↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇に咲く桃花  作者: しんいち
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/59

五話目 桃花の目的

 翌日――日曜日。

 

 部活動を終えた私は、午後の電車に揺られて二駅先の町へ向かっていた。

 

 目的地は、この地域で最も大きな神社。

 昨日訪れた神社も立派ではあったけれど、ここは比べものにならない。

 

 初詣の時期ともなれば参拝まで一時間以上並ぶことも珍しくなく、長い歴史を持つ名社として観光客も多く訪れる場所だ。

 

 スマートフォンで調べても、その由緒は群を抜いていた。

 

 ――ここなら。

 

 自然と期待が膨らむ。

 昨日の二人のような、得体の知れない話にはならない。

 きっと現実的な答えをくれるはずだ。

 

 そう自分に言い聞かせながら、駅から十五分ほど歩き、大きな石造りの鳥居をくぐった。

 

 だが、その足取りとは裏腹に、胸の奥では小さな不安がくすぶり続けていた。

 

 本当に信じてもらえるのだろうか。

 もし、お祓いが必要だと言われたら、その費用は。

 朝霧さん一家には、何と説明すればいい。

 

 考え始めると、次々と問題が浮かんでくる。

 

 私は小さく首を振った。

 

 今は、それを考える時じゃない。

 せめて時間を稼ぐ方法だけでも。

 少しでも危険を遠ざける方法があるなら、それだけで十分だ。

 

 本殿へ進み、賽銭箱の前で手を合わせる。

 鈴を鳴らし、深く頭を下げた。

 

 ――どうか、うまくいきますように。

 

 その願いだけを胸の中で繰り返し、静かに目を開く。

 

「……よし。」

 

 自分を奮い立たせるように小さく呟くと、私は社務所へ向かった。

 

 幸いにも事情を話すと、宮司が直接話を聞いてくれるという。

 昨日と同じように応接室へ案内され、私は背筋を伸ばしたまま待ち続けた。

 

 しばらくして、襖が静かに開く。

 

「お待たせいたしました。」

 

 現れたのは、白髪交じりの初老の宮司だった。

 落ち着いた所作で向かいへ腰を下ろすと、穏やかな笑みを浮かべる。

 

 その姿を見ただけで、昨日とは違う。

 そんな安心感が胸に広がった。

 私はこれまでの出来事を、一つひとつ説明していく。

 

 悠斗くんのこと。

 朝霧家で見た異様な出来事。

 恒一さんの様子。

 

 宮司さんは時折相槌を打ちながら耳を傾けていたが、その表情はどこか半信半疑といった様子だった。

 

 ところが――。

 

「昨日、近くの神社で仙道という方にも相談したんですが……」


「えっ!」


 宮司さんの顔が固まり、血の気が引いていく。 

 

「失礼ですが、まさかその方は……」


 宮司さんの喉が鳴った。


「仙道聖人様でございますか。」

 

「え……?は、はい。」

 

 私は目を丸くした。

 仙道さんって、そんなに有名な人なの?

 昨日の飄々とした姿が思い浮かび、どうにも結びつかない。

 

 宮司は身を乗り出すようにして、さらに問い掛けてきた。

 

「失礼ですが……その相談とは、死害に関することなのでしょうか。」

 

 その言葉を聞いた瞬間、全身が強張った。

 

 ――どうして。

 昨日の話を、この人まで知っているの。

 

 あれは冗談じゃ、なかったの?

 私の表情だけで察したのだろう。

 宮司はゆっくりと目を閉じ、小さく頷いた。

 

「……死害なのですね。」

 

 声は震えていた。

 だが、その眼差しだけは鋭く、事実を確認するように私を見据えている。

 

「あ……はい。いえ、まだ死害だと決まったわけじゃなくて……可能性がある、と。」

 

 しどろもどろになりながら答える。

 宮司は深く息を吐いた。

 

「でしたら……私どもでは力になれません。」

 

「え……?」

 

「どうか、もう一度仙道様のもとへお戻りください。」

 

「そんな……。」

 

 私は思わず立ち上がりかけた。

 

「あの人、本当に信用できるんですか?

 お祓いとか、お札とか……何でもいいんです。

 少しでも方法があるなら――」

 

「そのようなものは、効きません。」

 

 鋭い一言だった。

 思わず肩が跳ね上がる。

 部屋の空気が、一瞬で凍り付いたようだった。

 

「あ……申し訳ありません。」

 

 宮司はすぐに頭を下げる。

 だが、その横顔には深い焦りが滲んでいた。

 膝の上で固く手を組み、静かに語り始める。

 

「死害が相手では、私どもではどうにもならないのです。」

 

 苦しげに言葉を選びながら続ける。

 

「……いえ。」

 

 一度、言葉を飲み込む。

 

「普通の人間では、誰にも。」

 

 そして、ぽつりと呟いた。

 

「裏三種の神器……桃花殿を除いては。」

 

 ——なにそれ……桃花?

