第十八話 私の性別は……
実はこの主人公、一回も自分の性別について何も言っておりません。
「んっ……」
意識が浮上していく。頭が内側から金槌で殴られたような鈍痛がそれを助長し、私はあの起きた直後のダルさを感じることなく覚醒する事が出来ました。
「おや、起きましたか」
「あなたは……召使いさん?」
「申し遅れました。私の名は黄泉と申します。鬼無様の仰られた様に、卑弥呼様の召使いでございます」
私が以前から召使いと呼んでいた人は黄泉という名前だそうです。なんというか、人間にしては変わった名前ですね。死を認識させる様な名前は忌避の対象だと思うのですが。
「卑弥呼様達がお待ちです。どうぞこちらへ」
まあ、いいか。本人は別に気にしている様子ではありませんし。それこそ、心から。
「おはようございます」
「おお、起きたか。三日も寝たままだと流石の妾も焦ったぞ?」
「そんなに寝てたのですか?」
というか、何で寝ていたのか思い出せない。何か吃驚仰天な発言を聞いた気がするんですけど。……むむ、何やら首の辺りまで出掛かってますよ。そう、確か白亜が私のこと―――
「……ココロ、おはよう」
「あ、おはようございます」
……首まで出掛かったのが一気に膝元まで下がっていってしまいましたよ。もういいや。何かどうでもよくなってきました。
「……私に何か言うことある?」
「え? ……あ、髪の毛伸びました?」
「……五百年前から切って無い。……その様子なら安心」
私は生れてから切った事ありませんよ。お蔭でかなり長いんですよね。髪止めが欲しい。
「そうだ。卑弥呼、私が眠りこけている間に何か変化ありました?」
「そうじゃな、とりあえず、無夢の修行を開始したぞ。主に式神をな」
「ほほう。で、首尾は?」
「絶好調じゃな。こやつは俗に言う天才という奴じゃぞ。流石に妾程の実力になれるかどうかは分からんが人間としては最強の一角を担えるほどになれる筈じゃ」
「それは僥倖……何ですかね?」
妖怪の身としては複雑な気分です。人間を害すのは妖怪だけではありませんが、妖怪を害すのは人間ですからね。言うなれば、妖怪の敵は人間なのです。そんな人間に将来有望な存在ができるとか、本当に複雑な気分です。
「その辺りは問題ないじゃろ。見た所、鬼無には懐いているようじゃしの」
「え、マジで?」
「んっ」
「成程、油虫よりも好きだと。褒めてんのかそれ」
私、油虫って大嫌いなんですよね。キモいし。あのカサカサと素早い動きが生理的に受け付けません。体も何かテカテカしていますし、殺すにも中から白い液体が飛び出す。史上最悪の生物とは奴らのことです。しかも、そんな生物に限ってしぶとく長生きするんですよ絶対そうです。
「まあ、好かれている事には変わりないじゃろ。ほれ、現に今もお主の髪の毛と角で芸術的な何かを―――」
「玩具にされてるだけでしょう」
「ん」
「髪質が良くてとても遊びやすい素晴らしい髪ですって? 遊ぶんじゃありませんよ人の髪の毛で」
髪質が良いと言われたのは素直にうれしいですけど。私は髪が長いので質を保つのも一苦労なのです。
「……女みたい」
「だって、女ですもん」
「「「……は?」」」
「冗談です」
そんなに吃驚されるとは逆にこっちが驚かされますって。
「……そういう冗談に聞こえない冗談は止めろ」
「そうじゃ。お主は中性的な顔立ちじゃから女と言われても信じてしまう」
「確かに、女と言われても違和感ありませんね」
なんですかコレ。ちょっとしたお茶目な冗談がまさかの地雷でしたよ。え、なに? 私って女と言えば女に見えちゃんですか? 別に声高に言うほど嫌ではありませんが、かなり複雑ですね……。
「まあ、それはいいです。それで、私達はこれからどうしましょう? 卑弥呼と無夢の修行が終わるまで旅はお預けですし」
