第三話
第三話:契約と加速
スターダスト・ナビの調査能力は、薺の予想を遥かに上回っていた。
ギルドの匿名ログ、過去数年分の過疎配信の背景、そしてツバキの救出時に一瞬だけマイクが拾った空間の響きまで解析。
結果、彼女が普段利用しているダンジョンゲートは、都内の静かな住宅街にある、利用者の極めて少ない「第17ゲート」であることが判明した。
「……徹底してるわね」
マネージャーの言葉通り、薺の徹底ぶりは異常だった。
ギルドとの交易はすべてオンライン。
ドロップ品の換金も無人の回収ボックスを通し、ゲートへの出入りも隠密スキルを駆使して人目を避ける。
だが、それこそが彼女の行動範囲を絞り込む唯一の手がかりとなった。
ついに割り出された本名。
迅凪 薺。
§
翌日。
薺はバロンにミルクをあげていた。
そんな平穏を破るように、インターホンが鳴る。
「……? 宅配便……?」
薺は首を傾げた。心当たりはない。そもそもこの住所を知っているのは、家族以外ではたった一人の幼馴染くらいなもの。
バロンを膝から下ろし、警戒しながらドアを開ける。
そこに立っていたのは、深く被ったキャスケットからはみ出す鮮やかな金髪と、サングラス越しでも分かるほどのオーラを放つ美少女だった。
「……カルムさん。……ですよね?」
薺の心臓が激しく跳ねた。
聞き覚えのある声、ツバキだ。
視界の端、アパートの階段の下には、これ見よがしに高級な黒塗りの車が止まっている。
「ッ……!」
反射的にドアを閉めようとしたが、ツバキがより早くスニーカーを差し込んできた。
「お願い!お礼を言いに来たの!あと、この『帰還の宝玉』を返したくて……!」
「……しつこい。それはあなたにあげた物。さっさと帰って」
ツバキはその明確な拒絶にうっと息が詰まる。
「……そ、それでも、帰りません! カルムさん……! 私、あなたにスカウトに来たんです。私たちの事務所、スターダスト・ナビに……!!」
あまりに直球な勧誘。薺は呆然とした。
「……無理。目立ちたくない。……私は一人で、静かに潜りたいだけ」
「あんなに強いのに埋もれてるのはもったいないです! 薺さんのあの技は、もっと世界に響くべきだと思うんです……!」
ツバキも薺も互いに折れなかった。
一時間、二時間。
もっとかもしれない。
昼過ぎに始まった問答は、空が朱色を帯びるまで続き……。
とうとう――。
「……………………わかった、話だけなら……」
薺が折れた。
「やった……!」
その瞬間、ツバキの顔にパッと大輪の花が咲いたような笑みが浮かんだ。あまりに眩しいその表情に、薺は思わず視線を逸らす。
話は、そこから驚くほどの速さで転がり始めた。
§
リビングに通されたツバキ、そして合流したマネージャーが提示した条件は、薺にとって拍子抜けするほど彼女の「平穏」を汲んだものだった。
顔出しは一切不要。
声出しも音声をある程度加工して乗せる。
これまで通りのスタイルで構わないこと。
配信頻度も探索スケジュールも薺の自由。
極めつけは、バロンの飼育環境のフルサポート。
「……バロンの、保険代まで?」
「もちろんです。スターダスト・ナビは、所属クリエイターの家族も大切にしますから」
マネージャーのその一押しが、最終的な決定打となった。
こうして、世界で最も注目される「無名」は、スターダスト・ナビ初のスカウト所属枠という異例の形で、光の舞台へと引きずり出されることになったのだ。
§
契約のニュースが流れた夜、ネット掲示板は文字通り「祭り」と化した。
【緊急】スタナビ公式、Calm所属を正式発表! 初配信はツバキとコラボ決定!
150:名無しの探索者
キッッッッターーーー!!
スタナビ、マジで交渉成功させたのかよ!?
155:名無しの探索者
しかも初配信がいきなりツバキちゃんとのコラボとか。
162:名無しの探索者
「顔出しなし」を条件に飲むとか、スタナビ側も相当カルムに惚れ込んでんなww
でも正解だわ。あのミステリアスな感じが合ってる。
170:名無しの探索者
ツバキちゃんのSNSがさっきから「カルムちゃん大好き」オーラ全開で草。
これは新しい伝説の始まりだな。
§
数日後。
東京05ダンジョン第10ゲート、中層。
薺は慣れ親しんだマスクで顔を隠し、獲物の重みを確かめていた。
「……ツバキ、あんまり前に出ないで。……私の爆風に巻き込まれる」
「はいっ! カルムさんの背中、しっかり追いかけます!」
ドローンカメラが起動し、配信開始のランプが灯る。
一瞬で跳ね上がる同接数。
「……さて、行こうか」
銃撃剣士カルムの、物語が幕を開けた。
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〘あとがき〙
今回はだいぶ短めです。
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