33話 セレナ・アルカード 上
<セレナ視点>
私は周りの人間が怖かった。
昔は……少なくとも自分の真名とランクが分かるまではそんな感じではなかった。
私が5歳のときのことだった。
私の真名はどうやらお父さんの力を引き継いでいるらしい。お父さんはとても強い真名を持っていた。
真名のランクは霊力の保有量を基準に、村級、町級、国級、大陸級、大海級、星級と分けられている。
当時の私は大海級だった。
真名がまともに使えるのは国級以上が条件で、数少ない大海級の登場は多くの人に注目され期待された。
それを知った時、最初は自分が父の子であることを誇らしく思えた。
でもその後は嫌なことの連続だった。
特に、色んな人達、貴族や商人とか周りの大人たちが私に接触することが増えた。
ある時は社交界で、ある時は父と話したついでにあの手この手で私と話そうとしてきた。
それまではまだ我慢できた。たくさんの人に会って気持ちが疲れていたが、人と付き合うとはそういうものだとまだ思えたからだ。
でも、辛かったのは、その人たちが私の家族のことを悪く言っていたことだ。
特にゼラス兄様とお母さんに対してはひどかった。
ゼラス兄様の真名のランクは私と違い国級で、真名を使うには十分なランクだった。それでも、お父さんや私と比較されて、周りから落第扱いを受けていた。
アルカード家の出涸らし、落ちこぼれ。私の前でそういうことを言う人が多かった。
やがてそれはお母さんにも矛先が向けられた。
兄が落ちこぼれなのはお母さんの影響がつよくなったからだ。
母親も落ちこぼれだから落ちこぼれの兄が生まれたと。
ゼラス兄様とお母さんの周りではそんな陰口が続いた。中には私の前であからさまにそれを言う人もいたのだ。
私とゼラス兄様は仲良しだった。一緒にいる時間も多かったし、本を読んでいるとき分からないところがあったら素直に教えてくれていた。お母さんも優しく、私が泣いている時は頭を撫でて励ましてくれた。
そんなゼラス兄様とお母さんを落ちこぼれと蔑むようなことを言われるのは耐えられなかった。
そんな気持ちを周りは無視して私が次期領主だと考えてすり寄ってくる。
中には、お父さん自身が気に食わないのか、お父さんの領地運営を悪くこき下ろし私に期待する者もいた。
お父さんも仕事で忙しかったけど、家族と一緒の時間を作ってくれていた。私がその日起きたことを話してもお父さんは嫌な顔をしなかった。
それも、アルカード領とその領民達を思ってのことだと知っていた。
現に領民もお父さんのことを慕っていたのを見たことがある。
そんな父さんのことを周りがひどく言うのを聞くのは苦しかった。まるで自分のことも否定された気分だった。
周りは私のことを持ち上げてくる。
まるで何か期待をするかのような目で私を見てくる。
そんな生活が続いたある日、私はふとあることを思った。
ゼラス兄様たち、家族はどう思っているのだろう。
私の前でさえここまで言うのだ。ゼラス兄様やお母さん、お父さんも同じことを言われているのではないか。
私のせいで辛い目に遭っている。
家族は私が生まれたことを憎んでいるのではないだろうか。
周りの期待の目も、家族の本心を知ることも、どちらも怖かった。
気づけば私は自分から人と距離を取り始めていた。
誰にも相談できず、せめて自身の真名で迷惑を掛けずにみんなを支えられるようになろうと思っていた。
そんな時、私は大きな失敗をした。
それは私が真名のランクが分かってから2、3週間経った頃、真名を使う訓練をしていた時だ。
私は必死に取り組んだ。
しかし何度やっても真名を上手く発動することができなかった。
なぜか分からない。周りからどう発動したか聞きもした。書庫室で真名に関する本も調べてみて自分なりに実践した。
しかし、上手く発動することができなかった。
そういった日が続けば続くほど周りの人が見る目が期待の目から失望の目に変わっていった。
本当は大した真名ではなかったのではないか。
兄妹揃って落ちこぼれだったから、偽ったのではないか。
成り上がりの家など所詮、大げさに注目されただけで一族全体は落ちこぼれの集まりだ。
そうした陰口を、私にも聞こえるように話す者が多くなった。
私は焦っていた。ただでさえ、自分のせいで家族を苦しめているのに肝心な真名も使えない。そうなっては最早自分がここにいる意味なんてなかった。
だから今まで以上に必死になっていた。もし真名も使えなければ私には何もないのだ。
ある日のことだ。必死に出そうとした瞬間、突然真名を発動できた。最初は心の中で嬉しかった。しかし、それは恐怖に変わった。その真名はコントロールできなかった。
自身の出した炎がまるで爆発するように広がり周りを焼き尽くした。
その光景が私は怖かった。早く止めたかった。
でも、止めたくても止める方法が分からない。炎はどんどん広がっていって、どうすればいいのか分からずパニックになって、更に炎が広がっていく。この瞬間、自身の真名は私にとって恐怖しかなかった。
それがどれくらい経ったか分からない。気づけば、炎が止まっていた。
すぐ傍にお父さんがいた。
