11話 自戒と異世界
これは俺が六歳のころ、一ノ瀬 カイトとして義両親に引き取られた直後のことだ。
俺は基本的に部屋の隅で大人しくしていた。
六歳より前の記憶がなく新しい生活に慣れず不安だったという理由もある。
だが、それだけじゃない。
できるだけ迷惑を掛けないようにしていたのだ。
何もせず、大人しくしていれば誰にも迷惑はかからない。そう思っていた。
義両親は血の繋がっていない俺を家族のように扱ってくれた。
今思うといい待遇の方だと思う。
だが、俺にとって家族のように大切にされるほど、胸の奥に何か重いものが押し寄せてきた。
それが何なのか、自分でも分からず眠れない夜があったほどだ。
そんな生活が数週間ほど続いた、ある夜のことだ。
その日も眠ることができず、トイレに行こうと部屋を出た。
廊下を歩いていると、義両親が話している声が聞こえた。
義母は泣いていた。
会話の内容は、ほとんど聞き取れなかった。
でもその時の義母の声だけは、今でもはっきりと耳に残っている。
「あの子は息子の代わりになれない……」
あの言葉の意味、意図は今でも分からない。
結局、あの時トイレにいかずに、そのまま布団に戻った。
しかし、俺は不安だった。
もしかしたらーー俺が何かやったせいで実の両親に捨てられたのかもしれない。
その時の義母のように「この子はダメだ」と思われたかもしれない。
今は優しくしてくれてるけど何かの拍子に捨てられるんじゃないか。
実の両親にも捨てられて、自分を拾ってくれた義両親にさえ捨てられたらーー
そう思うと怖くなっていた。
ある日のことだ。
義両親が配達用の荷物を準備していた。
義両親は酒屋を経営していて、よく配達に出かけていた。
その光景を見ていた俺はふと二人の手伝いをしたいと申し出た。
最初は義両親は戸惑っていた。
でも、すぐに了承してくれた。
さすがに義両親も傍にいたし、重い物は避けられていた。
でもーーその時、なぜか心の底から安心できた。
もしかしたら自分にもできることがあると思いたかったのか。
それとも、捨てられたくなかっただけなのか。
時々休憩も入れながら二人の仕事を手伝った。
そしてすべて終わった後、ーー俺は二人の前に立った。
「安心して僕も義父さん、義母さんの役に立ちたいから」
その言葉は二人を安心させたかったのか。
それとも、捨てられたくないという思いで言った言葉か。
恐らくーー両方だったんだと思う。
義母が涙を流しながら俺を抱き寄せた。
「ごめん……ごめんね。大丈夫、私たちがいるから……」
義父も申し訳ない表情をしていた。
でも、この時ーー俺はここにいてもいいんだと心から思うようになった。
それ以来だろうか。
学校にいる時など、誰かが困ったとき、手伝うようになった。
でもーーそれ以上、自分から誰かと関わろうとしなかった。
義両親に対しても、以前よりはマシになっただろう。
けど、それでもーーどこか、自分は義両親と距離を置いていた気がする。
(捨てられるのが……拒絶されるのが怖かった)
だから、深くかかわらない。
助けるけど、踏み込まない。
それが、俺のやり方だった。
* * *
「……ん?」
ゆっくりと目を開けたカイトはベッドに寝かされていた。
部屋は木の香りがしていた。
「おや、目覚めましたか」
すると、子供のような幼い声ーー聞き覚えのある声でカイトは横に振り向く。
「……ティグさん」
子供の姿をした従者、ティグがそこにいた。
「えっと……ここは」
「ここはレテロさんの家です。カイト様が森で気を失っていたのでここで看病していました。幸い、”何一つ”怪我がなくてよかったです」
ティグはそう言って微笑む。
(……俺、何をしていたんだ?……いや、何か自分の体に……何か忘れている気がする)
カイトは無傷である自身の体をじっと見つめていた。
「今、私の分裂体からゼラス様に報告しました。もうじきここに来ると思います」
ティグの言葉はカイトの耳に入ってこなかった。
まだ意識がぼんやりしていたのでまだ自分に何があったのか思い出せない。
カイトはそのまま部屋を見回す。
「……あっ」
すると部屋の隅でメイドの女性、メアリと目があった。
「……」
目があったメアリはそのままカイトの方に歩いていく。
「……なでなで」
そしてそのままカイトの頭を撫でた。
「……えっと」
「……無事でよかった」
メアリが優しくカイトの頭を撫でてくれる。
でもーーその時、カイトは気づいてしまった。
メアリが撫でている左手とは反対のーー右腕が、包帯で巻かれていることに。
「……!!」
思い出した。
自分があの時、何をしたのかと。
「待ちなさい!今、ゼラス様が話をしますから!!」
「黙れ!!こんな不純物にゼラス様を近づかせれるか!!」
すると、扉の向こうで誰かと言い争う声が聞こえた。
