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ヒュ───ズドン──。
何かが降ってきたような音と共に、巨大なバフォルグの頭が砂地にめり込む。ヤツの頭はその何かに、潰されたのだ。
「──聞け!! 今こそ我らの誇りを、誉を取り戻すとき!」
野太く凛々しい声。突然の出来事に、会場がシンと静まり返る。
「立ち上がれ、戦士たちよ!」
延びた巨躯の上で立っている、美しく青いマントを纏った戦士が、右こぶしを天に掲げる。
「悪逆な王に汚されたこの聖地を、今、取り戻すのだ!」
うおおおおおおおおお───。
大きな爆発音と共に、大量のバフォルグたちが、観客席の背後の扉を蹴破ってなだれ込んでくる。上裸に腰ミノをつけ、鉄の兜で顔を隠した戦士。
洪水のように押し寄せる戦士たちは、護衛を侍らせてふんぞり返っていた、いかにも身なりの良い上流階級のバフォルグたちを次々と拘束していく。
逃げ惑う観客と、雄叫びを上げて突進する戦士がぶつかり合い、会場は一瞬で大パニックに陥った。
「あなたは……」
靡く青マントを見上げる。
「これ以上ないチャンスだった。ニンゲンの血を見ようと、普段顔を見せない陰険どもが勢ぞろいだ」
「城門で会った……。たしか隊長とか呼ばれていた……」
「いかにも。私が隊長のバルゼインである」
彼は柄の長い斧の先で、砂地をコンと打った。なぜ彼は僕を助けたのか、いいや、今はそれよりも──。
「地下に、囚われた仲間がいます……」
「無論、同胞は《・》助けるとも」
「どうか、どうか僕の仲間を……」
「抵抗する者は躊躇なく殺せと命じてある」
彼は淡々と続ける。
「だが、私があの時斧を突きつけた女は、無策に暴れる阿呆ではないと思うがね」
「隊長! 地下への道を発見しました!」
遠くから、大きな叫び声が聞こえる。
「突入しろ! 囚われた同胞を救い出せ!」
うおおおおおおぉ──。
再度の雄叫びと共に、戦士たちが地下へと流れ込む。彼らが行軍する、その地響きが地面から直接に伝わった。
意外にもその時は早く訪れた。
「ライリーっ!」
灰色の髪を揺らして駆け寄ってくる、美しい女性。その顔は涙でくしゃくしゃだ。彼女はすぐにひざまずき、座り込む僕にしがみつく。
「今治療するから……!」
彼女の両手から光があふれだす。
「……まさか、それは治癒魔法か。かつて前線で見かけたことがあるが、まさかこんな所でお目にかかるとはな」
隊長は兜の下で目を細めた。
流れていた血が止まる。深い傷は完全に埋まらないが、ギリギリの所で命が繋がる。
「今回ばかりは、僕もダメかと思いましたよ」
「ああ、ああ。私がふがいないばかりに……。すまない……」
師匠は顔をうつむかせる。
「なぜそんなに自分を責めるんですか。今は無事を喜びましょう」
「そう、だな……。ありがとう、ライリー……」
にへらと笑う師匠。急激な安堵に気が緩んだのか、いつもの凛々しい師匠の姿は、ここにはない。
「そうだ、エルヴィアは……」
すると足元で光が溢れる。
「ずっといたわよ!」
足元のネズミが人の形へと変貌する。
改めて、3人の無事を喜び、かみしめる。
「今後のことだが」
僕たちの再開を静観していた隊長が口を開く。
「ここを占拠した後は、そのまま玉座に直行する。やはり我ら古の戦士こそが、この国を治めるのにふさわしい。そしてお前は負傷した兵士を魔法で治癒し、前線へ送り戻せ。負傷兵と共に、衛生兵もここに集結させる」
彼は師匠を指差した。
治癒魔法は万能じゃない。ましてや疲労がたまった師匠に、多くの兵を治癒するだけの力は残っていないはずだ。ひとまずは、師匠の体力回復が優先だ。そんな僕の想いと裏腹に、師匠は2つ返事で、これを受け入れた。
「師匠、でも……!」
起き上がろうとする僕を、師匠はそっと制す。それを見た隊長は、顔を上げて、大きく息を吸った。
「これより、玉座への侵攻を開始するっっ! 制圧の終わった地上部隊は俺に続けっっ!」
会場の隅にまで響き渡るほどの大きな声。彼は右手で斧を大きく掲げて、外へと走り出した。
