第五話「指定討伐個体(ネームドモンスター)」
勢いに任せて一気に書き上げた結果、ツバキちゃんが完全に蚊帳の外に……。
じ、次回!見せ場を作りますので!多分!きっと!メイビー!!
静寂の戻った森。
斃れた豚鬼達が次々と粒子となり、その場にドロップアイテムを残していく。
「……ふぅ。流石は中層の門番、中々タフ」
カルムはそう呟きながら、シリンダーに残った熱を逃がすように軽く息を吹きかけた。
言葉とは裏腹に、彼女の息は全く乱れていない。
むしろ先程までの緊張が抜け、自然体になったようにすら思えた。
「……カルムさん。今、なんて……?」
ツバキが困惑を湛えた声でそう尋ねる。
「……?何が?」
しかしカルムはその問いの意味が分からないとばかりに首を傾げて見せた。
そんな様子にツバキは言葉も出せず、淡々とシリンダーの煤を指で拭うカルムを唖然と見つめた。
どうやら彼女にとって、今の蹂躙は単なる作業の延長に過ぎなかったらしい。
「……え、だって。今、ガンブ……なんだっけ??」
「……あぁ、銃撃剣士。私の職業」
カルムは事も無げに言い捨てる。
「改めて。銃撃剣士カルム、よろしく」
あまりに淡々とした名乗り。
しかしその瞬間、配信のチャット欄は未曾有の速度で加速し、文字の濁流と化した。
『ガンブレイダー……!?』
『聞いたことねえぞ、なんだそのロマンの塊みたいなる!』
『抜刀の瞬間にシリンダーが回る音、マジで最高かよ……!』
『運営! 公式図鑑に載ってないぞ! 固有職か!?』
視聴者の熱狂など露知らず、カルムは視線の端で踊るデジタルモニターの数字――いつの間にか 15万 を超えている同接数を見て、小さく眉を寄せた。
「文字多すぎ、目がチカチカする。気持ち悪い」
「カルムさん、そんなこと言ってる場合じゃありませんよ! カルムさんの名前、世界中でトレンド入りしてますって!」
そう言いながら力強く端末を示してくるツバキ。
「……そう。なら、よかった」
カルムは興味なさげに視線を切ると、既に意識は次の標的へと向けられていた。
「……ツバキ、次。あそこに三体、隠れてる。……やるよ」
「えっ、どこ……あ、本当だ! 反応あります!」
カルムは地面を蹴った。
"BAM!!"
一撃ごとに吐き出される硝煙と、目にも留まらぬ加速。
重戦士の破壊力と、アサシンの様な速度。
その両立を可能にしているのは、彼女が持つ異形の剣が斬る瞬間に放つ炸裂だ。
蹂躙、という言葉すら生ぬるい。
それはもはや、熟練の職人が淡々と工程をこなしていくような、冷徹なまでの作業だった。
「……ん。一波越えたかな」
スタナビの誇る最新ドローンが、その超絶技巧の細部までを余すことなく世界へ送り届けている。
『おいおい、今のコンボ見たか?』
『炸裂の反動を次の斬撃の加速に繋いでやがる……』
『踊ってるみたいだった……』
ツバキは、もはや助けることすら忘れてその背中に見入っていた。
かつて自分を救い出したあの時の輝きが、今この光の下で鮮明に再現されている。
「カルムさん、すご……。本当に、一人で全部やっちゃうんですね……」
「……ん。慣れてる。それにしても――。」
カルムはふと、足を止めた。
このエリアは本来、常に何かしらのモンスターの鳴き声や、草原を駆ける獣の気配が絶えない場所だ。
しかし今、周囲の音が急速に遠のいている。
「それにしても??」
「あまりにも、静かすぎる」
ツバキが首を傾げた、その直後だった。
穏やかだったはずの陽光がどこか翳り、辺りには赤色の霧が薄っすらと漂い始めていた。
「……霧??」
ツバキが当惑した声を上げるのと同時に、森の色彩が死んだ。
鮮やかだった緑は紫がかった灰色に沈み、視界は数メートル先すらおぼつかない。
「……おかしい。デバイスの警告が止まらない」
カルムの眼鏡型デバイスが、視界のすべてを覆い尽くすほどの真っ赤な警告ログを激しく点滅させる。
――【高濃度魔力反応を確認:指定討伐個体】
――【個体識別:『影這う忌顎』】
デバイスに情報が投影されると同時。
霧の奥、殺意に満ちた金色の双眸が二人を射抜く。
