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闇に咲く桃花  作者: しんいち
第二章

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四話目 忍び寄る影

 「君は――もう、その子とは会わない方がいい。」

 

 話を聞き終えた桃花くんは、静かな口調でそう告げた。

 

「……何でよ?」

 

 思わず語気が強くなる。

 

「どうしてそんなこと言うの!」

 

 気づけば私は身を乗り出していた。

 悠斗くんは歳こそ離れているけれど、大切な友達だ。

 

 一緒にゲームをして笑って。

 勉強を教えれば、嬉しそうに目を輝かせる。

 あの子は普通の小学生だった。

 少なくとも――私にはそう見えていた。

 

「悠斗くんは変なんかじゃない!

 何度も一緒に遊んだし、勉強だって……」

 

 そこまで言いかけて、言葉が止まる。

 脳裏に、一枚の写真が浮かんだ。

 

 五年前の日付が記された家族写真。

 あの時は、ただの設定ミスだと思い込もうとした。

 

 考えすぎだ、と。

 見なかったことにして、自分の中へ押し込めた。

 

 でも――。

 

 あれは、本当にただの間違いだったのだろうか。

 

「……彼も。」

 

 喉が乾く。

 私は恐る恐る桃花くんを見つめた。

 

「もしかして……幽霊だって言いたいの?」

 

 一瞬だけ沈黙が落ちた。

 桃花くんは口元へ指を添えると、小さく笑う。

 

「ふっ……。」

 

 その笑みが、妙に癪に障った。

 私は思わず睨み返す。

 

「ごめん、ごめん。」

 

 桃花くんは軽く肩を竦める。

 

「でも、幽霊とは少し違うかな。」

 

「じゃあ何なの?

 お化け? 妖怪?」

 

 半ば投げやりに問い返す。

 

「その悠斗って子は――たぶん『死害』だ。」

 

「……しがい?」

 

 聞き覚えのない言葉だった。


 怖い話なら、それなりに知っている。

 怪談も都市伝説も好きだ。

 

 でも、彼の言うものには心当たりがなかった。

 からかわれている。

 そう思いたかった。

 

「何、それ。」

 

 桃花くんが答えるより早く、隣の仙道さんが静かに口を開いた。

 

「死して、害をなす者。

 そう書いて『死害』だ。」

 

 落ち着いた声だった。

 それがかえって現実味を帯びて聞こえる。

 

「その名前は一般にはほとんど知られていない。

 君たちに分かりやすく言えば……『鬼』と呼ばれる存在だ。」

 

「鬼?」

 

 思わず聞き返す。

 

「あの、角が生えて虎柄のパンツを穿いた……?」

 

 仙道さんは苦笑しながら首を横へ振った。

 

「昔話に出てくる鬼とは別物だよ。」

 

 彼の表情から笑みが消える。

 

「強い怨念。

 積み重なった憎悪。

 人の恐怖や絶望。

 そういった負の感情が形を持ち、人を害する存在となったもの。

 それが鬼であり、『死害』なんだ。」

 

 部屋の空気が少しだけ重くなる。

 

「そして、その死害を人知れず祓うのが……私たちの役目なんだよ。」

 

「……はぁ。」

 

 間の抜けた声が漏れた。

 あまりにも現実離れした話だった。

 

 鬼。

 死害。

 それを倒す人間。

 

 漫画かアニメ、それとも映画の設定なら面白そうだ。

 でも、現実にそんな話を真顔でされても困る。

 

 ……もしかして、ドッキリ?

 

 変な動画の撮影?

 

 私は思わず部屋の隅へ視線を走らせる。

 

 棚の上。

 掛け時計。

 観葉植物。

 

 小さなカメラでも隠れていないかと探してしまう自分が少し情けなかった。

 

 私は冷めかけたコーヒーへ口をつける。

 苦味だけが舌に残る。

 続いて皿の上の焼き菓子を一つ摘まんだ。

 

 ……駄目だ。

 この人たち。

 

 期待した私が馬鹿だった。

 真面目に相談へ来たというのに、返ってきたのは怪談よりも荒唐無稽な話。

 

 女の子だから騙せると思ったの?

