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剣王戦記  作者: 朧月 氷雨


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第68話 さよなら、グリ

 キマイラとの戦いが始まった。

 口火を切ったのは、セレスさんの魔法だった。

 二本の短剣ダガーの周囲に水の玉が形作られ、それをキマイラへと撃ち出した。

 拳大くらいの水の玉が十個ほど。

 キマイラへと向かって行く。

 異形なる姿のキマイラは、素早く横へと跳ね飛んでこれを躱していた。

 そこへ、マックスさんが走りこんで行き、剣を振るう。

 後方へと飛び跳ねて剣戟を躱しつつ、尻尾の蛇がマックスさんへ向かって突進した。

「この野郎」

 何とか大剣グレイトソードを振り回して、剣の腹で尻尾を打つ。

 すぐさま、飛び退すさって間合いを取った。

「あの蛇の尻尾は厄介だぞ」

「ああ、あの尻尾の蛇は、早々に切り落としたいもんだねぇ~」

 剣の腹で打たれた蛇の尻尾は、頭を振った後に「シャアアア……」と大きく口を開けて威嚇してきた。

 ライオン頭の方も高らかに吠えた。

 身の毛もよだつようなおぞましい鳴き声だった。

切り裂く風エアスラッシュ

 今度は風の魔法を短剣ダガーに纏わせて、セレスさんは振り抜いた。

 扇のような形をした風の刃が二本飛び出した。

 先ほどの水の玉よりも速い速度でキマイラに迫っていく。

 横へと飛び退いて躱すけれど、背中の漆黒の羽の一部を風の刃は斬り裂いた。

 痛みに顔を歪めて一瞬怯んだ。

「今だよ、行きな」

 セレスさんが叫ぶ。

「ニット君、走って」

 私は、『聖剣エクスカリバー』を片手に森を目指して走る。

 ニット君もグリを抱えながら私の後に続いて走った。

「ガオオオオオオオ」

 怒りの咆哮を張り上げるキマイラ。

 そのキマイラの口から、ゆらりと赤い炎が揺らいだ。

「まさか?」

 セレスさんは驚いた表情をしていた。

 キマイラの口から炎の塊が吐き出された。

 それはセレスさんを飛び越えて、森へと向かって逃げ込もうとしていた私とニット君の方へと飛んできた。

「嬢ちゃん、ボーズ」

 マックスさんの声が聞こえ、無意識に声の方に視線を私は向けた。

 真っ赤に燃え盛る炎の塊が飛んできていた。

「炎?」

 私は、慌てて急制動をかけて、後ろから走り込んでくるニット君を抱きしめると、今来た方へと戻るように地を強く蹴って跳ねた。

 私の脇を掠めるように通り過ぎていく炎の塊。

 それは地面に落着すると、派手にぜた。

 ドカン!と大きな音を立てて、背後から衝撃が襲い掛かってくる。

 私は抱きしめたニット君ともども、前方へと大きく投げ出されるように吹き飛ばされた。

「きゃああああ」

「うわああああ」

 私とニット君は悲鳴を上げて、地面の上を転がった。

 炎の塊が着弾した地点には、大きな穴が空いていた。

 直撃を受けていたらと思うとぞっとしたし、恐怖で身体が震え、その場から動けなくなってしまった。

「いててててて」

 私のそばに倒れたニット君は起き上がった。

 怪我などはしていないようだった。

「ニット君だけでも逃げて……」

 彼に逃げるように促した。

「アテナ様も一緒に……」

 そう言って私の身体を抱き起そうとしてくれたけれど、私の身体は私の意思に反して震えるばかりで力が入らなかった。

「ごめんね……立てそうにないの……」

 恐怖にすくみ上がっている私の身体は、言うことを利かない。

「アテナ様は、僕が絶対守るから」

 片手で半身を起こした状態の私を支えながら、ニット君は愛用の小剣ショートソードを引き抜いた。

