第二話
ザザザンッ!!!
三つ首のモンスター、シャドウウルフの頸をいっぺんに斬り飛ばす感覚が、銃撃剣を通じて確かな手応えをカルムに伝えた。
カルムは背に庇った少女を目をやる。
(よかった、大きな怪我はなさそうだね……さて。)
改めて、モンスターの群れを見やる。
カルムの目に映るだけでも地上型が18体、飛行型は12体。
(結構多いな、見えるだけでも相当数。しかたない……)
「一気に終わらせよう」
ボソリと、誰に聞かせるでもなくカルムが呟いた。
カルムの右手に握られた獲物が、まるで彼女に呼応するように魔力を宿す。
カルムは銃撃剣を逆手に持ち替え、身幅の広い刀身を自身の前腕に密着させる。
この構えは、炸撃の反動を逃がさず、すべてを斬撃の推進力へするためのもの。
"""GRAAAAAAARGH!!"""
何かを感じ取ったのか、モンスター達が咆哮を上げた。
それを合図に一息にカルムは駆け出す。
肉眼では捉えきれないほどの速度で、カルムは魔獣の群れのど真ん中へと突き進む。
「……廻閃撃ッ!」
一発目の炸薬が弾け、凄まじい爆風が彼女の体を独楽のように鋭く回転させた。
逆手に構えた銃撃剣の刀身が「円」を描く。
二発、三発と連続する炸裂音。
群れの中央を突っ切る彼女の周囲で、肉を断ち、骨を砕く音だけが響き渡る。
「な、なに……これ……っ!?」
ツバキは目の前で瞬く間に斃れるモンスターたちに唖然とした表情だ。
無理もない。
己を死の淵に追い込んだモノが、まるで紙切れのように容易く切り裂かれていくのだから。
:……は?
:え、やばすぎ……
:あの数を一気に……
ツバキのチャット欄は、突如現れた救助者への驚愕が埋め尽くしていく。
斬撃の嵐が止んだとき、周囲には静寂といくつものドロップ品が転がっていた。
先頭が一気に殺されたことで戦意を失ったのか、残されたモンスターたちは文字通り尻尾を巻いて逃げてゆく。
遠ざかる群れが視界の彼方へと消えたのを確認し、獲物を背に戻した。
「ふぅ……」
そして、カルムは呆然とするツバキの元へ歩み寄る。
「怪我、ない?」
マスク越しの少しくぐもった声がツバキの意識を現実に引き戻した。
「あ、は、はい! だ、大丈夫です! あの、助けていただいて、本当にありがとうございました……!」
ようやく絞り出した声は未だ緊張が抜けないようで少し震えていた。
ツバキは慌てて立ち上がろうとしたが、極度の緊張と恐怖から解放された反動か、膝の力が抜けてしまいふらつく。
カルムはそれを支えようと反射的に手を伸ばしかけ――けれど、直接触れるのを躊躇うように空中でその手を止めた。
「……これ使って」
カルムはアイテムポーチからなにやら取り出し、ツバキに手渡した。
「これは……」
「帰還の宝玉。それ使えば入口に転送される……それじゃ……」
いうやいなやカルムはそそくさと背を向けて歩き出した。
「え、あ……ありがとうございました!」
カルムは振り返ることなく、ただ一度だけ、背中越しに軽く手を挙げた。
ツバキの手の中には、淡く光る『帰還の宝玉』。
レアリティランクAの高級品だ。
これを、見ず知らずの他人に、それも「余り物」を分けるような気軽さで渡して去っていく。
その背中に、ツバキは言葉にならない衝撃を受けていた。
「あ……名前、聞けなかった……」
呆然と立ち尽くすツバキの傍ら、彼女のデバイスが映し出す配信は、未だかつてない勢いで盛り上がっていた。
:帰還の宝玉ってそうとう高かったよな……?
