15話 新たな変化と真名 上
<カイト視点>
アンクと契約を結んでから数日が経過した。
まだ、アンクからの連絡はない。
まだ、数日程度では情報が来ないのだろう。
自分自身が何かできるわけではないし、アンクのことは一旦、置いといて俺の普段の生活が大きく変わったことについて振り返ってみようと思う。
相変わらず書庫室に通っているが、そこから更に裏庭でセレナ達の手伝いをしている。
ここで暮らしているお礼という意味もあるが、こうして何か誰かのために動けることに、俺は安心感を覚えた。
何よりここに来るたびに心が楽になるのを感じる。恐らくここで励まされたのも大きいだろう。
この世界の言語の理解も順調に進んでいる。
文字もほとんどが読めるようになり、今は文字を書く練習をしている段階だ。
文字を読めるようになれば、本の内容も理解できる。この世界についても少しずつ分かることが増えてきた。
この世界にはベルム、フェイム、モルス、イペル、ヨハヌの5つの大陸が存在する。
俺がいるのはベルム大陸の北東を大きく占める大国、アルス王国の東端に位置する男爵領、アルカード領だ。
アルス王国は五大陸の中で大きな領土を持っている7つの大国の一つで、これらは七大列強国と呼ばれているらしい。
他にも小国は存在するが列強国の属国がほとんどだということをセレナ達が教えてくれた。
まだ地理だけだが、セレナ達が手伝ってくれたおかげで随分理解できるようになった。
そのお礼という形で、俺は自分の世界の話をセレナにするようにしている。
最近、自身の世界の話もネタ切れになり、ほとんどはその世界にあった日常生活や思い出を話すことが多くなった。
それでもセレナは興味津々に聞いてくれている。セレナにとっては、違う世界は俺の日常生活でも新鮮なのかもしれない。
こうしてしばらく外に出る機会は少ないだろうと俺は思っていた。だが更に数日後、またルブルス達の村に行くことになった。
どうやら前の山賊騒動のお礼がしたいとのことだ。
元を正せば自分が勝手に森に入り結果的に助けたことになっているので少し喜べない気持ちもある。だが、ティグさん曰く、あの時、カイト達に直接お礼をしたいという人が多かったため後日、改める形となったのだ。
ティグさんからは「せめてお礼だけでも聞いてほしい」と言われて断れなかった。
そんなある日、ティグさん達に連れ出される形で森に来ていた。
* * *
「着きました。ここなら問題はないでしょう」
森を入り広めの場所に来たティグは足を止める。
(確か、今日は俺があの時、出した謎の力の訓練とかだったよな……)
カイトはティグに呼び出された理由を思い出す。
この間、山賊と対峙した際、自身が暴走して出た力を調べるため、人気がない場所で行うと聞いていた。
(あれもしかして、ここって?)
ふと、カイトはこの森に見覚えがあった。
(……!!視線!!)
すると、カイトをジッと見つめる視線。
視線の主は分かっていたカイトは自身の真横にいるだろうと予測し少し後ろに距離を取る。
「ジー」
「うおわぁ!?危ない!!」
「……わーお」
メアリはカイトの真下で寝転がっていた。
真横にいるだろうと警戒していたため、足元にいるとは思わずカイトはメアリを踏みそうになったところをギリギリこらえる。
「……ごめんね。カイト、メアリがカイトの足元にいることは気づいたけど言うの遅れちゃった」
「いえ、大丈夫です」
「……残念……今回は……真下」
(何が残念なんだ……)
メアリがカイトの足元にいたことに気づいていたが、言うのが遅れて申し訳なさそうにセレナは謝った。
今回、ここに来たのはティグだけではない。
セレナとメアリも同じように付いてきてくれていた。
メアリはカイトの訓練の手伝いのために同行してくれている。
セレナの方は山賊に襲われるリスクもあったが周りに人手がいないため、カイトと一緒に行くことになっていた。
そんな背景を他所にカイトは今いる場所を見回す。
「……あの確かここって」
「あっ、うん。そういえばここはカイトと私が出会った場所だったよね」
カイトが来た場所、それは転移した場所、そしてセレナと初めて出会った場所だった。
「はい。この精霊の森なら今回の訓練には最適な場所だと思います」
カイトが転移した森、”精霊の森”をティグが説明した。
曰く、この森は現アルカード領の3割を占める大森林でありこの森を抜けると国境に近い場所だった。
