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剣王戦記  作者: 朧月 氷雨


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第66話 謎の卵

 暖かな日差しが降り注ぐ中を私たちは、ひた歩く。

 空は青く澄み渡り、雲一つない。

 目を凝らせば、遠くに小高い山々が見える。

 街道は、その小高い山々の方へと続いていた。

 私たちの右手側には、鬱蒼うっそうと茂る森が壁のように連なっている。

 左手側には、小ぶりな岩壁が続いていた。

 けれど、その岩壁も徐々にその高さが低くなってきていた。

 圧迫感から解放されそうだった。

 岩壁はついにはなくなり、一気に視界が開けた。

「わああああ……綺麗……」

 私は思わず声を上げた。

 今まで岩壁がそびえていた街道の左側には、お花畑が広がっていた。

 真っ赤なお花がまるで絨毯のようにびっしりと咲き誇っていた。

 何の花なのかはわからないけれど、小さく可憐に咲く花だった。

「こりゃ凄いねぇ~」

 感嘆の声をセレスさんも上げていた。

「真っ赤なお花が、いっぱいだね」

 物珍し気にニット君は、お花を見渡していた。

「そうね。こんなにいっぱい、綺麗なお花が咲いているなんて、素敵ね」

 私はその場にしゃがみ込んで、赤いお花に手を伸ばした。

 お花をじっくりとでるなんてこと、今までしたことないかもしれない。

 それに、こんなにもたくさんの咲き誇るお花を見たことがなかった。

 そよぐ風に撫でられ、お花たちは可憐に揺れていた。

 小人さんたちが踊っているかのような感じにも見えた。

「ほぇ?何あれ?」

 唐突に、ニット君が声を上げた。

 と、思ったら、おもむろにお花が咲き誇る中に駆け出していた。

 街道から外れて、お花畑の中を一直線に突っ切っていく。

「えっ?ちょっと、ニット君?どこ行くの?」

 私が声を掛けるけれど、ニット君は何かにかれるかのように突き進んでいく。

「待ってよ、ニット君」

 私は、慌てて彼の後を追った。

「んっ?ボーズは、どうしたんだ?」

 走り出したニット君を目で追いかけながらマックスさんが呟いていた。

「さぁ~ねぇ~」

 セレスさんもその場にたたずんだまま、彼に視線を向けていた。

「ニット君、どうしたの?」

 不意に立ち止まったニット君のそばへと駆け寄った私は声を掛けた。

「アテナ様、見て見て。でっかい卵があるよ」

 赤く咲き誇るお花に囲まれて、真っ白い大きな卵が一つ、その場に転がっていた。

 にわとりとかの卵と比べると、数倍も大きい。

 少し小ぶりなスイカくらいの大きさかしら。

「ほんとね。大きな卵ね」

 なぜこんなお花畑のど真ん中に、こんな大きな卵があるのか不思議だった。

「んにゃ?あったかい」

 ニット君は卵の殻に手を触れていた。

 生み立ての卵なのかしら?

