第十三話 私の怒りが有頂天
今までのタイトルと気色が違うのは気にしてはいけない。
「ごきゅっ、ごきゅっ、ぷはぁ。あー、やっぱり酒虫ちゃんのお酒は美味しいですねー」
「……ココロ、私にも」
「あ、はい」
「ごきゅっ、ごきゅっ、……ふう、個人的には甘い酒が好き。ココロは?」
「私は辛めが好きですね。……ところで白亜。私達はさっきから同じ瓢箪に入ったお酒を回し飲みしている訳ですが……」
「……? 何か問題でも?」
「いや、何気にこれは間接接吻―――」
「っっ!!!」
「ああっ、角がっ、角が折れるぅぅ」
酒盛りの途中に思った事を口に出した結果がコレだよ。
なんやかんやで角を折られた酒盛りから翌日。お酒も飲んで良い感じに酔っている今日は正に絶好のお散歩(死地)日和でしょう。
因みに、折られた角はお酒を呑んでいたら生えてきました。これで折られた角は左右合わせて通算130本目ですよ。鬼の証である角をポッキンポッキンと気軽に折ってくる白亜はきっと鬼以外の別の妖怪に違い無い。
「……私は鬼と鬼の間に生まれた純正の鬼。……前にそう説明した筈」
「何故心が読めるのです?」
「……顔に出てた」
マジですか。今後は無表情に磨きをかけるとしましょう。
何やら一悶着ありましたが、私達は空を飛んで諏訪の地に入りました。
しばらく進んで感じたのですが、やはりこの地は妖怪が少ない様です。感じる妖気がこの地と外では天と地ほど……いや、そこまでではないですが、妖怪が少ないのは確かです。いずらいったらありゃしない。
「白亜、どう思います?」
「……ココロはむっつり助平じゃなくて公然助平」
「まだあのこと気にしているんですか? 別に私は気にしていないんですけど」
「……ココロは気にしていなくても、私は気にする」
そういうものなのでしょうか。まあ、白亜が気にしてしまうならこういった発言は今後気を付けましょうか。
「話が脱線しましたが、結局どう―――」
『去れ』
「……? ココロ、何か言った?」
「いんや? まあ、私にも聞こえましたけどね」
去れ……ですか。誰が言ったのかは予想できますが、すごいですね。意思だけを飛ばすなんてそういう系統の能力を持って無ければできそうにないというのに。流石神様と言ったところでしょうか。
「まあ、去ったら時間が大幅に消費されるので今更去れないんですけどね」
「……そんなこと言ったら、ほら、何か来た」
白亜が指差した方を見てみると何やら下からニョロニョロと白い物体が……。
「あれがミジャクジ?」
「……その疑問に答えている暇はない。撃退する」
そう言って白亜は片手を上げる。能力の行使をする時の構えです。これの他に腕を組んだりとしていますが、特にこれに理由は無く本人曰く「なんとなく使いやすくなる」だそうです。
「……あれ」
ミジャクジはもはや間近。そんな時だというのに白亜は未だに攻撃しようとしない。何でしょう? 引き付けているのでしょうか?
「……能力が、使えない」
その呟きを聞いた瞬間、背中の瓢箪を掴み、ミジャクジの頭に叩きつけた。
ミジャクジは何かする訳でもなく、来た時とは逆に落ちていった。
「ふう……白亜、能力が使えないとは?」
瓢箪を掴み周りの警戒をしたまま白亜にそう問いかける。
「……分からない。……ただ、使えないというよりは使うのを邪魔されている気がする」
「ふむ、考えられるとしたら洩矢神ですかね。それ以外考えにくいです」
ミジャクジは祟り神ですからね。白亜の能力を封じる事ができるとは思えない。それを統制する洩矢神も当然それに準ずるものでしょうが、それ以外の事ができないとは考えにくい。
それに、聞いた(視た)話では、土着神の頂点というではありませんか。祟り以外の力を持っていても不思議ではありません。
「つまり、現時点で白亜はポンコツということですね」
「……能力が無くても戦える事は確定的に明らか。……ココロには負けるけど」
私と白亜の戦績は(およそ)135戦中40勝72敗23分けで白亜が勝ち越しております。といっても、私と白亜の身体能力はさほど変わりません。妖怪の強さは生まれ持っての潜在能力もありますが、やはり大部分は年月によるものだからです。長い年月を生きた妖怪ほど強い、これは私達の中では常識であり、私と白亜はそこまで生きた年数は変わりません。
では、何故ここまで戦績に差が出るのかというと、それは単純に能力の差です。あ、先に言っておきますけど、別に私の能力が白亜のに比べて劣っている訳ではありませんよ?