しかし、この森に平気で近づく人間はそうそういない。
何せ、この森は”魔の森”と言われていた。
自分達が、いる場所はまだ浅いから平気だが深くまで入ると二度と出ることができないそうだ。
噂では300年前に森に入った人間がその当時の年齢のまま森を出てきた伝説があるそうだ。
「逆を言えば、この場所なら余程のことがない限り、誰かが入ってくることはないと思います」
少なくともここなら危険はないとティグは断言する。
「それでは、始めましょう。カイト様があの時、出した力……”真名”についてを」
カイトは静かに頷いた。
あの夜の暴走が、自分の中に何を残したのか。それを知る時が来た。
* * *
この世界の人間には魂の力、”霊力”が存在する。
”霊力”の保有量は人によって違い、その力を利用して様々な使い方ができる。
その一つがこの世界の人間が使える超常的な能力、”真名”である。
真名とはこの世界の人間が本来、持っている能力、異能であり霊力を用いることで発動できるものだ。
”霊力”を燃料と呼ぶなら”真名”はエンジンである。
「……と”霊力”と”真名”について簡単に説明した感じです」
「なんか、異世界……俗で言うところの”魔力”と”魔法”と言った感じですか?」
「”魔法”?……もしかして”古代科学術式”のことですか?」
カイトが言った”魔法”と”魔力”という言葉に、ティグは首を傾げる。
「昔の資料しか残っていませんから詳しく言えないのですが、魔法と魔力は霊力と真名とは全くの別物で”真名”は本来の体に備わっている機能だというのであれば魔法は外的環境を用いた科学だと聞いたことがあります」
「そうなんですか?」
「まぁ、昔の話なので事例がほとんど残っていませんが」
どうやらカイトの知る俗的な意味での魔法と真名は違うようだ。
(……というより古代なんとかって言ってなかった?ロストテクノロジー的な何かかな?)
魔法や魔力を古代科学と呼んでいることにカイトは少し引っかかる感じがした。
「とりあえず、真名の話に戻しましょう」
「……はい」
しかし、それを聞く余裕がなくティグの真名の説明が続く。
「霊力を用いて真名を発動すると言いましたが発動の仕方は人によって二通りあります。例えば……メアリさん、お願いします」
「……がってん」
メアリはそういうと目を閉じる。
すると、周りに半透明(目を凝らすとうっすら見える程度)の幕が当たりを広がった。
そしてカイト達を包むように幕が広がるのを止めた。
(一体、何を……あれなんかすごく心が落ち着いていくような)
さっきまであった真名に対する熱意が少なくなっていき、まるで無気力になったような感覚を覚えカイトはすぐにメアリの能力が原因だと気づいた。
「あの……メアリさんこれって」
「うん……私の能力は……この”領域”にいる人間の感情を鎮める能力だから……」
メアリは先ほど張った幕、”領域”を解除した。
すると、突然、カイトの感情が爆発的に増えた。
(うお、急に感情が溢れるような……いや、メアリさんが言った感じだともとに戻ったっていた感じか)
爆発的に感じたのは、さっきまでメアリの能力によって感情が抑えられていたからだとカイトは納得した。するとティグが再び説明を続ける。
「先ほどはメアリのように霊力を”外側”に流すことで発動できるパターンです。今度は私のように内側に留めて発動できるパターンは……」
ティグは静かに目を閉じ、息を整えた。
身体が僅かに揺らぎ……次の瞬間、二つに分かれていた。
「あっ……これって」
二人になったティグを見てカイトは思い出した。
前にティグと同じ姿をした二人をカイトは見たことがあった。異世界だからこういうこともあって当たり前かと、カイトは気にしないでいた。
しかし、”真名”という存在を聞いたカイトはそれをすぐに理解した。
「はい。私の真名はご覧の通り、”分裂”です」
「分身を作り出し、別々に行動することができます」
二つに分裂したティグ達(?)がお互い交互に真名の説明をしている。
「す、すごいですけど……」
しかし、ティグの説明よりあることが気になっていった。
「なんか背、縮んでません?」
言われてティグ達は顔を見合わせた。確かに、二人とも元から幼かった少年が更に幼い……小学生の姿から幼稚園児の姿になっていた。
