12話 裏庭と異世界
屋敷に着いた頃は日は西に沈もうとしていたが、まだ明るかった。
カイトはセレナに手を引っ張られたまま、屋敷の裏側……セレナがお気に入りの場所である裏庭にたどり着いた。
「おぉ」
カイトはその裏庭を見て、思わず感嘆の声を上げた。
裏庭は小さかったが、色彩豊かな花が植えられていた。
園芸の知識は素人以下だったが、それでも細かいところまで手入れされていることはカイトでも理解できた。
「どぉ?カイト」
「とても綺麗です。セレナさん」
「よかった。ここはね私にとってお気に入りの場所なの」
セレナは笑顔で花壇に近づいてしゃがみ込んだ。
「やっぱり一日、空いていると雑草も少し生えてるね」
「申し訳ありません。セレナ様、普段は私の分裂体が管理しているのですが、昨日はその……村の騒動の件で」
「いいの。ティグおじさん。時には自分で管理したいと思っているし」
セレナは、優しく首を振りカイトの方を向く。
「そうだ、カイトも手伝ってくれない?」
「えっと、分かりました」
突然、振られたためカイトは戸惑いながらも頷いた。
それを見たセレナは嬉しそうに笑う。
「ありがとう。雑草の抜き方にもコツがあるんだ。それも教えてあげるね」
セレナは笑顔でお礼を言うとそのまま裏庭の手入れが始まった。
* * *
「そうそう。カイト、そんな感じだよ。大分綺麗に抜けるようになったね」
「……そうですかね?」
裏庭の手入れが始まってから数十分が経過しており、カイト、セレナ、ティグやメアリの手が土で汚れていた。
(確かに、少し慣れてきたかな)
カイトも最初は雑草を抜くとき根を残さないように抜くのに苦労していた。
何より雑草によって抜き方が違うのだ。根が深く抜きにくいものがあれば根元が弱くすぐちぎれてしまう物もあり苦戦していた。
しかし、セレナがやり方やコツを教えてくれたおかげでそれもなくなっていた。
「ふふふ」
そんなカイトを見ていたセレナは笑顔を見せる。
「どうしました?セレナさん?」
「ううん。やっぱりこれも、昨日の夜の件もカイトってすごいなって思って」
「えっと……そうでしょうか」
昨日の夜の件ーー山賊の件だろうと察したカイトは表情を暗くする。
(もしかして、これをやることで自分はすごいんだよと伝えてるのかな……)
セレナなりの励まし方なのかもしれないとカイトは感じた。
(これができたところでーー自分のあの時のやらかしたことは消えたりしない)
カイトは心の中でため息を吐いていた。
(……ん?)
落ち込みながら雑草を抜いていると、ある花がカイトの目に止まった。
(あれ?この花って)
色は淡い青紫。
花びらは、まるで布みたいになめらかで綺麗だった。
(なんだろう。多分、異世界の花だよな……でも)
カイトはこの花を初めて見た。
少なくともカイトのいた世界には存在しない。
しかし、不思議とーー懐かしい気がした。
ほっとするような。
温かいような。
「あの花、気になるの?」
「えっ!?」
気づけばセレナがカイトの近くにいた。
「ごめんなさい。驚かせちゃった?」
「いや、大丈夫です。あの花が気になりすぎて気づかなかったといいますか……」
「そう、よかった。この花、私も大好きなんだ」
セレナは笑ってその花を指さしながら説明する。
「あの花はね”ファブラ”という花なの」
「ファブラ?」
「うん。今回は青紫の色だけど季節や土によって花の色が変わるの」
「花の色が変わる?」
カイトの質問にセレナは嬉しそうに頷いた。
「うん。ファブラは別名、時期知らずっていうの。ファブラの花が咲く時期が決まっていなくて、花も開くのが遅いから根気よく、世話をしないといけないんだ」
セレナは楽しそうに続ける。
「でもね、強い花だから余程の気候でない限りどの時期でも咲くの。そのときの時期や土によって変わるんだよ。今は秋だから青紫だけど夏とかは黄色や薄いピンクの花弁になることもあるんだ」
「へぇ、すごいですね」
「うん。お母様が教えてくれたんだ。……それにこの花の花言葉は”物語”って言うんだって」
そう言って、セレナは懐かしそうな顔をカイトに見せる。
