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狭い牢をうろうろと歩き回る。もう作戦は始まっているのだろうか。順調だろうか。師匠たちは無事だろうか。
心配が渦を巻き、僕の脳を満たしていく。
「ジッとしとかねぇか。お前さんはここから出た後のことを考えておけ」
腰を据えたモウジャックは言う。
地上にも多くの警備がいるはず。モタモタしていたらすぐに応援を呼ばれてしまうだろう。確かに彼の言う通りだ。すぐに行動に移せる心構えをしておかなければ。
冷静なモウジャックを見習い、腰を落として腕を組む。心を落ち着かせようと深く息を吸った瞬間。
──ギギギギギギギギ。コツ、コツ、コツ。
心臓が跳ね上がる。師匠たちが来てくれた!
バッと立ち上がり、鉄格子に顔を寄せる。興奮と安堵で顔がほころぶ。
「師匠!こっちです───」
鉄格子から目いっぱい出した腕をつかんだのは、師匠でも、エルヴィアでも、協力者らしいバフォルグでもなかった。
鎧を纏った、要塞のような看守。
「残念だったな。お前の仲間は今さっき捕まったよ」
彼はニヤリと嗤いながら僕の手を押し戻すと、ガチャリと牢を開けた。
「さ、試合だ。お前の死に様をみんなが心待ちにしている」
し、失敗……?本当に……?
みるみる青くなる僕の顔をよそに、看守は鉄プレートの手錠をはめた。そしてそれに繋がった鎖をぐいと引っ張って、僕を連れ出す。
「それと、モウジャック。お前も共謀で処分だ。どの魔獣に喰われたいか考えておけよ」
ガッハッハ。粘っこく笑う看守の声だけが、この狭い通路にこだました。
斧を突きつけられた僕を先頭に、長い階段を上る。
師匠は……!エルヴィアは……!
地上に近づくにつれ、喧騒が増していく。あの時と同じだ。まだ癒えていない傷が、恐怖でうずく。
助けにいかなくちゃ……!
階段の中腹、ちょうど坂になっている部分で、勢いよく振り返る。手錠のついた両腕を高く掲げ、自分の体ごと看守に振り下ろす。
驚いたことに、看守はこの急襲に反応して見せた。
斧で手錠を受け止め、続けて落ちてくる僕の体を抱きかかえるように包み込む。その巨体はびくりともせず、まるで大木に激突したようだった。
「いるんだよなぁ……。そうやって逃げようとするヤツ。いいだろう、俺が直接運んでやる」
彼はそのまま僕を肩に担ぎ上げる。ジタバタと抵抗する僕を全く意に介さず、ずんずんと階段を上る。
とうとう地上まで来ると、素早く手錠を外して、闘技場に僕を放り投げた。砂の地に背中から着地する。
大歓声。以前とは比べ物にならない数の観客。僕はすぐさまスポットライトに照らされて、まぶしさに目を細める。
ここまで来て2度目の命の終わりを予感し始めた。師匠という支えを失い、下卑た視線を浴びて初めて、今度は体より先に心が現実を受け入れ始めてしまっている。
『要望にお応えして、今回はニンゲンに武器の使用は認められていませぇん! 奇跡の勝利を収めたこのニンゲン。果たして今回も生き残ることはできるのか!?』
向かいの檻が開く。
『そんな勇者を相手する強者はこいつだ!!』
「ヴォォォオオォォォォ!!」
檻から出てきたのは体躯が4,5mはありそうな巨大なバフォルグだった。薄く白い布を掛けただけのシンプルな衣装をまとっている。そこから覗く筋肉は異常なまでに膨れ上がり、赤い熱を帯びている。
魔獣じゃない。それなら、まだ戦う余地があるかもしれない。そう現実逃避したのも束の間。
彼はフシューと蒸気のような吐息を噴出すると、自身の体躯と同じほどの両刃斧を構えて突進してきた。ドスンドスンと蹴られた砂地が、巨大な歩幅に合わせて削れていく。
は、速っっ──!
振り下ろされた斧が、文字通り、間一髪の距離をかする。
彼は地に突き刺さった斧を軽々と持ち直すと、今度は真横に薙ぎ払う。
上半身をめいっぱい反り、何とか間合いの外へ逃げ出す。目の真下をかすったらしく、赤い線が一文字に刻まれる。
『なんと素早い動き! さすがはこの闘技場イチの狂戦士であります!!』
拡声器越しの甲高い声が、声援と混じってキンと響く。
強い……。それに、彼はわざと初撃を外した。その気になれば最初の一撃で決着をつけれたのに。
虐殺ショーだ。必死に逃げまわる僕を嬲り続ける気だ……。
再びの突進。右肩、脇腹、左太腿。斧が振るわれるたびに、体の傷が増えていく。血が流れ出る度に、歓声は大きくなる。
間一髪で回避を重ねていたが、ついに決定的な一撃を受ける。胸から腹にかけて、全面を切り裂くような、大きな裂傷。
もう幾度目か。彼の目が再び僕を見据える。僕にできるのは、血走った目を睨み返すことぐらいか。
か弱い抵抗を気にも留めず、巨体が突進してくる。ヤツはこれで最後だと言わんばかりに、斧を横に握りなおした。きっと首を切り飛ばすのだろう。
でも。
こんなとき、師匠なら──。
まだ、希望は捨てないはず。
このバフォルグという種族は実におおざっぱでガサツ。だから一度やられた失敗も、また繰り返すんだ。
砂地から取り出したのは、一本の剣。過去にここで散っていった者の遺物。そんなに再現されたきゃ、してやるよ──!!
突進してきた巨躯の喉元めがけて、剣を突き立てる。
ニヤリ───。
待ってましたと言わんばかりの、卑しい笑み。
ヤツは大きく踏み込んだと思うと、右足を大きく後ろに引いて、そのまま蹴り上げる。キンと軽い音がして、剣は宙を舞った。
だから本命は───。
僕は死角で握りこんでいた砂を、したり顔にぶちまける。突然の目くらましに、一瞬よろける。
その隙を見逃さない。服の中に隠し持っていた石パンを構える。ここ数日で一番硬かったものを取っておいた。さらに牢の壁で削って先端を鋭利にしてある。
凶器と化した硬いパンを、ヤツの喉元に突き刺しにかかる。
バシッッ──。
金槌で殴られたような衝撃。ヤツの目が開いている。無理矢理こじ開けやがった……!!
丸太のような腕にはたかれ、パンが彼方へ飛んでいく。
それでも、何もつかむ物がなくなった拳を握りこみ、顔面目掛けて振り切る。
しかしヤツにとっては、赤子扱いも同然だった。難なく拳を受け止め、逆に僕の腕をつかむ。片手でブオンと振り回して、僕を地面に打ち付ける。
受け身を取ることも叶わず、背中から肺に突き抜けるような衝撃が襲う。
力なく寝そべる僕を、ヤツは真上から見降ろした。天井から注ぐスポットライトに隠れて、顔が見えない。
でも、たぶん笑っているんだろう。
ヤツは斧を持ち直すと、大きく振りかぶった。今度こそ、首を切り取ろうと。
師匠……すみません。
彼女は僕の死を悔いるだろう。でも、僕は自分からここについてきた。だから師匠が気負うことは無い。短い間だったけど、知らない世界に触れるのは楽しいと感じることが多かった。
走馬灯と、誰にも届かない遺言が頭を駆け巡る。
観客の盛り上がりも絶頂に至ったその瞬間。