 刃のないその小剣ショートソード……『エアブレード』を片手に握りしめて、自身の正面に来るように構えていた。

 言葉通りに私を守るための行動だった。

「逃げて……」

 そう言っても聞き入れないだろうと思いつつも、そう言わずにはいられない。

 私のために彼が命を落とすようなことになったら耐えられない。

「アテナ様を置いては、絶対に逃げない。僕が守るもん」

 彼の瞳には、強い意志が感じられた。

 何があっても私を守るという強い意志があった。

「クピ~」

 ニット君の足元で、グリが小さく鳴いた。

「グリだけでも逃げて」

 森の中へ逃げるようにグリに促すけれど、グリはニット君の足元に身体を擦り付けるようにして甘えていた。

「グリも一緒に守る」

 ニット君は、そう決意したようで、声に出して叫んだ。



「こいつ、炎なんて吐き出すのか?」

 炎の玉を吐き出したことにマックスさんは驚愕していた。

「そのようだねぇ~。そんなことできるだなんて、知らなかったよ」

 セレスさんは、冷や汗を腕で拭った。

「嬢ちゃんの方は、動けないみたいだな?」

「直撃じゃなくても、爆発の衝撃を受けたのかもしれないねぇ~。こりゃあ、何が何でもここでぶちのめさなきゃねぇ~」

 セレスさんは、私とニット君の方へと視線を向けた。

 その場にへたり込んで動けなっている私達。

 ニット君が『エアブレード』を構えて防御の姿勢をとっているので、動けないことを察してくれたようだった。

 セレスさんは、両手に握った短剣ダガーに新たな魔法をまとわりつかせる。

 まばゆく光る光の輪が出来上がる。

 その光の輪は、セレスさんの腕に纏わりつくように収束していく。

「こいつで一気に風穴開けてやるよ。貫く光線ペネトレイトレイ

 両腕を前に突き出した。

 セレスさんの両腕にリングのように集まっていた光は、左右それぞれから一本の光の筋となって飛び出した。

 矢のように勢いよく飛び出した光の筋。

 まばたきした瞬間にキマイラに突き刺さっていた。

 一本は、キマイラの右前脚に。

 もう一本は、左の漆黒の異形な羽が半分ほど、もぎ取られていた。

 苦鳴を張り上げて、膝をつくように身体が揺らいだ。

「はあ……はあ……光の魔法って奴は、無駄に魔力を消費しちまうねぇ~。攻撃速度は最速だけれど、命中精度がこれほど低いなんて……」

 セレスさんは、今の光の魔法で決着をつけるつもりだったみたい。

 でも、思った場所には当たらなかったようで、悔しそうに歯噛みしていた。

 それでも右前足に刺さった光の矢は、肉を抉り、骨を貫いている。

 動きは鈍るはず。

 背中のコウモリのような翼も左側が半分ほど千切れ飛んでいる。

 飛び上がったとしても、自在に高速で飛び回れはしないと思いたい。

「少し休んでいろ。俺が何とかして見せる」

 マックスさんは、キマイラへと突進していく。

 キマイラは、大きく息を吸い込む様な仕草を見せた。

「炎か?」

 マックスさんは、森がある左手の方へと大げさに身体を投げ出した。

 そのまま炎を吐き出されたら、セレスさんへと炎が向かって行ってしまうと考えたからだと思う。

 マックスさんを追いかけるようにキマイラの頭が動く。

 開いた口から炎の玉が吐き出された。

 身をよじり、マックスさんはその炎の塊を躱した。

 炎は森の木々の少し手前の地面に着弾し、派手に爆発した。

「うおっ」

 爆発の衝撃で地面の土は派手に巻き上げられ、その余波を受けた木々は横倒しになった。

 火がつかなかったのは幸いだ。

 森の木々が燃えたら大火事になってしまうところだ。

 すぐさま体勢を整え、キマイラへと肉薄する。

 『ドラゴンバスター』を力任せに横へと薙いだ。

 キマイラは地を蹴り上げて躱そうとしていた。