「私もね、昔……周りから大切にされてたんだ。周りに期待されてた。だからみんな優しいと思ってた」
セレナは一つ一つ、思い出しながらカイトに語る。
「……でも私に何ができるか分からなくて不安だったんだ。それでも周りは私に優しくしてくれる。だから期待に応えようとあれこれやろうとした。でも何も考えていないのに焦ってやってもうまく行くはずがないよね。いつも空回りだったの」
セレナの表情が少し曇るがカイトは何も言わず、ただ聞いていた。
「それで、ある日ね。私、取り返しのつかない失敗をしたんだ。その時もお父様や周りのみんなが許してくれたけど。それがショックだった。塞ぎこむほどに」
「どうして自分はこんなにダメなんだろう。自分なんていなければよかったって思う時が多かったんだ」
(……セレナさんも)
カイトは自分と重ね合わせるようにセレナを見つめた。
自分がこの世界に来てから周りから優しくされていた。しかし、自分はその人たちに何も返していない。そんな自分に焦ってしまい、今回の暴走を起こしてしまった。
セレナの失敗はどんなものなのか知らない。だが、カイトには彼女の苦しみが痛いほど分かった。
「でも、その時、お母様が私を裏庭の方に連れてってくれたの。その時、見せてくれたのがこのお花だったんだ」
セレナはそう言ってカイトが気になっていたファブラの花を指さす。
「お母様が教えてくれたの。この花は成長が遅いけど様々な環境で学び綺麗な花を咲かせるって。私はまだ成長途中だし誰かの役に立ちたいって思いは間違っていないって。その気持ちさえ失わず前を見て学び続ければいつか綺麗な花を咲かせる。だから焦らず少しずつ進もうって」
セレナは微笑んだ。
「それ以来かな。あまり悩まなくなったし、今もこうやって裏庭でお母様が好きだったこの花を育ててるんだ」
セレナはファブラの花の近くにあった雑草を抜きながら懐かしそうに笑った。
(お母さんか……)
カイトは自身の義両親のことを思い出した。
カイトは実の両親を知らない。物心ついたときには一人だった。
カイトを引き取ってくれた義両親も良くしてくれたが、カイト自身は心のどこかで「もしかしたら捨てられるかもしれない」と思い、深く心を開くことができなかった。
そんなセレナをカイトは少し羨ましいと思った。同時に、せめて自分を良くしてくれた義両親だけでも、もっと心を開けばよかったと後悔した。
セレナは花の手入れを続けながら、穏やかに笑っている。
「いいお母様だったんですね」
カイトはそう言うと、ふと疑問に思ったことを口にした。
「……そういえばセレナのお母様……両親を見たことがないですけど、どこに?」
カイトがこの異世界で生活してからもう数日が経過している。しかし、セレナ(と彼女の兄であるゼラス)の両親を見かけていなかった。
何気ない疑問だった。しかし、セレナの表情は僅かに曇る。
「亡くなったの。お母様も、お父様も5年前に……戦争で」
「……ごめんなさい!!」
失言したそう思ったカイトは慌ててセレナに頭を下げる。
「いいの。もう昔の話だし」
セレナはカイトに優しい顔で微笑んだ。
「確かに今まで住んでいた場所も変わっちゃったけど、こうやってこの花を育ててるとお母様が近くにいる気がするの」
セレナは再びファブラに目を向け、近くの雑草を引き抜きながら語った。
(……何やってんだよ。どこが俺とセレナさんは似てるんだよ。セレナさんの方が立派じゃないか……)
セレナだって失敗を重ねてきた。それでも彼女は前を見て進もうとしている。母親を亡くした後も、その思いを胸に。
それなのに自分はそんなセレナに無神経なことを聞いてしまった。
そんな自分に自己嫌悪を覚えているとセレナはさっきまで雑草を抜いていた手を止めてカイトの方を振り返った。
「話が逸れちゃったね。えっと何が言いたいかというとね。カイトはもっと前を向いてほしいの。だってカイトは私よりすごいから」
「俺は……すごくありませんよ」
「すごいよ。だって昨日、カイトが子供達を助けたとき、村の大人たちがお礼を言おうとしてたんだから」
セレナは村での出来事を思い出しながら続けた。カイトが気を失っている間、村の大人たちがセレナ達のもとにやって来ていた。
