1話 転移
「……ぶ?……える?」
「……うん?」
誰かが呼ぶ声が聞こえた。
(あれ、俺、どうなったっけ?)
頭が重い。体が地面に沈むように動かない。
ぼんやりとした意識の中で、断片的な記憶が浮かんでくる。
(……車に……母子がいて……俺、助けようとして……そしたら声がして……ダメだ。分からない……)
あの時、唐突に起こった現象。カイトにとってあれが現実か夢か分からなかった。
「大丈夫?聞こえる?」
だんだん、意識がはっきりしたのか誰かがカイトを呼び体を軽くゆすっている。
(誰だろう?)
カイトはゆっくりと目を開けた。
「……!!よかった目を覚ましたのね」
「……」
目の前には少女がいた。
銀髪と赤い瞳、よく見ると、八重歯っぽいのが見える。
服装もまるでファンタジーに出てくるお嬢様が着そうな服装だが所々、土の汚れや服の破れがあった。
彼女の容姿は普段なら絶対に見かけないものだった。
「!!?」
カイトはガバッと起き上がり周りの景色を見る。
(どこだ、ここは!?)
さっきまでとは違う場所にカイトは唖然としていた。
目を覚ました場所は見知らぬ森だった。地面は土と根っこの硬い感触を感じ鳥や風で木や草が揺れる音が聞こえる。
「……大丈夫?」
「うわ!!」
すると少女が声を掛けてきた。
カイトは近くに少女がいたことを忘れており、驚いてひっくり返りそうになる。
「あっご、ごめんなさい!驚かせるつもりじゃなかったの」
倒れそうになったカイトを、少女は慌ててカイトの肩を支えた。
「私の名前はセレナって言うの、あなたは?」
「えっと俺は……一ノ瀬カイトです」
「一ノ瀬……カイト?珍しい名前ね」
カイトの答えにセレナが小首を傾げるのを見てカイトは困惑していた。
カイトの感覚からしたらセレナという外国の名前の方が珍しかった。
「……本当にどこなんだここは?」
カイトは小声で呟く。
ここはどこなのか?何故、自分はここにいるのか。全く状況が読めなかった。
しかしカイトにそれを考えさせる余裕がなかった。
……バキッ。
木の枝を踏む音。
空気が変わった。
セレナの表情が一瞬で強張る。
「……隠れて!」
そう言うや否や、彼女はカイトの腕を掴み、近くの茂みに身をかがめた。
「クソッ。あのガキ、どこに逃げやがった」
「早く見つけねぇと、アルカード家の連中が来ちまう」
「落ち着け、遠くまで逃げてないはずだ。しっかり探せ」
それと同時に草の隙間から見えたのは粗末な衣服や革鎧などを身に着けた数人の男たち。
剣を持つものもいて、辺りを見回している。
山賊の剣呑な雰囲気は茂みに隠れているカイトにも伝わるほどだ。
セレナの手がカイトの袖を強く握る。
小さく震えていた。
(もしかしてこの子、追われている?)
状況についていくのに必死なカイトに、セレナは囁くように言った。
「お願い、静かにして。山賊たちが私を探してるの……」
「探してる?一体なにが……」
「お願い」
セレナの強いお願いにカイトは深く聞かず静かにうなずく。
状況は分からないがあの山賊たちは明らかにセレナに対して危害を加える存在だと分かった。
そこまで理解したカイトは山賊たちがここを通り過ぎるのを祈るしかなかった。
しかし、その祈りは届かなかった。
山賊たちの一人が何か匂いを嗅ぐような動作をすると、そのままカイトたちの方向に視線を向ける。
「いたぞ。あの茂みだ」
「よし、分かった」
そして山賊がカイトたちのいる方向に指を指し、もう一人の山賊がその方向に腕を伸ばす。
その瞬間、その男がかざした手の平から塵のようなものが集まりだし、最終的にバスケットボールぐらいの大きさの岩を生成した。
そして……
「……!!避けて!!」
その時、セレナがカイトに覆いかぶさるとともにビュンっと岩の塊が飛んでさっきまで
いたカイトたちの茂みの木がバラバラに吹っ飛ぶ。
「……よし。いた」
「馬鹿野郎!!セレナ・アルカードに当たったらどうする気だ!!」
「てめぇの”真名”で殺す気か!?この無能!!」
「うるせぇ、俺のおかげで出てきたんだろうが!!早く捕まえるぞ!!」
山賊たちがセレナを見つけると同時にじりじりと近寄ってくる。
「おい。もう一人いるぞ。どうする?」
「うるせぇ、そいつはぶっ殺せ。用があるのはアルカード家のご令嬢だ」
(なんだ!?何が起こったんだ!?)