どうやら誰かが被害が出る前にお父さんが駆けつけ私の真名を止めてくれたらしい。方法は良く分からないけど霊力を使って真名の威力を軽減、無力化することができる方法があるようだ。
ただ、私みたいな莫大な霊力総量を無力化するのは至難の業らしい。霊力総量が私に匹敵するお父さんだからできたのだ。
その後、私のように霊力が莫大すぎるせいで真名発動時に制御できなくなる現象は”規格外”と呼ばれ、真名の中で最高ランクである星級として認定されるようになった。大海級の更に上、最上位の真名ランクだ。だが、そこからアルカード家は大きく変わってしまった。
人的被害が出る前にお父さんが止めてくれたとはいえ、大規模な炎を出したのだ。噂は嫌でも広がる。
それが原因で他の貴族や商人がアルカード家から距離を取るようになった。その中には昔から懇意にしていた人も含まれている。
相手からしたら、私は大きな被害を出す不発弾みたいなものだ。
王都では今回の騒動でアルカード家に不信感を持つ者も現れ始めた。
アルカード家は元より平民から成り上がった家だ。そのため、それを気に入らない一部の貴族がここぞとばかりに責めたのだ。
せっかくの星級なのにこの騒動を起こしたアルカード家は信用できない。大きい力を持っておきながら責任感がない。そんな言葉が多く上がり何らかの形でアルカード家を糾弾するものが出てきた。
そのせいでお父さんがその対処に追われることになった。
そう、元をただせば全て私のせいだ。
私は塞ぎこんでいた。
私はこれ以上、家族に辛い思いをさせたくなかった。ただそれだけだったのに、自分のせいでみんなを苦しめる結果になってしまった。
もう、私はどうすればいいのか分からなかった。
何日も部屋から出ない日が続いた。
このまま閉じこもって餓死でもしたらどれだけ楽か、と思うほどだった。
そんな時にお母さんが私の前にやってきた。
最初は私は怖かった。
自分のせいで周りからお母さんのことを悪く言われ続けていたことを知っていた。
おまけに自分の暴走のせいで起きた騒動、きっと怒られるのだろう。恨み言を吐いてくるかもしれない。
そう怯えていたが、お母さんは頭をそっと優しく撫でてくれた。
そしてこう言った。
「一緒に裏庭に行こう」
お母さんは、お気に入りの場所である裏庭に私を連れていってくれた。嫌な気持ちはなく、どこか安心感を覚えた。
お母さんに連れられてやってきた裏庭。
そこは色んな花があって綺麗だった。だが、私はその花の中である花だけ気になったのがあった。
まるで布みたいな綺麗な花びらを持った花。
お母さんはその花を"ファブラ"と呼んだ。咲く時期は遅いが、丁寧に育てれば綺麗な花を咲かせるのだという。
その時に言ったお母さんの言葉を覚えている。
「セレナはまだ途中なの。これから失敗もするけどそれを糧に進み続ければいつかこの花みたいにみんなの助けになる。だから失敗したからって自分を責めないで。セレナがみんなの役に立ちたいという気持ちは間違ってない」
そう言ってお母さんは優しく撫でてくれた。その手は温かく心から安心した。
その後、私はゼラス兄様とお父さんに会いに行った。
誰かに頼まれたからではない。自分から向き合いたいと思ったからだ。
二人ともお母さんと同じだった。
ゼラス兄様もお父さんも私のことを心配していた。
そう、誰も私のことを恨んでいなかった。
貴族から私と比較されてきた兄も、私を利用して家を乗っ取ろうと企む貴族の存在を知っていたお父さんも、私のことを妹として、家族として心配してくれていたのだ。
私は心にずっしりと乗せられた錘が外れた気分だった。
その日から私は家族と距離を取らなくなった。いや、元に戻ることができたと言えるだろう。
特にお母さんと話すことが多かった。
ゼラス兄様は次期領主になるための勉強が多くなり、私はお母さんと一緒に裏庭の手伝いをするようになった。
お母さんは、お父さんとの出会いの話や外の世界の話も、色々と聞かせてくれた。その時間はとても楽しかった。
なにより私はお母さんが話してくれたファブラの花が好きだった。
どんなに落ち込んでも、裏庭でお母さんと一緒に手伝いをして、話をして、ファブラの花の成長を見るだけで前を向けるようになった。
そのおかげか少しずつ成長していた。
私の真名は一度、暴走すれば止めることはできない。逆に言えば発動しなければ問題ないということだ。私は真名の訓練を行った。訓練と言っても真名を使いこなせる訓練ではなく、真名を無意識に発動せず抑える訓練だ。
せっかくの強い真名を使えないのはもったいないけど他で補えばいい。
書庫室で本を読んで色々な知識を持つのもそうだ。
自分のできることをやりながらお母さんの手伝いをして成長していく。
それだけで私は幸せだった。自分は生まれてよかったと思えた。
そう、あの日が来るまでは。
私が7歳の時、戦争が起こった。
隣国が当時のアルカード領に侵攻してきたのだ。
そして私は自分自身で大切な者を壊した。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次回の投稿は9月26日(土)、18時の予定です。
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