25話 山賊の拠点
<とある夢>
(ここは……夢なのか)
カイトは夢を見ていた。
「ひく、えぐ」
(また、あの夢か……)
あの時、見た誰かの子供の視点からの夢だった。
その夢では子供は泣いていた。
「どうして……僕は真名を使えないんだろう」
同じ夢だが今回は鮮明さが違う。
ノイズが少なく、はっきりと聞こえた。
「どうしたの?〇〇〇」
すると、子供の後ろからある女性が声を掛けてきた。
「お母さん……」
子供は女性の方に視線を向ける。
(誰なんだろう?顔が分からない)
子供が視線を向けたことで、カイトも女性の姿を見ることができた。しかし、顔だけは、霧か影に覆われたように分からなかった。
「……僕の真名は使えなくて……周りの人は使えるのに……僕だけは……なんで」
子供はそう言って泣いていた。
そんな子供を女性はただ、優しく子供を抱きしめる。
「大丈夫、私達にとってあなたがこの世界で生まれただけでも嬉しいから」
「お母さん……」
「これから、あなたが生きていく中できっと自分を大きく変える人が必ずいる。それは真名より大事なことなの。だから、それを大切にできる人間になってくれたら私も彼も嬉しいことなのよ」
女性は子供を優しく撫でた。
(何だろうこの感情……なんか変だ)
子供の視点越しに見ていたカイトは、女性を見るたびに、”安心感”と”拒絶感”が入り混じるような感情が湧き上がるのを感じていた。
カイトのそんな感情を他所に子供は目に涙が留まりながらも女性の方に視線を向ける。
「分かった。僕、頑張る。頑張ってお父さんやお母さん、みんなを……」
ザザザッ
続きの言葉が出てくる前に、突然ノイズが強くなりそこからカイトの意識が遠くなっていた。
* * *
「……ん?」
夢から覚めたカイトは手足を縛られていた。
(……ここは!?)
カイトは必死に周囲を見渡す。
そこはまるで物置部屋のようで窓が一つもない。
周りが石で囲まれ、朽ちた木箱や樽のような物が散乱しており、埃っぽく僅かにかび臭い匂いもしている。
天井に明かりの着いたランタンが吊るされているが薄暗かった。
そんな部屋でカイトはある人物が目に入った。
(……!!セレナさん!?)
近くでセレナが倒れていた。
カイトはセレナの様子を確かめる。
目はつむっているが息をしていることから、ただ気を失っているだけだと知りカイトはホッとする。
「クソ、ふざけんな!!こんなの聞いてねぇぞ!!」
誰かの怒鳴り声にカイトはビクッと背筋を伸ばす。
そしてその怒鳴り声が扉越しから聞こえたことからカイトはそっと扉に視線を向けた。
「なんで特務機関の野郎がもうアルカード領に来てるんだよ!」
「うるせぇ、何回言うつもりだ!!そんなもん俺に聞くんじゃねぇよ!!」
扉越しから、男二人が言い争う声が聞こえてきた。
(なんだ?……何が起きてるんだ?)
カイトは息を潜め、その会話に耳を傾ける。
「全部、あいつのせいだ!!何が一週間後だ!!今日、来ちまったじゃねぇか」
「それには同意だな。おかげで最悪なタイミングで重なっちまったじゃねぇか。全く、アルカード家の人間は無能しかいねぇのか?」
(タイミングが重なった?何の話だ?)
「ここは大丈夫だよな?奴らが来たりしないよな?」
「当たり前だろ!この重要な“本拠点”はアルカード家にも見つかってないんだ!!」
(えっ?本拠点?)
その言葉に、カイトは覚えがあった。
「今、うちの頭が“デトマール家”の連中と話し合っている。話がまとまったら俺達、“山賊”はこのアルカード領からおさらばだ!!」
「でも、大丈夫なのか?あいつらはあくまでも俺達の護衛、というよりお目付け役だろ?肝心のデトマールの野郎から連絡がきてねぇだろ?……俺達は切り捨てられるんじゃ……」
「やめろ馬鹿!!考えたくもねぇ!!」
(……!!)
その男達……山賊達の言葉からカイトは今、自分達がどういう状況か理解した。
(ここは山賊の本当の拠点?俺達は誘拐された!?)
アンクの情報からアルカード領にいる山賊は複数の拠点を作っていた。
そのうち一つが山賊にとって重要な場所であり裏に貴族であるデトマール家が存在していた。
カイトは山賊に誘拐され、今はその拠点に囚われていたのだ。
(まさか、自分達が攫われるなんて……)
本来、その山賊の情報をゼラスに渡すだけでよかったのだが自分とセレナが攫われることになりカイトは頭を抱える。
(一応、紙に場所も書いてあったけど期待できるかな?)
