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剣王戦記  作者: 朧月 氷雨


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第67話 その名はグリ

 街道を外れ、森の中を彷徨さまよい歩く私たち四人。

 グリフォンやキマイラに見つからないように森の中を進むことにしたので、自分たちが進んでいる方角が分からなくなってきていた。

 運よく街道に出れたらいいのだけれど。

「セレス、こっちでいいのか?」

 不安げな声でマックスさんはセレスさんに視線を向けた。

「さぁ~……もうすでに、どっちの方角に進んでいるのかわからなくなっちまったよ」

 軽く手を上げて、お手上げのポーズをとっている。

 このままだと、森の中を延々と彷徨い歩くことになってしまう。

 食料や水も豊富に持っているわけじゃない。

 街道を歩いて三日ほどのところに次に目指す街があると、冒険者ギルドで話しを聞いた。

 だから、少し多めに食料や水は用意して街を旅立ったけれど、このまま森の中を彷徨い続けたら食料も水も尽きてしまうかもしれなかった。

 この森の中で食べられそうなものが調達出来れば良いのだけれど。

「おいおい、そりゃやばいぞ。森の中で迷子になんかなったら……」

「まだ、食料は数日分あるから、そんなに慌てるんじゃないよ。今はとりあえず歩いて、この森から出られることを祈るだけだねぇ~」

 セレスさんは、あっけらかんとした態度で言う。

 視線は、マックスさんには向いていない。

 セレスさんの視線はニット君に向いていた。

 正確には、ニット君が大事そうに抱えている鳥さん……グリフォンという存在に向いていた。

 このグリフォンの子供に興味津々で、今の私たちの状況に対しては、無関心ではないにしても興味薄いといった様子だった。

「はぁ~……心ここにあらずだな……」

 セレスさんの様子を見ながら、マックスさんが声を漏らした。

 私たちが迷子になっていることよりも、グリフォンという存在の方が気になって仕方ないようだ。

「とりあえず、このまままっすぐ進むしかないんじゃないですか?」

「だが、どこへ向かっているのかがわからんからな……運よく、街のそばにでも出られればいいが……」

 う~ん、運を天に任せるのはどうかと思うけれど、今の私たちの状況は運頼みになってしまう。

「クピ……クピ……」

 まるで何かを話しているかのように、グリフォンの雛は可愛らしい声を上げていた。

「えへへへへ……グリ~……」

 ニット君はグリフォンの雛を抱きしめながら頬ずりをしていた。

「グリフォンね」

 グリフォンって言いづらいのかと思って、私は言ってあげた。

「んっ?……うん……」

 ニット君は私の方に顔を向けて首を傾げていた。

 あら?私って何かおかしなことを言ったのかしら?