「ほぇ?なんか動いたよ」

 ビクッと身体を振るわせて、驚いたようにニット君は触れていた卵から手を離していた。

「卵が動いたの?」

 おっかなびっくり、私も卵に触れてみた。

 ドクドクと何かが脈打っているような、命の鼓動が微かに感じ取れた。

 もうじき孵化ふかする直前の卵のような気がする。

「何かあったのかい?」

 セレスさんとマックスさんも私たちのそばへとやって来た。

「孵化しそうな卵をニット君が見つけたんです」

「孵化しそう?」

 セレスさんは、真っ白い卵にそっと手を触れていた。

「確かに……もう少し温めれば孵化するかもしれないねぇ~」

「鳥の卵にしては、でかいな?何の卵なんだ?」

 不審げな瞳でマックスさんは卵を見下ろしていた。

「さぁ~……何の卵なんて聞かれたってわかるわけないだろう?この卵の持ち主でもいれば、わかるだろうけれどねぇ~」

 セレスさんの言う通り、この卵の持ち主と思われる親……動物なのかしら?は、姿がない。

 もうじき孵化しそうなのに、こんなところに卵を放置していなくなるなんて、ちょっと考えにくい。

 でも、この周辺にそれらしい動物の姿はなかった。

「この卵、僕が温めたら生まれてくるかな?」

 ニット君は、卵に手を触れながら興味津々の様子だった。

「どうだろうねぇ~……うまくいけば、孵化するだろうけれど……あたい達、人間がこの卵を温めて孵化するかはわからないねぇ~」

「お前でも、わからないのか?」

「当り前だろう?あたいは卵博士じゃないんだからねぇ~」

「魔物の卵ってことは……ありませんか?」

 見た目は普通の卵だけれど、こんなお花が咲いている中にぽつんと置かれている不審な卵だ。

 魔物が産み落としたものではないだろうか?と、私の脳裏をそんな考えがよぎった。

「何とも言えないねぇ~。ただ、魔物が卵から生まれたって話は聞いたことがないねぇ~」

「じゃあ、魔物ってどうやって生まれてきているんだ?親が生むのか?」

 私も疑問に思ったことをマックスさんが聞いていた。

「魔物がどうやって、この世に生まれてきているかは明確にはわかっていないねぇ~。ただ、数百年前に海に沈んだ大陸……魔法大国マジックワンドで生み出された魔人……デスゲイザーって奴が生み出したものだって言われているけれど、確証はないねぇ~」

「魔人デスゲイザーって奴は、確か……『剣と慈愛の女神ブレーディア』と戦って、魔法大国マジックワンドに叩き落とされて、神々が命がけで封印をして、海に沈めたっていうやつのことだろう?」

「そうだよ。その魔人が魔物の大群を引き連れて神と戦った。その時に、魔人が魔物を生み出したらしい」

「おいおい……それって数百年も昔の話しだろう?どんだけ大量の魔物を生み出したんだよ?」

 マックスさんが言う様に、人間を襲う魔物は日々討伐されていっている。

 それは冒険者や騎士などが魔物と戦い、数を減らしていっているはず。

 でも、魔物は今もたくさんいて、私たち人間にとっては脅威な存在でもある。

 数百年も前に生み出された魔物が今も生きているとなると、数百年前って人間よりも魔物が多かったのかしら?と思ってしまう。

「そんなこと聞かれても、あたいはその時に生きていたわけじゃないから知らないよ。でも、魔物がこの世から消えないってことは、どこかで生まれているってことにはなるとあたいは思っているねぇ~。確か……魔物がどこからやってくるのかってことで、有力視されている説が二つあったねぇ~」

 セレスさんは右手の人差し指と中指を立てて強調した。

「一つは、どこかに魔物が暮らす世界があって、そこと繋がるゲートがあるって説だよ」

ゲート?」

 私とマックスさんの声が重なり合った。

「魔物どもは、そのゲートくぐってあたいらのいるこの世界にやって来ているって話だねぇ~。でも、そのゲートがどこにあるのかわからないし、そんなもんは発見すらされていないから、あくまでも仮説にすぎないねぇ~」

 魔物が住む世界なんてものがあるとは考えたくはない。

 たくさんの魔物が一気になだれ込んできたら、私たちは今まで通りの生活なんてしていられなくなってしまいそうだと思った。

「二つ目は、魔人デスゲイザーが魔物を生み出した。ただ、魔物は世界各地にいる。だから、魔人は世界中の至る所に魔物が生まれるような何かを作ったとされる説だねぇ~」

「何かっていうのは、何なんですか?」

 抽象的すぎてイメージできないので突っ込んで聞いてみた。

「これも発見されているわけじゃないから何とも言えないけれど……魔物を製造する場所みたいなものがどこかにあるんじゃないかって話だねぇ~。そこで魔物は作り出されているって考えられているけれど、どうやって作り出されているのかもわかっていないから、何とも言えないねぇ~」

