二章 呪縛の継承15
シャクティの遺体は翌朝、前庭の畑の近くに埋葬された。あまりにあっけない最期だった。私は一晩中彼女の亡骸と過ごしたが、いまだにその死を受け入れられずにいた。
「兄さん、元気を出して」
土を盛っただけの簡素な墓前に佇む私に、マイケルが声をかけた。本来なら私のほうが励ます言葉をかけるべきなのだが、そんな気力はまったく湧いてこなかった。
幸いなことにマイケルはいたって健康だった。監禁されていても食事はきちんと与えられ、私が狩りに出掛けていた間は外で散歩することが許されていたという。逃げようと思えば、いつでも逃げられたはずだった。それをしなかったのは、シャクティが私を盾に使っていたからだ。
事のあらましはこうだった。
シャクティはある日マイケルに、自分の開発した薬の被験者になってほしいと懇願した。薬の内容を訊ねると、のらりくらりとかわそうとする。怪しいと睨んだマイケルはその話を断ったが、今度は脅しが待っていた。シャクティは私の食事に遅効性の毒物を混ぜたから、助けたければ黙って実験に協力しろと迫ったのだ。私が思うには単なるはったりだったのだろうが、その一言でマイケルはシャクティの意のままに操られることになった。当然のことながら、アフリカ行きは私を騙すための芝居だった。シャクティは、マイケルに出産期が訪れるまであの研究室の付属部屋にマイケルを閉じ込め、薬の成果を確かめるつもりだったのだ。
「彼女を恨んでないか?」
シャクティの墓に黙祷を捧げるマイケルに、私は聞いた。
「私はシャクティを誤解していたよ。彼女は正常じゃなかったけど、呪われてなんかなかった。あなたには悪いと思うけど、こうするしかないんだっていつも言っていた。確かに怖かった。薬にどんな副作用があるのかも分からないし。健康な子供が生まれてくるのか、いまも不安だよ。でも研究室にいるときのシャクティは、なんだか母さんのように悲しげだった」
マイケルは言った。
「ヘーラも彼女を許すと思うか?」
マイケルは、一転、神妙な顔になった。
「シャクティは、あのことを後悔していた。ずっと一人で苦しんできたはずだよ」
私は頷いた。少し救われた気がした。
ヘーラのいたコミューンは、はやり病で全滅したのではなかった。シャクティがこっそり彼らの井戸に薬を流し込んだのだ。ヘーラのコミューンには彼を含めて何人かのノウスがいた。ノウスの身体で実験をするには、ほかに手がなかった。しかし、それは強度の劇薬だった。シャクティが薬の配合を間違えたのだ。その致命的なミスに気付いたときはすでに手遅れだった。運良く漁に出ていたヘーラとその両親を残し、住民はあっという間に死を迎えていた。
その後、ヘーラは故郷を捨てマドラスに立ち寄った。そのとき見掛けたシャクティは、コミューンに忍び込んで帰る途中だったのだろう。その時点でシャクティが自分の犯した重大なミスに気付いていたとしたら、感応力の強いノウスがただならぬ気配を嗅ぎ取ったのも頷ける。
ともあれ、この世でたったひとつだったかもしれないサピエンスのコミューンは、一人の女性の企みにより姿を消した。ミスと呼ぶには重い、取り返しのつかない過ちだった。そのことを、シャクティはマイケルに懺悔したのだという。我を忘れて、声の枯れるほど泣きながら。
結局、自分の罪深さを知っていたのは、誰よりもシャクティ自身だった。だから彼女は、毒を飲んで自殺した。法の消えたこの世の中で、彼女は自分で自分を裁いたのだ。
シャクティには、私の存在が重荷だったのかもしれない。
「シャクティが最期、もがきながらなにかを言おうとしていただろう?」
ああ、と私は答えた。
「私にはあれが、兄さんの名前を呼んでいるように聞こえた。彼女の唯一の救いは、兄さんと巡り合えたことじゃないかな」
「だといいがな。おれは、ここで彼女と暮らしていたかった。でも彼女が支えにしていたのはこの建物なんだ。先祖の呪縛が、シャクティを生かしていた。おれが来たことで、そのことに気付いてしまったんだ。自ら命を断ったのは、それから逃れるためだよ」
掌にはシャクティのかすかな温もりが残っていた。いつかこの感触は消え去ってしまうのだろうか。ずっとこのまま、彼女を感じていたい。それが一人きりになった私の想いだった。