「……これはまずい」
ティグがそう呟き苦そうな顔をして扉の方に視線を向ける。
そして……バン!!そんな音で扉を開け放って入った男はカイトを見ると鬼の形相で近づいた。
「不純物!!」
部屋から入ったムドは彼を止めようとしているティグの分裂体を引きずりながらカイトにズカズカと足を進める。
そして、そのままムドはカイトの胸倉を掴み上げた。
「貴様、何を考えている!?」
「えっと、俺は……」
「知っているんだぞ。お前が勝手に暴走してここの村の子供を危険に晒したそうじゃないか!!」
剣呑とした雰囲気に吞まれしどろもどろになっているカイトを見てムドはさらに詰め寄る。
「……あぁ、あ」
ムドの言葉にカイトは自分がしたことを思い出し顔を青くした。
あの時、自分は山賊を倒すために暴走した結果、茶髪の子供を襲おうとしていた。
その時、メアリが……
「どうした。なんか言ったらどうなんだ!!この……」
「ムド、いい加減にしなさい!!」
ムドの権幕にティグが止めに入る。
「あなたは何を聞いてたのですか!?カイト様は森にいる子供達を助けに行っただけなのですよ!?」
「ふん、ティグさんとあなたは随分とあの”不純物”に肩入れするじゃないですか」
「事実を言ったまでです。この世界に来て間もないカイト様にそこまでのことができるとは思えません!!」
ティグとムドの会話が白熱している中、カイトは頭が真っ白になっていた。
(俺のせいでメアリさんが……俺は、僕は……)
カイトは後悔していた。
自分はあの時、セレナ達と一緒にルブルス達の家に避難するはずだった。
しかし、カイトはそれを無視して森に入っていく子供を目撃し追いかけて行ってしまった。
その結果の暴走である。
もっと他のやり方があったじゃないのか?
何故、こんなことをしたのか?
そんなことばっかり頭に流れ込んでくる。
すると、ムドはカイトを侮蔑的な目で向けながら言った。
「ふん。こんな厄介事になるなら少なくともこんな奴、捨ててしまえばよかったのだ」
その言葉を聞いた瞬間ーーカイトの胸がギュッと締め付けられた。
(捨てる……)
まさにあの時だ。
義両親に拾われたばかりで不安な日々を過ごしていたあの夜。
その時に聞こえた義母の言葉。
『あの子は息子の代わりになれない……』
あの光景が蘇った。
(……何で俺はあの時、アレン達を……いやあの子を追いかけて森に入ったんだ)
子供達の消息不明の騒動時、カイトは安全な場所に待機させられていた。
しかし、自分は一人、子供が森に入ったのを見て気づけば追いかけていた。
もし、あの時、大人しく待機していたら。子供を見かけても誰かに報告するだけだったら。メアリはこうならなかったのではないか。
そう思うと後悔が押し寄せてきた。
(俺は……あれから、何も変わっていなかった)
自分は誰かの役に立てるように動こうとしたことで自分は変わったと思っていた。
でも違った。
自分は何もできずみんなに迷惑を掛けていた。
自分を助けてくれた茶髪の子供を襲おうとした。
メアリを怪我させた。
「……ごめんなさい」
気づけば、その言葉が口から漏れ出ていた。
カイトの突然のつぶやきにさっきまでメアリと言い合っていたティグとムドが一斉にカイトの方に向く。
「迷惑を掛けてごめんなさい」
カイトの声は震えていた。
「……もうやりません。だから……だから……」
涙がボロボロとこぼれ落ちる。
まるで自分が六歳の子供に戻ったようだった。
義両親に引き取られた直後のーーあの不安な日々に。
(一人は嫌だ……)
そんな言葉が、喉の奥で引っかかっていた。
そんな姿にムドは睨みつける。
「こんなことをしでかして被害者ぶるか。そうやってメアリとティグさんを騙したのだろう。やはり”不純物”……」
「そこまでだ。ムド」
低く、静かなーーしかし、有無を言わさぬ声が響いた。
扉の向こうから一人の男が入ってきた。
カイトと同年代でセレナと同じ銀髪の赤い瞳をした人物。
後ろから執事の服を着た青年が控えている。
ゼラス・アルカード。
カイトも出会ったことのある、アルカード家の当主だ。
「「「ゼラス様!」」」
ティグ達は姿勢を正し軽く頭を下げる。
「村人達から事情を聞いた。分裂体のティグさんからもね。ムド、まだ状況を確認している中で勝手に話を進めないでくれ」
「し、しかしゼラス様、この不純物は……」
「ムド」
「ッつ」
ゼラスの声は静かだったがムドは口を閉ざし一歩下がる。
ゼラスはカイトの視線の方に目を合わせる。
目があったカイトは思わず身を縮めた。
「カイト君、一応、確認のため君の話を聞かせてくれ」
「えっ」
しかし、その言葉は冷静で怒りというよりーーおびえている相手に優しく問いかける口調だった。それにカイトは驚きの声を上げた。
(……怒っていない?)
