第十九話 私という存在は……って、あれ?
「鬼無。お主は一体どういう物の怪なのじゃ?」
「どういう意味です?」
私はここに来た時から鬼だと言ったつもりでいましたが、それは何かの勘違いだったのでしょうか?
「いや、お主らが鬼だというのは知っておる。ただ、お主らが無夢を見つけ出してくれるまでの間、片手間じゃが鬼について色々調べていたのじゃ」
「へえ。で、それで私が鬼である事についての疑問を感じたと?
「そうじゃ。鬼にも個性というものがあるじゃろうが、それにしては鬼無は少々ずれ過ぎていると思ってな。なんというか……妾の直感で言うと、鬼に擬態した『ナニカ』に思えてくるのじゃ」
「ふむ……」
それは、私でも薄々気付いてはいた。外面だけは鬼で内面は別の何かなのではないかと。気付いてはいたが、それを調べる手立てが今まで無かった為放置してきましたし、何より私は自分自身の謎に特に興味が無い。精々が長生きしてればその内分かるかなという程度です。
しかし、卑弥呼に指摘されて僅かながら少し気になってきました。何度も言うようですが、私は自分の生まれた所以や自分に出来る事は生まれた瞬間理解できましたが、逆に言うとそれだけなのです。自分の事などなにも知らない。種族も角が生えていて怪力だったから鬼と言っていただけで実際は何か分からない。いや、そもそも能力自体も角が無ければ使えないなど、それこそ異例な―――
「……そんなこと、今はどうでもいい」
「白亜?」
「……ココロはココロ。それで良いでしょ?」
いや、その理屈はおかしい。
「ま、確かに妾が気にしても仕方の無い事かの。鬼無にも分からないのなら尚更じゃ」
「私は気になってきたんですけどね……。まあ、かといって調べられるアテがあるかと聞かれれば皆無なので本当にどうしようもありません」
つまり、やはりここは気にしない方が良いのでしょうか? どうにもならない事はどう足掻こうがどうにもならない訳で。で、私としてはそんなどうにもならない事に時間を割きたくありません。によって……
「よし、流石に白亜の理屈はおかしいですが、今は放っておきましょう。どーせその内ふとした時に分かるでしょう」
「……一人一種族とかだったら夢が広がる」
「何故じゃ?」
「……ああいう奴らは大体壊れた性能を持っているらしい」
又聞きで聞いた話ですか。まあ、一人一種族なんて滅多に現れないと思うんですよね。ものすごく稀有な存在ですし。そんな稀有な存在が私である可能性は限りなく低いと同時に、私の生まれ方を考えてみれば低いながらも『ありえない』というほどではない。
「まあ、私は別に壊れた性能を持っているという訳ではありませんけどね。能力も地味ですし」
「……というか、私とココロの能力はいまいちパッとしない」
「強いのじゃがな。一回聞いただけではそう強そうに聞こえないんじゃ」
「そういえば、卑弥呼の能力って何なんです? まあ、【鬼道を扱う程度の能力】だと推測しているんですけどね」
「む、違うぞ? 妾の能力はそんな噂程度で推測出来てしまう様な簡単なものではない」
「……じゃあ、なに?」
「お主らとは長い付き合いになりそうじゃから「……長い間よろしくするつもりは私には無い」……少なくとも鬼無とは長い付き合いになるじゃろ?」
「……ココロ?」
「え、なにこの状況」
何で私二人から睨まれてんの? 特に白亜、普段無表情なのに何で今だけそんな鬼の様な形相で睨むのです。卑弥呼も美人なのに睨まないでください。美人が睨むと怖いんですよ。
「……まあいい。長い付き合いになるかどうかは後回しにして、しばらく世話になるのじゃから妾だけお主らの能力を知っているというのは不公平じゃろ?」
「……だからしばらく世話するつもりは無いと」
「お主はちょっと黙っててくれぬか? 話しが一向に進まんのじゃ」
「……表出ろ」
「いや、今回に限っては卑弥呼の言い分が正しいですよ。話しを進めましょう?」
「……分かった」
聞きわけが良い事は良いんですけど、そんなにしょぼんとしないでください。気落ちした感情が私に流れ込んできてものすごい罪悪感を感じるのですが。
「で、妾の能力じゃが、それは「卑弥呼様、鬼無様、白木様。無夢様が目を覚まされました」……もうなんなのじゃお主ら。あれか? 焦らしているのか?」
「焦らせれてるのってむしろ私たちじゃね?」
「……言いふらしたいの? ねえ、自分の能力を言いふらしたいの?」
「やかましい!」
しかし、もう目覚めたのですか。腕一本持っていかれたのならもう少し寝ているかと思ったのですが、存外精神が強いのですかね。単純に体力馬鹿という見方も出来るかもしれませんが。
