32話 燎原
<山賊の拠点 特務機関、ロイド>
山賊達を討伐しながら奥へと進んでいたロイド達。
「うぐぅ……」
「おい!無事か!?」
「ゲホゴホッ……クソ、息を吸うだけでも喉がヒリ付きやがる!!」
しかし今、予想外の攻撃で動けなかった。
「なっ!?」
「またか!?伏せろ!!」
無事な部下が奥の方の自分達が足止めを食らうこととなった原因に指を差した。
その奥からまるで埋め尽くさんとする炎が迫りくる。
その光景に特務機関たちは身構える。
「狼狽えるな!!」
ロイドが前に出て剣で薙ぎ払った。
すると、さっきまでの迫ってきた業火はまるで弾けた火花のように四散する。
「はぁはぁ」
だが薙ぎ払ったといっても炎の熱によるダメージが入り、息が上がる。
「ロイドC級士官!!」
「怪我人は?」
「はっ!!死傷者はいませんが前衛に出ていた4名が火傷を負い一名が重傷、3名が軽傷です。ロイドC級士官」
ロイドが怪我人の確認を行う。
奥から突如襲った業火により先行していた部下の4人が負傷したことにロイドは苦い顔を浮かべる。
「分かった。重傷者は応急処置した後、下げさせろ。他の三人もだ」
「了解」
命令を受けた部下は重傷者の応急処置を終えた後、怪我人を連れて突入した入口へと戻っていた。
その様子に動揺している別の部下がロイドに話しかける。
「ロイドC級士官、さっきの攻撃、それも異常な圧力……まさか”イレギュラー(怪奇種)”では……」
「落ち着け、あの異界の結晶で変異した化け物と同じにするな!……あれは恐らくセレナ・アルカードの真名だ」
ロイドはそのまま表情を変えず話を続ける。
「エネギスB級士官の情報からはセレナ・アルカードは炎を形成する真名だと聞いている。そして莫大な霊力で発動した瞬間、制御できないこともな」
「これが”規格外”……ということは……」
「あぁ、セレナ・アルカードが真名を使い暴走した可能性がある」
一部の者は表情を固くしゴクリと喉を鳴らす。後ずさりするものも出ている。
星級の真名の暴走は災害に近いからだ。
”規格外”による真名の暴走は下手をすれば領地の半分が消し飛ぶかもしれない。
いや、この領どころかアルカード領に隣接する他の領も多大な被害が出る可能性がある。
その真名を持つセレナ本人が必死に抑えようとしているのか、現状ではまだ負傷者だけで済んでいる。だが、それも長くは続かないだろう。そのまま爆発的な被害が出るのは確実だ。
ロイドは指示を飛ばす。
「お前たちは撤退しろ!俺は……セレナ・アルカードを……根本を止める」
ロイドはそう言い奥へと歩を進める。
「”規格外”を抑える手段はない。方法は二つだ。一つは真名使用者本人以上の霊力で逆流させて抑える方法。だが、この状況は現実的じゃない」
この世界の霊力は真名を使うだけが全てじゃない。
霊力の使い方を応用すれば自身の肉体を強化することもできれば相手の真名を緩和または無効化することも可能だ。
だが、それは能力の差ではなく相手の霊力量のぶつかり合いだ。星級、それも規格外と認定された莫大な霊力を持つセレナの前では困難だ。
だからもう一つの方法は……
「セレナ・アルカードの救出という本来の目的を捨てて被害を最小限にする……使用者本人を討伐する」
「えぇ!?」