カイトは、アンクからの情報をもとに山賊の本当のアジトの場所と戦力、背後に潜む貴族の名を書いた紙を残してきたことを思い出す。
(あれを見て信じてもらえたらいいけど……すぐに助けに来てくれるのかな?山賊かなりの数だし)
ゼラスの戦力がどれくらいいて、いつ向かってくるのかカイトは見当がつかなかった。
ただ、ここにはゼラスの妹であるセレナも誘拐されている。
ゼラス達が来た時には自分達が山賊の人質にされる可能性もあった。
(とにかくここから抜け出さないと……どうしよう)
どうにか抜け出して、セレナを安全な場所に逃がさないといけない。そうカイトは必死に頭を働かせた。
あれから数十分経っただろうか。
山賊達の会話も愚痴や世間話ばかりになっている。
そんな中、カイトは脱出方法を探していた。
(くそ、せめて手足の自由が利ければ)
しかし手足が縛られている状態であるカイトにとってこの状況を打開する策はなかった。
「……うん?」
セレナがゆっくりと目を開ける。
「セレナさん」
カイトは静かにセレナに話しかける。
扉の向こうの山賊達に聞かれたくないという思いがあったからだ。
セレナは目が虚ろなまま辺りを見回し、そしてカイトと目が合った。
最初はきょとんとしていたがその後、意識が一気に戻りセレナはカイトに話しかける。
「カイ……」
「セレナさん、静かに近くに山賊がいます」
「……!!」
一瞬、叫びそうになったセレナを、カイトはすぐに止めた。
そんなセレナは口を閉じ扉の向こう側を見る。
そこでは山賊達が扉越しで話し合っている声が聞こえた。
「……うん。分かった」
「ありがとう。セレナさん」
状況を理解したセレナがカイトに頷く。
「セレナさん、とりあえず、状況を説明しますね」
「お願い。カイト」
セレナがゆっくりと頷くのを確認したカイトは状況を説明した。
自分達は山賊に攫われたこと、場所はデトマール領とアルカード領の境界線付近の建物であることや今回の一件はデトマールという男爵が裏で糸を引いていたことをセレナに話した。
「……そうなんだ。カイトってなんでも知ってたんだね」
「いや、自力で調べたというか……」
(ほとんどがアンクのおかげだと言えたらなぁ)
カイトの複雑な心境を他所にセレナは俯く。
「……カイトも動いてたんだね。……それを私のせいで台無しにしちゃった」
「セレナさん?」
セレナの表情は暗く泣きそうになっていた。
「ごめんね……私のせいでカイトを巻き込んで。私のせいでカイトの頑張りを無駄にして……」
セレナを見て、カイトは気づいた。
セレナと初めて出会ったときも山賊は彼女を狙っていた。
そして今回もセレナが狙いだった。
(ダメだ!!セレナさんを助けるためにやっているのに悲しませるなんて)
今まで、山賊の討伐の手伝いをしようと思ったのは異世界に転移してからお世話になったアルカード家に恩を返したいと思ってのことだった。
しかし、今、自分のせいでセレナを悲しませていた。
そう思ったカイトは優しく話しかける。
「大丈夫です、セレナさん。僕がいます。今はどうやったら脱出できるか一緒に考えましょう」
もし、手が後ろに縛られてなかったら頭を優しく撫でたかった。だが今は必死に彼女を言葉で慰めた。
「……うん、分かった……一緒に考えよう」
そんな気持ちが伝わったのかセレナは泣き止み、まだ涙の後が残っている顔でカイトを見つめる。
それを見てカイトはホッと安堵し扉に視線を向ける。
(さて、本当にどうしたらいいのかな?)
