29話 黒幕たち
<カイト 山賊の拠点>
「……どうにか巻いたのかな、カイト?」
「そうみたいですね」
アンクと別れた後、山賊達に追われていたカイトは自分達が隠れた部屋からゆっくりと顔を出して様子をうかがう。
さっきまで自分達を捕まえようとしている山賊達の怒声があった。
しかし、その声はなく、遠くで轟音やら銃声、悲鳴が聞こえてくる。
(誰かと戦っている?ゼラス達が助けにきてくれたのかな?)
山賊達の様子から誰かと戦っているのは確かだった。
カイトが周りの様子を伺っているとセレナは心配そうにカイトを覗き込む。
「私は問題ないけど、カイトの方は大丈夫?」
「えっと、大丈夫ですよ。今、山賊が近くにいませんし……」
「そうじゃなくて、肩から血が出てて……」
「血?」
セレナの指摘にカイトは左肩を触る。
触った瞬間、肩から熱を帯びたような痛みを感じ、慌てて手を放す。
すると、触った手には血が付いていた。
「えっ?」
カイトは絶句する。
(えっ?いつ?……あっ!?)
少し前、山賊が拳銃を撃っていた。
あの時は、当たらなかったと思っていたがカイトの肩を掠めていたようだった。
(……えっ、これ死ぬ奴?)
今も、肩から血が流れている。
その血を見てカイトは青ざめていた。
「じっとしてて」
すると、セレナは顔を近づけ、カイトの肩の傷を確認する。
「えっと、セレナさん?」
困惑しているカイトを他所にセレナはハンカチを取り出す。
「よかった。カスっただけで深くいってないみたい」
カイトの傷が浅かったことにセレナは安堵の息を吐くと、ハンカチをそのまま傷口に押し当てる。
押し当てたハンカチは血を吸って赤く染まっていく。
「セレナさん、ハンカチが……」
「いいの。非常時だし使えるときに、使わないと」
「……ありがとうございます」
セレナのハンカチを血で汚してしまったことに申し訳なさを感じながらも、カイトはそれ以上何も言えなかった。
「セレナさん、後は俺がやります」
「分かった、カイト。そのままハンカチを傷口に押し当ててね」
「はい」
セレナに手渡されたハンカチをカイトはそのまま傷口に押し当て続ける。
(さて、これからどうすか?山賊はいないけど)
自分達を追いかけていた山賊達は近くにいないことを確認する。
どうやら、山賊の追跡から完全に巻くことができたようだ。
しかし、遠くでは相変わらず銃声や悲鳴が聞こえる。
(合流するのは危険かな?)
状況が分からないカイトにとって明らかに誰かと戦っている場所へ向かうのはリスクがあった。
(かといってアンクの所に戻りたくても道が分からないし……というかここって広すぎないか?ほぼ砦じゃないのかここ?)
カイト達は必死に逃げていたため、既にここがどこだか分からなくなっていた。
「カイト、どうする?」
「とりあえず、このまま隠れましょう。アンクも助けに来るかもしれませんし下手に動くと危険だと思います」
「分かった」
とりあえず、ほとぼりが冷めるまでさっき隠れていた部屋に入ろうとした。
ガコン
それは偶然だった。
カイトが近くの壁に手を掛けた瞬間、壁から大きな音を立てて開く。
「これって……」
「隠し扉?」
それは隠し扉となっておりそこに奥へと延びる長い通路があった。
(アンクが使っていた所以外にもあったなんて……でも渡りに船だな)
偶然とはいえ、ここに隠れれば見つかることはないと踏んだカイトはセレナに視線を向ける。
セレナも同じことを考えていたのかカイトを見て頷いた。
「行こう。セレナさん」
「うん。カイト」
カイトはセレナの手を引きながら隠し扉の奥へと入っていった。
あれから何分歩いただろうか。
カイトには分からない。
それだけ時間がかかってるのか、それとも緊張感からか時間が普段より長く感じていた。
ただ、静寂だけが長く続いていた。
「……子供達どうなったんだろう?」
その静寂に耐え切れなかったのかセレナはぼそりと言葉を漏らす。
「攫われていた子供達の中には怪我をしていた子もいたし……無事だといいんだけど……」
「……分かりません。でもアンクは結構強いですし、大丈夫だと思いますよ……それよりセレナさんも無事にここを出ないと」
「そうね……ん?」
すると、歩いた道の先に明かりが付いた部屋が見え始めた。
そしてその部屋の奥から誰かが話す声が聞こえる。
(なんだろう?……どこか繋がっているのかな?)
