第四話
異例のスカウト枠として大手ダンジョン配信者事務所『スターダスト・ナビ』に所属することとなったカルム。
ネット上の喧騒とは裏腹に、当の本人は至って冷静……ということはなく、極度の緊張により半ばフリーズしてしまっていた。
「……カルムさん、大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけてくるのはスタナビよりカルムの専属とあてがわれたマネージャーの新井さんだ。
「……ん。大丈夫……多分、です」
都内にあるスターダスト・ナビ(通称:スタナビ)の専用送迎車に揺られ、膝の上で丸くなるバロンの背を撫でていた。
今日は記念すべき所属後初の公式配信。
場所は彼女が慣れ親しんだ東京03ではなく、中層の構造が緩やかで安定していることで知られる東京05。
事務所発信の投稿では野次馬の集りを懸念し、場所の詳細事態は伏せられていたため物理的な人目こそないものの、既に配信のスタンバイ状態で同接5万を超えている。
これまで、カルムの配信では同接10人も居れば「今日は多いな」となっていた。
それが突然、文字通り桁違いの数に膨れ上がれば流石の彼女も緊張ぐらいするというものだ。
車内に搭載された配信管理用のモニターには、リアルタイムで加算されていく数字が並んでいる。
数秒ごとに千単位が入れ替わる。
その光景は数年過疎配信をしていたカルムにとって異常事態もいいところだ。
「カルムさんっ!準備は良い?」
送迎車のドアが開くと同時に、まばゆいばかりの陽光と、それ以上に輝かしい笑顔が飛び込んできた。
スターダスト・ナビの稼ぎ頭であり、今回のコラボ相手――そして薺をこの光の下へと連れ出した張本人、ツバキだ。
彼女はすでに配信用の衣装に身を包み、自慢の杖を携えている。
その後ろには、プロ仕様のビデオカメラを構えたアカネと、タブレットを片手に確認を行うマネージャーの姿もあった。
「いよいよですね!」
「………えっと。……ツバキ、声が大きい」
薺は、消え入りそうな声で応えた。
視界の端で踊るデジタルモニターの数字は、ついに 8万 を突破している。
「あはは! ごめんなさい、でも今日は特別ですから! 見てください、この待機者数。世界中が薺さんの、カルムさんのことを待っているんです!」
ツバキが差し出した手を、薺はおずおずと、しかし縋るように握り返した。
その温かさが、ガタガタと震えそうになっていた膝を、辛うじて繋ぎ止めてくれる。
「……新井さん。バロンをお願い」
膝の上で短く不満げに鳴いた黒猫をマネージャーに預け、薺はゆっくりと深呼吸をする。
車を一歩出れば、そこはもう逃げも隠れもできない。
「……さて、行こうか」
そうして決心したように、両手で膝を打って立ち上がる。
§
東京05ダンジョン、中層・第17ゲート。
そこから立ち入るのは緩やかな草原と静かな森の広がる初~中級者が稼ぎ場としている。
配信開始の合図とともに、スタナビが誇る最新式のドローンカメラが二人の姿を捉えた。
片や煌びやかなアイドル然とした衣装に身を包んだ美しい少女。
片や全身を黒を基調とした暗色を纏い、その背に不思議な武器を背負う少女。
正反対のような二人が一つの画面に収まるその光景は酷くアンバランスに見える。
しかし、そのチグハグさこそが視聴者の目を釘付けにしていた。
カルムは愛用の眼鏡型のデバイスを起動する。
視界の端に流れる各種センサーのログ。
外界の喧騒がフィルター越しに遠のき、代わりに自分の一定な鼓動と、隣を歩くツバキの軽やかな足音だけが強調されて聞こえてきた。
「……カルム、準備完了」
低く、淡々とした声がマイクに乗る。
「皆さんこんにちは! スタナビのツバキです! 今日はなんと、あのカルムさんと一緒に東京05を攻略しちゃいます!」
ツバキの軽快な進行に合わせ、二人は森の奥へと進む。
今回の目的は「お披露目探索」。
「それでは改めまして、本日のメインゲスト!スタナビの新星――カルムさんです!」
ツバキの華やかな声が響くと同時に、ドローンカメラがゆっくりと、その「謎の少女」の全身を舐めるように映し出した。
これまでカルムは自身の情報を一切漏らさないように一人称視点での配信しかしていなかった。
そのため、ツバキ救出からカルムのアーカイブを遡っても、彼女の容姿は不透明であった。
ツバキ救出時もほとんど砂煙で詳細は捉えられていなかったのだ。
プロ仕様のドローンカメラが捉える三人称視点の映像。
それは視聴者にとって、これまで謎に包まれていた「カルム」という存在の解像度が初めて劇的に上がる瞬間だった。
画面に映るのは、驚くほど線が細く、小柄な少女のシルエット。
全身を夜の闇に溶け込むような暗色のタクティカルウェアで包み、顔は完全にフルフェイスのデバイスで覆われている。
その華奢な肩には、彼女の体格には不釣り合いなほど重厚で、複雑な機構を備えた「異形の剣」が背負われていた。
それは、既存のどの職業のカテゴリーにも当てはまらない。
重戦士の持つ大剣にしては短く、剣士の持つ長剣にしてはあまりに無骨。
グリップ付近にはリボルバーのシリンダーのような回転体が組み込まれ、鈍い銀光を放っている。
「今日、私達が来ているのは東京05ダンジョンの中層です!ここは――」
そうしてツバキによるダンジョンの概要説明が始まった。
東京05ダンジョン中層。
ここは平原と森林バイオームの広がる常に昼のエリアだ。
別名「常昼の庭」。
視界が開けており、モンスターの発見が容易なことから、パーティの連携訓練や配信のロケ地として絶大な人気を誇る場所だ。
穏やかな風に揺れる草波。その牧歌的な風景の中に、突如としてノイズが混じる。
"GROOOUNT!"