能力の差というのは、どれくらい加減するのかということです。
白亜の場合、最悪私を殺さない様に加減すればいいだけの話ですが、私はそうはいきません。というのも、白亜はほぼ全力に近い形で能力を使えるのに対して、私は能力の『片鱗』しか使えないのです。
【心を操る程度の能力】
これは私が白亜と旅をしてきた中で分かった事なのですが、私の能力は【心】と銘打ってはいるものの、実際は軽く人を操ったり、廃人にできる能力なのです。【心】というよりはむしろ【精神】と言った方のが良いのかもしれません。
まあ、そんな訳で私の能力は心を読む程度に抑えられているので、この戦績という訳です。実際、単純な近接戦闘なら瓢箪という武器がある分、私が勝っているのです。
「そいや」
横に構えた瓢箪を馬鹿正直に真っ直ぐ跳びかかってきた白い蛇の頭の側面に叩き付ける。殺しはしない、ただの脳震蘯に留める程度の衝撃です。
「……ミジャクジ、弱い」
横を見れば白亜はミジャクジの顎を蹴りあげていた。勿論、脳震蘯です。
「ですが、殺しちゃダメですよ? 祟り神を殺すとか洒落にならないんで」
どんな祟りに見舞われるか想像もつかない。……さっきから瓢箪で殴ったり蹴ったりしているのはどうなのかというのは気にしない方向で。
「……神が強いというのはただの偏見?」
「さあ? 私もそこまでは……。ですが、おそらく洩矢神は強いですよ。何もしていなくてもホイホイ情報が入ってくるんですから。それに……」
「……空気がまるで違う。……人間には過ごしやすそうだが、私達は過ごしにくい」
空気が澄み過ぎているんですよね。大気中に妖力が少ないから、妖怪には過ごしにくくなっている。おそらく、片っ端から妖怪を排除していったのでしょう。……凄まじく妖怪にとって排他的な土地ですね。あ、どこもか。
「んー、別に私たちは人間を襲う気なんてないんですけどね? 食べても不味いですし」
「……愉快犯で人間を襲う妖怪は訓練されていない妖怪。……訓練された妖怪は、必要以上に人間に関わらない」
訓練とは、一体。
まあいいや。変なこと言うのは今に始まった事ではありません。
「……ん? ミジャクジ様が出てきませんね?」
「……諦めたのか、ビビったのか。……ミジャクジよ、怯えてしまうとは情けない」
いや、これはビビって退いたというより、親玉が来るから退いたという感じなんですけど。ヤバい、どうしましょう。洩矢神を相手にする事なんて考えてませんよ。さっさと通り抜けて大和王権に行くつもりなんです。
「白亜、急ぎますよ。嫌な予感がする」
「……うん」
「あれ、そうなの? ゆっくりオハナシしようと思ってたのに」
ゾクッとした。私でも白亜でもない、ここにいる筈のない第三者の声。口調に割に大人びた雰囲気のその声に、一切の行動を封じられた。背後から声を掛けられ、後は振り向くだけだというのに、ただ、首を後ろに回すだけの行動が異様なほど難しかった。
格が違う。
そう、生物としての格が違うのだ。そこにいるだけで屈してしまうほどの存在感。それが圧力となって、私達の行動を封じていた。
「ん? 無視?」
(噂をすればなんとやらと言いますが、本当に来るとは。白亜、どうします?)
(……実際に感じて分かった。……これは、相手にすべきじゃない)
(喋れます?)
