第六話「因縁の終わり」
まさかの五千字越え……。
思ったより長くなっちゃった。
視界は赤く、思考はただ一点の屈辱感に塗り潰されていた。
――痛い。痛い。痛い。
己の右頬を裂いた忌々しい怨敵。
捕食者として数多の餌を屠ってきたが、これほどの苦痛は初めてだ。
矮小でか弱き、食いでもないような小柄な人間。
ハイド・ジョーの黄金の瞳は、激痛に震えながらも、目の前の敵を噛み潰すことだけを望んでいた。
"GWRRRRRRRR!!"
喉の奥から漏れるのはもはや咆哮ですらない、ただの殺意の奔流。
しかし、身体が追い付かない。
右頬の深手から止めどなく魔力が漏れ出ている。
このままでは己の命も風前の灯火だ。
――逃げるのか、この俺が。この矮小な種を前に。
生まれて初めて死の概念に触れた怪物は、捕食者としての誇りを、矜持を己の命と天秤にかける。
――否。
怪物は、欠けた大顎を歪めて笑った。
命を、肉を、これまでに積み上げた捕食の記憶をすべて削り、濃密な魔力の霧へと変換する。
傷口から溢れ出したのは、どす黒い血液ではなく、血のように赤い霧。
それは触れるものの視界を完全に遮断し、感覚を狂わせる帳。
紅霧が淵底を埋め尽くし、忌々しい銀色の光を赤黒い闇の中に閉じ込めていく。
霧の向こう、方向感覚を失いよろめく少女の気配。
今、この闇の中から牙を剥き、その細い首を噛み千切ってやれば――。
だが、限界だった。
自ら放った霧に紛れ、ハイド・ジョーは闇の深淵へと逃れた。
その胸に刻まれたのは、彼奴への剥き出しの憎悪。
いつか、必ず。
この霧の中で、あの絶望した顔を食らってやる。
それまで首を洗って待っていろ、怨敵よ。
お前を、我が宿敵と認めよう。
§
――そして、現在。
ハイド・ジョーは再び宿敵と相見える機会を得た。
脳を焼かれ、脊髄が悲鳴を上げている。
眉間に突き刺さった、あの日己の右頬に傷を残した鉄塊。
だが、今の怪物にとってその激痛は、この一ヶ月間温め続けてきた復讐心を完成させるための最高のスパイスに過ぎなかった。
今度こそ、逃がさない。
だが。
突如として現れた、あの一ヶ月前には存在しなかった白銀の剣。
それが解き放たれた瞬間、地竜の全身の鱗が、かつてない戦慄に逆立った。
なんだソレは?
形状こそ己の眉間に残されたこの鉄塊とよく似ている。
だが、ソレが放つ輝きが、込められた魔力の濃さがあまりに違う。
己の最大火力である竜息吹とよく似ている魔力濃度。
視界は赤く、思考はただ一点の屈辱感に塗り潰されていた。
――痛い。痛い。痛い。
己の右頬を裂いた忌々しい怨敵。
捕食者として数多の餌を屠ってきたが、これほどの苦痛は初めてだ。
矮小でか弱き、食いでもないような小柄な人間。
ハイド・ジョーの黄金の瞳は、激痛に震えながらも、目の前の敵を噛み潰すことだけを望んでいた。
"GWRRRRRRRR!!"