しかし、具体的な解決策はなかった。
カイト達は今、手足も縛られ何もできない状態なのだ。
(せめて、セレナさんだけでも……)
セレナだけでも外に脱出させる、そんなことを考えていた。
その時だった。
扉の向こうから突然、誰かが倒れる音が聞こえた。
「……あれ?目が!?」
「おい!?どうし……ぐえっ」
戸惑いの声、そして誰かがくぐもった声で呻く。
「おい!?なんだよこれ……」
「騒ぐな、仲間が来ちまうだろ」
「ぎゃっ……」
もう一人のくぐもった声を最後に物音が止んだ。
「ふぅ、これで全員か。鍵はここかな?……あったこれか」
静けさの後、子供っぽい声が独り言を言いながらガサゴソと何かを探る音が響く。
(……あれ?この声って)
カイトはその声に聞き覚えがあった。
すると、コツコツと扉に近づく足音が聞こえ、ガチャリと扉の鍵が外れる。
扉が開くと、カイトはある人物と目が合った。
「……!!マジかよ一発で当たった」
「……アンク!!」
「よう、無事そう……でいいんだよな?」
そう、その声の正体はカイトと協力関係にあった異世界人のアンクだった。
「アンク、何でここに?」
「何でって……」
アンクはばつの悪そうな顔をしながらカイトの手足を縛っていた縄を切っていく。
「まだ契約途中だからな。……一応、お前を遠くから見ていたらお前が山賊に攫われたから助けたんだよ」
(そうか、俺のことを心配してたのか……)
「ありがとう、アンク」
自分を助けてくれたことを知ったカイトはアンクに頭を下げる。
「……まぁ、契約だからな」
そんなカイトにアンクはそっぽを向く。
すると、さっきまで聞いていたセレナが手足を縛られたまま割って入ってくる。
「カイト、その子ってカイトの知り合い?」
「待ってて、セレナさん、今、縄を解いて……」
「おい、素手で解ける訳ねぇだろ。どけ」
セレナの縄も解こうとするカイトに、ナイフを持っているアンクがカイトの代わりにセレナの縄を解いた。
「うん、ありがとう。あなたは……」
「セレナさん、彼は……あっ」
その時、カイトは思い出す。アンクはセレナやゼラス達のような現世人を嫌っている。
今回の協力も自身の存在をセレナ達に明かさないことを条件にしているのだ。
カイトは困った顔でアンクに視線を向ける。
「カイト、いい。俺から話す。おい、現世人。俺の名前はアンク。異世界人だ」
アンクは正直にセレナに自身のことを話した。
「カイトと同じ異世界人……」
セレナは驚いた顔をする。
そんなセレナの表情を見てアンクは溜息を吐きながら話を続ける。
「本当なら現世人と関わりたくなかったが、俺と同じ異世界人のカイトが助けたいと言うから、山賊の討伐の協力をしていただけだ。……調べた情報を渡してただけだったがな」
アンクの言葉に、セレナはしばらく茫然と彼を見つめていたが、やがて小さく口を開いた。
「……アンクもカイトと一緒に助けてくれたんだね」
「お前らじゃねぇ。そこのカイトの手伝いをしただけだ」
アンクはそういうとセレナを睨む。
「言っておくが、俺のことを他に話すなよ。それが守れねぇならもう一度縛ってこの部屋にぶち込む」
「アンク、それは……」
「カイト、言っておくが俺はお前を助けに来たのであって、そこの現世人はおまけに過ぎねぇ。危険だと思ったら迷わず消すぜ」
アンクの様子にカイトは自分が初めて彼と出会ったとき以来の、殺気を感じ取った。
カイトの方は自分がアンクと同じ異世界人だからそれなりに親しくなれていた。しかしセレナは現世人であった。
もしかしてセレナが現世人だから殺してしまうんじゃないか、カイトはそんな不安があった。
カイトはセレナの方に視線を向ける。しかし、セレナは優しくカイトに微笑む。
「大丈夫だよ。理由はどうあれ私を助けてくれた恩もあるしアンクのいうことは一理あるよ」
そう言うとセレナはアンクに視線を向ける。
「カイトと私を助けてくれてありがとう、アンク。この恩はいつか必ず返します」
丁寧に頭を下げるセレナにアンクは目が点となりながらも慌てて彼女から視線を外す。
「全く、現世人にお礼を言われるなんて……」
「私、セレナっていうの」
「はっ?」
突然のセレナの発言にアンクは呆気に取られる。
「現世人だと言いづらいでしょ。だから私のことセレナって言ってほしいの」
「いや、お前……」
「“セレナ”」
「うっ」
(あっ、なんかデジャヴ)
セレナの言葉に何も言えなくなるアンクを見てカイトは自分にもあったなと懐かしむ。
最初は抵抗していたが最終的にセレナのお願いに押されアンクも「しょうがねぇな」と諦め右手を差し出す。
「分かったよ。セレナ、お前をこの山賊のアジトから出るまで手を貸してやる。いいな」
「うん。よろしく、アンク」
セレナは笑顔で握り返す。
こうしてセレナとアンク、カイトの脱出作戦が始まった。
「アンク、一応、セレナ“さん”って呼んでね」
「……何でお前もそっち側なんだよ、カイト」
「いや、俺も”セレナさん”って呼んでるし……」
流石に令嬢に呼び捨てはまずいとカイトは思うのだった。
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次回の投稿は8月1日(土)、18時の予定です。
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