「露骨に話しを変えおったな。しかし、そうじゃな……。お主らも無夢に修行を付けてみるか?」
「え?」
「……面倒くさそう」
「なに、そう本格的にやる事はない。ただ、お主らの得意分野を触りだけでも教えてやって欲しいのじゃ」
「読心ですかね?」
「……岩投げ?」
「お主ら碌でもないな!?」
とは言っても、本当にそれが得意なのだから仕方がない。まあ、得意と言っても私達の場合能力に依存してますから教えれるかどうか分からないんですけどね。
「なんならお酒の美味しい呑み方でも伝授しましょうか?」
「もういい。普通に戦闘方面で鍛えてやってくれ」
「戦闘? 私達がそんなのやったら小突いただけでも脳みそ破裂しますよ?」
「……バッチこい」
ヤル気満々じゃないですか白亜さん。
「阿呆が。小突かせる様な真似を師匠である妾がさせるか。お主ら、物の怪なら弾幕ぐらい撃てるじゃろ? アレを教えてやって欲しいんじゃが」
「となると、白亜ですかね?」
「岩用意した」
「無夢を殺す気か!? 加減が巧く出来そうな鬼無にお願いしたい!」
「消し炭になりますよ?」
「もうなんなのじゃお主ら!!」
なんなのと言われても、ただ式神術覚えただけの人間が数百年数千年を生きているかもしれない妖怪の弾幕を喰らってみなさい。どれだけ手加減しても死ねますって。
「どうします? 私の弾幕で消し炭になるか、白亜の岩で生死の境をひたすら踊りまくる方が良いか」
「……加減は、してくれるんじゃろうな?」
「……もち」
「(あっ、しないなコレは)」
「(しませんねコレは)」
黄泉さんと初めて考えが一致した瞬間でした。
「うむ。ではよろしく頼む」
「……お任せ。……クソ餓鬼、こっち来い」
「(コクッ)」
敵意むき出しじゃないですか。目に殺気が宿ってますよ。不慮の事故で無夢を殺す気じゃないでしょうね?
「……のう、鬼無。大丈夫じゃろうか、あやつら」
「大丈夫じゃないでしょうね、あの人達」
「恐らく瀕死の重傷を負って帰ってくるかと」
「むしろ天国への階段を全速力で駆けあがるかもしれませんよ?」
「お主らは何故そんな悠長に構えておるんじゃ!? もういい! 妾は無夢を助けに行くぞ!」
ずずぅとお茶を飲みながら呑気に返答したのがいけなかったのか、それとも何か別の要因があるのか分かりませんが、卑弥呼は怒って無夢の救出に向かってしまいました。
なにをそんなに慌てておるのか分かりませんがね? 死ななきゃ安いといいますか、最悪死の一歩手前まで行っても酒虫ちゃんのお酒でどうとでもなるというのに。
「あれ、そういえばこの話はしていませんでしたっけ?」
「どの話しかは存じませんが、先ほどから鬼無様が冷静な理由と関係があるのですか?」
「ええ、まあ。この瓢箪に入っているのはお酒だというのを知っていますよね」
「勿論です。鬼無様の部屋はいつもお酒臭いですから」
やかましいわボケ。
「この酒虫ちゃんが作るお酒は色々付属効果がありましてね。怪我が治ったり病気が治ったり不老長寿になったり」
「最後のは冗談ですよね?」
「まあ、そんな訳で私は無夢が重傷で帰って来ようと瀕死で帰って来ようと別に心配していない訳です」
「え、あれ? 冗談ですよね?」
何故か冷や汗を流しながらひたすらに私の言葉を冗談にしたがる黄泉を軽く流してお茶を飲む。……なんというか、美味しいのですが、物足りないですね。お酒に変えましょうかね?
「ま、そんな訳で焦らずのんびり「大変じゃ! 無夢の手が千切れてしもうた!」」
……は? 手が千切れた?
「……鬼無様。その酒虫ちゃんのお酒とやらは手足も再生する様な代物なのですか?」
「……それは要相談ですねぇ……」
ねえ、酒虫ちゃん。手とか生やせたりします?