:最低でも10万はしたはずやけど……
同接数はこの瞬間に10万の大台を突破。
伝説となった「神回」は、救助者の消えた暗い洞窟を映し出したまま、興奮の坩堝と化していた。
§
「疲れた……」
カルムはツバキの元を去った後、さっさと配信を終了して帰宅していた。
ベッドに体を投げ出し、デバイスを眺める。
「今日の戦利品は……お、いい感じ。そこそこ稼げたね……」
気だるげな声で呟いてデバイスを閉じる。
「……お風呂入ろ」
フラフラと立ち上がり、お気に入りの黒猫バスタオルを掴んで浴室へ向かう。
深層の空気と魔獣の返り血(実際には浴びていないが、気分的に)を洗い流す時間は、彼女にとって何物にも代えがたい「オフ」の時間だ。
熱めのシャワーを浴びながら、薺はぼんやりと今日の戦いを振り返る。
「……あの配信者の子、無事に戻れたかな」
ふと、そんな考えがよぎる。
助けた相手が誰かなんて興味はない。
ただ、ギルドの規定で配信が義務化されている以上、誰かが死ぬところを自分のリスナーに見せるわけにはいかなかった。
それだけの理由。
風呂から上がり、髪を乾かす。
ふと思い立って、放り出していたスマホを手に取った。
「一応、今日の収益……確認しておこうかな」
それが、彼女の平穏な夜の終わりだった。
「……え?」
スマホの画面に表示された数字を見て、思考がフリーズする。
バグを疑い、一度ブラウザを閉じて開き直す。だが、数字は変わらない。
【 Live #42:ダンジョン潜行 】
再生数:2,145,800回
最大同時接続:154,201人
「な、に……これ……。 夢……?」
頬をつねってみる、痛い。
「………………」
そっとスマホを裏返して机に置いた。
明日から、いつものように誰にも注目されず、淡々と魔物を狩る日常に戻れる確率は——。
「……ゼロ。……完全な、詰み」
……どうしよう。
§
「ツバキ!大丈夫!?」
東京03ダンジョン、そのギルドホールはいつも以上に喧騒に包まれていた。
駆け寄ってきたのは、ツバキの相方として知られる配信者のアカネだ。
「……あ、アカネ。なんとか、大丈夫……」
ツバキは未だ緊張の抜けない足取りで受付へと向かう。
その手には、あの少女から手渡された『帰還の宝玉』。
レアリティランクAの輝きは、彼女を死の淵から救い出し、瞬く間に地獄を一掃したあの光景の余韻を、その手のひらに重く残していた。
ギルドの受付嬢も、端末のデータを見ながら驚愕に目を見開いている。
「ツバキさん、お疲れ様です。……あの、救助申請のログを確認しましたが……承認したのは一名のみ。活動名は『Calm』さん、ですね?」
「カルム、さん……」
その活動名がツバキの口から漏れた瞬間、ホールに設置された大型モニターが、彼女の配信のアーカイブ映像を映し出した。
――凄まじい炸裂音。
――独楽のように舞う、無機質な少女の影。
――そして、数多の魔獣を一瞬で肉塊へと変える、異形の武器。
ホールにいた探索者たちが足を止め、一斉にモニターを凝視する。
ざわめきは波のように広がり、瞬く間にギルド全体を飲み込んでいった。
「アカネ、マネージャーさん。このCalmさんを……探してほしいんです」
「え、探すって……ツバキ、まさか……」
「命の恩人なんです。ちゃんとお礼もしたいし……それに」
ツバキは、モニターに映る「背中越しに軽く手を挙げた」だけの少女の姿をじっと見つめる。
「あの人、あんなに強いのに……配信の同接、十人だったの。そんなの絶対おかしいよ」
ツバキの所属事務所は、業界でも屈指の大手だ。
彼女の強い希望を受け、事務所はすぐさま「Calm」という配信者の特定に動き出した。
ギルドへの照合、配信プラットフォームへの問い合わせ、そして膨大なアーカイブの解析。
超大手事務所の調査能力は残酷なほど速い。
§
「……見つかったわ、ツバキ」
数日後。事務所の会議室で、マネージャーが一枚の書類を差し出した。
そこには、ギルドに登録されている「秘匿情報」が記されていた。
「活動名Calm。……本名、迅凪 薺。17歳」
「迅凪……なずな、さん……」
ツバキはその名前を、噛みしめるように呟いた。
書類の端には、ギルド証に使われたと思われる写真が添えられている。
配信中の無機質なマスク姿とは違う、どこか眠たげで、けれど凛とした瞳を持った一人の少女の姿。
「彼女の住んでいるアパートも、よく利用している武器工房も特定済みよ。……どうする? 向こうは完全に身元を隠して活動しているみたいだけど」
「……謝礼と、お詫び。それから、コラボの相談……。……ううん」
ツバキは立ち上がり、意志の強い瞳でマネージャーを見据えた。
「まずは配信者としてではなく、一人のダンジョン探索者として会いに行く!」
決心したようにそう宣言した。
§
一方その頃、件の配信者Calm……もとい、迅凪 薺はというと。
「ニャア……」
「キミ、大丈夫……?」
謎の子猫と出会っていた。




