4話 書庫室と異世界
アルカード家の館の内部は地下一階と屋根裏を除いて三階建て、昔は違う所有者が住んでいたのを少し改築、老朽化したところを修理して再利用されたものだ。
細かいところから年季を感じ、悪くいえば質素、よく言えば内装が非常にシンプルで無駄がない機能美といったところである。
「ここが書庫室だよ。普段、外に出ないときいつも利用しているんだ」
「すごいですね……」
セレナが館の一室、書庫室を紹介したときカイトは感嘆の息を漏らした。
「よかった。ここいろんな本がたくさんあるから私のお気に入りの一つなんだよ」
セレナは誇らしげに自慢するだけあって、その部屋は本棚に本がたくさん並べられており、そこには本を読むためのテーブルが一台とそれを囲む椅子が数脚、中心に置かれている。
(かなり立派な場所だな。もうちょっとした図書館みたいだ)
書庫というより小さめの図書室か図書館に近かった。前任者はよほどの本好きだったのだろう、その人なりのこだわりが随所に感じられた。
「ジー」
すると、メイドの服を着た女性が自身の頬に当たるか当たらないかの距離の近くに立っていた。
「うわ!?」
あまりに間近にいたためカイトは驚いて彼女から飛び上がるように後ろに飛び退いた。
「あっおはよう。メアリ」
「メアリさん……そんな真横にいたらカイト様が驚いてしまうでしょう」
しかしセレナ達は知っている人のようだ。セレナ達と一緒に来ていた使用人のティグは呆れながらメアリと呼ばれた彼女に注意し、カイトに向き直る。
「カイト様、安心してください。彼女はメアリ。我がアルカード家のメイドで主に書庫の管理を担当しています」
「……よろしく」
ティグに紹介された無表情な顔のままメアリは頭を軽く下げた。
「えっと、カイトです。よろしくお願いします」
カイトもメアリに頭を下げた。
「ジー」
しかし、頭を下げた後もメアリはカイトを凝視し続けていた。
(えっ?なに?俺何かしたのかな?)
彼女の行動にカイトは困惑していた。
表情を読み取りたいが彼女は無表情なので分からない。
カイトはメアリが何を考えているのか分からず困惑していると彼女は口を開いた。
「……カイト?……本当にカイトでいい?」
「えっ?」
突然、自身の名前の確認をされたのでカイトの目は点になる。
「えっとカイトで大丈夫です」
「…………分かった。これからカイトと呼ぶ……よろしく……」
メアリは納得したのかそのまま視線を逸らした。
(ただ、名前を聞きたかっただけか……)
自分に何か問題ないと感じホッとしているとティグがカイトに頭を下げる。
「カイト様、重ね重ね申し訳ありません。彼女はその少々独特と言いますか……少し変わった所がありまして話し方もその一つですが決してカイト様に悪意を持っているわけではないので安心してください」
「……分かりました」
メイドとしては少し変わっているがカイトはそこまで気にしなかった。
すると、セレナはカイトの手を軽く引っ張りながら話し出した。
「カイト、そろそろ良いかな?早く本読みたいし、メアリもいい?」
「……大丈夫、問題ない」
メアリは親指を上げてサムズアップし、「その代わり……」とカイトの方に視線を向ける。
「その代わり……本は大事に使って……」
「えっと……本とかって貴重だからですか?」
「それもあるけど……違う」
「違う?」
他に理由があるのかとカイトは首を傾げるとメアリは若干、声を落とす。
「本を傷つけると……泣く……私が」
「泣く?」
自分が悲しくなるからというまさかの理由でカイトは目を点にするが彼女はさらに言葉を続ける。
「傷つけたやつは許さない。……便所の隅でガタガタ震えてようが……呪う」
「呪う!?」
「一生消えない恐怖を……刻む」
「刻む!!?」
「セレナお嬢様にも……やった」
「なにを!!??」
余程、彼女にとって本は大事らしい。
無表情のまま、それなのに伝わる圧倒的な重圧と恐怖をカイトは感じた。
セレナも昔何かやらかしたのだろうか、カイトを握っている手がプルプルと震えている。
「メアリさん!!」
「……!!」
ティグが一声掛けたことでメアリがハッと我に返った。
