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闇に咲く桃花  作者: しんいち
第二章

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七話目 勝負の行方

 「じゃあ、何で勝負しようか?」

 

 桃花くんが拳を握る。

 

 ポキッ、ポキッ。

 

 わざわざ指の骨を鳴らしながら、不敵な笑みを浮かべた。

 

「ちょっと、とう……違う! たかし、待って!」

 

 危うく本名を呼びそうになり、私は慌てて言い直す。

 

 もう、この人!

 

 変な設定なんて付けるから、こっちまで気を遣うじゃない!

 私は心の中で毒づきながら、慌てて桃花くんの肩を掴んだ。

 

「まさか喧嘩するつもりじゃないでしょうね?」

 

 すると悠斗くんは得意げな顔で、手に持っていたゲームソフトを突き出した。

 

「格ゲーだよ、格ゲー!」

 

 勝ち誇ったように笑う。

 

「俺が勝ったら、紗季姉ちゃんとは別れてもらう!」

 

「……は?」

 

 私は固まった。

 何、その条件。

 私、景品扱いなの?

 しかし桃花くんは真面目な顔で頷く。

 

「いいよ。」

 

 あっさり承諾したかと思えば、次の瞬間。

 

「でも、紗季は僕のだからね。」

 

 そう言って、私の肩へ自然に手を回した。

 

「絶対に渡さないよ。」

 

「ちょっ!」

 

 耳元で囁かれ、思わず肩が跳ねる。

 顔が一気に熱くなった。

 

「や、やめて!」

 

 ぐいっと桃花くんを押し返す。

 

「何言ってるのよ!」

 

 その時だった。

 ものすごい形相で睨みつける悠斗くんと目が合う。

 

 しまった。

 私は慌てて両手を振る。

 

「違うの、悠斗くん!この人、友達だから!

 からかってるだけなの!」

 

 必死に説明する。

 ……けれど。

 悠斗くんの耳には届いていないらしい。

 

 視線は真っ直ぐ桃花くんへ。

 桃花くんも負けじと見つめ返す。

 二人の間に、見えない火花が散っている気がした。

 

 ……何なのよ、この状況。

 私は大きくため息をついた。

 

「もう、好きにして。」

 

 完全に諦めた。

 こうして、二人は火花を散らしながら、なぜか私の家へ向かって歩き始めた。

 

 私はその後ろを、とぼとぼとついていく。

 歩きながら、ふと悠斗くんの背中を見る。

 

 ……正直、少し驚いていた。

 

 まさか。

 悠斗くんが私にそんな感情を抱いていたなんて。

 

 近所のお姉さん。

 一緒に遊んでくれる友達。

 勉強を教えてくれる相手。

 

 そう思ってくれているだけだと思っていた。

 恋愛感情なんて、考えたこともなかった。

 

 悪い気はしない。

 

 ……でも。

 

 相手は小学生。

 どう反応すればいいのか分からない。

 複雑な気持ちで歩いていると——

 

「姉ちゃん! 早く!」

 

 悠斗くんが玄関を指差しながら叫ぶ。

 

「開けて!」

 

「はいはい。」

 

 私は苦笑しながら鍵を取り出した。

 

「ちょっと待って。」

 

 玄関のドアを開ける。

 

 ★☆

 

 部屋へ入った途端。

 二人は無言のまま向かい合って座った。

 

 まだ睨み合ってる……。

 

 私は荷物をベッドへ放り投げ、タンスからゲーム機を取り出す。

 

「ねぇ。」

 

 思わずため息が漏れる。

 

「勝負する本人たちが準備してくれない?」

 

 二人とも聞こえていない。

 

「一つ言っとくけど。」

 

 悠斗くんがソフトを前に付きだし顎を上げて目を細める。

 

「俺、このゲーム全国レベルだから。」

 

 自信満々に胸を張る。

 

「お前なんかに負けるわけない。」

 

 すると桃花くんは鼻で笑った。

 

「ふっ。」

 

 眼鏡をクイッと押し上げる。

 

「僕も得意なんだ。」

 

 そして余裕たっぷりに言い放つ。

 

「ゲームで子供に負けるほど、僕は甘くないよ。」

 

「言ったな!」

 

「もちろん。」

 

 ……子供同士の会話にしか聞こえない。

 私は黙々と配線を繋ぎながら、小さくため息をついた。

 

 その間にも二人は臨戦態勢へ入っていく。

 桃花くんは首をぐるりと回し、肩をほぐす。

 悠斗くんは両手を何度も握って開いてを繰り返し、指のウォーミングアップ。

 

 ……格闘ゲームよね?

 本当に戦うわけじゃないわよね?

 

 そんなツッコミを飲み込んだ頃には、ゲーム機が起動していた。

 

「三本勝負だ!」

 

 悠斗くんが宣言する。

 

「いいよ。」

 

 桃花くんは余裕の笑みを崩さない。

 

「何本やっても、負ける気しないから。」

 

 二人の視線が交錯する。

 部屋の空気が、妙な熱気を帯びていく。

 私は呆れながらも、なぜかゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 ――ゲームごときで、ここまで本気になる?