(……無理っぽい)
私もです。喉が渇いて掠れた声しか出る気がしない。酔いも醒めてしまいましたし。
「流石にここまで無視されると少し考えちゃうんだけど?」
「……ハァ」
背中に腕を回し、瓢箪の取っ手を掴む。白亜は何をやらかす気だと言わんばかりの目を向けてきたが、そんな派手なことをする気はない。ただ、いつもやっている単純な作業。
ゆっくり体を後ろに向ける。
「あ、やっとこっち見た。その瓢箪で何する気?」
(……ココロ、馬鹿な事は)
「何って……」
回した腕に力を込め、一気に―――
「ンクッ、ンクッ、プハァ~。……お酒を呑むに決まっているじゃありませんか」
「……へ?」
「プッ」
目の前の変な被り物をした『女性』は私がする事が予想外だったのかポカンとアホ面を晒しています。白亜はというと俯いて小刻みに肩を震わしています。てか、「プッ」って今確実に笑いましたよね? 珍しいどころの話じゃありませんよ。もしかしなくても声に出して笑うのって初めてじゃないですか? おお、今日は記念日ですね。
「おーおー、良い感じに酔いが回ってきましたね。で、なんですか。用があってここに来たのでしょう?」
「そうだけど……なんで酒?」
「喉が渇いたのとあなたの神々しい威圧感で酔いが醒めたからですね」
「ふーん」
実際、酔うと緊張がほぐれます。要するに、この神様の相手をするのに酔わなきゃやっていけないんですよ。
「あ、用事って言うのは……言わなくても分かるよね?」
ニヤリと口角を上げて笑う神様。その顔は、まるで新しいおもちゃを手に入れた子供の様です。姿は妙齢の女性ですが。
「ミジャクジ様のことですか? 殺さない様に手心は加えた筈ですが」
「いや、別にあれをボコられたのはよくないけど良いんだよ」
いいのかよ。ってか白亜はいい加減前を向きなさい。どんだけカチコチにかたまってるんですかあなたは。
(……背中で語れる女になりたい)
(なにその願望)
訳が分からないよ。
「私のクニに入ってきた時から思ってたんだけど、あなた達は最近の物の怪とは違うね? なんか、知性があるというか」
「ほう、最近のは皆馬鹿と申しますか」
「少なくとも、人間を見たら闇雲に襲いかかってくる程度の知性だね」
最近の妖怪はバカばっかりですね。品が無い。昔の妖怪はもっとこう……あ、やべ、私白亜以外の妖怪と交流無かったわ。
「そうなんですか。いやー、ご愁傷様です。駆除が大変でしょう?」
「大変じゃないけど数が多くてねぇ。ちょっと面倒だからこのクニにいる妖怪は皆殺しにしたんだ。その日からこのクニに入ってくるような愚かな妖怪はいなかったんだけど……ねぇ?」
む、ヤバい。殺されるかも分からん。この神様が本気出したら私たちなんて炉端の虫けらのごとく簡単に踏みつぶされてしまう。
「いやいや、ちょっと邪馬台国の卑弥呼に頼まれごとをしていましてね? 時間短縮の為にここ通らなくてはいけないんですよ」
「卑弥呼……卑弥呼……ああ、あの鬼道の。成程ねぇ、人間に協力する妖怪とはまた珍しいね。うん、その珍しさに免じて事と次第によっては条件付きで通して上げない事もないかな」
絶望的です。事情を話しても通してくれないかもしれませんし、例え通してくれたとしても条件付き。絶望的です。強引にまかり通ろうとしても確実に封殺された揚句ダルマ(四肢切断され転がされる)にされます。絶望的です。
「ふぅん……馬鹿だね」
「あ、それは私達も思いました」
絶望的だからと言って説明しない訳にもいかないので、今までの経緯を軽く分かりやすく説明。その反応は私達が言ったように『馬鹿』というものでした。
「でもまぁ、自分の為じゃなくて人の為に使うという精神は評価できるよ。最近の人間は能力を持つと増長するからねぇ」
「まあ、それは確かに」
「評価できるからそうだね……うん、条件付きで通してあげる」
条件付きですか。
「その条件とは?」
「条件……じゃあ、その瓢箪くれない? 中身も込みで」
……は? 今この糞神なんつった?