急な状況にカイトは理解できなかった。
さっきまでカイトたちを隠していた木々が、一人の山賊の手のひらに形成した岩によってバラバラになったのを見てカイトは思考が停止している。
「大丈夫!?」
セレナの呼びかけにやっと思考が復活した。
気づけばセレナが上に乗っており、カイトに怪我がないことを知ると「よかった」と少し安堵する。
そしてすぐに顔をきゅっと強張って山賊たちの方に向ける。
「私が前に出て相手の注意をひかせるからその隙に逃げて……」
セレナがそうつぶやき、カイトを守るように山賊達の前に出た。
カイトはただ、茫然としていた。
最早、自身の脳がキャパオーバーを起こしている。
何から理解すればいいのか分からなくなっていた。
しかし、混乱していたからこそ、カイトは気づいてしまった。
山賊の前に出ていたセレナの肩が震えていたことに……
「えっ!?」
「はっ?」
「なっ!?」
気づいたらカイトはセレナを連れて逃げていた。
カイトがその行動を起こすまでにセレナと山賊の間に会話があったが、カイトの耳に入っていなかった。
ただセレナの腕を引いて山賊たちから逃げていた。
「何をしている!早く追え!!」
「くそ!!」
山賊達もあまりの突然さに呆然していたがその中の一人が怒鳴る声で全員が我に返りカイトを追いかけてきた。
(逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ)
カイトはセレナを連れて必死に足を動かした。
後ろから山賊たちの怒声が聞こえる。
耳元を通ったのかピュンピュンと空気を切り裂くような音が飛ぶ。
しかし、セレナが目的なのかカイト達に当たることはなかった。
あれからどれくらい走ったか分からない。体感では数十分走っただろう。
しかし、それは長く続かなかった。
「!!……危ない!!」
セレナがカイトの手を引っ張ると同時にカイトの目の前に大岩がドスンと落ち、逃げ道を塞いだ。
「くそ、最初からこうすればいいだろうが!」
「おぅ。お前にしては珍しく器用にやれたな」
すると、後ろから山賊が追いついてくる。
「くそ……」
「おい。てめぇ、さっさとそのガキを渡せ。そうすりゃ苦痛もなくあの世に送ってやるよ」
山賊の一人がカイトに手を掲げ岩の塊を形成し始める。
その時だった。
「ぎゃあ!!」
その時、どこからともなく飛んできた矢が、山賊の手に刺さった。
「ゼラス様。こちらです!!」
矢の飛んできた方向から声と複数の足音が聞こえる。
「くそ!!アルカード家の連中か!」
「後少しだと言うのに……仕方がねぇ、撤退するぞ!!」
「けど、このガキと小娘は!?」
「もう遅い!!急げ!!」
そう叫んだ山賊たちは一目散に逃げていく。
そして山賊達が去った後に反対方向から別の一団が現れた。
今度は山賊と違い、身なりが整っていた。
特に先頭にいる人物はセレナと同じく銀髪の赤目が特徴的で、服装は西洋風のファンタジーの貴族みたいな服装だ。年齢的にカイトとほぼ同年代の青年だった。
「ゼラス兄様!!」
「セレナ!!無事かい?」
「うん。私は大丈夫だけど……」
セレナがゼラスと呼んでいたカイトと同年代の青年は、彼女が自分は無事だと言いかけたところで優しく抱き寄せた。
「よかった……無事で」
「うん……ゼラス兄様」
ゼラスの言葉にセレナは少し照れていたが若干嬉しそうにゼラスに抱き返す。
するとゼラスはカイトに気づいたようでカイトに視線を移した。
「……ところでセレナ。後ろにいる彼は誰だい?」
「あ、えっと……」
セレナが答えに困っているとカイトが口を開いた。
「すみません。ここがどこだか分からなくて……」
「ここが分からない?君はどこから来たんだい?」
「えっと……日本で」
「二ホン?」
ゼラスは眉をひそめ、カイトを警戒していた。よく見ると彼の従者も少し身がまえている。
(まずい……完全に怪しまれている?)
その雰囲気から完全に怪しまれていると察したカイトはどうすればいいのか困っていると、今度はセレナが口を開いた。
「待って、ゼラス兄様。彼は私を山賊から助けてくれたの」
「本当かい、セレナ?」
「うん。そうだよね。カイト」
「えっ?」
(俺、助けたことになっているのか?ただ、逃げていただけなのに……)
カイトは逃げるのに必死でセレナを助けられたかどうか微妙だった。どちらかというと助けたのはゼラスたちのほうだ。
「カイト……二ホン……」
一方、ゼラスは思案しながらカイトの服装……学生服……をじっと見つめた。
「カイト君って言うんだね……すまないが、少し確認させてくれ」
何かに、気づいたのかゼラスはカイトに質問する。
「君はもしかして……異世界から来た人間……異世界人かい?」
「い……異世界人?」
小説や漫画に出てきそうな単語にカイトは目を点にする。
(異世界人って異なる世界から来た人って言う意味での異世界人だよ……ね?いやいや、いくら何でもこんな下手な某小説や某アニメみたいなことある?)
当然、異世界人という単語自体はカイトは意味は知っている。しかしそれがこうもはっきりと……まるで現実的な感じで言ってくるとは思わず困惑していた。
「そういえば、自己紹介がまだだったね」
カイトが困惑していると、ゼラスは自身のことを改めて紹介していないことに気づいたのか姿勢を正した。
「私の名前はゼラス・アルカード。アルス王国の辺境にあるアルカード領の……ここの領を管理している者だよ。そして……彼女、セレナの兄だよ」
ゼラスはそう言ってセレナの頭を優しく撫でながら自己紹介をする。
「アルス?……セレナの兄?」
しかし、カイトにとって情報が多く余計に混乱していた。
アルス王国ってなんだよ。そんな突っ込みを心の中でさえできないほどに。
「ゼラス様……」
すると、片眼鏡を掛け執事姿をしている青年がゼラスに話しかける。
「そうだね。詳しいことは館で話そう。カイト君、付いてきてくれるかい?」
「えっと、はい。分かりました」
カイトはゼラス達の案内のまま、彼らへとついていく。
隣を歩くセレナが、ちらりとこちらを見て小さく笑った。
その笑顔が、なぜか胸の奥に刺さった。




