35話 一ノ瀬 カイト
<カイト視点>
ここは、どこだ?
気が付けば、俺は周りが炎で囲まれた場所に立っていた。
辺りを見渡す。幸い、体は全然動ける。“怪我が何一つない体”で足を進めた。
なんで、ここだけ火が強いんだろう?一部の地面や壁は熱で溶けている。なのに俺の体は何故か熱さを感じない。
一体、何があったんだろう。
おぼろげな感覚に襲われながら必死に思い出す。
確か今日、“特務機関”とかいう人が来て、山賊に攫われて、アンクが助けてくれたからセレナさんと一緒に逃げ回っていたら、ムドとデトマールの私兵団と鉢合わせて、その後は……。
そういえばセレナさんはどこにいったんだろう?
「……ん?」
ふと、目の前に誰かが背を向けて蹲っていた。肩を震わせて、泣いている。
セレナさんだ。
なんで彼女が泣いているのだろう?
「……全部、私のせいなんだ」
セレナさんは泣きながら呟く。
その言葉の意味は分からない。でも、俺の心はキュッと締め付けられる。
その姿は、普段見せるセレナさんとはまるで違っていた。
いつもは元気で励ましてくれていた。
彼女自身が弱いところを見せることはなかった。
でも今、セレナさんが泣いているのだ。
そんな光景に何か覚えがある。
……いや、違う。セレナさんが泣いている光景そのものじゃない。
誰にも言えず一人で抱え込んで、それでも限界が来て涙が溢れる――その感覚に、覚えがあるんだ。
この世界ではない。昔に何か……
そうだ。あの時だ。
あれは、俺が小学生の頃だ。
義両親に引き取られてからというもの、迷惑を掛けないように、人に不安を与えないようにと、息を潜めるように過ごしていた。
ある日、お義父さんとお義母さんと一緒に科学博物館に来ていた。
普段大人しかった俺は、この日だけは恐竜の化石とか初めて見るものばかりで目を奪われていた。
初めて子供らしく夢中になっていたのかもしれない。
しかし、それがいけなかった。
いつの間にか義両親とはぐれてしまった。
博物館の中は人で一杯だったのだ。そんな中で周りを気にせず目新しいものに集中していたら、はぐれて当然だ。
俺は顔を青くしていた。もっと周りを見ていればこんなことにならなかったのではないか。
きっと、勝手にはぐれたから義両親に怒られるに違いない。
慌てて二人を探そうと歩き回った。
けど、初めて来る場所で周りが人だらけだった。
二人を見つけられるはずがなかった。出口どころか、今どこにいるのかも分からなくなってしまった。
怖くなってしまった。一人で動かなければよかったという後悔と、このまま二度と義両親と会えないのかもしれないという不安で、泣きそうになった。
でも何もできなかった。できるのは、泣かないよう必死に我慢することだけだった。
数十分後――体感では何時間にも思えた――職員さんが俺を見つけてくれた。
その人はそのままお義父さんとお義母さんのいる場所まで案内してくれて、俺は二人と再会できた。
怒られると思っていた。でも、違った。お義母さんは俺を抱きしめ、お義父さんは頭を優しく撫でてくれた。
そして二人は、「ごめんね」と言った。
怒られなかったことへの困惑はあった。けれどそれ以上に、悪いのは勝手にはぐれた俺のほうなのに、二人のほうが謝っている。その事実が胸に沁みて、俺は言葉が出なかった。
その時、今まで我慢していた涙が決壊するように溢れて、わんわんと泣いた。
帰りは、家に着くまでお義母さんにくっついて離れなかったのを覚えている。
あの時の俺も、本当は怖くて、誰かに助けてほしかった。それでも一人で我慢しようとしていた。
――セレナさんも、きっと同じだ。
いつも元気に振る舞っていたセレナさんに、一度だけ真名について聞いたことがあった。彼女は言い渋っていて、話しにくいことなのだろうと、俺は深く聞かなかった。
アレン達が村に来た時もそうだ。セレナさんは最初、距離を置こうとしていた。俺が背中を押して、最後には一緒に遊んでいたから安心していたけれど、ルブルスさんの話では、昔の彼女は信頼できる人にしか近づかなかったらしい。
それ以上は考えなかった。でも、真名が規格外だと知った今なら分かる。
セレナさんは苦しんでいたのだ。
発動すれば暴走し相手を傷つけてしまう力。
その力への恐怖と不安に押しつぶされながらも、彼女は俺達の前では必死に笑顔で振る舞っていた。
なんで、気が付かなかったんだろう。
俺は、彼女のことを気に掛けていたつもりだった。でも、それは表面をなぞっていただけだったのかもしれない。本当に苦しんでいる部分には、踏み込もうとしなかった。
少しでも彼女や、みんなのことをちゃんと見ようとしたことがあっただろうか。
「……私なんて、生まれてこなければよかったんだ」
その言葉が、セレナさんの口からこぼれ落ちた。
その瞬間、俺の体は動いていた。
俺はセレナさんを後ろから優しく抱きしめていた。
これが正解か分からない。でも、少なくともあの時、俺のことを優しく撫でてくれた義両親と同じようにしていた。
俺はもう目を逸らしたくないという気持ちで一杯だったのだ。
するとセレナさんはビクッと体を強張らせた。
拒絶されるかもしれない。
しかし、彼女は振りほどこうとはしなかった。俺は安堵の息を吐く。
そしてセレナさんが、ゆっくりと振り返る。
彼女と視線が合う。
「……カイト?」
涙を浮かべているセレナさんのか細い声が俺の耳に届く。
「もう、一人で悩まなくていい!俺がいる!悲しいときは、俺も傍にいるから!!」
それは、必死な叫びだった。
俺はセレナさんから目を離さなかった。今度はしっかりと見ないといけないのだ。
『……このままじゃ、守れない』
「!!……」
突然、俺の頭の中に声が聞こえる。
『それどころか、君自身が無くなる』
まただ。またあの声だ。
最初に聞こえたのは異世界に転移する前、二回目はレテロさんたちの村の近くで出会った山賊との対峙だ。
そして今回は、声にノイズが無く、今までで一番はっきりと聞こえる。
『そうなったら全てが戻ってしまう』
その声は幼く、まるで5、6歳ぐらいの子どもが話しているようだった。
『だから、少し僕の力を使う』
「君は誰なんだ!?」と必死に叫ぼうとした。しかし、声が出ない。まるで自分の体が別の人物に制御されているようだった。
『でも、もし使ったら……君自身がどうなるか分からない。……元からそうだったけど。もしかしたら逆効果かも……だからせめて……』
周囲の炎が揺らぐ。
俺の困惑を無視し、謎の声は話し続ける。
『僕のところに辿り着かないで』
その言葉を最後に、いきなり俺の体は光り始める。
「カイト!?」
セレナさんは戸惑いの声を上げる。
しかし、俺自身はそれどころではなかった。
体が動かない。自分自身に何が起きたのか分からなかった。
光が止まらない。
俺の体から、透き通った根のようなものが伸び、俺とセレナさんを包み込んでいく。根は空間に張り巡らされるように遠くまで広がり、その内側を、血管のように光が脈打って流れている。
そして……激しい光が俺の視界を覆った。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次回の投稿は10月10日(土)、18時の予定です。
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