「あぁ、そういえば申し上げ忘れてしまいました。分裂するほど年齢が若返った容姿になってしまうのがこの能力の欠点でしてね。普段はこれ以上分裂しないようにしていますが、今日は特別です」
そう言って二人は再び重なり、一つの姿に戻った。光がほどけるように消えると、いつものティグの姿がそこにいた。
「なるほど……ってちょっと待ってください」
カイトは思わず聞き返した。
カイトは今までのことを思い返す。
ティグと初めて出会った時は8〜9歳ほどの年齢の容姿をしていたのでてっきり自分より年下だと思っていた。
しかし、セレナが彼を”ティグおじさん”と呼んで慕っていることからカイトもティグ”さん”と呼んでいた。
もう過ぎたことだったので気にしなかったがティグの”分裂するたびに若い姿になる”という言葉にカイトはある疑問が浮かび聞いてしまった。
「あの、ティグさんの年齢って、今、おいくつなんですか?」
それを聞いたティグは少しきょとんとしたがそのまま自身の年齢を話した。
「確か今年で67歳ですが」
「おじいちゃん!?」
カイトは驚きを隠せなかった。
年上どころかご老輩だったからだ。
カイトの驚きに察したのかティグは朗らかに笑った。
「初対面の方は皆さん、カイト様と同じ反応をされますよ。ですから今まで通りに接してください」
その穏やかな笑みに、カイトは思わず頭を下げた。
「……すみません。最初、自分より年下だと思ってました」
(セレナさんが”おじさん”と呼ぶわけだ。他のみんながさん付けなのも納得だ)
セレナや他のみんなの呼び方からカイトもティグのことをさん付けしていた。しかし本人の実年齢は年下どころか年配だったことはカイトも予想だにしてなかった。
「ふふ、構いませんよ。それより、ご理解できましたか?霊力を用いて真名を発動は2パターンあります」
今まで自分のことを年下だと思われたことを気にしない様子のティグは言葉を進める。
「一つはメアリのように霊力を外側に流すことで周りに真名を発動させるパターンの”放出類”、もう一つは私のように霊力を外側に出さず、内側に留めることで自身に真名を発動させるパターンの”内包類”に分かれるのですよ」
「人によって真名を発動の仕方が違うのですか?」
「はい。人によって個人差はありますが大きく分けるとこの2種類です」
「なるほど」
霊力の動かし方は人それぞれだと説明するティグを見てカイトは自身のことを思い出す。
「俺の場合は、どちらでしょうか?」
「そうですね。メアリさんから聞いた限りですとカイト様の場合は岩を形成して飛ばしていたと聞いておりますので”放出類”の類ですかね」
「放出類?でもメアリさんみたいに領域みたいなのは出なかったですが?」
メアリみたいに幕みたいな領域を出せなかったことを思い出したカイトは自身は放出類と言われても実感は湧かなかった。
「そうですね。放出類、内包類と言っても真名の発動の仕方もいれると更に種類が分かれますが流石にそれを全て見せるのは難しいでしょう」
ティグは少し渋い顔をした。
「まぁ、とりあえずそれは霊力の流し方を教えながら話すとしましょう。それではいいですか?」
「えっと……」
ようやく、真名の訓練が始まる。
しかし、カイトには不安があった。
(……もし、これがセレナさんやメアリさん、みんなに怪我をしたら)
カイトにはトラウマがあった。
あの時、自身の力はほぼ暴走状態だった。
もし、それが誰かを傷つけたら。
今回はセレナもいる。
もしセレナにも危害を加えたら……カイトの心は震えていた。
「……なでなで」
「!!……メアリさん?」
メアリがカイトの頭を撫でていた。
気づけば領域を作りカイトの感情を静めていた。
「……大丈夫……今度はちゃんと守る……今度は怪我しない」
「カイト様、安心してください。セレナお嬢様はちゃんと守りますし、私とメアリはカイト様の力について詳しいです。大船に乗ったつもりでいてください」
ティグの言葉がカイトの胸にストンと落ちた。
「カイト頑張って」
セレナもカイトのことを応援してくれている。
「ティグさん、メアリさん、ありがとうございます」
(……俺もしっかり頑張らないとな、みんなのために)
ティグ達の励ましにカイトは覚悟を決めた。
こうしてカイトは、真名発動の基本である霊力の流し方の訓練を始めるのだった。
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