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Iの冒険記  作者: 一発KO
第二章 異世界漂流編 下
41/43

37話 覚悟

山賊拠点、とある場所。


「はぁ、はぁ」


「ひぃ、ひぃ」


「うぷ、もう脇腹が痛い……」


「頭ぁ!!俺達、どうなっちまうんですかぁ!?」


「うるせぇ!!とにかく逃げるんだよ!!」


部下達の弱音に山賊の頭、ドレックは唾を飛ばしながら叫ぶ。


(落ち目の領でそれを治める領主も落ちこぼれだという噂を聞いたから、好き勝手できると思ったのにこれじゃ割に合わねぇよ!!)


ドレックはデトマール家から「アルカード家の没落」と「令嬢の誘拐」を依頼され、高額の報酬で雇われていた。引き受けたのは、報酬の良さに加え、アルカード家自身から大した反撃は来ないだろうと踏んだからだ。


(あのデトマール家共。俺達の部下が異物狩り共に殺されているっていうのに、今まで俺達にあんな化け物を攫えって言ってたのか!?ふざけんじゃねぇ!!)


しかし、蓋を開けてみれば、今は特務機関に拠点を潰されている。おまけに攫った令嬢は、星級の真名を持つ“規格外”だった。

格下相手ならともかく、自分より強い相手に命を張る気はない。ドレックはすでにデトマール家と手を切り、部下を連れて拠点から逃げ出そうとしていた。

百人以上いた部下は、今やこの場にいる四人だけだ。


(もう、潮時だ。幸いこの領地で攫った子供を裏奴隷市場で売った金がある。部下を大勢、失ったのは痛いが、無駄に大きかった組織を先鋭化したと思えばいい。大体、無駄に多すぎたからな……後はこの領から抜け出しどこか身を潜めればいい)


ドレックは、自分達しか知らないはずの裏口へと足を向ける。


「……!!」


すると、その道が続く先で誰かと鉢合わせし、ドレックの足が止まる。

そこにいたのは、自分の部下でも特務機関でもない。


「あれは、山賊!?」


「ゼラス様!!お下がりください!!」


現れたのは、アルカード家。裏口から侵入したゼラス達だった。

近くにいる従者は彼を守るように前に出る。

逃げ道を塞がれ、部下達は絶望の表情を浮かべる。だが、ドレックの反応は違った。


(待てよ!あいつ、アルカード家のガキ……チャンスだ!ゼラスっていうガキを踏ん掴まえて人質にすればここを安全に逃げられるぜ!!)


前アルカード家の領主、クリス・アルカードは星級の真名を持った名君と言われていた。

それに対し現領主のゼラスは国級以下の真名しか持てず、貴族界隈では落ちこぼれの代名詞として知られていた。

真名を暴走させ周囲を業火に変えていたアルカード家の令嬢、セレナ・アルカードを目の当たりにしたドレックにとって、目の前のゼラスは大した障害にならない。

ドレックは下卑た笑みを浮かべる。


(問題は、こいつを守っている連中だが……まぁ、ここにいる部下を捨て駒にして足止めさせればいい)


