プロローグ
少し、シリアスとダークな要素があります。
文字数は話数ごとに3000文字から6000文字で投稿しています。(たまに構想上の関係上、やや6000文字超えてしまう話があります。少なくとも7000文字は超えることはないと思います)
是非、楽しんでいってください。
その少年は森の中に一人で立っていた。
ーここはどこだ?どうして俺はここにいる?
辺りを見回しても、分かるのは”森の中”という事実だけ。
奥の方から誰かの叫び声のような音が聞こえた。
だがそれは、水の底から響くようにぼやけ、輪郭を結ばない。
(……この場所、どこか見たことがある)
胸の奥に微かな既視感があった。
しかし、思い出そうとした途端、頭の中にノイズが走り耳鳴りのような雑音が記憶をかき消していく。
まるで自分の中の何かが、思い出すことに対し強く拒んでいるようだった。
ー…あれ?人が倒れている?
すると、目の前に人影がいることに気づいた。
ー……
少年は無意識のうちに足を引きずるように近づく。
一歩、また一歩。
足が鉛のように重く、胸の奥にある見えない棘が深く刺さるような痛みが走る。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――
頭の中が真っ白になり、息が荒くなっていく。
それでも足は止まらなかった。
まるで何かに導かれるように。
やがて少年は倒れた人の傍らまでたどり着いた。
それは女性だった。
だが、顔は霧のようなもやに包まれていて、はっきりと見えない。
ー……
少年は震える手を伸ばした。
その瞬間、気づく。
自分の手が……血で真っ赤に染まっていたことに。
そして、全ての景色がゆがみだした。
世界そのものが溶けていくように……。
―――
キーンコーンカーンコーン
「うわ!!」
チャイムの音とともに少年は目を覚ました。
(……夢、か?)
教室には誰もいない。
静まり返った教室とは対照的に、外からは部活動の声が賑やかに響いていた。
斜めに差し込む午後の光が、机の上を照らしている。
授業は昼過ぎで終わり、今日の復習と課題をやっているうちにいつのまにか眠ってしまっていたようだ。
時計はすでに三時を指していた。
(……帰るか)
席を立ったとき、一冊の本が目に入る。
(あっ、そういえばこの本。返すの今日だった)
少年はそのまま図書室に向かった。
少年の名前は一ノ瀬カイト。一七歳。どこにでもいる、普通の高校生だ。
* * *
「カイト、ありがとう。助かったよ」
返却作業をしていた図書委員の女子が笑う。
「いえ俺も本を返しただけなんで」
「それでも助かるよ。正しい場所に戻す子、最近少ないんだもん。……この前なんてゴミ箱に突っ込まれてたんだから」
「それは……笑えないですね」
カイトも苦笑いで返していると、彼女は少し真顔になった。
「ねぇ、カイト。もういっそのこと、正式に図書委員に入っちゃえば? 他の委員とかの手伝いもしてるんでしょ? でもさ、そろそろ部活でも委員でもどちらかでもいいから一つに絞った方がいいと思うよ?」
「えぇと……まだ、決めてなくて」
「そう?でもいい加減そういうのをはっきりさせた方がいいよ。最近、君のその人の良さをいいことに面倒事を押し付ける人、結構いるし。見ててちょっと心配になるんだよね」
彼女の言葉に、カイトは少し視線をそらした。実際、彼女の言った言葉に対して思い当たる節があったからだ。
「……気を付けます」
「うん、それでいいよ。もし図書委員に入りたいなら言ってね」
彼女の言葉に、カイトは曖昧に笑った。
(……決められないんだよな、いつも)
彼女はまた本棚に向かい、カイトは静かに図書室を後にした。
* * *
「ふぅ。やっと家に着いた」
夕暮れ。赤く染まる空の下、カイトは目の前の酒屋を見上げた。
「カイト、おかえり」
義母が顔を出す。
「うん。ただいま。荷物置いたら店、手伝うよ。」
「勉強は?」
「学校で済ませたよ」
「そう。じゃあお願いね」
カイトは頷き、荷物を置き、”学生服のまま”、店の方へ向かう。
義父が棚に瓶を並べていた。
「おぉ、おかえりカイト」
「ただいま。義父さん。手伝うよ」
「そうか。なら俺が倉庫から運ぶから、お前は陳列頼む。」
「了解」
カイトが返事をして義父と入れ替わり、慣れた手つきで瓶を棚へと並べていく。
