3話 異世界の朝
<とある夢>
「うぇーん、うぇーん」
一人の小さい子供が泣いていた。
自分は誰なのか。なぜ、自分はここにいるのか。
分からない。
何も分からない。
そんな子供はただ泣いていた。
「本当によろしいのですか?」
「えぇ、よろしくお願いします」
その子供の前にこの施設の院長と二人の男性と女性の大人が現れた。
「彼は自身の親や名前どころか、保護される以前の記憶すら覚えていないんですよ。一応、医者からは部分的な記憶喪失みたいでして」
院長はそういうと子供の境遇について語り始めた。
「……警察や近隣の産院、民生委員にも協力しましたが結局、彼の親どころか親族、血縁関係すら分からずじまいでして……」
色々と苦労したのだろう院長は疲れた顔で二人の男女に伝えた。
「確か、あなたたちが発見者でしたよね?大本の手続きは終えていますが別に発見者が引き取る義務はないのですよ?」
「分かっています。それを承知の上で引き取ると決めました」
男性と女性は院長の言葉に頷きながらそのまま泣いている子供の前まで歩き、目線を合わせるためしゃがんで話しかけた。
「やぁ、こんにちは」
「ヒック、エグッ」
子供は泣き続けている。
「私たちは君を引き取りに来たんだ。養子……君のお父さんお母さんの代わりにね」
「ウグッ、エグ」
男性が話しかけても子供は泣きじゃくっていた。今度は女性が男性に代わって子供に話しかける。
「急にごめんね。いきなり私達がお父さんお母さんと言っても困るだけよね」
いきなり見ず知らずの人が自分の親になるのは困惑しただろうと思い、女性は安心させるため優しく話しかける。
「でも本当のお父さんお母さんがいないあなたを見て不安に思ったの。最初は無理でもいつか私達を本当の……」
「……僕……捨てられたの?」
その時、子供は彼女の話を遮り泣きながらまるで何かが決壊したかのようにポツポツと話しだした。
「周りの人が言っていったんだ。ここは親に捨てられた子が集まる場所だって……僕は捨てられたのかな?……僕のパパとママは僕のこと要らなかったのかな?……思い出したくても分からない」
子供は嗚咽を漏らしながら泣きだした。
男性はそんな彼を見て少し黙った後、優しく彼を抱きしめた。
「大丈夫。少なくとも私たちは君をいらないと思っていない。行く宛て……親がいないなら私たちが親になる。私は君を見捨てない」
男性は子供の頭を撫でながら優しく諭した。女性もそれに追随するように優しく頭を撫でる。子供が安心したのか目に涙がたまっていたが徐々に泣き止んでいった。
「……そういえば君に名前がなかったね……せっかくだし名前を……新しい名前が必要だね」
そう言うと男性は手を子供の肩に置き、考え込んでいたが、ふと何かを思いついたかのような顔をして子供を見た。
「決めた。一ノ瀬カイト。君の名前は一ノ瀬カイトだ」
* * *
「んん?」
朝の日差しを受けカイトは目を覚ました。
「……夢か」
体を起こし目をこすり窓から漏れる日の光が意識をだんだんはっきりさせていく。
普段なら窓の向こうから見える光景はコンクリートの道路やそこを通る車、犬を連れて朝の散歩をする通行人。
しかし、ここは異世界である。
実際に窓から見えたのは一面麦畑が広がっており、舗装されたコンクリートではなく地面を踏み固めた道を荷馬車が通り、仕事なのか農家が作業をしている。中には馬や牛などを引っ張って畑や道を歩いている者もいた。
(寝て覚めれば全ては元通りとはいかないか……)
本当に異世界に来たのだなとしみじみ思っていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「カイト!入っていい?」
それは聞き覚えのある少女の声だった。
(セレナさんだ。よし、まず顔を確認しないと)
声から一発でセレナだと分かったカイトは昨日、セレナの前で見せた疲れた顔や悲しそうな表情を思い出し軽く鏡を見て自身の顔を確認する。
「……よし!」
自分の顔に何も問題ないと確認できたカイトはセレナに入室の許可を出す。すると扉が開きセレナが元気に挨拶しながら入ってきた。
「カイト!おはよう!!」
「おはようございます。セレナさん」
綺麗な銀髪を揺らし、赤目を輝かせながら彼女は元気にカイトに駆け寄る。
「カイト、今日はよく寝られた?」
「はい、おかげで疲れも取れましたよ」
「そう。よかった。昨日は色々あったし疲れが残っているかなって心配してたんだ」
(よかった。今回は顔に出ていない)
昨日は自分が不安な顔をしていたのを見てセレナに心配かけていたので出来る限り表情に出さないように意識していた。
セレナの様子から今回はそれがなかったことにカイトは安堵する。
そんな会話をしているとセレナの後を追うように従者のティグが入ってくる。
「おはようございます。カイト様」
「えっと……」
ティグが姿勢を正した状態で軽く頭を下げた挨拶に対してカイトは戸惑っていた。
(確か、セレナさんは、ティグ”おじさん”って言ってたよな)
ティグの姿はカイトやセレナよりも年下、八、九歳ほどの容姿をしていた。
しかし、セレナは彼を明らかに年上の呼び方をしていた。
「……おはようございます。ティグさん」
結局カイトは”さん”づけして軽く頭を下げ挨拶を返した。
「はい。よく眠れたようで安心しました」
「……昨日は心配を掛けましたから」
(一応、問題ない……のかな?)
笑顔で応えるティグの様子を見てこれからは”ティグさん”と呼ぼうとカイトは心の中でそっとメモをした。
「セレナお嬢様、カイト様のお召し物を変えないといけません。申し訳ありませんが外に出ていただけませんか?」
「あっ、そうだった。ごめんね。カイト、また後でね。今日は館案内だからね」
ティグの言葉でセレナは部屋を出ていった。扉の外で「セレナお嬢様、こちらです」と外で待機していただろう別の従者の声が聞こえた。
(……あれ?なんか、向こうの従者、ティグさんと同じ声のような?)
しかし、その声は今、カイトの目の前にいるティグとほぼ同じ声だったことにカイトは違和感を覚えた。
(……気のせいかな?)
しかし、カイトは気のせいだろうと割り切る。
こうしてカイトの一日が始まった。
「……あのティグさん。着替えは一人で出来ますから……」
「いえ、これも仕事ですから」
世話係であるティグはカイトの着替えも彼が行っている。
たとえ異世界に暮らして何日経ったとしてもこれに慣れることはないなとカイトは心の中で思うのだった。