 けれど、セレスさんの光の魔法で穴が空いた右前足が痛んだようで、動きが一瞬遅れた。

 『ドラゴンバスター』の刃がキマイラの右前足を切り落とした。

「グガアアアアア」

 苦痛の咆哮を張り上げ、キマイラは倒れ込んだ。

 ここぞとばかりに畳みかけようとマックスさんはさらにキマイラに迫る。

「くたばれ、この化け物」

 上段から力一杯に『ドラゴンバスター』を振り下ろした。

「うおっ!」

 マックスさんの口から驚きとも苦痛とも取れる声が漏れた。

 キマイラへと『ドラゴンバスター』が迫る中、蛇の尻尾がそれを阻止してきた。

 蛇の尻尾はマックスさんに体当たりをしていたのだった。

 『ドラゴンバスター』はキマイラには届かず、逆にマックスさんはそのまま吹っ飛ばされてしまった。

 背中から地面に叩きつけられる。

「マックス」

 セレスさんは、マックスさんの身を案じながらも、追撃されないように風の魔法をキマイラへと放っていた。

 キマイラは起き上がると、扇型の風の刃を飛び跳ねて躱した。

 セレスさんの頭上をも飛び越えて地面に着地し、私とニット君へと向かって迫って来た。

「しまった。お嬢ちゃん、ボーヤ」

 セレスさんの声が飛ぶ。

 目の前にキマイラが迫って来た。

「アテナ様は僕が守る」

 自分を鼓舞するかのように、ニット君は叫んでいた。

 右手一本で『エアブレード』を自分の身体の真正面に身構えている。

 大きな口を開けてキマイラが迫って来た。

 炎ではなく、噛みつこうとしていたのかもしれない。

 勢いよく飛び掛かって来た。

 キマイラの巨体は、『エアブレード』が発生させた風の壁によって阻まれた。

 そのまま後方へと弾き飛ばされていく。

 上手く着地できず、キマイラは背中から倒れこんでいた。

 何が起きたのかわからないといったような表情をしていた。

 ニット君が真正面に『エアブレード』を構えている限り、正面から迫る攻撃は物理であろうと魔法であろうとはじき返してしまう。

 それが彼の持つ『エアブレード』の能力の一つだ。

 起き上がったキマイラは、恐ろしいほどの怒気を含んだような咆哮を上げた。

「ひいいいいい」

 間近で発せられたキマイラの怒声。

 大気をも震わせるその咆哮に、私はビビり散らかして情けない声を上げていた。

 私の身体はさらに震え上がり、完全に動けない状態になってしまった。

 ニット君も、キマイラの咆哮にびっくりして身体を少し震わせたけれど、「アテナ様を守るんだ」と自分を奮い立たせる呪文のように声に出して叫んでいた。

 しっかりと剣を構えた姿勢のままを維持している。

 そこへキマイラは再び飛び掛かって来た。

 結果は同じだった。

 『エアブレード』の眼前に発生した見えない風の壁。

 それがキマイラを拒絶するかのように弾いた。

 キマイラは喉をうならせながら、私とニット君の周りをゆっくりと回り、攻撃の機会をうかがっているようだった。

 私の身体を左腕で支えながら、キマイラの動きに合わせて位置を取るニット君。

 キマイラとニット君の睨み合いが続いた。

「ガオオオオオ」

 キマイラが咆哮を上げた。

 また、飛び掛かってくる。

 ニット君もそう思ったようで、しっかりと『エアブレード』を握りしめると真正面に構えた姿勢を維持した。

 けれど、それは囮だった。

 死角から何かが迫る。

 私たちの右手側から何かが回り込むように迫って来た。

 キマイラの尻尾の蛇だということは、間近に迫ってきてようやくわかった。

 躱すことなどできない。

 そんなタイミングだった。

 尻尾の蛇が狙っていたのはニット君の頭部だった。

 私の身体は未だに恐怖に打ち震えたまま動かなかった。

 このままではニット君が……。

 誰か助けて……。

 彼を……。