喉の奥から漏れるのはもはや咆哮ですらない、ただの殺意の奔流。
しかし、身体が追い付かない。
右頬の深手から止めどなく魔力が漏れ出ている。
このままでは己の命も風前の灯火だ。
――逃げるのか、この俺が。この矮小な種を前に。
生まれて初めて死の概念に触れた怪物は、捕食者としての誇りを、矜持を己の命と天秤にかける。
――否。
怪物は、欠けた大顎を歪めて笑った。
命を、肉を、これまでに積み上げた捕食の記憶をすべて削り、濃密な魔力の霧へと変換する。
傷口から溢れ出したのは、どす黒い血液ではなく、血のように赤い霧。
それは触れるものの視界を完全に遮断し、感覚を狂わせる帳。
紅霧が淵底を埋め尽くし、忌々しい銀色の光を赤黒い闇の中に閉じ込めていく。
霧の向こう、方向感覚を失いよろめく少女の気配。
今、この闇の中から牙を剥き、その細い首を噛み千切ってやれば――。
だが、限界だった。
自ら放った霧に紛れ、ハイド・ジョーは闇の深淵へと逃れた。
その胸に刻まれたのは、彼奴への剥き出しの憎悪。
いつか、必ず。
この霧の中で、あの絶望した顔を食らってやる。
それまで首を洗って待っていろ、怨敵よ。
お前を、我が宿敵と認めよう。
§
――そして、現在。
ハイド・ジョーは再び宿敵と相見える機会を得た。
脳を焼かれ、脊髄が悲鳴を上げている。
眉間に突き刺さった、あの日己の右頬に傷を残した鉄塊。
だが、今の怪物にとってその激痛は、この一ヶ月間温め続けてきた復讐心を焚きつける最高のスパイスに過ぎなかった。
今度こそ、逃がさない。
だが。
突如として現れた、あの一ヶ月前には存在しなかった白銀の剣。
それが解き放たれた瞬間、地竜の全身の鱗が、かつてない戦慄に逆立った。
なんだソレは……?
形状こそ己の眉間に残されたこの鉄塊とよく似ている。
だが、ソレが放つ輝きが、込められた魔力の濃さがあまりに違う。
己の最大火力である竜息吹とよく似ている魔力濃度。
まさか……龍の力を?
その白銀の奥底に眠るナニカに、ハイド・ジョーの生存本能が激しく警鐘を鳴らした。
それは、地竜ごときが一生を掛けても届かぬ高み。
あらゆる龍種の頂点に君臨し、世界の理そのものを司るとされる、絶対的な気配。
ほんの一欠片、微かな残滓に過ぎない。
しかし、それは間違いなくこの世界において龍と呼ばれる存在が抗えぬ、絶対的な天敵の証だった。
龍は龍の力でのみ殺せる。
その古き言い伝えを裏付けるような絶望的な重圧が場に満ちていく。
この矮小な人間が練り上げ獲物に込めた魔力は、野蛮な破壊を撒き散らす己の吐息などとは比較にならないほどに緻密で、あまりに鋭利。
剥き出しの殺意そのものが形を成したような、美しくも禍々しい異形の白銀。
不味い、今すぐにこの敵を殺さなくては……!
地竜の本能が激しく叫ぶ。
未だかつてないほどに、命の危機を。
ひと月前に抱いた屈辱も、先刻脳天に受けた痛みも霞む程に。
――逃げろ。
本能が、心臓が、脳が。
全身の細胞一つ一つが叫んでいる。
だがしかし、雪辱を晴らさんと本能をねじ伏せ地を踏みしめる。
逆巻く殺意と、凍り付くような本能の警鐘。
その狭間で、怪物は己を突き動かしてきた屈辱という名の熱を再燃させた。
逃げれば、もう二度とこの渇きは癒えない。
ハイド・ジョーは、軋む四肢を無理やり駆動させ、どす黒い咆哮を上げる。
"GWRRAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!"