今は自分だけでもこのアルカード領から逃げ出せればいいと考え、部下達に命令を飛ばす。


「てめぇら!!気合を入れやがれ!!あのゼラスという坊ちゃんを守っている二人を抑えろ!!」


捨て石にされたことを知らない部下達は刃物やデトマール家の連中から貰った拳銃を手に従者達に襲い掛かる。


そしてドレックの狙い通り、従者の二人はゼラスを守るように迎え撃つ。

従者一人に対し、部下が二人で相手している。

これなら部下が生きてようが死んでようが足止めとしては十分だとドレックは確信する。

ゼラスを守る者はいない。

ドレックはそのままゼラスに向かって走り出す。


「ゼラス様!!」


従者の一人が叫ぶが、部下に阻まれ動けない。もう一人も同じだ。

従者達の守りを抜けたドレックはゼラスまで五歩といったところまで距離を詰める。

ゼラスは剣を構えて迎え撃つ。刃はガラスのように透き通って見えたが、ドレックは構わず踏み込んだ。


「はっ!!」


ゼラスの鋭い掛け声とともに、切っ先がドレックの胸を貫いた。それでもドレックの口元には、薄い笑みが浮かんでいた。


「!?」


ゼラスの顔に、一瞬動揺が走った。

その瞬間、ドレックの体が、どろりと泥に崩れた。

ゼラスは思わず身を引こうとする。だが、ドレックは胸に刺さった剣を泥で絡め取った。


「ぎゃははは、馬鹿が!!特務機関やあのセレナとかいう規格外の化け物と比べればてめぇのような落ちこぼれなんざ怖くねぇんだよ!!」


ドレックは笑い声を上げる。

ドレックの体質変化型の真名は自身の体を泥に変える能力だった。土や、多少柔らかい地面なら、泥になって潜ることもできる。それが彼の一番の自慢だった。本気を出せば余程厚くない限りは固い地面や壁に穴を開けることができる。

ドレックはその泥で、ゼラスを覆い込もうとする。


「まず抵抗できねぇように、てめえの手足と歯をぶち折って……」


高笑いしていたドレックだが、突如、体が重く感じられた。

徐々に、体が動かなくなっていく。


(……は?なんだ!?)


ドレックは状況が理解できず、体が震える。

しかし、震えの理由は恐怖だけではなかった。


(……体が……寒い……痛い!)


胸あたりから広がる冷たさと痛みに、ドレックは刺さっている剣を見る。


「……ひぃ!?うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


そしてようやく自分に何が起きたか理解したドレックは今度は恐怖の悲鳴を上げた。


刃は、ガラスではなく氷だった。そこから冷気が体の内側へ広がっていく。

ドレックはたまらず距離を取ろうと必死に胸の剣を抜こうとする。

しかし刺さった箇所から凍り付いて、剣はびくともしない。


「落ちこぼれか……否定できないな」


凍り始めているドレックを見てゼラスは淡々と話す。


「私は……僕は領主としても兄としても不甲斐ない人間だ。お前たち山賊に好き勝手させてしまうし、セレナを守ることができなかった」


まるで自嘲するかのようにゼラスは語り続ける。


「僕はセレナみたいに強い真名を持てなかった。父さんみたいに偉大な領主にもなれなかった。僕にあるのは……この氷を作る程度でしかないこの国級程度の真名だけだ」


ゼラスはそう言いながら剣を強く握る。

それとともにドレックを凍らせている氷は更に広がる。


「挙句の果てに、この領を守るため、セレナを特務機関に引き渡そうとしている。僕は……セレナを守れなかった、幸せにできなかった。……だから、今、この時だけでもセレナを守る!!」


氷が胸から首へ這い上がる。

ゼラスの決意を秘めた瞳にドレックは戦慄した。このままだと自分が殺されてしまう。

さっきまでゼラスを落ちこぼれで楽に倒せると思っていたドレック。今はその彼に生殺与奪の権を握らされていた。


「待ってくれ!!俺はデトマール家の連中に唆されただけだ。連中に騙されてたんだよ!!頼む見逃してくれ!!」


ドレックはかろうじて動かせる口だけで命乞いを始める。

今まで自分達が行ってきたアルカード領での破壊活動や子供の誘拐を棚に上げ、組んでいたデトマール家に全ての責任を擦り付けようとした。


「そうだ、今日からあんたの部下になろう!!人手不足なんだろう?俺の真名は大陸級なんだ。あのアルカード家の令嬢、セレナ……お嬢様だっけ?あいつ、真名は強いが碌に使いこなせねぇし危ないったらありゃあしねぇ!!俺なら使い勝手がいいぜ!!」


ドレックは自分でも何を言っているか分からなかった。しかし、ただ死にたくないという思いだけが彼の口を動かしていた。

だが、氷の勢いは衰えず、とうとう喉元に達し、顎を覆い始める。


「待って!待ってくれ!!アンタを襲ったことは詫びる!!俺はまだ死にたくねぇ、死にたくねぇんだ!!」


ドレックは涙をボロボロ流し始める。

その姿は、これまで自分達が誘拐してきた子供達そのものだった。

泣きながら必死に許しを乞う子供を無慈悲に痛めつけ裏奴隷市場に売り飛ばした。

これまでの所業への報いのように、氷が顔全体を覆い始めた。


「もう誰も失わせない!!落ちこぼれでも僕はアルカード家の領主でありセレナの兄なのだから!!」


ドレックにはその言葉の意味が分からなかったが、自分を見逃す気はないと悟った。


「嫌だ!!助け……」


ドレックは泣きながら命乞いをする姿のまま、氷に閉ざされた。それが彼の最期だった。



*    *    *


<ゼラス視点>


(やった……)