 

 昨日会った、あの少年の顔が脳裏に浮かぶ。

 

「桃花って……彼はいったい何者なんですか。」

 

 思わず尋ねる。

 宮司はゆっくりと首を横へ振った。

 

「申し訳ございません。」

 

 その声音には、どこか畏れが混じっていた。

 

「私の口から申し上げることはできません。

 それが決まりなのです。」

 

 そして、小さく息を吸い込む。

 

「どうか今お聞きになったことも、お忘れください。」

 

 静かだった声に、切迫した色が宿る。

 

「お願いです。」

 

「仙道様と……桃花殿に、助けを求めてください。」

 

 一拍置いて。

 宮司は、私の目を真っ直ぐ見据えた。

 

「あなたも――死にたくないのであれば。」

 

 その一言が、胸の奥へ深く突き刺さる。

 

 私は拳を握り締めた。

 怒りではない。

 震えていた。

 指先が、自分のものとは思えないほど小刻みに震えている。

 

 ――死にたく、ないなら。

 

 私は……一体、何に関わってしまったの。

 冷房の効いた部屋だというのに、背筋を這い上がる寒気だけは、いつまでも消えなかった。


 結局、私はそれ以上何も言えなかった。

 宮司へ深く頭を下げ、重い足取りのまま神社をあとにする。

 

 別れ際に告げられた言葉だけが、いつまでも耳の奥に残っていた。

 

「……必ず、仙道様のもとへ行ってください。」

 

 その声音には、忠告というよりも懇願に近い切迫感があった。

 電車に揺られながら、私はぼんやりと窓の外を眺める。

 流れていく街並みを見つめても、何一つ頭に入ってこない。

 

 昨日の私は、仙道さんたちの話を笑い飛ばそうとしていた。

 

 怖い思いをして相談へ行ったのに、返ってきたのは「死害」だの「鬼」だの。

 まるで子どもの空想話。

 そう思って腹まで立てていた。

 

 なのに――。

 

 今日、あの宮司さんは同じ言葉を口にした。

 しかも、怯えるような顔で。

 正直、今でも信じられない。

 

 でも……。

 

 二人が口裏を合わせて私を騙す理由なんてあるのだろうか。

 高校生の私を騙して、何の得になるというの。

 答えは浮かばない。

 

 それよりも。

 

 もし昨日見た、恒一さんの背後にいた"あの黒い影"が、本当に死害という存在なのだとしたら――。

 

 ごくり、と唾を飲み込む。

 無意識に拳へ力が入っていた。

 

 電車を降り、私は重い足取りで家へ向かう。

 あれほど大きな神社にまで断られてしまった以上、もう頼れる場所など思いつかなかった。

 

 その時だった。

 

 ――ピロン。

 

 バッグの中でスマートフォンが震える。

 取り出して画面を見る。

 送り主は、悠斗くんだった。

 

『お姉ちゃん、今日はどこか出掛けてるの? お姉ちゃん家に行ったけどいなくてさぁ。 宿題、手伝ってほしいんだけど。』

 

 いつもと変わらない文章。

 いつもの悠斗くん。

 私は返信画面を開いた。

 

 けれど。

 

 返事を書こうとして、指が止まる。

 違う。

 止まったんじゃない。

 震えている。

 指先が、小刻みに。

 

「……どうしよう。」

 

 自然と漏れた独り言は、誰に向けたものでもなかった。

 

「返事、返さないの?」

 

「ひゃっ――!」

 

 すぐ耳元で声がした。

 心臓が跳ね上がる。

 私は悲鳴を上げ、その場へ尻もちをついた。

 

「ごめん。」

 

 穏やかな声。

 

「驚かせちゃった。」

 

 顔を上げる。

 目の前には、一人の少年が立っていた。

 

 鬼切桃花。

 

 いつから、そこにいたのだろう。

 まったく気配がなかった。

 足音も。

 呼吸も。

 人が近づいてきた気配すら感じなかった。

 まるで最初からそこに立っていたかのように。

 

 私は息を呑む。

 激しく脈打つ鼓動が耳の奥で響いていた。

 桃花くんは何事もなかったように腰を下ろし、私へ手を差し伸べる。

 

「ほら。立てる?」

 

 私はようやく我に返ると、その手を軽く払いのけ、自分で立ち上がった。

 

「だ、大丈夫だから。」

 

 服についた砂を払いながら睨みつける。

 

「いきなり後ろから話しかけないでよ!」

 

 桃花くんは気にした様子もなく、足元へ視線を落とした。

 

「これ。」

 

 地面へ落ちていたスマートフォンを拾い上げ、私へ差し出す。

 

「メール、返さないの?」

 

「返すわよ。」

 

 スマートフォンを受け取り、少し強い口調になる。

 

「あなたには関係ないでしょ。それより、どこから現れたのよ。」

 

 桃花くんは答えない。

 ただ静かに私を見つめているだけだった。

 私は画面を開き、返信を打ち始める。

 

 ――『今日は少し用事が……』

 

 そこまで入力したところで、また指が止まる。

 

 昨日の洋館。

 五年前の家族写真。

 仙道さん。

 宮司。

 そして――死害。

 

 様々な光景が頭の中で入り混じり、指先から力が抜けていく。

 

 送れない。

 送って、いいのだろうか。

 その一瞬の迷いだった。

 すっと横から手が伸びる。

 

「え……?」

 

 桃花くんは私の手からスマートフォンを抜き取ると、画面をみて一笑した。


 そして慣れた手つきで画面を操作し、軽く指を滑らせる。

 送信完了の音が鳴った。

 

「ちょっ……!」

 

 私は慌てて手を伸ばす。

 

「何してるのよ!」

 

 スマートフォンを取り返そうとした、その瞬間。

 

 桃花くんは私のすぐ目の前まで顔を寄せた。

 眼鏡の奥の瞳だけが、静かに私を見つめている。

 

 そして、小さく微笑んだ。

 

「昨日話してた、その子——

 僕に紹介してよ。」


  



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。