 ニット君を助けて……。

 ニット君へと迫る蛇の姿を視覚に捉えながらも、私は身体を動かすことができず、すがるように祈ることしかできなかった。

「クピ~」

 声を上げて、何かが飛び出した。

 ニット君と蛇の間に割り込む。

 それは小さな身体をした勇敢なる者だった。

 尻尾の蛇は彼と衝突し、その軌道はじ曲げられて、地面に激突した。

「グリ」

 蛇に吹き飛ばされて、近場の小ぶりな岩に激しく叩きつけられるグリフォンの雛。

 グリは、身を挺してニット君に迫る脅威を阻止していた。

「クピィ……」

 小さな声を上げて、グリの身体がぐったりと倒れ込んだまま動かなくなってしまった。

「グリ……グリィィィィィ……」

 ニット君の絶叫が木霊こだまする。

 その彼に向かってキマイラは大きく身体を持ち上げると、叩きつけるようにのしかかって来た。

 『エアブレード』をキマイラに向かって正面に構える。

 風の壁は辛くも発生して、キマイラの身体を押し返した。

 キマイラは、反動でひっくり返った。

「この野郎」

 マックスさんがキマイラへと飛び掛かった。

 『ドラゴンバスター』を力いっぱいに振り下ろす。

 地面に激突した衝撃で目を回していた蛇の尻尾を根元から断ち切った。

 尻尾の蛇ははじけ飛び、私とニット君のそばに落下した。

 ウネウネと気色悪く藻掻もがきながら、苦痛にのたうち回っている。

 胴体から切り離されたけれど、この尻尾の蛇はまだ生きているようだった。

「グリ……グリ……」

 ニット君は、少し離れた岩のそばに倒れ伏したまま動かないグリに声を掛け続けている。

 今すぐにでも駆け寄ってあげたい気持ちでいっぱいのはず。

 でも、私を守るという思いも彼には強くある。

 キマイラは、まだ目の前にいる。

 マックスさんに尻尾を斬られた激痛のために、身をよじっているけれど、いつ攻撃してくるかはわからない。

 そのために、ニット君は私の前から一歩も動けないでいた。

「グリ……」

 私は、か細く呟いた。

 あんなにも小さな身体でニット君を守ってくれた。

 身をていして守ってくれた。

 私が守らなければならないニット君を代わりに守ってくれた。

 キマイラの咆哮に恐れおののき、情けない姿をさらしている場合ではない。

 立ち上がらなければ。

 戦わなければ。

 私は、震える身体に鞭を打ち、ゆっくりと身を起こす。

「アテナ様?」

 『聖剣エクスカリバー』を握りしめて立ち上がる私をニット君は驚いたような表情で見ていた。

「私は……大丈夫……グリのそばに行ってあげて……」

 私は微かに笑みを浮かべる。

 彼を安心させたいがために笑みを作ろうとしたけれど、うまくできなかった。

「でも……」

「私は大丈夫よ……グリのところへ」

 強く言葉を発すると「うん」と頷いて、ニット君はグリの元へと駆け寄っていった。

「よくもグリを……許さない」

 私は近くで苦痛にのたうち回っている胴体から切り離された尻尾の蛇へと歩み寄った。

 その蛇へ向けて剣を振り下ろす。

 蛇の長い胴体はあっさりと断ち切れた。

 でも、まだ生きている。

 それなら。

 私は蛇の頭部目掛けて『聖剣エクスカリバー』を振り下ろした。

 頭部を斬り裂くと、激しく暴れ回っていた蛇は、徐々にその動きを緩め、ついには動かなくなった。

 私はゆっくりとニット君の方へと振り返った。

 彼は、ぐったりとしたまま動かないグリフォンの雛に声を掛け続けていた。

「グリ、しっかりして。グリ……グリ……」

 何度声を掛けてもグリは反応しなかった。

 可愛らしく鳴き声をあげることもなければ、動き出すこともなかった。

「ニット君……グリは……」

 ゆっくりと歩み寄り、私は声を掛けた。

「グリが……死んじゃった……」