「つまりは、魔物がどうやって生まれてきているかは、明確に分かっていないってことだな?」

「そういうことだねぇ~」

「じゃあ、もしもこの卵から魔物が生まれたとしたら……」

 私は考えたくないことを口に出していた。

「そりゃあ、大発見ってことになるねぇ~。そう思ったら興味が湧いて来たねぇ~」

 セレスさんの目の色が変わった。

 探求心に火がついたみたい。

 気になったことは調べないと気が済まない性格なようで、私の持つ『聖剣エクスカリバー』やニット君の持つ『エアブレード』、風の精霊なんかにすごく興味を抱いていた。

 ここへきて、この卵にも興味が湧いたと見える。

「魔物じゃなくて、可愛い動物さんが良いな~」

 ニット君は、いつの間にか両手で卵を抱えていた。

 自分で温めて孵化をさせる気満々のように見えた。

「そうは言っても、もしも魔物が生まれてきたら、どうするの?」

 私は心配になってしまった。

 何の卵かもわからないものを孵化させるのは、ちょっと怖い。

「嬢ちゃんの言う通りだ。魔物だったら、叩き切るしかないな」

 マックスさんは、背中に背負っていた大剣グレイトソード……『ドラゴンバスター』の柄に手をかけようとしていた。

 ニット君は、卵を割られてしまうんじゃないかと思ったのか、抱えたままマックスさんに背を向けて、私の背後に隠れるように移動していた。

「ちょっと待ちな、マックス。どうせ生まれたって、その程度の大きさの卵だよ。そんなにビビることなんかないだろうねぇ~」

 ニット君とセレスさんは、この卵を孵化させることに賛成のようだけれど、私とマックスさんは反対かな。

 何が生まれてくるのかわからないから、不安になってしまう。

「だがな……もしもってこともあるだろう?危険なようなら……」

「それは、この卵が孵化してから考えようじゃないかい。生まれてきたのが魔物だったら、あたいが迷いなく切り捨てるってことでいいかい?」

 セレスさんは、右手を振り下ろして斬りつける真似をして見せた。

「ったく、しょうがねぇな……なんでも、興味が湧いちまうと、これだからな……」

 セレスさんと長い付き合いのマックスさん。

 こうなってしまったセレスさんは、てこでも言うことをきかないと悟っているようで、やや諦めたような口ぶりだった。

「魔物が生まれてきたとしたら大発見なんだから、興味が湧くに決まっているだろう?」

 セレスさんは何が生まれてくるのか、本当に興味津々な様子だった。

 探求心旺盛なのは良い事だろうけれど、それが危険に身を晒すようなことにならなければいいのだけれど。

 話がまとまったと、思った矢先。

 何かが私たちの頭上を掠めるように飛び去って行った。

「きゃああああああ」

 思わず、私は悲鳴を上げていた。

 その後に襲い来る衝撃ともいえる強烈な烈風。

「何だい?」

 飛び去って行った巨大な何かが巻き起こした風の衝撃に吹き飛ばされないように踏ん張って耐えた。

 急上昇して天高く登って行く。

「鳥?」

 私には、そう見えた。

 でも、普通の鳥じゃない。

