それすらもどこか楽しんでいた
ヘルメットをテーブルに置き、兄さんは僕とシオヒキさんの目を交互に見た。
「こうなる事を全く予想していなかった…訳ではありませんでした。ただ…」
やはり、知っていたのか…僕には話を続ける兄さんを固唾を飲んで見守る事しかできない。
「バイク事故として処理された一件が、実際はゾンビに襲われました。しかし、それがなかったことになっており私は国家的な力が働いたか、私自身の思い込みで事故の後遺症かなにかで頭がおかしくなったのかと思いました」
兄さんはそもそも警察を信用していなかったようだ。
それにしても、自分の頭がおかしいとか思いながら過ごす日常…兄さんがそんな風に思っていたなんて…
「それでも、あの少女のゾンビが夢にも出て…不安が募り、何か自分にできる事をしていないと正気が保てないような気がしていました」
シオヒキさんは兄さんの話を黙って聞いていた。
それからの沈黙は耳の奥が痛くなるような感覚だった。
そして、ようやくシオヒキさんが口を開いた。
「私はね、何もワタル君を責めようとして聞いている訳ではないんだ。この現状を打破するキッカケやヒントがワタル君と話す事で得られるんじゃないかと考えていた。しかし…辛い思いをしていた事を口にさせてしまい、申し訳ないと思っている」
シオヒキさんは立ち上がり、深々と兄さんに頭を下げた。
「し、シオヒキさん…頭を上げて下さい!」
シオヒキさんの行動に、冷静な兄さんが困り顔でうったえる。
ようやく頭を上げたシオヒキに、今度は兄さんが頭を下げた。
「…ありがとうございます」
色々な意味がこもったありがとうだったと思う。
僕らはシオヒキさんと別れ、食堂を後にする。
「なぁ、タダシ…父さんと母さんと4人で飯食いたくないか?」
「うん、そうだね」
僕らは再び外に出て、ゾンビを警戒しながらコンビニに入る。
缶詰や、食べれそうなモノを調達し道中遭遇したゾンビの頭を兄さんがハンマーで砕き、僕は斧でカチ割る。
日常が失われて、変わってしまっても僕らはそれすらもどこか楽しんでいた。
もしかしたら、僕も少しずつ狂ってきているのかも知れない。
スプラッター映画のワンシーンみたいに返り血を浴びているのに、気づけば僕らは笑顔だった。
久しぶりに父さんと母さんに会い、この隠れ家は安全だが外に出れなくて退屈だとか、カボチャチップスを食いすぎて缶詰がご馳走に感じるとか、他にも色々な話をした。
そんな中、口振りは元気だが母さんの顔色があまり良くないように見える。
「母さん、具合でも悪い?顔色が良くないような…」
「いいえ、元気よ?外に出てないからかしら。人間も太陽の光を浴びないと体に悪いとか、聞いた事があるわね」
「じゃあ、明日は少しだけ4人で外を散歩してみるか?」
兄さんからの提案にいささか驚いたが、僕らなら余程大量のゾンビに囲まれたりしない限り両親を守れるだろう。
シオヒキさんに連絡し、兄さんの隠れ家で一夜を過ごす。
寝袋で寝るシチュエーションが、小学校のキャンプ以来でなんだかワクワクした。