カイトは奥の部屋を慎重に覗く。
「おい!いい加減に逃げようって言ってんだろうが!!もう連中、”異物狩り”がここまで来てるんだろう!?」
「まだ、セレナ・アルカードを連れてこれていない。彼女を確保していない限り離脱することはできない」
向こうから見えた部屋では二つのグループが向かい合って言い争っていた。
片方は年季の入った革鎧や服を着ていて統一感がない者たち。
それに対して向こう側は計4人のローブをまとった集団だった。ローブを着ているので詳しく分からないが統一感があることが分かる。
すると、前者でまだ身なりがマシな男が後者の集団に詰め寄る。
「知るかよ!!アルカード家の小娘を誘拐して来いと言われただけだ!!あんな集団とやり合うなんて聞いてねぇよ!」
「……元を正せばお前たちが手こずっていなければこんなことになっていない。我々の主、デトマール様がお前たちに指示したのはアルカード領への悪評工作とセレナ・アルカードの拉致だ。仕事もできていない奴が偉そうに言うんじゃない」
”デトマール”、ローブを着た一人がその言葉を発したとき、カイトはアンクの情報を思い出した。
(……もしかして、アンクが言っていたデトマール家の私兵団!?そして彼らは山賊!?)
今回の山賊騒動はデトマール男爵という貴族が関わっていると聞いていたカイトは今、山賊たちと話している集団がデトマールの私兵団だと理解した。
そして統一感のない集団の方は恐らく山賊達だった。
さっきからデトマールの私兵団に詰め寄る男も言動の様子から山賊達の頭だと推測できた。
(しまった。ここって黒幕たちの所に来ていたのか!?)
それとともにカイトは自身の迂闊さに気づいた。
ここ山賊達の拠点となっている元関所は山賊達も完全に把握しきれないほどの隠し通路があることをアンクに聞かされていた。
しかし、逆を言えば一部までは山賊達も把握し利用している可能性もあったのだ。
山賊達から隠れたつもりが自分から彼らに近づいてしまったことにカイトは気づいた。
カイトは小声でセレナに話しかける。
「セレナさん、早くここを出ましょう」
カイトはすぐにセレナの手を引いてこの場から去ろうとした。
「……」
しかし、セレナはずっと部屋の向こうを見て動かない。
「セレナさん?」
カイトは不思議に思い再び部屋の中を覗く。
よく見ると山賊たちと私兵団、二つのグループとは外れて違う人物が一人いた。
その人物を見てカイトは驚愕する。それはカイトもセレナも知っている人物だった。
「……ムド?」
セレナがぽつりと言葉をこぼす。
ムドは初対面の時から自身を毛嫌いしていた。カイトはそんな彼に苦手意識を持っていた。
しかし、セレナにとってはムドは責任感が強い人物だと言っていた。
常にセレナのことを心配しており、カイトが来るまでは第二の家族のように接していたそうだ。
(何で、この人がここに?まるで、この山賊騒動に関わっているみたいじゃないか)
ムドの様子を見る限り、拘束されているわけではない。
寧ろ、山賊達と私兵団との会話に参加しているような雰囲気だ。
すると、セレナがカイトの裾を引っ張る。
「どうしよう、カイト。ムドが攫われてるなんて……」
「……セレナさん」
セレナの方は自分のことを大切にしてくれたムドが山賊達とつるんでいるとは思ってもみなかったのだろう。
「……とりあえず、様子を見ましょう。場合によっては逃げる準備をしときましょう」
「でも……分かったわ、カイト」
セレナが何か言いかけそうになったが最終的に納得し再び彼らの様子をうかがう。
双方、言い争っていたが、山賊の一人がムドの方に視線を向ける。
「大体、お前がしっかり情報を渡さないからこうなっちまったじゃねぇか!!本来ならあの時、お前が”精霊の森”付近なら人けが少ないから楽に攫えるって言ったじゃねぇか!!」
山賊の一人がムドに詰め寄ると、彼の親玉と思われる人物も参加してきた。
「部下が先に言ったが俺も言いたいことがあるぜ、お前が早くあの“不純物”のことを話していれば、貴重な国級の真名持ちのガロンとサイレンを失わずに済んだんだ。……あぁ、サイレンはお前が殺したんだな。口封じで」
山賊の親玉が凄む中、ムドは何事もない顔をしたまま話し始める。
「俺がここの精霊の場所を指定したのは仮に人がいてもお前ら程度なら始末してセレナ・アルカードを攫えると思ってやったことだ。寧ろ、あの村でお前ら勝手なことをしたせいで後始末に追われてたんだぞ。……お前たちが無能なことまでは俺の想定に入ってない」
「何だと!!てめぇぶっ殺してやる!!」
ムドの言葉に遠くで聞いていた山賊の一人が激高し懐から銃を取り出そうとする。
引き金を引こうとした瞬間、彼の顔の横を水の弾が掠める。そしてその水の弾は壁に着弾し小さなヒビができていた。
銃を構えていた山賊とムドは水の弾を放った人物に視線を向けた。
「貴様らの下らない責任の擦り付け合いに付き合う気はない」
水の弾を撃ったであろう私兵団の一人が手をかざしたまま山賊とムドに視線を向ける。