 ものすごく大きな鳥のように見えた。

 全身が薄茶色の大きな鳥。

 くちばしが黄色かった。

 でも、鳥にしては何か違和感があった。

「あれは……グリフォン?」

 セレスさんが、天高く上昇していく茶色い鳥を見上げながら声を上げていた。

 上空でぐるりと華麗に旋回し、今度は急降下して来ている。

 だから、その姿が良く見えた。

 頭部と大きく広げた翼は、鷹のような感じに見える。

 でも、下半身は普通の鳥とは違った。

 四本足の生き物と似ている。

 足の先には、鶏のような細長い指が四本あり、鋭い爪があるように見えた。

 尻尾も生えているようだ。

 端的に言えば、四本足の動物……羽毛に全身を覆われた犬などの身体に鷹の頭と翼がついたような姿をしていた。

 奇怪な印象を受けたけれど、よくよく見れば雄々しく気高さを感じた。

「グリフォン?」

 私は尋ね返す。

「ああ、あれは間違いなくグリフォンだねぇ~」

 急降下してこちらへと近づいてきている翼鳥を見上げながら、セレスさんは確信を持ったように声を上げた。

 再び、私たちの頭上を何かが駆け抜けていった。

 グリフォンではない。

 それとはまた違った生物。

 これも大きな生物の様だった。

「きゃあああ……今度は何?」

 頭上を行き去った巨大生物が巻き起こす衝撃波が私たちを襲った。

 吹き飛ばされないように地面に足を踏ん張って耐えた。

「もう一匹、いやがったのか?」

 マックスさんは、通り過ぎて行った何かを見上げた。

 私も視線を上空へと向けた。

「何ですか?あれは?」

 思わず、私は不快な声を上げていた。

「まさか……キマイラ?何でこんなんところにあんなもんがいるんだい?」

 グリフォンの時とは違い、セレスさんは一段と大きな声を上げていた。

「キマイラ?」

 聞いたことない名前だったので、私は聞き返していた。

「あれは、魔法大国マジックワンドで生み出された魔獣ともいえる魔物だねぇ~」

「魔法大国マジックワンドで生み出された魔獣だと?それって人間が作ったってことか?」

 マックスさんが奇妙な聞き方をしていた。

 人間が作った?

 あの化け物を人間が作ったってこと?

 セレスさんがキマイラと呼んだ奇妙な生物は、頭と胴体がライオンのような姿をしていた。

 たてがみがあるので、見た目はライオンで間違いない。

 そのライオンの胴体にはコウモリのような異様な形の翼があった。

 闇のように黒く、薄気味悪い異形いけいの翼だった。

 さらに気味が悪かったのは、尾だ。

 長く伸びた尻尾は、まるで蛇の様だった。

 緑色をした蛇が尻尾としてくっついていた。

 ギョロギョロとした目玉があり、開いた口からは赤い舌がチロチロとうごめいていた。

「そう言われているねぇ~。魔法大国マジックワンドは魔法科学が発達していたらしくてねぇ~。魔物や動物なんかを掛け合わせて、新たな生物を生み出していたって話だよ。そんな中で、魔人デスゲイザーなんて最悪なもんまで作っちまったんだから、とんでもない国だったんだろうねぇ~」