 私も首を傾げてしまった。

「グリ」

 グリフォンの雛を両手で抱え、ニット君はそのまま頭上に掲げ上げながら短くそう言った。

「!?……もしかして……そのグリフォンの名前?」

 私は、ニット君に向かって尋ねてみた。

「うん。名前をつけてあげなきゃと思って、付けてみたの。グリだよ。グリフォンのグリ」

 ニット君は必死に考えたんだと思う。

 さっきまで歩きながら、何か考え込んでいるような感じだった。

「くっくっくっ……グリフォンだから、グリかい?」

 忍び笑いをセレスさんは漏らした。

「うん、可愛い名前だと思うんだけれど……ダメ?」

 急に不安になったのか、上目遣いで私の方を見てきた。

「ダメじゃないわ。ニット君が一生懸命に考えたのなら、その子も気にいるはずよ」

 ニット君の頭をそっと撫でた。

「お前の名前は、グリだよ」

 ニット君は、グリフォンの雛を真正面から見据えながら、そう宣言した。

「クピ~」

 可愛らしい鳴き声を上げて、グリフォンの雛……グリは喜んでいるかのように翼をはばたかせていた。

 そのままニット君の手から逃れるように宙に浮かんだ。

 翼を器用にはばたかせながら、ニット君の周囲をグルグルと回り、飛んでいた。

「喜んでくれているのかな?」

 首を傾げながら、私に同意を求めるような視線を向けてきた。

「喜んでくれていると思うわよ」

 私は、そう言ってあげた。

 グリは名前を付けてもらえて、喜んでいるように見えたから。

「えへへ……グリ、よろしくね」

 飛び回るグリにそう声を掛けると「クピ~」とまるで返事をするかのようにグリは鳴いた。

 もしかしたら、グリは私たちの言葉が分かるのかもしれないと、私は思った。

 そんな反応を見せていたから。



 今日中に森を出ることはできなかった。

 陽も暮れてきたし、あっという間に真っ暗になってしまう。

 その前にたきぎを集めて、セレスさんの炎の魔法で着火をして明かりの確保をした。

 あとどれくらい、この森の中を歩かなければならないのかわからないので、携帯していた食料はできるだけ残しておかなければならない。

 故に、今晩の食事は干し肉を二~三枚齧かじる程度に抑えた。

 さすがにグリに何も食べさせないわけにもいかないので、干し肉を分けてあげたけれど、私とニット君の二人で数日分の食料は、予想以上に減ってしまった。

 多少多めに用意はしてきたけれど、街を出る際にはグリフォンの雛に分けてあげることを想定していないので、予想以上に食料の減りは早かった。

 明日か、明後日に街に辿り着けなければ、私とニット君の食料は尽きてしまう。

「はぁ~……」

 つい溜め息が漏れてしまった。

「どうしたんだい?お嬢ちゃん?」

 溜め息が大きかったことが気になったのか、セレスさんが私に視線を向けてきた。

「食料を少し多めに用意してきたんですけれど……まさか、食い扶持ぶちがもう一人……いえ、もう一匹増えるとは思わなかったもので……」

「まあ、グリフォンの卵から雛がかえって、一緒に行動するとは予想もできないだろうからねぇ~」

「はい……だからと言って、グリに餌をあげないわけにはいかないし……そんなことを口にしてしまったら、ニット君は自分はご飯を食べなくて、グリに分けてあげてしまうかもしれないので……」

 はしゃぎ疲れたのか、ご飯を食べながらニット君は寝てしまったので、今は毛布にくるんで横にならせている。

 そのそばには、寄り添う様にグリフォンの雛が身を丸めて一緒になって寝ていた。

「この森の中で食いものが確保できればいいんだけれどねぇ~」

 セレスさんは、周囲に立ち並ぶ木々を見渡した。

 特に食べられそうなものは実ってはいない。

 食料になりそうな動物とも昼間は遭遇すらしなかった。

 食料を確保することは、できそうにない。

「最悪の場合は、そのグリフォンを食っちまうかだねぇ~」

 冗談めかしてセレスさんが言った。

「さすがに、それは……」

 ニット君は、グリのことが凄く可愛いのか、片時も離さず日中は抱っこしていた。

 ものすごく嬉しそうだった。

 そんな彼の姿を見ていたら、グリをどうにかするという考えは湧かなかった。

「だが、実際どうする気だ?」

 今まで黙っていたマックスさんが口を開いた。

「どうするって何をだい?」

「何って……そのグリフォンだよ」

 ニット君のそばで丸まって寝ているグリを指さしていた。

「今は、ぬいぐるみみてぇ~にちっこいからいいが、あの馬鹿デカイ大人の姿になったら連れまわせないだろうが……」

 昼間に遭遇した大人のグリフォンは大きな身体をしていた。

 私が背中にしがみついたとしても自在に空を飛び回ってしまえるくらいには大きい存在だった。

 そこまで成長したら、一緒に街の中に入るなんてことはできそうにない。

 下手をしたら、魔物と思われて攻撃されるかもしれない。

 そんなことになったらニット君は悲しむことだろう。

 でも、現実問題、大人になったグリを連れて街の中を闊歩かっぽするのは、はばかられる。

 街の宿に宿泊することはできないと思う。

 受け入れてはもらえないだろうし、街の外に置き去りにするわけにもいかない。

 そうなったときのことをマックスさんは考えているのだろう。

「今日生まれたばかりで、数日であの大人と同じでかさにはならないから安心おしよ。今からあまりにも先のことを考えても何もなりゃしないよ」

 セレスさんは喉を鳴らして笑った。

「だが、この先ずっとグリフォンを連れ回すんだったら、そういったことを考えておかないと……」

「気が早いねぇ~……もしも、グリフォンの親と遭遇したら、あのグリフォンの雛は渡さなければならないと思うから、ずっと連れ回すなんてことにはならないんじゃないのかい?」

「でも、キマイラ……でしたっけ?あの魔物とどうなったかもわからないので、考えておいた方がいいんじゃないでしょうか?」

 グリフォンとキマイラは、激しい空中戦を演じていた。

 私達は巻き込まれないように、この森に身を隠すように離れた。

 だから、グリフォンとキマイラの争いをどちらが制したのかを私たちは知らない。

 もしかしたら、相打ちにでもなったかもしれない。

 確実にグリフォンが勝つ保証はない。

「とりあえず、今のあたい達の心配事は二つ。食料の残量といつ街に辿り着けるかだねぇ~。食料が尽きてもアウト。この森から出られなかったとしてもアウト。これを解決しなけりゃ、グリフォンの雛が大人になったらって話をしても全くの無意味だよ」

 確かにその通りではある。

 グリフォンが大人の大きさに成長するまでには何日もかかることだろう。

 何十日、何百日、いえ、数年はかかるかもしれない。

 その心配は、今の状況を打破してから考えるべきではある。

 セレスさんは、そう言いたいのだと思う

「とんでもないもんを抱えちまったのかもな……」

 マックスさんは辟易へきえきといった表情をしていた。

「だけど、味方になってくれりゃあ、とんでもない戦力になってくれそうだけれどねぇ~」

 大人のグリフォンの姿を思い起こしているのだろうか?