他の私兵団達と比べ立派な服装をしていることからこの部隊の隊長だということが想像できた。
「山賊ども、貴様らのその装備を提供したのは誰かもう忘れたのか。それとムド、貴様には、今後の重鎮としての席を用意してやっているのだぞ。あまりに結果を出せないのなら……分かっているな?」
「……ちっ」
「……申し訳ありません」
私兵団の隊長の言葉に山賊が舌打ちして銃をしまう。
ムドも顔を青くし頭を下げる。
山賊とムドが大人しくなったのを確認すると、私兵団の隊長はゆっくりと視線を巡らせ、全員を見渡した。
「我々がやるのは二つだ。一つはセレナ・アルカードの再確保、二つ目は異世界人、一ノ瀬カイトの始末だ」
私兵団の隊長の言葉に山賊の親玉は訝し気に聞き返す。
「始末?アルカード家の小娘はともかく、あの不純物は殺すのかよ」
「お前らが何故、一緒に攫ったか知らんがあれはいらん。世界の癌ならついでに殺しても問題ない」
「へっ、不純物共が古代時代に起こした”終末”だっけか?それで不純物共は世間的に敵になってるが、俺らからしたらいい金脈みたいなもんだ。殺すんならそれなりの見返りがほしいね。異物狩りの交渉にも使えるかもしれねぇしよ」
「……貴様の事情は関係ない。お前たちは利用価値があるから見逃していることを忘れるな」
「へいへい、分かりましたよ」
山賊の親玉はぶっきらぼうな返事の後、「ふん」と軽く鼻息を吐く。
それを無視した私兵団の隊長は今度はムドの方を睨みつける。
「おい、分かっているな?こちらに寝返ったのだからこれ以上、我々を失望させるな」
「……!!分かっています。最早、没落寸前のアルカード家などなんの価値もありません。自身の未来のためにもデトマール家に最後まで協力させていただきます」
ムドはただただ頭を下げ続ける。
その様子をカイトは黙って見ていた。
(えっ、ムドが関わっているどころか……もしかして、今までの山賊騒動に内通者が!?)
カイトは絶句する。
今までアンクの情報から今回の山賊騒動は貴族も関わっていることは知っていた。
しかし、アルカード家に内通者までいるとは思ってもいなかった。
「そんな……ムド」
すると、セレナがカイトの服の裾をつかんだまま震えている。
「セレナさん!?」
「……!?大丈夫だよ!カイト、大丈夫、大丈夫……大丈夫だから」
セレナは必死に大丈夫だと言い続ける。その様子は自分に言い聞かせているかのようだった。
(そういえば、セレナさんはムドのこと……)
セレナはムドのことを信頼していた。
カイトが知るムドは嫌な人間だった。だが、セレナが知るムドは責任感が強く常にセレナのことを気に掛けていたのだ。
そんな人物が山賊騒動の黒幕の一人、何よりアルカード家自身を価値のない家といって他の家に寝返ったのだ。
誰よりもショックが大きいはずだ。
「セレナさん、行きましょう!ここから早く離れるべきだ!!」
このままセレナをここにいさせるべきじゃない。
そう考えたカイトはセレナの手を引っ張ろうとした。
そんな中、山賊の親玉がデトマールの私兵団達に話しかけていた。
「それで、肝心の二人をどう探すんだ?俺たちの所に索敵の真名なんていなぇぞ」
その言葉に私兵団の隊長は冷たい目で返す。
「その心配はない……連中は自分からやってきてくれた」
そう言うと、私兵団の隊長は隠れて見ていたカイト達に視線を向けた。
(……まずい!!気づかれた!!)
既に見つかったと悟ったカイトはセレナと一緒に急いで逃げようとする。
だが、相手はそれを許さなかった。
「……ウォーレス」
「はっ!」
私兵団の隊長が部下に命令する。するとその部下を中心にまるで膜のようなものが広がっていく。
その膜はあっという間にカイト達を包んだ。
(これって!?)
その光景に見覚えがあった。
それは、カイトが真名の訓練をするとき、メアリが見せた領域型の真名と似ていた。ただし、その部下の展開する速さはメアリのものより速かった。
その時ーー
ズズズッ
カイトの目の前に無数の壁が競り上がりカイト達の通路を塞ぐ。
「セレナおじょ……セレナ・アルカードと、不純物!?」
ムドも自分達が近くにいたことに気づいていなかったのか驚きの声を上げる。
「おい、てめぇら!!早く捕まえろ!!」
山賊の親玉の方はカイト達を見つけたやいなや自身の部下達に命令を飛ばす。
すると部下たちは銃や斧など武器を構えカイト達に詰め寄ろうとする。
「全く状況は最悪だが、チャンスはまだあったようだな」
デトマールの私兵団の隊長も部下たちに視線を向けて合図すると同時にカイト達を捕らえるため戦闘態勢を取った。
(……最悪だ)
逃げ場もなく多勢に無勢、カイト達は完全に敵に追い詰められてしまった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次回の投稿は8月29日(土)、18時の予定です。
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