 確か、『魔人デスゲイザー』を生み出したのは、魔法大国マジックワンドの人たちらしい。

 人間が神様になり替わる研究をしていて、偶然にも生まれてしまったのが『魔人デスゲイザー』ということみたい。

 そんなものを作ってしまうような国なんだもの、魔物同士を掛け合わせて新たな魔物を生み出してしまうことなんて造作もないことだったのかもしれない。

 でも、どうせ生み出すのなら、もっと可愛らしいものとかにしてほしかった。

 どう見ても、キマイラの姿はおぞましく、嫌悪感を催す姿をしていた。

 キマイラは翼をはばたかせ、急降下してくるグリフォンに向かって行く。

 二体が交差する。

 キマイラは、そのまま上空へと上昇していく。

 グリフォンは、私たちの頭上をかすめるように飛び退すさった。

「きゃあああああ」

 風圧が私たちを襲った。

「皆、森の中へ逃げるよ」

 セレスさんが叫んだ。

「どうして森へ?」

 訳が分からず私は尋ねていた。

「ここにいたら、あいつらの争いに巻き込まれかねないからねぇ~。走りな」

 セレスさんは叫んで駆け出す。

 街道の方へと戻り、街道に沿って生えそろう森の中へと身を躍らせた。

 マックスさんも続いて行くので、私も後に続いた。

 グリフォンとキマイラは、互いに譲らず、上昇したり急降下したりして争い合っていた。

 あの二体の争いに巻き込まれたら、大怪我は必至ひっしかもしれない。

 街道を横切って、私は森の中へと駆けこんだ。

 先ほどまでいたお花畑の花を散らしながら、二体は激しい空中戦を展開している。

 グリフォンは、一瞬の隙をついて、キマイラの頭上に移動すると、その巨体の体重をかけるかのようにのしかかった。

 キマイラは、そのままお花畑のど真ん中に叩き落とされていた。

 勝ち誇ったようなグリフォンに向かって、緑色の長いものが飛び掛かった。

 キマイラの尻尾の蛇だ。

 意思を持ち、生きているみたいだった。

 噛みつこうとしている。

 寸でのところで、グリフォンはその巨体からは想像もできないくらいに身軽な動きで急上昇して回避していた。

「もっと森の奥まで行くよ。ついて来な」

 セレスさんは、街道そばの森の中に身を潜めただけでは危険と判断したためか、森の奥へと入っていく。

 確かに、ここも安全とは言えない。

 二体の巨大な魔物が暴れ回っている状況を悠長に眺めている場合ではない。

 自分たちの身の安全を確保するのが優先だ。

 私はセレスさんに続いて森の奥へと向かった。



 キマイラとグリフォンの争い合う音が、はるか遠くに聞こえる。

 未だに争い合っているようだ。

 かなり距離を取ったので、この辺りなら巻き込まれる心配もなく大丈夫だと思いたい。

「はぁ~……びっくりした……」

 私は、大きく溜め息を吐いた。

 その時になって、ふと思った。

 私はグリフォンとキマイラの争いが気になってしまい、ニット君のことをすっかり忘れていたことに気づいた。

「ニット君」

 私は声を上げて周囲を見渡した。

「なぁに?アテナ様?」

 私の背後で可愛らしい声がした。

 見れば、ニット君がそこにはいた。

 ちゃんと付いて来ていたようだった。

 私は、今度こそ安堵の溜め息を吐いた。

「良かった……付いて来てくれて……」

 私はニット君を抱きしめようとした。

 その時になって気づいた。

「あれ?ニット君……卵、持ってきたの?」

 ニット君は、大事そうに卵を抱えていた。

「うん。持ってきたよ」

 さも当たり前のようにニット君は頷いていた。

 あの状況では投げ捨てても良かっただろうに、それをせずに彼はここまで卵を運んできたようだった。

「なあ、セレス。この卵……」

 マックスさんは、ニット君が大事そうに抱えている卵を指さした。

「キマイラの卵じゃないよな?」

 怖いことを口に出していた。

「キマイラの卵?」

 私は驚きの声を漏らした。

 ライオンの頭部と胴体、背中にコウモリのような翼、尻尾が蛇の化け物がキマイラだ。

 そんなものが生まれては欲しくない。

「何でそう思うんだい?」

 不思議そうな顔をしながらセレスさんはマックスさんを見ていた。

「だってよ。まるでグリフォンから卵を守るかのように戦っているように俺には見えたんだがな」

 私にもそんな風に見えた。

「でも、この卵を取り合っているような感じにも見えましたよね?」

 偶然、見つけた卵を取り合って争いだしたような印象も受けた。

 どっちだろうか?

「グリフォンが卵を襲うとは思えないんだけれどねぇ~」

 何か思うところがあるのか、セレスさんは否定した。

「グリフォンは、幻獣の一種とも言われている生き物だからねぇ~。腹が減ったから卵を狙うようなそんな下等な生物じゃないとあたいは思いたいねぇ~」

 高度な知生体とでも言わんばかりのセレスさんの口ぶりだった。

「幻獣ってなんだ?」

「幻獣ってのは、魔物とは違う生き物だっていう区別をつけたいがための名称だねぇ~。こういうもんが幻獣だっていう確固たる定義はないねぇ~」

「つまり、グリフォンって生き物は、魔物ではないということなんですね?」

 私は尋ね返す。

「魔物と言われれば見た目はそうかもしれないけれど、魔物のように見境なく人間を襲うような存在じゃあない。とある国じゃあ、グリフォンとともに生活をしているらしい」

「それって、龍王国ドラゴンキングダムのドラゴンのようにってことか?」

「そういうことを聞いたことがあるってだけで、実際に見たことがあるわけじゃないから、本当か嘘かはわからないねぇ~」

 あんなに大きなグリフォンと一緒に人間が生活をしているの?