 セレスさんの視線は宙を漂っていた。




 次の日の朝。

 私たちは日の出とともに食事をし、歩き出した。

 昨晩は、魔物に襲われたりすることはなかった。

 森の中での野宿は、小鬼ゴブリンなどの魔物に襲われることもある。

 運が良かったのか、私たちはゆっくりと休むことができた。

 ゆっくりと休めたのは、ニット君と私だけだと思う。

 セレスさんとマックスさんは、交代で見張り役をしていてくれた。

 私もいずれは見張り役をしなければならないのだろうけれど、それはいつになるのかはわからない。

 私自身、みんなが寝ている間にしっかりと見張りをこなせるか自信はないし、突然魔物に襲われた時に対応できるかと言われたら、その自信もなかった。

 寝込みを襲われたらひとたまりもない。

 セレスさんもマックスさんもそのことは承知しているため、私にその重要な見張り役を任せるようなことはなかった。

 もっと実力をつけて、信頼されて任せられるようにならなければならないとも思うけれど、それはいつになることやら。

 私たちは、昨夜と同じく干し肉を数枚と水を朝ご飯として取ると、歩き出した。

 森の中を進んでいくけれど、道などない。

 どこへ向かっているかもわからない。

 上を見上げても、高くそびえる木々の葉が視界を遮ってしまっている。

 あてずっぽうで進んでいくしかない。

「クピピ……クピ~……」

 ニット君の周囲を飛び回り、時折彼の頭の上に飛び乗ったり、じゃれ合う様にグリフォンの雛はニット君に纏わりついている。

 ニット君もそんなグリを愛おしそうに見つめ、感極まって抱きしめたりしていた。

 それほどまでにグリは可愛かった。

 ちょっと嫉妬心が芽生えてきそうだわ。

「グリは、ニット君のことが好きみたいね」

 飛び疲れたのか、ニット君の頭の上にその身を乗せて羽を休めているグリに視線を向ける。

「えへへ……僕もグリが大好きだよ」

 ニット君は満面の笑みでそう言った。

うらやましいわ」

 口を尖らせながらそう言うと、私の態度を見たニット君は慌てていた。

「あわわ……アテナ様のことも大好きだよ」と、取りつくろうように言っていた。

 そんなことを言わせてしまう自分が情けないと感じながらも、「私もニット君のこと、大好きよ」と言ってあげた。

 ニット君は、私の右腕に飛びついてきて「えへへ」と笑みを零した。

 そのまま彼と手を繋ぎ、森の中を歩く。

「あら?セレスさん、マックスさん、森から出られそうですよ」

 視界の先が開けた。

 森を抜けた先は。大きな岩が点々と点在する荒野だった。

「やっと森を抜けられたか」

「ラッキーだねぇ~」

 広がる視界に目を細めながら、周囲の状況を確かめる。

「あそこに街が見えますね」

 私の視界の遥か先に街の姿が見えた。

 かなり遠いけれど、確実に街は見えている。

「あたいらが目指していた街かもしれないねぇ~」

「だが、街道からは外れちまっているみたいだな」

 街へと続く街道は見当たらない。

 でも、目標とする街が見えているのならば、それを目指して突き進むのみ。

「食料が尽きる前には辿り着けそうですね」

 点在する大小さまざまな大きさの岩が行く手を阻むように邪魔をしているけれど、そんなに影響はなさそうだ。

 ただ、魔物が岩陰に隠れていたりとか、盗賊が居たりしそうな雰囲気はある。

 まあ、街道からは大きく逸れた場所なので、盗賊と遭遇はしないかも。

 こんなところで待ち伏せしていても、いつだれが通るかわからない。

 そんなところに盗賊が待ち伏せしていても意味がない。

 いるとしたら、街道のすぐそばで通行人を襲うと思う。

 私たちは、魔物に対して警戒すればいい。

「目指すもんが見えているから、多少は安心だな」

 あそこに街があるとわかっただけで、こうも安心できるものなのかしら。

 森の中を彷徨い歩いていた時の不安な気持ちは、今は少なくなっていた。

「さっさと街へ行こうじゃないかい」

 セレスさんの掛け声でみんなの足は前へと進む。

 けれど、一人だけ足が前に出ない人がいた。

「ニット君?どうしたの?」

 グリを胸元に抱きしめたまま、ニット君は蛇に睨まれた蛙のように硬直していた。