「……」
と、黄泉の背後にいたらしく、無夢がぬっと現れました。それからトテトテと私達の前に出てきました。
というか、大丈夫なのでしょうか? 未だに腕は再生中の筈なんですけど……痛くないんですかね? 一日は寝込んでいると思っていたのですが、思っていたより無夢はすごいのかもしれない。
「……」
「って、無夢? どうかしました?」
思考に没頭していると、不意に無夢が私の目の前に来た。意味が分からないので、とりあえず心を読んでみましたが、ボーっとしているのでなにを考えているのかさっぱり分からない。思わぬ落とし穴に私自身少し思考が停止してしまいました。
「ん」
「うぇ!?」
無夢の言葉に反応したのではなく、無夢のいきなりの行動に情けない声を上げてしまいました。無夢のした行動、それは私の角を引っ張るというものでした。まあ、腐っても鬼なので倒れ込むという事はありませんでしたが、それでも首が変な方向に曲がって痛いです。
「痛い痛いっ、ちょ、なんなんですか無夢っ」
「ん」
「はぁ? 今から? 正気ですか?」
無夢からあり得ない言葉を聞いて再度私は思考停止に陥ってしまいました。人間の常識とか私には全く分かりませんが、それでも無夢の言葉は異常だと分かる。
―――なにが、彼女をそこまで急き立てるのか。
「鬼無、無夢の奴はなんと?」
「今すぐ、もう一度再戦したいらしいですよ。驚いた事に」
「なっ……。む、無夢!? お主本気で言っているのか?」
「本気だそうですよ」
「……正気の沙汰とは思えない。……片腕なしの状態でやる気?」
「正気だし、ヤル気だそうですよ?」
私だからこそ分かる。白亜の言う『やる気』と無夢の言う『ヤル気』とでは意味合いが全く違うと。
「……こんなこと続けたら、達磨になる」
「ダルマ?」
「四肢の欠如した状態のことです。あなた達で言う旧世代にあった言葉であり、物ですよ」
「そんな状態にする気かお主は!?」
「……このまま続ければの話。……別に私に加虐趣味はない」
「あるのは被虐趣味ですもんね」
「表でろ」
「なぬ。お主そんな趣味が……」
「ない。絶対にない。天地神明に誓って」
こういう時、白亜の心の内がひっじょーに気になって仕方がないのですが、何故か私の気が全く向かないので出来ない。たぶん、これが白亜じゃなかったら躊躇なく出来るんでしょうけど、白亜だからこそできないということですか。
「んっ」
「あ、そうですね。皆さん、話しが脱線してますよ」
「……何の話だったけ」
「無夢の再戦についてじゃ。無論、妾は反対じゃがな」
「ですが、無夢の意志は固いですよ。ほら、見て下さい。こんなに白亜のことをガクガク震えながら凝視して……あれ?」
「思いっきり錯乱しておるではないか! むしろさっきの発言はただの負けず嫌いだった事が今証明されたぞ! 無夢よ! 無理するでない! こやつ等は人間の軽く見積もっても50倍は生きている物の怪なのじゃ! むしろ負けて当然じゃ!」
「んっ」
「『べ、べべべ別ににビビってねーし? 私、超ヤル気だし?』と言っております。心の中でもどもるとは、すごいですね」
「それほどビビっているのじゃろうが!」
んー、何か卑弥呼って過保護ですよね。まあ、自分のクニの存亡を左右するのが無夢ですし、仕方ないと言えば仕方ないでしょうけど。
「とはいえ、このままでは押し問答です。どこか良い落とし所を考えなければ進みませんよ?」
「それはそうなのじゃが……」
「……なら、ココロが審判をやれば良い」
「へ? 私がですか?」
何か話の流れがおかしくなってきましたよ、おい。何故そこで私が出てくるのです。
「……ココロならこのガキの限界を見極める事ができる。……それと、私の弾幕の前に出て少しだけでも耐えれるから」
「白亜の弾幕って容赦ないんですもん。避けたと思ったら後ろから来ますし」
「……奇襲は後ろからか上からが常識」
そんな常識が合ったのですか卑弥呼。え、無い? いやまさかそんな筈。白亜は幼女を虐めるような性根の腐った鬼ですが、腐っても鬼なんですよ? 嘘つくなんて……って、ん? 白亜、どうしてそんな怖い顔してうわなにをするやめろ。
「やれやれ。で、何の話でしたっけ?」
「いや、待つのじゃ。お主、角が根元からぽっきりと逝っておるのじゃが……」
「血がダクダクと溢れ出ていますね。物の怪も失血死するのですか?」
「……ココロが悪い」
「まあ、もう慣れたものですよ」
黄泉がくれた布で頭に開いた二つの穴を抑える。そんな手慣れた様子の私に憐憫な視線を向けてくる卑弥呼と、やはりお茶を啜っている黄泉。なんというか、激情家と冷静な人って感じですね。良い主従じゃありませんか。