しばらくして、倉庫から戻ってきた義父がぽつりと尋ねた。
「カイト、お前……高校出たらどうするんだ?」
「進学は考えてないよ。やりたいこともないし、無理して大学行っても意味ないと思うし。それに……義父さんと義母さんに恩があるし。拾ってくれて、育ててくれて。せめてそばで支えたいんだ」
義父はしばし沈黙した。
そして真剣な顔でカイトを見つめる。
「……カイト、今まで言えなかったことがある。お前は……」
義父が何かを言いかけたところ、義母の声が飛ぶ。
「あなた、大変! 鈴木さん、また財布忘れていったの!」
「またか……!」
「義母さん。鈴木さんの家なら俺が分かっているから、俺が届けるよ」
義母から財布を受け取り、カイトは玄関へ向かう。
「カイト、待て」
扉に手を掛けようとした瞬間、義父の声にカイトは足を止める。
「カイト、お前は……まぁ、いいか」
義父はどこか諦めたのか息を一つ、ついてカイトと向き合う。
「お前は優しい。でもな、その優しさで自分を縛るな。俺と義母さんにはできないことを、お前はできる。だから……お前の道は、お前が決めろ。」
義母は黙ってうつむいていた。
カイトは小さく笑って言った。
「うん……よく分からないけど、分かったよ」
カイトは外へ走り出した。
* * *
「おぉ。忘れていた。カイトすまんな」
「はい。大丈夫です。それでは」
「おぅ。もし暇があったら遊びに来いよ。義父さんたちにもよろしくと伝えておいてくれ」
彼は笑い、家の中へと消えた。
(無事に届けられてよかった……そろそろ戻るか)
空はすでに赤紫に染まりかけていた。
この時間だと帰宅ラッシュなのか、車や人の行き来が激しくなっていた。
カイトは注意しながら来た道に沿って歩を進めた。
数分歩いたところで、カイトの目の前の信号が赤に変わったので足を止めた。
カイトが立ち止まっていると、母と娘と思われる親子が隣に立ち、楽しそうに話している。
「ママ〜。今日のご飯は何〜?」
「今日はねハンバーグよ」
「やったー!」
そんな親子の会話を見ていたカイトは小さく息をついた。
(俺の本当の親もこんなふうに笑ってくれたのかな……つ!?)
その瞬間。
森……
顔に靄が掛かった女性と男性……そして白い髪の子供。
樹……
血……
声……
カイトの視界に別の映像が入るかのような幻が襲う。
それとともに激しい頭痛を覚え頭を押さえる。
(また……これだ。なんで自分の親のことを考えるといつもこうなるんだろう)
カイトは痛みがなくなった頭を軽く撫でる。
カイトは6歳より前の記憶がない。
実の親を思い出そうとすると、何故か胸を締め付けられ強い拒絶感に襲われる。
だから、もう思い出さないようにしているが親子を見ると時々、そうなってしまう自分にまた、かと溜息を吐いた。
気づけば信号が青に変わっていた。
カイトは小さく息を吐き、歩き出した。
その瞬間……
横から強烈な光が差した。
タイヤが悲鳴を上げ、空気が爆ぜる。
車が、カイトへと突っ込んでくる。
(危ない!)
母子の姿が視界に入った。
カイトは反射的に走り、二人を抱きかかえて押し飛ばす。
親子は車線の外へ転がった。
その直後……。
世界がスローモーションになった。
ヘッドライトが目の前で膨れ上がり、空気が震える。
もう避けられない。
(あっ終わった……)
この数秒後に自身に起きる惨劇を幻視した。
その時だった。
『……〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇』
その瞬間、彼の脳内に声が響いた。
(……誰だ?)
『〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇』
カイトの困惑を置いていくように脳の声が響き続ける。
(この声……どこかで……)
気がついたら周りは全て止まっていた。当然カイトも動けない。
(なんだ?なんだ?俺に何が起こっているんだ!?)
世界が凍る。
光も風も音も止まる。
ただその声だけが彼の意識に染みこんでいった。
懐かしい……そう思った。
理由も分からないまま、心の奥で確かに感じていた。
視界が暗転し、意識が沈んでいく。
……そして、カイトの世界は途切れた。
『…………せめて僕のところに辿り着かないで』