 上空を見上げている。

 漆黒の瞳は恐怖にも似た感情がにじみ出ていた。

「ニット君?」

 もう一度声を掛けるけれど、彼からの返答はない。

 私はニット君が見ている方へと視線を向けた。

「あっ!?……あああ……」

 声にならない声を漏らしていた。

 背の翼をはばたかせながら、宙に浮かぶ異形の姿。

 ニット君は、それを目の当たりにして動けなくなっていたのだった。

「セレスさん、マックスさん」

 私は何とか声を振り絞って叫ぶ。

「どうしたんだい?お嬢ちゃん?」

 セレスさんとマックスさんは振り返った。

「あれを……」

 私はゆっくりと上空を指さした。

「何だ?」

 マックスさんは私の指さす方を振り返る。

 セレスさんも同じだった。

「なっ?」

 セレスさんとマックスさんは、同時に声を発した。

「キマイラです」

 私が叫んだ。

 ライオンの頭部に胴体、その背にはコウモリのような漆黒の翼、尻尾が蛇になっている異形なる者。

 おぞましい姿に私たちは、驚き戸惑った。

 翼をはばたかせながら、宙に浮いて私たちの方を見ていた。

「グリフォンは、やられちまったってことかい?」

 恐らく、そう言うことだろう。

 グリの親と思われるグリフォンは、宙を漂うキマイラと激しい空中戦を繰り広げていた。

 今、この場にそのキマイラだけがいるということは、そう言うことなのだろう。

 私たちの後を追いかけてきたというわけではなさそうだ。

 たまたま、この森から抜け出した私たちを見つけたといったような感じだと思う。

 様子をうかがう様に、しばらく中空にて翼をはばたかせたまま、静止していた。

「やるしかねぇ~のか?」

 マックスさんは、背負っていた大剣グレイトソードの『ドラゴンバスター』を抜き放った。

「馬鹿言うんじゃないよ。キマイラは魔獣と言われるほどの魔物なんだから、Aクラス級の奴だよ」

「嘘だろう?」

「皆、森の中へ逃げるよ」

 セレスさんは叫んで、再び森の方へと走り出す。

「くそっ!」

 マックスさんもセレスさんの後を追う様に森へと向かって駆け出した。

「ニット君、私たちも行くわよ」

 彼の腕を掴んで引っ張りながら私は駆け出す。

「うっ……うん」

 片手でグリをしっかりと抱きかかえながら、ニット君も走った。

 私たちが森へと逃げ込もうとしているのを察したのか、キマイラはものすごい勢いで急降下してきた。

 逃がさないとばかりに、森の中へと逃げ込もうとする私たちの前に降りてきた。

「あともう少しだったのに……」

 森の前で仁王立ちするキマイラ。

 獣のぎらついた双眸そうぼうが、私たちを睨む。

 キマイラは、全身に無数の傷を負っていた。

 おそらくグリフォンとの戦いで傷つけられたものなのだろう。

 所々から赤黒い血が滲んでいた。

 かなりの激戦を想起させるには十分な姿だった。

「グリフォンに結構、痛めつけられたようだな?手負いか?」

「でも、油断は禁物だよ。あたいとマックスでも仕留められるかわからないからねぇ~」

 マックスさんは戦うつもりの様で、『ドラゴンバスター』を構えた。

 セレスさんも太腿ふとももくくり付けていた二本の短剣ダガー……『白銀しろがねやいば』と『黒鉄くろがねの刃』を逆手に握りしめていた。

「お嬢ちゃんたちは、手を出すんじゃないよ。隙を見て森の中に逃げ込みな」

 セレスさんは、私とニット君に向かって叫んだ。

「でっ……でも……」

 『聖剣エクスカリバー』を引き抜いて手にしながら、私も戦うと言いたかったけれど、すぐに邪魔になるだけだと悟り、言葉を飲み込んだ。

 Aクラス級の魔物と言っていた。

 セレスさんもマックスさんもBクラスの冒険者だ。

 でも、キマイラはその二人よりもランクが上の魔物みたい。

 Dランクである私がどうにかできるはずがないのは、すぐに察した。

「ニット君、セレスさんたちが引き付けてくれている間に森の中へと逃げ込むわよ」

 彼にそう声を掛けた。

「うん……」

 ニット君は、胸元にグリをしっかりと抱きしめながら頷いた。


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