 ニット君は瞳に大きな涙を溢れさせながら、後悔にも似た声を漏らした。

「そんな……グリ……」

 ニット君が大切そうに両手で抱え上げているグリの身体を私は手で撫でる。

 ニット君のためにも目を覚ましてと心の中で声を掛けるけれど、グリは二度と動かなかった。

「グガガガガガガ」

 喉を大きく鳴らして、キマイラが私たちの方を睨むように見た。

 おぞましい双眸そうぼうには、強烈な怒りが渦巻いていた。

「グリは……グリは……僕の大切なお友達だったんだ。それを……許さない。お前を許さない」

 ニット君は、動かなくなったグリの身体を左手で抱えながら、右手に『エアブレード』を握りしめて構えた。

 『エアブレード』の刀身に風が渦巻いて行く。

 その風は暴れ狂う龍のように刀身の表面をうねった。

「うおおおおお、エアブレード」

 叫びながら、ニット君は『エアブレード』を振り下ろした。

 三日月形の風の刃が飛び出した。

 普段と違って、かなり大きな風の刃だった。

 キマイラは飛び上がって風の刃をやり過ごす。

 そのままニット君に向かって飛び掛かってくる。

「うりゃあああああ」

 下から斬り上げるように『エアブレード』を振るった。

 再び風の刃が発生した。

 でも、その風の刃は先ほどのように飛び出しては行かなかった。

 しかも、発生した風の刃は一つではなかった。

 ニット君の目の前に三つの風の刃が均等間隔で並んでいた。

 その風の刃は、その場で横方向に回転しだす。

 回転した風の刃は、回転速度を増していった。

 キマイラが間近に迫る。

 左前脚の爪がニット君に向けて振り下ろされる。

「行けぇぇぇぇぇ」

 ニット君の掛け声とともに、回転していた三つの風の刃は急上昇した。

 三つの小さな竜巻のようなものが立ち上る。

 上空から襲い掛かって来たキマイラは、地表から上昇する三つの風の柱に飲み込まれていった。

「グガガガガガガ」

 断末魔にも似た声が、立ち上った竜巻の中から聞こえてきた。

 三つの竜巻は、ぶつかり合い、そのまま一つになっていく。

 キマイラの身体を巻き込んだままだ。

 漆黒のコウモリのような翼の一部が、ズタズタになった状態で竜巻の中から飛び出して地面に落ちた。

 竜巻は暫くその場で猛威を振るっていたけれど、次第に弱まり、最後には消えてしまった。

 竜巻が消えてなくなったそこには、全身を鋭利な刃物で斬り裂かれたような状態のキマイラの姿があった。

 竜巻が消えたことでその姿が露わになり、地面の上にドサリと落ちた。

 グリの仇をニット君が打った。

「はぁ……はぁ……やった……?」

 全身から赤黒い血を吹き出し、うずくまあわれな姿のキマイラ。

「グリ……仇は打ったよ……」

 ニット君の手から『エアブレード』が零れ落ちた。

 そのまま左手で抱えていたグリの身体を両手でしっかりと包んで抱きしめていた。

 ニット君の頬を濡らす涙が、動かなくなってしまったグリの身体を濡らしていた。

「ニット君……」

 私には何もかける言葉が見つからなかった。

 私がもう少ししっかりしていれば、こんなことにはならなかったのかもしれないと思ってしまう。

 グリは勇敢だった。

 そして、ニット君の大切なお友達だった。

 本当に短い間だったけれど、ニット君にとっては大切な存在だったと思う。

 それを失ってしまったニット君の悲しみはいかほどだろうか。

「グリ……ごめんね……守ってあげられなくて、ごめんね……」

 ニット君は泣きながら、声を上げてグリに謝っていた。

「グルルルル」

 かすかに獣のうなり声が響いた。

 全身血塗れで、数多あまたの裂傷でボロ雑巾のような状態のキマイラがゆっくりと立ち上がろうとしていた。

 まだ、生きている?