 何だか、想像がつかなかった。

「あの……キマイラの方は……?」

「あれは間違いなく、魔物だねぇ~。見た目がおぞましすぎる」

 セレスさんは、気持ち悪そうに身震いをして見せた。

「昔の人間……魔法大国マジックワンドの奴らは何を考えてあんなもんを作ったんだろうな?」

 確かに、何のために作ったのかしら?

 愛玩動物ってわけではなさそうね。

 それだったら、もっと可愛らしいものを作っているはずだもの。

「自分たちの魔法技術を見せつけたかったのか、それとも戦争でもするための兵士の代わりとして作ったのかはわからないけれど、センスのいいもんじゃないことだけは確かだねぇ~」

 すごい技術を持っているんだと見せつけたいのならば、あんなものを作るのではなくもっと役に立つようなものを作った方がいいのでは、と私は思う。

 戦争をするための兵士の代わりに身体をいじくられて、あんなにも醜い姿にされてしまったと思うと可哀想な気もしてきた。

「ああ、そうだな。明らかに可愛くね~な。不気味すぎて、センスのあるやつが作り出すもんじゃないな」

「でも、あのキマイラって魔物は今でも生きているってことは……」

「数百年も生きているってことか?」

 私が聞きたかったことをマックスさんが先に言っていた。

「さぁ~ねぇ~……生き延びていたかもしれないし、新たに生まれてきたのかも……」

 セレスさんがそう言って、ニット君が抱えている卵を指さした。

 私とマックスさんの視線が、卵へと向いた。

 その時。

 卵の殻にひびが入った。

「えっ?」

 皆がそろって声を上げ、驚きの表情をしていた。

 まさか、生まれてくるの?

 今、ここで?