闘技場は嵐が過ぎ去ったように静まり返った。観客はとっくに逃げ出していて、地下からはチラホラと囚われた看守が連れられている。そんな時、師匠は僕に言った。
「彼はあの一瞬で治癒魔法の限界を見抜いていた。君の傷がまだ深いことも。衛生兵が集まるってことは、ここにはそれなりの治療設備も集まるってことだ。君もそこで治療してもらえるはずだよ。きっとこれは彼なりの配慮だろうね」
配慮……。だから師匠は彼の提案を受け入れたんだ。
「お、お前! 生きてたか!」
「モウジャック!」
彼の顔は、薄暗い地下で見た時より幾分か血色が良く見える。
「君がモウジャックか。すまない、私たちの作戦は失敗してしまった」
師匠は彼に詫びた。モウジャックの存在も、既にエルヴィアが通達済みだ。
「謝る必要はないさ、カサンドラ。俺は何もしてねえんだ。何があったのかは後で詳しく聞こう。それにしてもアンタと横の嬢ちゃん、こんなひ弱な見た目をしてるのに、大した度胸と実行力だ」
モウジャックは細い腕で2人の肩に触れた。
すると、白衣を身にまとったバフォルグが数十体、闘技場へと入ってきた。負傷した兵士を連れている者もいる。彼らは砂地に兵士を寝かせて、慣れた手つきで手当していく。
その中の一人が、僕たちに気付いたようで、駆け寄ってくる。
「隊長から話は聞いている。傷を見せてみろ。輸血……はできないな」
僕が上着を脱ぐと、無数の赤い裂傷が現れた。彼は軟膏を取り出して、傷口に丁寧に塗っていく。冷たくヒリヒリした感覚が肌を刺激する。
「……ある程度動けるようになったら玉座に来い。隊長からの命令だ」
衛生兵は軟膏の上から包帯を巻きながら言った。
「隊長から?」
「ああ。最も、この反逆がうまくいったらの話だがな。だが幸い今日の警備はほとんどこの闘技場に集められている。玉座への侵攻は、ココに比べたら楽勝だろう」
彼がそう言ったのも束の間、入り口の方から別の戦士が大声で叫んだ。
「玉座の奪取、および現王の拘束が完了した!我々の勝利だ!」
──おぉおおおおお!!
傷に伏しているもの、それを癒すもの。勝利の伝言を聞いた、ここにいた兵士の全てが雄叫びを挙げる。
「だが負傷者の数もまだ計り知れない。各自体制を万全にしておけ!」
「よし、小僧。手当は終わった。端で休んでな。それと、治癒魔法を使える奴がいるんだろう。これから大量の負傷者が運び込まれるハズだ。手伝ってもらおう」
「もちろんだ。ただ私の魔法も完全じゃない。一命をとりとめるので精いっぱいだ」
「……十分すぎるさ」
彼は深くうなずいた。
「カサンドラ、私もついていくわ。あなたの方が心配だもの。私にできることがあったらなんでも言ってちょうだい」
エルヴィアは心配そうに言った。
「ありがとう、エルちゃん。だけど本当に心配しなくていいさ、私はまだまだ動ける。君はライリーの所にいてくれ」
師匠はそう言い残して、負傷兵の元へと向かった。
「……あなたの師匠、本当に自己犠牲の塊ね。頼りがいはあるけど、なんだか危ういわ」
エルヴィアは伏している僕の元へ座り込んで言った。
「本当だよ……。だから僕は師匠のブレーキのつもりでいるんだけど、ここ最近はそんな僕が師匠に無理させてしまっている原因になってるかもしれない」
寂しそうにする僕に、モウジャックが小さな声で呟いた。
「……いや、違うさ」
彼はずいぶんと遠くを見ているようだった。
「そうだ、あの店主にモウジャックの無事を伝えないと。生存確認って話が、こんなことにまでなっちゃったけど」
まさか店主もモウジャック本人を連れてくるとは思うまい。
「ああ、そうだな。あの店の場所は当然覚えてる。俺は先にアイツに会ってくるよ。お前たちはまだ寝てな」
モウジャックはゆっくりと立ち上がった。
「本当に、ありがとう。また陽の光が浴びれるなんて、思いもしなかった。感謝してる。また会ったら礼をさせてくれ。と言っても払えるモンなんて今は何もないんだが……」
「いいんだ、モウジャック。脱獄に関して言えば、僕たちも必要だったからに過ぎない」
彼はそれを聞くと、深く頭を下げた後、闘技場を去っていった。