「えっ……ハイド・ジョー!? 嘘、深層の主がなんで中層に……!」
ツバキの悲鳴が霧に溶ける。
本来ならば土褐色の堅牢な鱗を持つはずの地竜。
しかし、霧の奥から這い出してきたのは、光を吸い込むような漆黒の鱗を纏った異形の巨躯だった。
魔鉱製の鎧すら容易く粉砕する大顎。
地竜の突然変異個体にして、遭遇すれば逃走困難とされる怪物。
それが今、眼前に立ちはだかっていた。
『放送事故だろ!! スタナビ早く救助送れ!!』
『ハイド・ジョー……右頬にデカい傷がある、あの個体か!?』
『確か一ヶ月前から目撃情報が途絶えて、死んだと思われてたはず……』
『「アイツを倒すほどの化け物が現れた」って考察されてたけど、まさか……』
絶望と困惑に染まるチャット欄。
しかし、カルムは眼鏡の位置を指先で微調整すると、心底面倒そうに吐き捨てた。
「……あいつ、まだ生きてたんだ」
「カルムさん……!?」
「……ツバキ。私が気を引くから、ここから離れて」
「えっ、でも……!」
「いいから。ほら、ボケッとしない!」
カルムの鋭い叱咤に、ツバキの身体が跳ねるように反応した。
「は、はいっ……!」
ツバキが震える足で後退するのを確認し、カルムは改めて漆黒の巨躯へと向き直る。
「……さて、久しぶり。忌顎」
"GWRRRR……"
奴は口角を吊り上げ、まるで笑っているような様相で腹底に響く低い唸りを上げている。
右頬に刻まれた歪な切創――一ヶ月前、深層でカルムが刻みつけた、あの日の「続き」を求めているのは明白だった。
「嬉しそうだね、わざわざ縄張りを離れて……もしかして私に会いに来たの? あの日の続きでもするつもり?」
カルムの挑発に、ハイド・ジョーの黄金の瞳が激しい殺意に燃え上がる。
"GWAAAAAARRRRR!!"
咆哮と共に、辺りに漂う赤色の霧――『紅霧』が急激に密度を増した。
瞬時に色彩が失われ、一寸先も見えない極限の視界不良がカルムを襲う。
地竜種とは思えぬ俊敏性。
ハイド・ジョーが地を蹴った瞬間、黒い影が紅霧に溶けて消えた。
次の瞬間には、カルムの背後から死の顎が迫る。
"ガギイィン!!!!"
しかし、そこにカルムの姿はない。
噛み合わされた牙が、虚空を叩いて凄まじい衝撃音を鳴らす。
「……遅い」
カルムは奴が地を蹴った瞬間、炸撃の反動を用いて垂直に跳び上がり攻撃を躱していた。
ハイド・ジョーの黄金の瞳が、獲物を見失った驚愕に揺れる。
空振りした顎の衝撃によって発生した強風が紅霧を円状に吹き飛ばした。
晴れた視界の中、カルムは更に炸撃を放ち上空へと飛ぶ。
"BANG!" "BANG!" "BANG!"
二度、三度、と空を跳ね、カルムの体を更なる上空へと運んでいく。
最高点へと到達したカルムは推進力を失い、一瞬だけ空中で静止した。
「……総充填」
全魔力を撃ち切り空になった弾倉へと再び魔力が溜まっていく。
充填が完了したことを確認し、体勢を整える。
独楽のように身を翻し、重力に従って真っ逆さまに加速を開始する。
"GASHN! GASHN! GASHN! GASHN!"
一発ごとに空気を蹴り、加速度的に落下の勢いを増していく。
急降下する彼女の姿は、まるで天から降り注ぐ一筋の青白い彗星のようだ。
独楽のように身を翻し、重力に従って真っ逆さまに加速を開始する。
"BANG! BANG! BANG! BANG!"
一発ごとに空気を蹴り、加速度的に落下の勢いを増していく。
急降下する彼女の姿は、まるで天から降り注ぐ一筋の青白い彗星のようだった。
「……一、二、三。……これで、最後」
眼下のハイド・ジョーが、迫りくる死の気配に抗うように咆哮した。
奴は周囲の紅霧を喉元に集約させ、口内に不吉な赤光を明滅させる。
直撃すればエリア一帯を炭化させる、ブレスの予備動作。
だが、カルムの方が速い。
眼鏡型デバイスの警告ログが、超高濃度魔力を示す金色に染まる。
「……もう会うことは無いよ。さようなら」
自由落下に炸撃による超加速の勢いを、切っ先に乗せる。
「……冥墜撃ッ!!」
"―――ッ!!"