自分の身勝手のせいで迷惑を掛けている。
その上、ゼラスのメイドであるメアリまで怪我をさせてしまった。
なのにーーゼラスは、怒っていなかった。
ゼラスはメアリとティグにも視線を移した。
「私も、現場に来たばかりで状況を理解しきれていないんだ。間違った判断をしないためにもカイトから事情も聞きたい。ティグさんとメアリもお願いできるかな」
「はい。当然です」
「……了解です」
「ありがとう。それじゃ、カイト君、一つずつでいい、まず君がメアリやセレナと一緒にレテロさん達の家に避難したところから話してくれるかい?」
「……分かりました」
カイトは正直に話した。
子供が一人で森に入るのを見て追いかけたこと。行方不明の子供達が山賊に追われているところに出くわし、追いかけていた子供の助けも借りて一人を撃退したこと。しかし、仲間が現れてピンチになった瞬間、自分の何かが暴走し、制御が利かなかったところをメアリが止めてくれたこと。それ以降の記憶はない。
途中でメアリやティグが補足を入れてくれた。
自分が追いかけた子供に一度、襲われかけたことは言わなかったーーそれは、一度、助けてくれたあの子を悪く言いたくなかったからだ。
全て話したとは言えないが、カイトはここでの重要なことは伝えたつもりだった。
「なるほど、確かにカイトが追いかけた子供は、怪我をしているが今、村で治療している」
ゼラスはカイトの話を聞き顎に手を当て考え込む。
(よかった。あの子は無事だったのか)
「山賊に攫われた子供達を助けたのも村人から聞いている。山賊の方は一人は死亡したけど、もう一人は生け捕りできている。彼から詳しく知れるかもしれない」
「ゼラス様」
ゼラスが考え込んでいると、ティグがゼラスに話しかけた。
「今回の一件は私達にも責任があります」
ティグとメアリが、ゼラスに向き直った。
「カイト様が森に入られたのはある子供が夜中に一人で森に入ったのを見て追いかけただけです。本来なら我々がやらねばならぬことを、彼一人に無理をさせてしまいました」
ティグは、深く頭を下げた。
「もしカイト様に罰があるならまず私とメアリにもお願いします」
メアリも無言のままだがそのままゼラスに頭を下げた。
(ティグさん……メアリさん……)
カイトは、二人を見た。
(どうして……俺のせいなのに……)
自分が勝手に森に入った。
自分が暴走して、メアリを傷つけた。
全部、自分のせいなのにーー。
自分が原因であるカイトにとって二人の優しさはカイトの心を締め付けた。
「分かった。ティグさん、もとより今回の件のことでとやかく言うつもりはないよ」
ゼラスはそう言ってカイトの方に向き直り頭を下げた。
「カイト君、本当にすまない。本来、我々がやらなければならないことを君一人に無理をさせてしまった」
「えっ!?」
「なっ!?」
ゼラスが頭を下げたのを見てカイトも困惑していたがもう一人、ムドがカイト以上に困惑していた。
ムドは口をわなわなしながらゼラスに詰め寄る。
「ゼラス様!こいつは……」
「ムド、私がここに来たのはカイト自身に事情を聞くためだ。今回のは不幸な事故にすぎない。大きな犠牲がでないだけよかったというくらいだ」
「なっ……な……ゼラス様!しかし、こんないつ暴走するか分からない。危険物、こんなのを側に置くなど正気の」
「ムド!!」
「……!!すいませんでした。出過ぎたことを言ってしまいました」
ゼラスの重い言葉にムドは口をつぐみ黙り込んだ。
ムドと話を終えたゼラスはティグとメアリに向き直る。
「ティグさん。メアリ、君たちは準備が出来次第、カイトとセレナを連れて屋敷に帰還してほしい」
「「分かりました」」
ティグとメアリは頭を軽く下げた。
「我々はこのままここで調査してから戻る予定だ。……ムド」
「……かしこまりました。ゼラス様」
ゼラスはムドを連れて部屋を出ていった。