 こんなにも早く殻を破って出てくるとは思いもしなかった。

 心の準備ができていない。

 マックスさんは背負っていた『ドラゴンバスター』の柄に手をかけていた。

 キマイラか、もしくはそれに準ずる魔物が生まれてきた場合に切り倒すためだ。

 私もとりあえず、腰に帯びていた『聖剣エクスカリバー』の金色の柄に手を添えていた。

 ニット君を襲うようなことがあれば、私が手を下すつもりだった。

 セレスさんは、何が生まれてくるのだろうといった好奇心旺盛な表情をしていて、目がらんらんと輝いていた。

 卵を抱えているニット君は、どうしたらいいんだろうといった様子で、落ち着きなくあわあわしていた。

 内側から殻を破り、新たに生まれ出る生命。

「ええっ?これって……」

 黄色いくちばしのようなものが見え、茶色い羽毛が殻を押し破って出てきた。

 頭部が鷹。

 胴体は四本足を持ち、これまた茶色い体毛が覆っている。

 チョロリと垂れる犬のような尻尾が可愛らしい。

 足先は、鶏の足先のようになっていた。

 卵から出てくると、地面の上に転がった。

 窮屈なところからやっと出られたといったような様子で、背中の翼を広げていた。

 鷹のような立派な翼をしている。

「グリフォンかい……」

 セレスさんは、ちょっとがっかりしたような声のトーンで言葉を漏らした。

 キマイラなどの魔物が生まれてくれば、大発見だと言っていたので、それを期待していたけれど、期待は裏切られたようだ。

「ん~と、どうするべきだ?」

 マックスさんは、セレスさんの方を見た。

「どうって……」

 セレスさんが返答するよりも早く、ニット君が動いていた。

「ほぇ~、可愛い」

 瞳をキラキラさせながら、グリフォンの雛を見詰め、おもむろに抱き上げていた。

「クピィ~」

 グリフォンは、ニット君の顔をまじまじと見つめながら翼を広げて鳴いた。

 ニット君は、生まれたばかりのグリフォンの可愛らしさに思わず、抱きしめて頬ずりしていた。

「危険はない……っで、いいんですよね?」

 確認するようにセレスさんに尋ねた。

「危険がないという保証はできないねぇ~。でも、あれを見たら、危険だとは思えないねぇ~」

 ニット君は、グリフォンの雛を抱きしめて離さない。

 確かに小さくて可愛い。

 ぬいぐるみのように見えてしまう。

「見て見て、アテナ様。凄く可愛いよ」

 ニット君は、私に見せるように雛を頭上に抱え上げていた。

「クピピ~」

 雛は可愛らしい声を上げて鳴いていた。

「かっ……可愛い……」

 恐ろしさは感じなかった。

 ひよこと同じような可愛さがあった。

 でも、ひよこの倍……いえ、それ以上に大きい。

 ちょっとした子犬くらいの大きさはあるかもしれない。

「鳥さんが生まれたよ」

 ニット君は嬉しそうに何度も抱きしめていた。

「鳥さんかもしれないけれど……」

「グリフォンだねぇ~」

「グリフォン?あれ?さっきの大きい鳥さんもグリフォンって言っていなかった?」

 ニット君は、キマイラと激闘を繰り広げていた巨大な鳥の姿をしたグリフォンを思い起こしていたようだった。

「多分、そいつがさっきのでかい鳥になるんだろうな……」

「へ~……大きくなったら、あんな風にかっこよくなるんだね」

 ニット君は瞳を輝かせながらグリフォンの雛を見詰めた。

「キマイラじゃなかったのは残念だけれど、これはこれで興味がそそられるねぇ~」

 セレスさんは、生まれたばかりのグリフォンの雛に興味が湧いたようだった。

「また、悪い癖が出たな……」

 呆れたような声をマックスさんは漏らした。

「ボーヤ、そいつの世話をしっかりと出来るかい?」

 ニット君が胸元に抱えるグリフォンの雛を指さしながら、セレスさんは尋ねていた。

「うん、僕、この子のお世話するよ」

 ニット君は二つ返事で答えていた。

「待ってください。さっきのグリフォンの親に帰さなくていいんですか?」

 親がいるのだから帰すべきだろうと私は思った。

「キマイラと交戦中のグリフォンの元へなんか行ってみな。卵を盗んだと勘違いされて今度はあたいらがグリフォンに襲われる羽目になっちまうよ。もう、こうなったらあたいらが面倒見るしかないじゃないかい」

 セレスさんはそう言いながらも、興味津々に雛を見詰めていた。

 確かに、争い合っているところに出て行ったら、私たちは襲われてしまうかもしれないけれど、このまま雛を連れて行って良いとは思えなかった。

 親の元へと帰してあげるべきだとも思う。

「とりあえず、この雛はあたいらが預かっておこうじゃないかい。グリフォンがキマイラに勝って、引き取りに来たら帰すっていうのでどうだい?」

 何だか、セレスさんが自分本位な条件を提示してきた。

 おそらく帰す気はないんだと思う。

 グリフォンの雛に、セレスさんは興味津々だったから。

 多分、何を言っても無駄だと思う。

 マックスさんもそれが分かっているからか、何も口を挟まなかった。

 とりあえず、様子を見て、状況次第では帰すってことでいいのかな?

 子供を取られたと勘違いして、グリフォンの親に襲われるのだけは嫌だなという思いが湧いて来たけれど、嬉しそうにしているニット君の姿を見ていたら、取り上げて帰しに行こうという気にはなれなかった。

 親のグリフォンに襲われたら怖いっていう思いもあったからだと思う。


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