がいる時点で世間に悪評が……」
「ムド!いい加減にしなさい!!」
ムドが何かを言いかけた瞬間、ティグは怒気のこもった声でムドを睨む。
「保護はゼラス様が決めたことです。それに世評といってもあくまで一部の人間の価値観から生まれた評価に過ぎません。世情を知るのは大事ですがそれに流されてはいけないと言っているでしょう!」
ティグの怒声にこの場は静寂が支配した。セレナより背が低い子供の容姿をしたティグが今は大人の貫禄のある怒声をあげるとはカイトは思わなかった。
少し時間が経った後、静寂な状態に耐えきれなくなったのかムドがふんと鼻を鳴らした。
「まぁ、いいでしょう。……しかしもしそこの不純物が問題を起こしたら私もそれなりの行動をしますからね」
ムドはそう吐き捨てながらセレナに少し視線を向けた後、申し訳ない顔をする。
「……私にはセレナお嬢様を守れなかった責任がありますから。どこぞの分からない人間を側に置きたくないのを理解してください」
そうムドは言ってティグ達を通り過ぎようとしたが途中でティグ達の方に振り向く。
「……”特務機関”に通報しないだけマシだと思ってください。私もアルカード家の一員ですから没落すると言うことは避けたいので……まぁこいつのせいでそうならないことを祈りますよ」
ムドはそう吐き捨てた後、言いたいことは言ってやったかのようにそのままカイト達から離れていった。
「カイト様、申し訳ございません。ムドがあなたに対して失礼な言動を……」
ムドが完全に見えなくなるとティグはカイトの方に向き直り頭を深々と下げセレナはカイトを心配そうに見つめる。
「カイト、ムドはね……普段はとても優しい人なの。カイトが来るまで、ずっと私の世話をしてくれていて……家族みたいに気にかけてくれていたの」
セレナは少し言い淀んでから言葉を続けた。
「先日の山賊の襲撃の時、ムドは必死に戦って私を守ろうとしてくれたの。でも数が多くて……何人かが私に向かってきてしまって。ムドは今も、あの時自分が守れなかったって気にしてると思うの」
セレナは申し訳なさそうに話す。
「ムドは私のことを心配して来たばかりのカイトをきつく当たってるかもしれないの……」
「そんなことがあったんですね……」
セレナの言葉でカイトは思い出した。
森の中で偶然出会ったセレナと必死に逃げ、途中でゼラスが助けてくれたことでセレナもカイトも事なきを得た。
しかし、その前にムドがセレナを守っていた。
そして、守り切れなかったことにムドが今も悔やんでいるのだとカイトは理解した。
「うん。でも誤解しないで普段は優しいんだよ。……だからカイトに対する誤解が解けたらムドもきっと……」
「大丈夫です。……セレナさん俺も分かってますから」
セレナがそう言って申し訳なさそうに頭を下げるのを見てカイトは小さく頷いた。
確かにムドから自分に対して悪感情を持たれるのも無理はない。
(俺がこうして館に住まわせてもらっているのは……俺がセレナを助けたことになっているからだよな……)
カイトがここにいられるのは、先日、セレナを山賊から助けたことになっているからだ。
しかしあの時、セレナを助ける力なんてなかった。
『こいつのせいでどれだけ我々に迷惑を被るか分かったもんじゃありませんよ』
ムドに言われたあの言葉を思い出しカイトは胸がきゅっと締め付けられる。
(俺はこのままでいいのかな……)
いずれ時間が経てば、自分への恩も薄れ、自分が厄介な存在になるのではないか。
(そうならないために頑張らないと。少なくとも今はこの世界の言語を理解できるようにならないと……)
自分が誰にも迷惑を掛けないように、そう心に決めてカイトは歩き出した。