途中、ムドがカイトを睨みつけるがそのまま部屋を後にした。
「カイト!大丈夫?」
すると、それと入れ替わるかのようにセレナが入ってくる。
「……セレナさん」
セレナが心配そうに見つめるのをカイトは目を逸らした。
今の自分をセレナに見られたくなかった。それだけだった。
そんな中、ティグがカイトに話しかける。
「セレナお嬢様、カイト様はまだ起きたばかりです。出発は正午過ぎとしましょう」
ティグの言葉にセレナは頷いたが、カイトの耳にはほとんど入ってこなかった。
自分の勝手な行動のせいでメアリを傷つけた。みんなに迷惑を掛けた。
自分が悪いんだと言いたかった。
しかし、それが言えなかった。
そんな自分に嫌気がさした。
* * *
帰りの道は行きより警戒が強くなっていた。
馬車が一台とティグの分裂体が周囲を固める布陣だ。
しかし、馬車の中は緊張感とは違う意味で暗い雰囲気、正確にはカイトの雰囲気が暗かった。
(俺……ここにいていいのだろうか)
カイトは馬車の中でセレナの近くに座っているメアリと顔を合わせることができなかった。
「……なでなで」
メアリが、カイトの頭を撫でようとする。
「メアリさん、もうやめてください」
カイトは思わず拒絶してしまった。
自分のせいでメアリを怪我させたのに、それでも優しくしてくれている。
本人は怪我の件を気にせず接してくれているのだろう。
しかし自分にはそれを受け取る資格がないと思えてならなかった。
「……ごめん」
メアリが、しょんぼりして手をひっこめる。
「あっ!えっと、違うんです……そのメアリさん怪我してるし無理させたらいけないかなって……」
「……怪我なら大丈夫」
メアリは包帯が巻かれた右腕を見せる。
「怪我した手を使っていないから。……それに、痛みも少なくなっている」
「……でも俺のせいで」
「……お互い様」
メアリは首を振った。
「……私も止め方……もっとあったら……避けられてた」
「……それは……違いますよ」
メアリの言葉にカイトは強く首を振った。
メアリは自分の失敗を止めようとしてくれた。危険を止めようとしてくれていた。
危険を生み出した側とそれを止めた側、どっちも悪いなんてそんな理屈は通らない。
「カイト……」
すると、セレナもカイトに話しかけた。
その声は、いつもより真剣だった。
「えっと、確かにメアリを怪我させてしまったのは事実だとしてもその前は子供達を助けたでしょ。だからカイトのやったことは全部間違ったわけじゃないと思うの」
「それでも、俺じゃなかったらうまくやれてましたよ」
自嘲気味に笑う。
自分自身に褒められる要素はない。
自分はただ、勝手に行動し周りに迷惑を掛けただけだ。
子供達を助けたのも……ただの結果論にすぎない。
「……」
馬車内には暗い沈黙が流れた。
しかしセレナはじっとカイトを見つめた。
その目にはーー何か、強い意志が宿っていた。
そしてーー
「……よし!!……おっと」
「……危ない」
「ありがとうメアリ」
セレナは立ち上がった。
しかし、馬車が揺れているため少しバランスを崩しかけたところをメアリが支えた。
「えっと、メアリ、屋敷に入る前に、あそこ行っていいかな?帰ってもまだ夕方ぐらいでしょ。それに最近、自分も行けてないし」
「……でも」
「お願い。せっかくだしカイトにも私のお気に入りの場所を紹介したいの」
セレナは、少し寂しそうに笑った。
「……あの時は外出自体できなかったから案内できなかったし」
セレナは強い目でメアリを見つめる。
それに折れたメアリは首を縦に振った。
「分かりました。ティグさんに伝えます」
「ありがとう。メアリ」
メアリが了承したことに喜んだセレナはカイトの方に向き直る。
「カイト、せっかくだし寄り道しよう」
「寄り道ってどこに?」
「私のお気に入りの場所……裏庭!」
カイトの疑問にセレナは朗らかな顔で笑って答えた。