 それとも宗教か何かの勧誘?

 あるいは――もっと別の何か。

 

 胸の奥にあった安堵は、いつの間にか失望へ変わっていた。

 私はカップを静かに置き、できるだけ感情を悟られないように言う。

 

「……分かりました。」

 

 二人の視線が私へ向く。

 

「悠斗くんとは、もう会いません。」

 

 もちろん、嘘だった。

 こんな得体の知れない人たちに、悠斗くんを任せるつもりなんてない。

 私が――私自身の目で、あの家の真実を確かめる。


 私の反応を見た仙道さんと桃花くんは、小さく顔を見合わせる。

 そして、どちらからともなく深いため息を漏らした。

 

「……やっぱり、簡単には信じてもらえないか。」

 

 仙道さんは肩を落としながらも、真っ直ぐ私を見つめる。

 

「でも、これは本当の話なんだ。」

 

 一呼吸置き、静かに続ける。

 

「実はこの町では、ここ最近になって不可解な行方不明事件が続いている。

 私たちは、その裏に死害が関わっている可能性が高いと考えているんだ。」

 

「行方不明……?」

 

 思わず眉をひそめた。

 

「そんな話、聞いたことありません。」

 

 ニュースでも見た覚えはない。

 近所のおばさんたちや、お母さんの噂話ですら耳にしていない。

 

 やっぱり、おかしい。

 

 そう確信しかけた私に、仙道さんは静かに首を振った。

 

「表には出ていないからね。」

 

「え?」

 

「警察も、まだ正式には動いていない。」

 

 淡々とした口調。

 けれど、その言葉はあまりにもドラマや映画のセリフのようで本当に胡散臭い。

 

 ――ほら。

 やっぱり変だ。

 

 そんな事件があるなら、テレビが黙っているはずがない。

 

 私は疑いを隠さないまま、肩を落とし呆れたようにそっぽを向く。

 

「今のところ、君自身に危害が及んでいる様子はない。」

 

 仙道さんは穏やかな声で言う。

 

「だけど、十分に気を――」

 

「分かりました。」

 

 私はその言葉を遮るように立ち上がった。

 二人が同時にこちらを見る。

 軽く頭を下げる。

 

「ご忠告、ありがとうございました。」

 

 できるだけ丁寧に。

 でも、自分でも分かるくらい、その声には棘が混じっていた。

 

「それでは、失礼します。」

 

 荷物を抱え、そのまま足早に部屋を出る。

 廊下を抜け、社務所を飛び出すと、ようやく胸につかえていた息を吐き出した。

 

「……何なのよ、あの人たち。」

 

 思わず独り言が漏れる。

 

「鬼だの、死害だの……。」

 

 あんな話を真顔で信じろという方が無理だ。

 境内を早足で横切りながら、ぶつぶつと文句をこぼす。

 

 けれど、鳥居をくぐる手前で足が止まった。

 

 誰かに見られてる気配がして思わず振り返る。

 

 夕暮れの光に照らされた本殿は、静かにそこへ佇んでいた。

 境内には誰もいない。

 風が木々を揺らし、葉擦れの音だけが耳に届く。

 

「……死害。」

 

 小さく呟いたその言葉が、自分でも妙に引っ掛かった。

 脳裏に浮かぶのは、恒一さんの背後にまとわりついていた、あの黒い影。

 

 あれは、一体何だったのだろう。

 

「……まさか、ね。」


 あんな話を信じろなんて、どうかしてるわ。

 

 自分に言い聞かせるように首を横へ振る。

 そんな馬鹿げた話、あるはずがない。

 そう思いたいのに、胸のざわつきだけは消えてくれなかった。

 

 ……明日。

 

 隣町にある大きな神社へ行ってみよう。

 あそこなら、もっとまともな人がいるかもしれない。

 

 そう心に決めると、私は胸の奥に残る嫌な予感を振り払うように歩き出した。


夕日に伸びる自分の影へ、もう一つの影が静かに重なっていたことにも気づかずに――。


 

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