「……ごめん」
メアリが軽くカイト達に頭を下げるとまるで何事もなかったかのように彼女の発した重圧がなくなっていた。
ようやく場が落ち着いたのを見てティグは安心し、慌ててカイトに頭を下げる。
「カイト様、申し訳ありません。ただ、彼女のことはともかく本は貴重ですので大事に扱って欲しいということは忘れないでください」
「……はい。分かりました」
ティグの様子からメアリが怒るとただ事じゃないというのを感じたカイトは絶対にメアリの逆鱗に触れないようにしようと心に誓った。
「それじゃ、カイト行こう。ここの書庫ね珍しい本がたくさんあるんだ」
ようやくメアリのプレッシャーから解放されたセレナは棚から本を探し始める。
(そういえば、この異世界の本を読むのって初めてだな。もしかしたらこの世界について何か分かるかも……)
カイトもこの世界で分かっているのはここがアルカード領という地名だけだった。他にも大陸や国も教えてもらったがその時は口頭で説明されただけだったので完全に理解できていなかった。
だからカイトはこの機会にさまざまな本を読んでみたいと考えていた。
(この書庫室を利用してこの世界の情報を集めるぞ!)
カイトはそう一つの目標を持って本を探し始めた。
この時のカイトは情報集めという目的意識とこの世界に対する好奇心に満ちていたのだった。
「……言っておくけど、絶対に本を傷つけたり破いたりしたらだめだよ。当然、飲み物をこぼすのもね。じゃないと……恐ろしいことが起きるから」
「……はい。気をつけます。セレナさん」
……それと多少の恐怖心も混じっていた。
この場所では絶対にメアリを怒らせてはいけないらしい。
* * *
書庫室は実に色々な本があるが雰囲気は静かだった。
(……)
カイトはこの世界について知るために静かに本を読んでいた。
しかし、始まって数十分後、ある問題に直面する。
(だめだ読める気がしない……)
そう、カイトはこの世界の言語を読むことができなかった。
よくよく考えれば異世界なのだからその世界の言語を使って当たり前である。
日本語とやや理解できる英語とそれ以外の言語を少々しか知らないカイトに理解できるはずがない。
当然、カイトも工夫はしていた。
必死に他の本やページを見比べながらパターンを読み解こうとしていたが全く歯が立たなかった。
(……もしかしてこのまま、何も理解できないままの状態なのかな……)
せっかくこの世界について色々と知れるチャンスなのにこのまま進めないでずっと時間だけを無駄にし続ける自分を想像してしまい落胆する。
「……ん?」
すると、カイトの横に何か気配を感じた。
カイトはゆっくりと視線の先の方に顔を向けた。
「ジー」
「……!?うわぁ!!」
メイドのメアリがカイトの真横……間近で凝視していたのだ。カイトも最初は何か分からず理解した瞬間、飛び跳ねるように驚き、椅子ごと後ろに倒れそうになった。
「カイト様!?」
「カイト、大丈夫!?」
事態を察知したのかさっきまで本を読んでいたセレナと本の整理をしていたティグが慌ててカイトの方に向かう。
「大丈夫です。セレナさん、ティグさん。ご心配おかけしました」
カイトに怪我がないと理解し安心したティグは、こうなった元凶であろう彼女に視線を向ける。
「それで……なにをしているのですか?メアリさん」
「……えっと」
ティグに問い詰められたメアリは視線を逸らしカイトの方の……カイトの手元にある数々の本に目を向けながら応えた。
「……カイト……文字読めてない……と思った」
「うっ……」
できるだけ周りに迷惑を掛けないように自力で学んでいたのだがメアリにバレていたらしい。
カイトは言葉を詰まらせた。
それを見ていたセレナは「あぁ!!道理で」と理解する。
「カイトの世界と私の世界って言語が違うんだよね。ごめんね、気づかなくて」
「えっと、いえ大丈夫です。読めないといっても……こうして読めるように勉強して……」
セレナ達に心配かけたくなかったカイトは自分も独学で勉強していると彼女に安心させようとしたが、さっきまで苦戦していたことを思い出し、言葉が出てこなかった。