「慣れたのは良いのですが、能力が使えないのがちょっと面倒ですがね」
「む? お主の能力は角が無いと使えぬのか?」
「妙な話ですか?」
「うむ、妙な話じゃ。能力とは、その人物……まあ、分かりやすく言えば、魂そのものに付与されているようなものじゃ。決して何か物が無くなっただけで使えなくなるようなものではない。となると……ふむ」
そのまま自分の世界へと旅立ってしまった卑弥呼。一人でブツブツ「いや……じゃが……しかし……」とか傍から見れば危ない人な状態になっていますね。
「卑弥呼様が旅立たれてしまわれたので私が。まず、鬼無様が無夢様と白木様の鍛錬の見張りをするという話からでしたが、結局どうなされるのですか?」
「後は私の決定待ちですか?」
「はい、他二名はヤル気に満ち溢れております」
「……(ブンブンッ)」
「……(プルプルッ)」
腕を振り回しヤル気を示す白亜。それを真似て無夢も腕を回す。白亜とは違い、体全体を震わせてヤル気を示しています。素晴らしい。鬼を前にしてその気概は称賛に値します。流石無夢といったところでしょうか。
「物凄い勘違いをなされているようですが、まあ良いでしょう。その方が面白……コホンッ、話しが早く進みますし。それで、どうなされます?」
「止めに入るだけなら別に良いですよ。……一応聞いておきますが、止めに入った場合私はどうなりますか?」
「……たんこぶの世界記録に挑戦する?」
「たんこぶの世界記録ってなんですか?」
そんな痛々しい記録いらないんですけど。
「とりあえず、止めに入ったら私は撃沈するのですね?」
「……うん」
「無夢、強く生きて下さい」
「!?」
物凄く必死に目で訴えてくる無夢と目を合わせますが私は心を鬼にして……あ、元々鬼でした。私は心を非情に徹底し無夢から目を逸らし、黄泉と一緒にお茶を啜りました。
「!!?」
「……ん、そう。……餓鬼、行くぞ」
「!?!?!?」
見捨てた私に対し、なお縋る様な目で助けを求めてくる。そこまで切羽詰まられると私としても非常にやり難い。というか、罪悪感がヤバい。口から何か出そうなほどヤバいです。序でに目からも何か出そうです。
「……うむ、そうじゃな。鬼無、ちょっと付いて来てくれ」
「え、無夢は良いのですか?」
「黄泉、なんとかしておくのじゃ」
「え、私ですか?」
「お主の能力ならなんとかなるじゃろ」
そう言うと、卑弥呼はさっさと歩いて行ってしまった。何なのでしょう? 何か深刻そうな顔をしていましたが……。
「なにをしておる。早くこんか」
これは……久しぶりに真面目ですかね。
「あの、卑弥呼」
「なんじゃ?」
卑弥呼に案内されてやってきたところは、物置でした。人間的には価値のある物なのかもしれませんが、私にとってみればどうでもいいものばかりです。中にはその形状や物珍しさから興味を引く物はありますけどね。
「あなた、引き継ぎは?」
「もう済ませた」
「早いですね?」
「そうじゃな」
……は、話しが続かない。なんかやたら卑弥呼が真面目なせいで私の調子が崩されますし、何より、能力が使えないから卑弥呼がなにを考えているのか分からない。それが余計に私の調子を崩す。
「……で、何やっているのですか?」
「お主の正体に少しばかり引っ掛かる事があってな。もしかしてと思い調べに来たのじゃ。確かこの辺りにあった筈なのじゃが……お、あった」
そう言って取り出したのは、何やら灰色っぽい円い物体だった。
「なんですかそれ」
「異国から取り寄せたものじゃ。胡散臭いが、その存在の真実を移す銅鏡とか言われておっての。試してみようと思ったのじゃ」
「私は実験台ですか」
「そうじゃ。まあ、お主なら大丈夫だろうと思っての事じゃがな。ほれ、これを覗き込んでみるのじゃ」
投げ渡された銅鏡とやらを言われた通り覗いてみる。……汚いですねぇ。しかも特になにも起こりませんし。
「卑弥呼、なにも起こりませんよ。それに、これにそんな力なんて感じませんが?」
「ふむ、どれ、ちょっと貸してみるのじゃ」
「はい」
さっき同様、卑弥呼に投げ渡す。すると、
「ひでぶっ!?」
……力関係を間違えた様で、卑弥呼の顔面にぶつけてしまいました。というか、こういう人間とのやりとりなんてやった事ありませんでしたから、つい白亜とやっているみたいな感じでやってしまったのがいけないんでしょうね。あ、鼻血出てる。
「ふぉ、お、おぉ……」
「いや、本気でごめんなさい。あ、銅鏡が割れてる……」
「なぬっ!?」
噴き出る鼻血も気にせずに割れた銅鏡を見る卑弥呼。それにつられて私も銅鏡を見た。そして、
―――突然、銅鏡が光り出した。