「確かにさ、酒虫ちゃんがいるから重傷ぐらいパパッと治りますよ? 手足の二本や三本時間を掛ければ余裕で生えてくる事が分かりましたよ? でもさ、だからって態々怪我負わす事も無くないですか?」
「……てっきりココロはそれを承知で任せたのかと」
「そういう面もあります。実際、無夢が重傷を負うのは想定内です。ですが―――――腕一本持って行くのは想定外なんですけど」
「……思ったよりも弱かった」
卑弥呼が顔を真っ青にしながら私達の所に駆け込んできたのがついさっき。白亜に片腕を持っていかれた無夢の所まで慌てて駆け付けてみたら、血塗れでぐったりとしている無夢と岩の上で正座して俯いている白亜。白亜に悪い事をした自覚があるのか無いのか分かりませんでしたが、そんな事は一先ず置いておくとして無夢にお酒を飲まし、消毒代わりに度数の高いお酒を酒虫ちゃんに出してもらい、それを傷口にかけました。あまりの痛さに無夢は目を覚まして暴れましたが、まあ、ここには私と白亜という鬼がいるのです。抑え込むのはどうってことなかったです。
そして現在、私は白亜に説教もとい話し合いをしている最中に御座います。
「いやいや、弱いのは当たり前でしょう? 式神が使えるという点以外ではただの人間の子供ですよ?」
「……そっち方面でも修行している物かと」
「実際卑弥呼が戦える者かどうかも知りませんからね?」
おそらくそれなりに戦えるのでしょうが。肝が据わってますし。
「まあ、卑弥呼の話はどうでもいいです。私が言いたいのは、もうちょっと加減をして下さいという事ですよ。流石に四肢の欠損は駄目ですよ。骨折ぐらいは良いですけど」
「駄目に決まってるじゃろ!」
と、話しているところに卑弥呼が入ってきました。
「無夢はもう大丈夫ですか?」
「ああ、腕も徐々にじゃが生えて……って、今はそうじゃなくてじゃな。できれば無夢に重傷を負わす様な事はして欲しくないのじゃが?」
「無理でしょ。白亜が一体何をあの子に向けて撃ってると思ってるんです?」
岩ですよ、岩。当たれば重傷は避けられないでしょうよ。
「その事じゃが、鬼無の方では本当になにも出来ないのか? 今回の件で、流石に白亜に任せられないと思ってな……」
「……私も無理だと感じた。……人間は貧弱貧弱。……ココロなら後五十発は耐えれた」
何故そこで私を引き合いにだす。そして卑弥呼。その憐みのこもった視線はなんですか。
「物の怪と人間を一緒にするでないわ。で、どうなのじゃ? なんとか出来ないだろうか?」
「……ふと思ったのですが、卑弥呼じゃ出来ないのですか?」
「妾は無夢の修行の他にやるべき事があるのじゃ。引き継ぎやらなにやら」
ああ、そういえばそうでしたね。鬼道担当の無夢は言わば裏方。表向きは卑弥呼(式神)とそれを伝える者が必要でしたね。
「誰にしたんですか? その、民に伝える人」
「む? ああ、壱与という妾の娘じゃな」
……あれ、何か今聞き捨てならない言葉があったような?
「卑弥呼、今なんて言いました?」
「壱与に決めたという事か?」
「……その次」
「妾の娘?」
「それです。あなた、意外にも子持ちなんですね?」
吃驚しました。夫の姿なんて見た事もありませんし、その娘も見た事ありませんでしたから。
「そんな大それたことではない。ただ必要があったから創った。それだけのことじゃ」
女王の責務と言ったところですか。まあ、さもありなんって感じですね。実際、後継ぎは必要でしょうしね。
「ですが、女で良いのですか? この時代、普通は男が上に立つ者だと相場が決まっているはずですが」
むしろ、卑弥呼が特例というか、異例なんですよね。この人後数千年後ぐらいまで歴史上に名前残しそうですね。
「そうなんじゃが……なんとかなるじゃろ」
「ものすごく投げやりですね」
「……諦めた?」
「うるさい。何回まぐわっても出来んのじゃからしょうがないじゃろうが」
それはまあ、お気の毒に。
「って、また話が脱線した。まったく、お主らと話しをする時はいつも脱線するな?」
「そういう仕様です」
「……典型ともいう」
「意味が分からん。まあ、兎に角、無夢の修行について一考願いたい。そうじゃな……色々準備が終わるのが大体五日ぐらいじゃな。それまで程々、お主にとっては戯れ程度でいいから無夢と弾幕をやってくれないかの?」
「戯れと言われましてもね。こっちは長年殺す為に弾幕を撃っているのですよ? 加減なんて分かりませんって」
「極端なら出来るじゃろ。いくら加減ができないとは言っても、超絶に弱い弾幕ぐらいなら撃てる筈じゃ」
「まあ、それぐらいなら可能ですね」
いくら加減ができないとはいえ、流石に極端な強弱なら付けられる。まあ、へなちょこな弾になる事は確実ですけどね。
「とはいえ、無夢は現在意識不明の重体ですので、やるのは早くても明日ですよ」
「もちろんじゃ。叩き起こして今すぐ始めるとか言ったら流石に妾がキレるぞ」
「……ちょっと起こしてくる」
「それは妾への宣戦布告と見なして良いのか? ん?」
白亜、卑弥呼を煽らないで。卑弥呼もそんな見え透いた挑発に乗らないで。
「そうじゃ、一つ聞くのを忘れていたのじゃが」
「はい?」
「鬼無。お主は一体どういう物の怪なのじゃ?」