「もう、こうなった以上、セレナ・アルカード自身を無事に止めるのは不可能だ。ならば被害が拡大する前に止めるしかない」
ロイドはその選択を取った。ただ意識を奪うのではなく、殺す方向になったのは相手の真名が強すぎるため殺さないで止める自信がなかったからだ。大きな被害が出ることも考えれば確実性を取るしかない。
切羽詰まった状況では、一の犠牲で百の命を救えるなら手段を選ぶ余裕はない。たとえ、本来保護するはずの少女を自らの手で殺すことになったとしても、だ。
そしてその汚れ仕事に近いのをロイドは一人で請け負うつもりだった。
「お前たちは避難しろ!!この後は俺の独断による暴走ということにしろ、いいな!!」
ロイドはそう言って部下に撤退を指示する。
この状況になった以上、この場での指揮をするものとして責任を果たすつもりだった。
しかし、誰かがロイドの肩に手を置く。
「……お待ちください。私も行きます。もし”規格外”が暴走しているなら本体の所は間違いなく危険です。相手に近づくための壁が必要でしょう?」
「!?」
周りの中で比較的に年配の部下がそうロイドを引き留めた。
「階級はあなたが上でも年齢は私の方が上です。若い人が死地に向かっているのに年配が我さきと逃げるのは情けないでしょう?」
彼がそういうとロイドを守るように前に出る。
「俺も行きます!!ロイドC級士官に汚れ仕事をさせるわけにはいきません!!」
「私も同行します」
「どうせ、逃げても助かるかどうか分からないんです!!賭けに出るべきです!!」
それに続くように他の部下もロイドに付いていく。
彼らの目には恐れはなく、覚悟の色があった。
「……死ぬぞ」
「我々が今までなんの仕事をしてると思ってるんです?今更ですよ」
部下の達観した言葉にロイドは何も言えなくなってしまった。
「……分かった。行くぞ!!規格外の暴走を止める」
「「「はっ!!」」」
部下たちの掛け声と共にロイドは奥へと続く炎と熱気に向かっていった。
* * *
<山賊の拠点 アンク>
ロイド達とは別の場所。
「はぁ、はぁ、ゲホゴホ」
(クソ、子供達を外に出させて安全な場所に避難させて戻ったはいいが……これは災難ってレベルじゃねぇ)
山賊に攫われた子供達を安全な場所に逃がしたアンクは、カイトを助けるために舞い戻った拠点で、業火の中を一人、奥へと進んでいた。
(クソ、今日は厄日だ。……入った時には特務機関……異物狩り共が入ってきて見つからないように進んだら、この熱気だ)
既に乾ききってしまった布を口に押し当てながら、涙すら出ないと思える程の乾いた眼の痛みに耐えながら奥へと進み、カイトとセレナを探す。
「カイトとセレナはどこに……うぉ!?」
すると、奥から炎の塊が飛んできてアンクは伏せる。
炎はアンクの背中を焼き付けそうになる。
地面も熱のせいで接している箇所が焼けそうに熱い。
しかし、致命傷は免れた。
「クソ!最初の爆炎ほどじゃないが、まともに当たりたくねぇ。あの時は本当に死にかけたしな」
すでに何回も爆炎に襲われていたアンクは軽く火傷を負った背中をさすりながら前を見る。
すでにあちこちで地面や壁、天井も焦げ、中には一部、熱で溶けている箇所もあった。
(……カイト、お前もそこにいるのか?)
