ありがとうが言いたくなった
「わかった。母さんもタダシに会いたがっているし、僕も頼みがある」
電話で話す兄さんは、僕が良く知る優しい声だった。
「ところで、兄さんの頼みって?」
「ゾンビの生態…もとい、死態調査のサポート。あと、街の防犯カメラで確認して欲しい事がある」
死態調査…なるほど、必要な事だ。
何か弱点とか、行動パターンとかが分かれば人類の方が優位に立てる。
「防犯カメラも調査の為に?」
「まぁ、それもあるが…あの、テコンドーのヤツいただろ」
「コンドウさん?」
「あぁ…あの後、○△ホテル付近でゾンビの死体…まぁ、元々死体だが。恐らく、コンドウが倒したであろうモノが4体あった。つまり…」
「僕らが把握してなかった5体目がいて、それが気になるって事かな?」
「そうだ。察しが良くて説明する手間が省けたよ」
コンドウさんはゾンビ4体を倒していたのか…確かに、あの時のメンバーだと1番強かったと思う。
「あと、コンドウゾンビに噛まれた後とか外傷がほとんど無かったように思ったんだが…タダシはどう思う?」
「確かに、目が赤くなっていて襲ってきたからゾンビ化しているのは確かだったと思うけど…外傷らしきモノは記憶にないね」
兄さんは凄く冷静にゾンビを分析している。
普通なら畏怖すべき存在なのだから、とにかく近づきたくないし、じっくり観察しようとは思わない。
「とりあえず、明日の10時くらいに警察署に迎えにいく。警察の人たちにも伝えておいてくれ」
「警察署に行くって…1人で大丈夫?」
「わりとゾンビが少ないルートは割り出してある。心配するな。一通り調べ終えたら、隠れ家で母さんたちと飯でも食おう。カボチャと缶詰めしかないから、食料も調達しなくちゃな」
兄さんとの通話を終え、僕は仮眠室のベッドに寝転がる。
コンドウさんをゾンビにしたゾンビ…不意討ちじゃなかったらとんでもなく戦闘能力が高いゾンビってことだろ?
「…普通に怖いな」
僅かに体が震えていた。
目を閉じて、眠ろうと試みるが…なかなか眠れない。
疲れているハズなのに…これが恐怖ってやつなのだろうか?
兄さんは、どうしてあんなに怯む事なくゾンビと戦えるのだろう。
やっぱり、普通じゃない。
聞きたい事がどんどん増えていくが、明日はそれどころじゃないだろうな。
コン、コン…
!?
こんなにもノックの音に驚かされるなんて…誰だろう?
「ど、どうぞ」
ドアを開けて、入ってきたのはキムラとマリさんだった。
「おう、調査隊が戻ってきたぞ。武器になりそうなモノも色々あるらしいから見に行こうぜ」
「あぁ…今、行く。マリさんはどうしたの?」
顔を見ると、マリさんは浮かない様子だ。
「明日、ワタル…さんと会うの?」
「えぇ、ここに来るそうですよ」
僕の言葉を聞いたマリさんの顔が次の瞬間、明るくなった。
「そう、なんだ。ゴメンね、忙しい所…私、もう行くね」
そそくさと去っていくマリさんの後ろ姿を見送り、僕も部屋を出る。
マリさん…兄さんと会いたかったんだな。
「はぁ…」
「何、溜め息ついてんだ?早く来いよ、こういうのは早い者勝ちなんだからな!口ばっかりで外に出ようともしないお偉いさんたちに使えそうなモノとられちまったら、ワタルさんの役に立てないぞ?」
「あぁ…それにしても、キムラ…凄いリスペクトしてるんだな」
「お前、ワタルさんの戦いっぷり見て何とも思わんの?俺はさ、あの人は救世主になるんじゃないかと睨んでるんだ」
「は?救世主って…漫画の見すぎだろ」
くだらない話をしながら廊下を歩く…さっきより、何だか気が楽になった。
どうやら、今の僕にとっての救世主は不安や緊張の糸を切ってくれたキムラのようだ。
「キムラ」
「ん?何よ」
「ありがとう」
「は?意味わかんねーし」