カイトがアルカード家の従者の服を着ていたこと、そしてセレナと一緒に来たことから、村人たちは彼女の従者だと思ったのだろう。
子供を抱きしめ泣きながらお礼を言う親や、カイトの勇敢さに感心する人々ー様々な人が、カイトへの感謝を伝えてほしいとセレナの方にやって来たのだ。
「それを聞いてカイトはやっぱりすごいなって感じたの。私にはそこまでできなかったから……」
「あんなの偶然ですよ。結果論なだけです……俺はそこでただ暴走してただけだった……」
「でも、カイトが昨日の夜、森に子供が入るのを見て助けに行ったのも、攫われてた村の子供達と遭遇してから助けたいと思ったのもーそれもカイトにとって偶然なの?」
「……!」
セレナの言葉にカイトはハッと気づいた。自分はあの時、行方不明になっていた子供達が山賊に殺されそうになった時、いても立ってもいられなかった。
助けたいと思ったからーだから行動した。
「誰だってうまくいかないのは当たり前だよ。それでもカイトは誰かを助けるために前を見て進んだ。だから、それが間違いなわけがないよ。失敗したところがあってもそこから学んで成長していけばいい。だってカイトにとってここが”終わり”じゃないでしょ?カイトの物語は、まだこれからも”続く”んだから」
セレナはファブラの花を優しく見つめてから、カイトに視線を戻した。
「だから、私はカイトに前を見てほしい。私にとってそれが一番嬉しいから。初めて私と出会った時、カイトは私を山賊から助けてくれたよね。カイトにとって大した事じゃないと思うけどあの時、とても心強かったの。自分で頑張ろうとしたけど怖かったから……」
その言葉を聞いてカイトは思い出した。あの時、セレナは最初、山賊からカイトを守ろうとしていた。
でもその体は震えていた。それを見たとき、カイトは考えるより体が動いていた。助けたいと。
(そうか、あの時からセレナさんは俺のことを信頼していたのか……)
そう思ったとき、カイトの心がゆっくり解けていくように少し軽くなった。
「ありがとうございます。セレナさん」
気づけばカイトはお礼を言っていた。
「うん。カイトが元気になれてよかったよ」
カイトの言葉にセレナは微笑んでいた。
自分を周りがどう見ているか、本当のところは分からない。
でも、彼女の笑顔が自分への答えだというなら少し救われた気がした。
「カイト様」
すると、後ろからティグとメアリがカイトに話しかけてきた。
「ティグさん……メアリさん」
「カイト様、今まで、カイト様を客人として扱い、できる限りの支援をしていたつもりでした。しかし今回の一件で、我々はカイト様に不安を与えていたことを痛感しました」
ティグはそう言ってカイトに軽く頭を下げる。
「カイト様がもし何かをしたいのでしたら仰ってください。そのために最低限ですが力になります。これはあなただけでなく我々にも責任があることですから」
「……これからも任せて」
ティグの次にメアリも頭を下げた。
その姿はカイトのことを本気で心配していたのだ。
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
ティグがそう言って頭を下げるとセレナがカイト達に声を掛ける。
「そうだね。ティグおじさん、それより裏庭の手入れを終わらせよう。ねっカイト」
「はい。分かりました」
セレナの言葉でカイトは裏庭の手入れを再開させた。
(セレナ達のためにも頑張ろう。助けられてばかりの自分が今度は助けられるように)
セレナの思いに応えられるようになりたい。
カイトは心にそう誓うと、ふとある人物のことを思い出した。
(助けられたと言ったらあの子にもお礼を言わないとな……)
カイトが森にいた時に山賊から助けてくれた茶髪の子供、確か今は村で治療をしていると聞いていた。
(……あの子は俺のせいで怪我したようなもんだし……あれ?あの子は確か……)
茶髪の子供、カイトにとって重要な何かがあった気がするがあの時は色々とありすぎて思い出せないでいた。
(また会えるといいな……)
カイトはそう小さく笑い、再び雑草を抜き始めた。