襲ってきた山賊が絶命したのを確認し、ゼラスは氷の剣を握ったまま大きく息を吐いた。


「ゼラス様!!無事ですか?」


ちょうど従者のティグと執事のクロノが駆けつける。

二人とも既に山賊達を撃退していた。


「この男の言葉によりますと、ゼラス様が仕留めたその男がこの山賊達のリーダーだそうです」


顔が三倍ほどに腫れ上がった山賊を引きずってきたクロノがゼラスに話しかける。


「そうか、となるとこれは大金星といったところかな……予定では特務機関が倒してくれるはずだったけど……」


ゼラスは改めて自分が仕留めた山賊を見る。

この男が今まで自分の領を苦しめてきた山賊の親玉だ。それを自分の手で仕留めたことに領主としての仕事ができたと少しだけ安堵する。

すると、ティグがゼラスに声を掛けた。


「ゼラス様、そろそろ剣から手を離すべきかと」


「!!そうだ、こんなことをしている暇じゃない。早く、セレナを見つけないと!!」


ゼラスは剣から手を離そうとする。

ゼラスの真名は氷を形成する形成型であり、その能力によって氷の剣を作ることができる。

その剣により、手が凍傷になったことは今まで一度もない。しかし、敵を倒した以上、いつまでも握ったままにするわけにはいかなかった。


「……あれ?」


しかし、ゼラスの手は動かなかった。

必死に剣から手を引き剥がそうとするが、指が動かない。

いくら氷の剣と言っても自分の真名で生み出した氷で手がくっつくような間抜けな事態など、あり得なかった。

気づくとゼラスの手は震えていた。

それは寒さによる震えではなかった。


(あっ……)


その時、ゼラスは自分が倒した山賊の顔を見る。

その氷像の顔は苦悶に満ちていた。


(僕は、人を殺したのか……自分の手で)


ゼラスの心臓はこのまま潰れるのではないかと思えるほど激しく脈打つ。

顔の血の気が引いているのを感じた。


「手を失礼」


すると、ティグは剣を持っているゼラスの手を握る。

そしてゼラスの指を一つ一つ剣から外していく。強張った指を、一本ずつ丁寧にほどいていった。


「すみません。ティグさん」


そしてようやく剣を握っていた手を解放することができたゼラスはティグに言葉を掛ける。


「いえいえ、気にしないでください……人を殺したのは初めてでしたね」


「正確にはこんな実戦をやるのは初めてだよ。情けないな、領主としてしっかりしないといけないのに……」


「誰だって同じですよ。それどころかこのような経験すらしていない領主はいくらでもいます」


「ありがとう……行こう。早くセレナを助けないと」


山賊のことは一旦脇に置き、セレナを助けることに切り替えたゼラスはクロノとティグを連れ奥へと進む。


山賊と戦っていた時、ゼラスの精神はかなり追い込まれていた。

“セレナを守るため”。人を殺す恐怖を打ち消そうと、ゼラスの頭の中はその一言で一杯だったのだ。


(しっかりしろ。僕はセレナを助けるために……)


そう言い聞かせた瞬間、ゼラスの足が止まりそうになる。


(僕は、本当に兄としてできているのか……この後のセレナのことも)


山賊討伐、及びセレナの救出のために特務機関達と協力している。

その条件が、セレナを特務機関に引き渡すことだった。

それはセレナが特務機関の一員として命がけで戦う道であることを意味していた。


(本当にこれが正しかったのか……これしかなかったのか?)


ゼラスは後悔していた。

他に選択肢があったのではないか。だが、他の答えは出なかった。


「ゼラス様。どうしましたか?」


すると、足の動きが遅くなったのを心配してかクロノがゼラスに声を掛ける。

その言葉にゼラスはハッとし、すぐに今までの迷いを振り払う。


(こんなことを考えている場合じゃない。とにかく今は進むしかないんだ。僕は……今、アルカード家の領主、セレナの兄なのだから)


ゼラスは心の中で言い聞かせ、再び奥へと進んでいった。



ここまで読んでくださりありがとうございます。


次回の投稿は10月24日(土)、18時の予定です。


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