 こうして。

 誰よりもくだらなくて、誰よりも真剣な戦いの火蓋が、静かに切って落とされた。


 ★☆


 ……すごい。

 

 いや。

 すごいというより――。

 

 大人気ない。

 

「もう一回!」

 

 悠斗くんがコントローラーを握り締め、悔しそうに叫ぶ。

 

 対する桃花くんは、座椅子にもたれたまま余裕の笑みを浮かべていた。

 

「いいよ。」

 

 肩を竦める。

 

「最初に言ったでしょ。何回でも付き合うって。」

 

 そう言うと、人差し指をくいくいと曲げて挑発する。

 

 完全に煽っている。

 子ども相手に。

 

 ……いや、この人、本当に大人気ない。

 

 でも……

 認めたくないけれど、その実力だけは本物だった。

 

 私も悠斗くんとは何度もこのゲームで遊んでいる。

 ハンデをもらって、ようやく互角。

 運が良ければ一本取れる程度。

 

 そんな悠斗くんが。

 桃花くんの前では、まるで歯が立たない。

 相手の攻撃を紙一重でかわし。

 隙が生まれた瞬間には、迷いなく連続技を叩き込む。

 

 体力ゲージは一瞬で消え去り。

 最後は派手な必殺技で締め、"魅せる"余裕まである。

 

 今の対戦だって、桃花くんは一発も攻撃を受けていない。

 私は画面と桃花くんの横顔を何度も見比べた。

 

 ……何、この人。

 

「なんでだよ!」

 

 悠斗くんがコントローラーを床へ置き、悔しそうに叫ぶ。

 

「俺、全国百位には入ってるんだぞ!

 なんで勝てないんだよ!」

 

「全国百位?」

 

 桃花くんは小さく呟くと、くすりと笑った。

 

「何だよ!」

 

 悠斗くんがむっと頬を膨らませる。

 

「何がおかしいんだ!」

 

 桃花くんは眼鏡を押し上げ、さらりと言った。

 

「僕ね。」

 

 一拍置いて。

 

「全国一位なんだ。」

 

「「はぁ?」」

 

 私と悠斗くんの声がぴったり重なった。

 

「全国一位って……。」

 

 悠斗くんが目を丸くする。

 

「もしかして、お前……『桃太郎侍』か?」

 

「ああ。」

 

 桃花くんは得意げに胸を張る。

 

「その通り。僕、格闘技得意だから。」

 

「マジかよ!」

 

 さっきまで敵意むき出しだった悠斗くんの目が、一瞬で尊敬の眼差しへ変わる。

 

「すげぇ!」

 

 ……え?

 終わったの?

 勝負。

 

 賞品だったはずの私は完全に置き去り。

 二人はゲームの話で盛り上がり始めていた。

 

 ――ちょっと。

 ――桃花くん?

 

 死害の調査に来たんじゃなかったの?

 

 突っ込みたい。

 ものすごく突っ込みたい。

 

 だけど——

 

 さっきまで火花を散らしていた二人の間には、不思議な友情のようなものが芽生えていた。

 もう私の入る隙なんて、どこにもない。

 

「……もう、勝手にして。」

 

 私はため息をつくと部屋を出た。

 

 ★☆

 

 それから一時間。

 二時間ほど経った頃だろうか。

 

 窓の外はすっかり暗くなり、街灯の灯りが住宅街をぼんやり照らしていた。

 私は部屋へ戻るタイミングを失い、リビングでテレビを眺めながら時間を潰していた。

 

 そこへ、美咲さんが悠斗くんを迎えに来る。

 私はようやく重い腰を上げ、二階へ向かった。

 

 ……あの二人。

 まだやってるの?

 

 半ば呆れながら階段を上る。

 部屋の前まで来ると、中から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 

 ドアを少しだけ開け覗き込む。

 

「兄ちゃん!

 今のコンボ、どうやるんだよ!」

 

「ああ、これ?」

 

 桃花くんがコントローラーを動かす。

 

「タイミングだけ覚えれば簡単だよ。」

 

 画面の中では華麗な連続技が決まり、悠斗くんが歓声を上げる。

 

 二人とも。

 私が戻ってきたことにすら気付いていない。

 

 ……本当に調査しに来たのよね?

 

 私は肩を落とし、小さく咳払いをした。

 

「あの……。」

 

 ようやく二人が振り向く。

 しかし返ってきたのは、揃って不満そうな顔だった。

 

「何だよ、姉ちゃん。」

 

 悠斗くんが唇を尖らせる。

 

「今、兄ちゃんに教えてもらってるのに。」

 

「そうそう。」

 

 桃花くんまで頷く。

 

「今、大事なところなんだから。」

 

 ……邪魔者扱い。

 さすがに少し腹が立つ。

 

「お母さん。」

 

 私は腕を組んだ。

 

「迎えに来てるけど。」

 

「えっ!」

 

 悠斗くんは慌てて時計を見る。

 

「うわっ! もうこんな時間!」

 

「本当だ。」

 

 桃花くんも窓の外を見る。

 

「日が暮れてるね。」

 

「兄ちゃん!」

 

 悠斗くんは立ち上がり、満面の笑みで手を差し出した。

 

「今日はありがとな!

 また教えてくれよ!」

 

「ああ。」

 

 桃花くんも笑顔で応える。

 

「また遊ぼう。」

 

 二人は固く握手を交わした。

 

 ……遊ぶ。

 

 結局、勝負の話なんて誰も覚えていない。

 私は呆れながら玄関まで二人を見送った。

 外へ出た悠斗くんは、何度も振り返って大きく手を振る。

 

「またなー!」

 

 桃花くんも笑顔で手を振り返す。

 

「またね。」

 

 玄関の扉が静かに閉まる。

 笑い声が消えた途端。

 家の中が、妙に静かになった。

 私は桃花くんへ向き直る。

 

「……それで?」

 

 小さく尋ねる。

 

「結局、どうだったの。彼と遊んでただけ……じゃないんでしょ。」

 

 桃花くんは答えない。

 閉じられた玄関の扉をじっと見つめている。

 やがて眼鏡の奥の瞳が細くなった。

 

「……うん。」

 

 静かな声だった。

 

「半分……半分、かな。」

 

 その短い一言だけで。

 さっきまで笑い声で満ちていた部屋から、温度がすっと消えた気がした。


 

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