その様子を見ていたセレナは何かを思いついたのかセレナは立ち上がる。
「……そうだ!これなら。……まっててカイト、ティグおじさん手伝って」
「分かりました。セレナお嬢様」
そしてセレナはそのまま向かいの本棚に向かっていた。近くにいた従者のティグも彼女に追随する。
(セレナさん。どうしたんだろう?……いやそれより)
セレナの向かった先も気になるがもっと気になる人物がいるためカイトはその人の方に視線を向ける。
「ジー」
相変わらずカイトの顔をメアリが無表情で見つめている。
カイトはその視線に耐え切れずメアリに話題を振った。
「えっと、メアリさんはいつから気づいてたのですか?」
「……なにを?」
「えっと、いつから俺が文字を読むことが出来ないと気づいたのですか?」
「カイトが初めて書庫室で本を……読み始めたころから……ずっと見てた……確信がなかったけど」
カイトの質問にメアリは人形のようにゆっくりとカイトが初めて本を読み始めている様子を話した。
「最初は……驚いて渋い顔してた……でもその後、本のページをジッと見て他の本を見比べながら読み始めて……そして溜息吐いたからもしかしたらこの世界の言語……を読むことができない……と思った」
どうやら、ずっと前からメアリはカイトの様子を見ていてくれたらしい。その結果からカイトはこの世界の言語を知らないことを察したのだ。
(セレナさんの時といい俺って顔に出やすいタイプだったのか……)
よくよく考えればそのせいで自分はセレナに心配をかけていたことを知り落ち込む。
「……なでなで」
すると、メアリがカイトの頭を撫で始める。
「……メアリさん、えっと」
「……こうすると元気が出るって……昔、言われた」
困惑しているカイトを気にせずメアリは優しくカイトの頭を撫でる。
「……えっと心配かけてごめんなさい」
「……なんで謝るの?」
カイトの謝罪に、メアリは小首をかしげる。
「知らないのは……悪いことじゃない……後で覚えていけばいいって昔……言われた……」
(……メアリさん)
どうやらメアリなりの励まし方と知り、カイトは照れくさくなりながらも少し嬉しい自分がいることに気づいた。
「それにカイトは感情……顔に出やすい……だからリアクションが……面白い…………」
「……もしかして面白がって近づいてません?」
「……七割……そんな感じ」
「……」
どうやらメアリはカイトの反応が面白かったからわざと真横にいて驚いているところを観察していたようだ。カイトがメアリに少し呆れていると、セレナとティグが戻ってきた。
「カイト、お待たせ!」
様々な本を持ってやってきたセレナ達はそれらを机に並べた。
「これは?」
カイトは机に並べられた本の一冊を手に取りページをペラペラめくる。その本は文字だけではなく絵も書かれていた。内容はともかく絵本に近いものだ。
「これならカイトも分かりやすいんじゃないかなって思ってたんだ。カイトが読んでいた本、どれも活字が多かったから」
セレナは文字が読めないカイトのために読みやすい本を探してくれたようだ。
(……絵本か……その手があった。なんで今まで気づかなかったんだろう)
この世界の言語も学ばないといけないと活字の多い本ばかり読んでいたカイトにとってセレナが持ってきてくれた子供が読んでそうな絵本という発想は思いつけなかった。
「ありがとうございます。セレナさん」
カイトはセレナにお礼を言って頭を下げる。
(この本なら内容も文字も分かりやすいかも)
途方に暮れていたこの世界の言語学習に、ようやく光明が差した気がした。
「あっ、そうだ。カイト。本を探したお礼という訳じゃないけどお願いがあるんだ」
「お願い?」
セレナが何か頼み込んだのでカイトは小首をかしげる。
「うん。読書が一段落したらでいいけど……」
セレナがそわそわしながらカイトを見つめ、決心したのかセレナはカイトに自身のお願いを伝えた。
「カイトのいる世界のこと聞かせて。昨日は聞けるタイミングがなかったから」
カイトの世界のことを知りたい。それがセレナのお願いだった。