業火の先、そこにカイトがいるかは分からない。
だが、アンクはカイトに約束した。
必ず助ける。
だからアンクは必死に探す。足を止める暇はない。
(死ぬんじゃねぇぞ、カイト)
アンクは心の中でそう呟くと、灼熱で焼けそうになる体を守りながら奥へと足を進めた。
* * *
<山賊の拠点 デトマールの私兵団>
隠し部屋の隅、デトマールの私兵団は自分達を覆うように閉じ込んでいる壁の中でセレナ・アルカードの真名による業火を凌いでいた。
「ウォーレス!!持ちこたえれるか!?」
「無理です、隊長!このままでは突破されます!!」
領域内で自由に(質は隣接している地面に依存するが)壁を生み出すことができる真名を持った自身の部下、ウォーレスの悲鳴に近い声に私兵団の隊長のミネルは苦い顔を浮かべる。
(クソ、あと少しでセレナ・アルカードを確保できたというのに……まさか真名を使うとはな……)
ミネルはそう思いながら周りを見る。
一番後ろにいたアルカード家の内通者となっているムドは顔を青くして壁の様子を見て震えているが大した怪我もない。山賊達も戦闘に参加していないため大した傷もなく自分達と一緒に壁の中に避難している。
しかし、ミネルの部下は負傷者がでていた。自身も含め火傷が残っており特にセレナから一番、近い位置にいたハリーは最初の業火により顔を半分、爛れた状態だ。完全に炎に飲み込まれるまえにウォーレスが壁で防がなかったら焼かれ死んでいても不思議ではなかった。そんな彼は今、自分達を守るように前面に立っている。
怪我人はいるが死傷者はいないことは不幸中の幸いだろう。現状はまだ最悪だが。
すると、何かヒビ割れる音が聞こえミネルは音の方角、壁を見る。
すでにウォーレスが作った最後の壁が熱で端から溶けかけ、あちこちにひび割れを起こしている。
(いつまでも続かない。壁が崩れ始めている)
このままでは壁が壊れ業火に焼かれるのも時間の問題だと悟ったミネルはすぐにこの場を逃げる方法を探そうとする。
(そういえば、あの山賊どもの頭は地面を掘ることができたな)
ミネルは自分達と一緒にいた山賊の頭の存在を思い出す。
彼は大陸級の真名を持っており、地面を掘ることができた。実際、その真名によってセレナとカイトを攫うことに成功していた。
彼がいれば地面や壁に穴を空けて脱出することができるかもしれない。
(……山賊達の手を借りるしかない)
今回の作戦で雇った山賊達に協力を求め、ミネルは後ろを振り返り、山賊達に命令する。
「山賊ども、死にたくなかったら手を貸……」
しかし、後ろにいたのは震えて動けないムド以外、いなかった。
さっきまでいた山賊たちは影も形もなかったのだ。
いや、よく見ると後ろの壁が何か掘り返されたかのような穴と泥の跡があった。
それを見てミネルは察した。
(あいつら、逃げやがった!!)
我さきにと逃げた山賊達に、ミネルは行き場のない怒りを覚えた。
* * *
<セレナ視点>
「お願い……止まって!!」
セレナの周りは業火に包まれていた。
近くにある物や私兵団の部下によって生み出された壁はすでに粉々に吹き飛び消え去っている。
天井も壁も赤熱し溶け始めている。
(お願い止まって!!じゃないと、カイトが……みんなが)
既にカイトはどこにいるか、無事なのか分からない。
それでも自分の暴走を止めようと必死だった。
そのせいか彼女の体からでる炎が断続して爆発するかのように噴き出して広がっていく。
しかし、それは長く続かない。次第に炎の威力が強くなり、爆発の間隔が短くなり、噴き出す時間自体は長くなっていく。
『素晴らしい!!流石、クリス・アルカード伯爵のご令嬢だ!』
『当主の力を引き継いでいらっしゃるとは、長男とは大きく違いますな!』
「……うっ!」
その瞬間、昔、自身に言われた声が聞こえセレナは蹲りそうになる。
(まただ、またあの声だ)
セレナは膝から地面に付きそうになる。
『なんだこれは!?ろくに”真名”を操れないだと!?』
『現場に当主がいたからよかったものの森が全焼しかけたとか……』
『全く、アルカード家の娘でありながら、なんと体たらくな。期待外れにもほどがありますな』
「いや、止めて」
セレナは涙を流す。
それとともに今まで抑え込んでいた炎が強まり周りの空気を焦がす。
「止めなきゃ……止めないといけないの……私がしっかりしないと……もう、自分のせいでみんなを大切な人を……」
必死に自分に言い聞かせる。
「私は変わったんだ……もう、私は……」
『……よかった無事で』
「あっ……」
その瞬間、あの声、彼女の母親の幻聴で何かが切れ崩れ落ちる。
(私は……変わってなかった……私はお母さんを……)
心の中にしまったトラウマが蘇る。
ずっと耳に残っているセレナの母が残した最期の言葉を。
「私なんて生まれてこなければよかったんだ……」
セレナは思い出す。昔の自分のせいで全てを壊してしまったあの記憶を。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次回の投稿は9月19日(土)、18時の予定です。
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