 とんでもない生命力かもしれない。

 キマイラは最後の力を振り絞ってなのか、立ち上がり、私とニット君目掛けて飛び掛かろうとしていた。

 ドンと大きな衝撃が、キマイラを襲った。

 キマイラを襲ったのは、茶色い物体だった。

「グリフォン?」

 この間、このキマイラと激しい空中戦を披露していたあのグリフォンだった。

 キマイラとの戦いで怪我をしたと思われる。

 身体の所々から赤い血を流していた。

 キマイラの身体の上にのしかかるように、その場にいた。

 キマイラは足をジタバタと動かしている。

 ゆっくりと口を開く。

 口の中に赤い揺らめきが見えた。

 炎を放つつもりのようだ。

 今、そんなもの打たれたら私たちは回避できない。

 ニット君も『エアブレード』を手放してしまっていて地面に転がっている。

 私はニット君の盾になるように彼を押しのけて、前に進み出た。

「アテナ様」

 驚きと戸惑いの声を彼は漏らした。

「くたばりぞこないが」

 一気に距離を詰め、マックスさんはキマイラの眉間に『ドラゴンバスター』を突き立てた。

 刀身が深々と突き刺さる。

 キマイラの双眸から生気が失われていく。

 最後の悲鳴を上げる間もなく、キマイラはぐったりとして動かなくなった。

 口の中に見えた炎の揺らめきも、それと同時に消えた。

 キマイラは完全に息の根が止まったと言っていい。

 これでも生きているようなら、相当の化け物かもしれない。

 グリフォンは、キマイラの上から一羽ひとはばたきするとその巨体をけた。

 そのままニット君へと視線を向けている。

 ニット君は何度も何度もグリに「ごめんね」と謝り続けていた。

 グリは何も返答してはくれない。

 もうすでに亡くなってしまったのだ。

 可哀想だと思う。

 たった数日の命だった。

 あの時、ニット君が卵を見つけなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。

 でも、グリフォンとキマイラは争い合っていた。

 グリフォンの卵を狙ってキマイラが襲い掛かったのかもしれない。

 だから、グリフォンは卵を守るために、キマイラと戦っていたのだと思う。

 グリフォンが負けてしまっていたら、キマイラに卵は食べられていただろう。

 でも、グリフォンが勝っていたら……。

 グリは、このようにして命を落とすことはなかったかもしれない。

 どうすることが正しかったのかはわからない。

 でも、結果はこのような結末になってしまった。

 もうくつがえらない。

 グリが亡くなってしまったことは事実なのだ。

「ニット君……悲しいのはわかるわ……グリを……お母さんに返してあげて……」

 グリを抱きしめて泣きじゃくるニット君にそっと声を掛けた。

「ううう……」

 ニット君は、目の前に立つグリフォンへと視線を向けた。

 大きな体格のグリフォンは私とニット君を見降ろしている。

 今にも襲い掛かって来そうで怖い。

「私も一緒に行くから……」

 ニット君の背をそっと押しながら、私はグリフォンの元へと近づいて行く。

 足取りは重いけれど、一歩一歩ニット君は前へと進んだ。

 グリフォンの前で足を止める。

「ごめんなさい……グリを……守ってあげられなかった……」

 グリフォンに向かってニット君はゆっくりと言葉を紡いだ。

 嗚咽交おえつまじりに。

「逆に、グリは僕を……守ってくれた……そのせいで……グリは、死んじゃった……本当に……ごめんなさい」

 震える手でしっかりとグリの身体を抱えながら、グリフォンへと差し出す。

 もしもグリフォンが怒りに任せて襲い掛かってくるのなら、私はニット君とともにあろうと思った。

 だから、彼の背にぴったりと身体をくっつけて、離れないようにした。

 しばらくグリフォンは、変わり果てた姿のグリの姿を眺めていたようだった。

「ごめんなさい……」

 その間、ニット君はずっと謝罪の言葉を述べていた。

 大粒の涙をとめどなく零しながら。

 グリフォンの巨体が動いた。

 ゆっくりとくちばしが私達へと迫る。

 そのまま飲み込まれてしまっても仕方ないのかもしれない。

 グリフォンは、くちばしを開くとグリの身体をくちばしの先で摘まんだ。

 グリフォンの瞳は、じっとニット君と私を見ていた。

 しばらくの間、見つめ合った後。

 グリフォンはゆっくりと翼をはばたかせ始めた。

 そのまま上昇していく。

「グリ……」

 ニット君が呟いた。

 グリフォンは上空で一度グルリと旋回すると、速度を上げて飛び去って行った。

「さよなら……グリ……」

 ニット君は小さく手を上げて、お別れの言葉を述べた。

 二度と会えなくなってしまったお友達に対して、別れを告げた。

 グリフォンは、あっという間に見えなくなってしまった。

「グリの……グリのお母さんは、僕のことを許してくれたのかな?」

 そんなことをニット君は聞いて来た。

「わからないわ……ただ、何かを訴える様な目で見ていたわね……それが何を意味するのかは、分からないわ……」

 あのグリフォンは、私とニット君に何かを訴えるようにじっと見つめてきていたと思う。

 でも、何を訴えたかったのかはわからない。

 ただ言えることは、私とニット君に対する怒りや憎悪といった感情はなかったような気がした。

 もしかしたら、私がそう思い込みたかっただけなのかもしれない。

『グリ……ニット君を守ってくれて、ありがとう……あなたを守ってあげられなくて、本当にごめんなさい……』

 遠ざかっていくグリフォンの姿を見上げながら、私は心の中でささやいた。


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