その喉笛を噛み千切ってやる、と。
§
仕切り直しとばかりに大咆哮を上げる竜にカルムは切っ先を向ける。
「……そう急がないで」
その瞳に映るのは、執念のみでこちらを睨みつける怪物の貌。
「ちゃんと殺してあげるから」
カルムは静かに息を吐き、白銀の剣を正眼に構える。
先に動いたのは地竜。
眉間に刺さったままの剣を起点に、地竜が過去最大の紅霧を噴き出した。
「……ッ!まさか、銃撃剣の魔力を貯め込む性質を利用した……!?」
血よりも赤い深紅の霧が、カルムの視界を瞬時に塗り潰した。
一ヶ月前彼女を翻弄した状況が再現される。
「……面倒な」
カルムは忌々しげに目を細めた。
視界を埋め尽くす赤黒い濁流。
先刻自らの手で叩き込んだ古い方の銃撃剣。
その銃身を魔力貯蔵庫として転用し、暴発寸前の圧力で己の霧を増幅・噴射させるなど、並のモンスターにできる芸当ではない。
流石は指定討伐個体といった所か。
「……チッ」
霧の向こう側で、地竜の気配が膨れ上がる。
どこから牙が飛んでくるか分からない。
一ヶ月前、彼女はこの霧の向こうから放たれた不意の一撃を捌ききれず、仕留める好機を逃した。
一人で戦うことに慣れすぎたカルムの脳は、この絶望的な状況下でも、無意識に「自分一人でどう凌ぐか」という思考を回し続けていた。
死角からの突撃をどう捌くか。
誰かに助けを求めるという選択肢は欠片も存在しない。
霧を裂き、ハイド・ジョーの巨躯が死角から肉薄する。
「――ッ!」
反応がコンマ数秒遅れた。
カルムが強引に剣を振り抜こうとした、その時。
「させない……っ! 私だって、カルムさんの隣にいるんです!」
不意に霧の向こうから、震えながらも芯の通った叫びが響いた。
それは両者共に想定していなかった第三者の介入。
「陽光破!!!」
刹那、天を衝く純白の光柱が降り注ぎ、澱んだ紅霧を根こそぎ焼き払い、浄化していく。
赤黒い闇が晴れ、白銀の光の中に晒し出されたのは、カルムの喉笛を噛み千切る寸前で目を焼かれ、もがくハイド・ジョーの姿だった。
「ツバキ……!なんで……」
カルムの瞳が驚愕に揺れる。
視界が開けた。
自分を捉えて離さなかった「死の予感」が、ツバキの放った一筋の光によって完全に霧散していた。
「水臭いじゃないですか、一人で倒し切ろうだなんて」
「……私は、退いてと言ったはず」
「それで退くなんて配信者魂が廃ります!」
「廃れてしまえばいいそんなもの、死んだら元も子も――」
「私はカルムさんのバディです!たとえ今日だけだとしても!」
ツバキの叫びにカルムは拍子が抜けたようにポカンと口を開いた。
今しがた殺されかけたことなんて忘れたかのように数瞬の硬直の後、ふっと堰を切ったように笑みを浮かべた。
「……バディ、か。……ふ、あははっ!」
思わず零れた笑みには、自分でも驚くほどの可笑しさが混じっていた。
「全く、我が強い。我儘」
「あなたが言います??」
「……ん。違いない」
――背後を任せられる「他者」という、未知の変数。
呆れたような、それでいて晴れやかな表情は、即座に冷徹なまでの確信へと切り替わった。
「……わかった。好きにしなよ、相棒」
その言葉にツバキは太陽のように笑う。
「うん!!」
「……右から攻める、サポートお願い」
カルムの身体が、爆ぜるように加速する。
地竜は巨躯ゆえ、一度懐に入り込まれれば側面への対処がどうしても遅れる。
カルムはその隙を逃さず、腹側部を斬りつける、傷は浅い。
――ガァアアッ!!
ハイド・ジョーが狂ったように前肢を叩きつける。
「危ない!極光の盾!!」
だが、その衝撃が地面を砕くより早く、ツバキの杖から放たれた『極光の盾』がカルムを優しく包み、物理的な衝撃を霧散させた。
「……やるじゃん」
障壁に守られながら、カルムはハイド・ジョーの顎下へと潜り込む。
そして、目にも留まらぬ速度で姿勢を沈ませ、全身のバネと炸撃の勢いを乗せて跳ね上がる。
「覇天撃ッ!」
下方向から垂直に斬り上げられた苛烈な斬撃が、地竜の無防備な顎下を完璧に捉えた。
1トンを優に超える巨躯がかち上げられ、ハイド・ジョーの視界から地面が遠のく。
"GWRRRAA!?"