前方、巨木の影から姿を現したのは、このエリアの門番と呼ばれる豚鬼の群れだった。
通常、攻略パーティであれば前衛が盾を構えてヘイトを買い、後衛が魔法や遠距離攻撃で削る。
それがダンジョンの定石だ。
しかし、そんな定石は――。
「……行くよ」
彼女には通用しない。
カルムは一足で敵の懐へと潜り込む。
直後、静かな森の空気を芯から震わせるような――腹の底を突く轟音が炸裂した。
"DOOOOOOOOM!!!!!"
抜刀の瞬間、目も眩むような鮮烈な火花が視界を埋める。
一閃。
ただの斬撃では到底説明のつかない、圧倒的な衝撃と速度を伴った刃が、先頭のオークをその巨体ごと、後続の仲間を巻き込んで真後ろへと弾き飛ばした。
「え……!?な、なに!?」
ツバキは突然の轟音と衝撃に耳を塞いで音の方を向いた。
そこには武器を手に取り、倒れ伏す豚鬼を睨みつけているカルムの姿がある。
「……ツバキ、敵襲。ボケッとしないで」
「え、あ……うん!」
カルムの言葉にハッとして、杖を握り直す。
「あ、あはは……ごめんなさい! 今の音、びっくりしちゃって……!」
「……ん。私の武器の都合上、音は抑えられない。慣れて」
「う、うん……頑張って慣れるね。っていうか、今の凄すぎない!?」
ツバキは引きつった笑顔を浮かべつつも、その目はカルムの持つ武器に釘付けだった。
刀身の根元、リボルバーのようなシリンダーからは、一筋の青白い硝煙がたなびいている。
『相変わらずえげつい爆音だな』
『少なくとも剣から出ていい音ではないよなw』
『火花がマジで物理的な火薬のそれなんよ』
『運営! 今のスローで見せてくれ!!』
視聴者の困惑を代弁するように、チャット欄が目視不可能な速度で加速する。
ドローンカメラが捉えたリプレイ映像には、抜刀の瞬間、炸裂音と共に剣速が常軌を逸した急加速を見せる異常な光景が記録されていた。
先頭が打倒されてなお、豚鬼の群れは動揺を見せない。
これがコイツらの厄介なところ。
知性が低い分、仲間が一人消えた程度では恐怖を感じず、獲物への食欲が優先されるのだ。
"GRAAAAO!"
残った三体の豚鬼が、棍棒を振り回しながら一斉にカルムへと肉薄する。
「……右から二体。ツバキ、光を。……誘導する」
「了解! 『フラッシュ』!!」
カルムの事務的とも言える短い指示に、ツバキは半ば反射的に従った。
杖の先から放たれた眩い閃光が、森の緑を白く染め上げる。
不意を突かれ、豚鬼たちが目を細めて動きを止めたその一瞬。
再び、重厚な炸裂音が森に響き渡った。
舞い散る火花。規則的に吐き出される硝煙。
一拍置くごとにカルムの姿が消え、再び現れたときには獲物の命が刈り取られている。
その中心で、表情を読み取らせぬまま淡々と獲物を屠り続けるカルムの姿は、あまりにも異質で、それでいて残酷なほど美しかった。
そんな彼女はふと何か思い出したように立ち止まった。
そして、自身の近くを飛ぶドローンカメラに向き直る。
「……そういえば、自己紹介もしてなかった。」
武器を納めながら呟いた。
「銃撃剣士カルム。よろしく」
静寂の戻った森に、硬質な納刀音だけが響き渡る。
彼女が冠するその異質な職業名。
硝煙の向こう側で、少女の本当の物語が今、始まる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
〘あとがき〙
少し急ぎ足になってしまった感はありますが、とりあえず形にはなったかなと思います。
次の投稿は木曜を予定しております、ではでは(・ω・)ノシ
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