瞬間、音が消えた。
全魔力を乗せた垂直の刺突。
カルムは一筋の閃光と化し、ブレスを放とうとしたハイド・ジョーの眉間に切っ先を突き込む。
切っ先が地竜の堅牢な鱗を貫いた瞬間、溜め込まれたすべての炸裂魔力が解放された。
"DOGAAAAAAN!!!!!!"
一拍置いて、世界を揺らすような爆音が響き渡る。
極大の衝撃波は立ち込めていた紅霧を跡形もなく吹き飛ばし、クレーター状に陥没した大地からは凄まじい土煙が巻き上がった。
§
土煙が晴れたクレーターの底。
カルムは眉間を深く貫いた銃撃剣の柄を握り、着地の衝撃に耐えながら、地竜の消滅を待っていた。
しかし。
"GWRRRR……"
死んだはずの怪物の腹底から、地鳴りのような唸り声が響いた。
黄金の瞳は光を失うどころか、カルムへの執念を滾らせて激しく燃えている。
眉間の傷口からは、どす黒い血液が噴き出す代わりに、より一層濃密な、血のように赤い霧が溢れ出していた。
「……そこは死んでてほしいかな」
カルムの呟きは、噴き上がる熱風と紅い霧の唸りにかき消された。
眉間に深く突き刺さった銃撃剣の刀身を、地竜の異常な再生力が締め付ける。
まるで万力で固定されたかのように、引き抜くことすらままならない。
「……マジ?」
カルムの顔に、今日初めて「焦り」の色が浮かぶ。
一ヶ月前もそうだった。
瀕死の重傷を負わせたはずのこの怪物が、翌日には何事もなかったかのように徘徊していた。
地竜種の堅牢さに加え、突然変異による異常なまでの生命力。
それが、指定討伐個体『影這う忌顎』が死の淵から舞い戻り続ける理由。
"GWAAAAAAAARRRRRR!!"
ハイド・ジョーは、眉間に剣が刺さったまま、その首を強引に振り抜いた。
凄まじい膂力。
剣の柄を握っていたカルムの身体は、逃れる間もなく木の葉のように空中に放り出される。
武器は地竜の眉間に刺さったまま、まさに絶体絶命。
誰もがそう確信した。
しかし、土煙の中から立ち上がった彼女の瞳に、絶望の色はない。
カルムは左手の中指、古めかしい装飾の施された銀の指輪にそっと触れた。
その指輪型の魔導具、名を『武器庫の指輪』は深層にのみ出現する紫色の大宝箱からのみ入手可能。
魔力さえ供給されれば無制限に武器を持ち運ぶことが可能となる。
SSSランクの魔導具である。
「……お披露目はもう少し先になる予定だったんだけどな」
指輪に内包された異空間が、持ち主の意志に呼応してかすかに共鳴を始める。
カルムは心底面倒そうに、しかしどこか確かな信頼を込めた口調で、その"真打"の名を呼んだ。
「おいで、白銀の残響」
その瞬間、指輪から溢れ出した高密度の魔力が幾何学模様の光となり、彼女の右手に収束した。
現れたのは、先程まで使っていた汎用モデルとは一線を画す、禍々しくも美しい白銀の魔剣。
彼女のためだけに鍛え上げられた、完全オーダーメイドの専用武器。
カルムは白銀の柄を握り、血振りをするように振り抜き、切っ先を敵へと据える。
「あんな鈍ら使ってゴメンね、お前は間違いなく強敵だよ。だから――」
カルムが言い切るのを待たずして、眉間に古い剣を突き立てたまま、狂乱の形相で迫るハイド・ジョー。
しかし、その黄金の瞳に初めて明確な恐怖が宿る。
地竜の生存本能が、目前の少女が手にする白銀を、自らの不滅を終わらせる死神の鎌だと理解したのだ。
「……この真打で、殺してあげる」
カルムの声は、地竜の咆哮よりも静かで、けれど森の深淵まで届くほど冷徹に響いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ちなみに紅霧には毒性はありません。
しかし極度視界不良が起きるため、だいぶ厄介な敵です。
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