空中で体勢を崩し、絶望に黄金の瞳を剥く怪物。
生存本能の警鐘は、もはや絶叫に近かった。
カルムはハイド・ジョーをかち上げるとともに、自身もまた上空へと飛び上がっていた。
空中で姿勢を制御し、重力に従って落下するハイド・ジョーを追い越す。
眼下には、もがきながらも着地を試みようとする無防備な巨躯。
カルムは白銀の剣を両手で握り直し、切っ先を銃撃剣が刺さったままの眉間へと向けた。
「……もう会うことはないよ、さようなら。総充填!!」
叫び、弾倉へと魔力を満たす。
今度こそ、殺し切る。
"BANG! BANG! BANG! BANG!"
加速、加速、加速。
空中で炸撃を放ち、弾丸のように加速。
「今度こそ、これが最後!冥墜撃ッ!!!!」
自由落下の加速に魔力の爆発的な推進力を上乗せし、白銀の切っ先が眉間に突き立つ「古い剣」の柄頭へと正確に叩き込まれた。
杭を打ち込むかのような、苛烈な垂直落下一閃。
瞬間、世界から音が消えた。
全魔力を乗せた絶対的な高周波振動が、二振りの剣を媒介にして地竜の全身へと伝播する。
肉体が、骨が、再生を司る細胞が、その因果ごと分子レベルで分解されていく。
漆黒の巨躯は内側から白く輝き始め、絶叫を上げる暇すら与えられず、ただの光の粒子へと崩れていく。
「……なんか、綺麗ですね」
「……ん。」
一ヶ月。
短いような長いような因縁は、これにて終止符となった。
§
最後の一撃によって形成されたクレーターの中心。
残されたドロップアイテムを二人は回収していた。
「……ん。これ。……ハイド・ジョーの魔力核と、『地竜の欠けた大顎』」
「おお……鑑定してみましょうか。えーと、どれどれ……おぉ!すごい……! これ、相当なランクの素材ですよ! カルムさんの新しい剣の強化に使えるんじゃないですか?」
目を輝かせるツバキに対し、カルムは眼鏡をクイと押し上げ、拾い上げた素材を迷わずツバキの手のひらに載せた。
「……? カルムさん?」
「ん、あげる。今回の功労者はそっちだから」
「え、えええええっ!? そ、そんな、これ絶対に高いですよ!? 指定個体のレア素材ですよ!?」
慌てて突き返そうとするツバキの手を、カルムは片手で制した。
「いらない。……コイツとの因縁にはケリをつけた。それに、あんな執念深い奴の素材持ってたらなんか呪われそうだし」
「えぇ~……」
「……それじゃ初コラボのお祝いってことで、プレゼント。」
「いやめっちゃ雑に理由付けしたでしょ。……でも、ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね……でも、ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」
ツバキは苦笑しつつも、贈られた魔力結晶を宝物のように両手で包み込んだ。
その瞬間、周囲を飛び回っていた配信用ドローンが二人の姿をアップで捉える。
「あ、そうだ! 配信!……皆さん、見ましたか!? 指定討伐個体『ハイド・ジョー』、完全討伐です!」
空を舞うドローンが、夕陽に照らされる二人の背中を映し出す。
カルムは折れた古い相棒を魔導具に収納し、隣で視聴者にお礼を言う少女をちらりと見た。
「……ツバキ。……腹減った。……肉食いたい。……奢りね」
「えぇっ!? 私の奢りなんですか!? 」
「ん。……『我儘』に付き合ってあげたから」
「もう、カルムさんは……! わかりましたよ、とびきり美味しいお店、予約しますから!」
文句を言い合いながらも、二人の歩幅はどこか揃っている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
結構いい感じに締められたんじゃないかと思います。
次回は掲示板回!!
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