第65話 それぞれの報酬
私たちが、城塞都市ヴァルハライズに辿り着いたのは、完全に夜も更けた頃合いだった。
城塞都市の門は固く閉ざされていたけれど、冒険者であることを示すと中に入れてもらえた。
冒険者ギルドの職員であるパラライザさんがいてくれたことが信頼される要因となった。
夜遅くに街にやってくる人は、そうそういない。
盗賊などが冒険者に扮して街の中に入り込むこともあるようで、夜は特に警戒が厳しいらしい。
夜も遅いので、パラライザさんからは明日、ギルドに顔を出すように言われた。
私もお腹が空いたし、早くゆっくり休みたい気分だったので、了承した。
宿屋に戻り、すぐさま夕飯を取った。
ニット君は、よほど疲れたのか、食事をしながら舟を漕いでいた。
そんな状態でも、ちゃんと口に入れたお肉はモグモグと租借していた。
お肉を刺したフォークが顔に刺さったりしないか冷や冷やする場面もあったので、私の膝の上に座らせて食べさせてあげた。
その後、お風呂に入って、早々に眠りについた。
単眼の巨人や巨漢といった大型で凶悪な魔物と今日は遭遇した。
怖い思いをした一日だった。
でも、こうして無事に街へと戻ってこれた。
運が良かっただけかもしれない。
次にも同じような魔物に遭遇した場合、生き抜けるのだろうか?
そんなことを考えてしまい、怖くなってしまった。
今日の私は、一体何ができたのだろう?
高級キノコを採取して、パラライザさんに納品しただけだ。
単眼の巨人を討伐したのは、セレスさんとマックスさんだ。
ニット君は『エアブレード』でセレスさんを守るというナイスプレーをして見せた。
また、巨漢との戦いでも、ニット君が呼び出した風の精霊の女王さんが私たちの代わりに戦って退治してくれた。
「ニット君は、私なんかよりも凄いね……」
同じベッドに横になりながら、寝息を立てているニット君の頬を優しく撫でた。
私は、なんて無力なんだろう。
何もできていない。
情けないと思ってしまう。
「私も強くならなきゃ……」
自分に言い聞かせるように小声で呟いた。
緊張や恐怖から解放された安堵のためか、一気に眠気に襲われた。
私は目を閉じた。
強くならなければ生き残っていけない。
今のままではいけない。
自分自身に暗示をかけるかのように、私は心の中で繰り返していた。
『強くならなければ……』と。
次の日の朝がやって来た。
皆、前日の疲れが出たのか、起床はやや遅めだった。
別に急いで起きる必要もない。
だから、ゆっくりと寝ていた。
「おはよう……アテナ様……ふあ~ぁ……」
寝ぼけ眼を擦りながら、大きな欠伸をしてニット君は目を覚ました。
「おはよう、ニット君」
挨拶を交わして、ベッドから上体を起こした。
よく眠れたので、疲れは残っていない。
体調は、頗る良いようだ。
セレスさんとマックスさんも目を覚ましたので、一緒に朝食を食べに一階の食堂へと降りて行った。
遅めの朝食になったので、食堂はそんなにも込み合っていなかった。
ゆっくりと食事をした後で、冒険者ギルドへと向かうことになった。
昨日、依頼をこなしたので、その報酬を受け取りに行かなければならない。
私の懐事情は結構寂しい状態なので、少しは余裕があるようにはしたい。
セレスさんとマックスさんに頼るという方法もあるけれど、頼ってしまうとそれが当たり前になってしまいそうだった。
何とか自分の力でやりくりして行けるようにならなければ、この先も生きていくのは大変だと思う。
頼るのが悪いとは思っていないけれど、頼りっぱなしになってしまうのが怖い。
自分で出来ることは自分の力でやっていかなければと私は思っている。
そんなカッコいいことを思ってはいても、現実はそううまくはいかないものだったりする。
情けなくなって、落ち込んだりもするけれど、やるべき時はしっかりとやらなければと自分を奮い起こした。
私たちは、泊まっていた宿屋の近くにある冒険者ギルドへと足を運んだ。
相変わらず、リクエストボードの前には冒険者たちが人だかりを作り、我先にと良さそうな依頼をめぐって争い合っていた。
その横を素通りし、カウンター前へと移動した。
「みなさん、こちらです」
カウンターに近づくと、手を振りながら声を掛けてくる受付嬢がいた。
「パラライザさん」
黒い髪に赤いフレームの眼鏡が印象的な女性。
昨日は、彼女が同行者として私たちの仕事に付いて来てくれた。
「おはようございます。報奨金の方はすでに用意できていますので、冒険者登録証明書の提示をお願いします」
私たちは、それぞれが持つ冒険者登録証明書をカウンターの上に置いた。
「え~と、まずはセレスさんとマックスさんの方からです」
二人の冒険者登録証明書に依頼の達成状況などを書き込んでいるようだ。
「単眼の巨人を二体討伐っと……」
書き込みが終わると、カウンターの上にセレスさんとマックスさんの冒険者登録証明書が置かれた。
「こちらが討伐にかかわる報奨金になります」
ドンと重量感ある音を立てて、カウンターの上にやや大きめの麻袋が置かれた。
報奨金の入った麻袋はパンパンに膨れていた。
「こちらが、単眼の巨人二体の引き取り金です」
もう一つは小さめの麻袋に少しだけお金が入っているようだった。
単眼の巨人の損傷が少なければ、遺体を引き取り、報奨金に色を付けるという話しをしていたので、その分だろう。
「まあ、こんなもんかねぇ~」
お金の入った麻袋を手にし、セレスさんは満足げに呟いた。
「そうだな」
マックスさんも頷いている。
「そして、こちらがアテナさんとニットさんの報奨金になります」
一つはそこそこ大きめの麻袋がパンパンになるほどお金が入っている。
あと二つは小さめの袋だったけれど、一つはほんの少しだけ入っている程度のようだ。
もう一つは、それよりも多めだけれど、袋に半分あるかないかくらいだった。
「こちらが高級キノコの納品の報奨金です」
大きめの麻袋に入っていたのが、高級キノコの報奨金みたい。
思ったよりも多くもらえた。
「こちらの少ないものは、追加で依頼した小鬼の討伐と森の中の安全確保の報奨金です」
一番少ない麻袋がそうだとパラライザさんは指をさしていた。
では、残る一つは何の報奨金だろう?
思い当たるものがなかった。
私とニット君が受けた依頼は、高級キノコの採取・納品と追加の依頼である小鬼の掃討と森の中の安全確保だ。
これに関しては、すでに報奨金を受け取った。
それ以外に何か依頼ってあったかしら?
私には思い当たるものがなかった。
「こちらは、巨漢の討伐報酬です」
小さめの袋に半分ほどお金が入っているものは、風の精霊の女王さんが退治してくれた巨漢のものだという。
あれもイレギュラーの対応扱いされたとはびっくりだった。
「本当は、変異体の巨漢の遺体の損傷が少なければ、あれも標本とするために高額で買取したんですけれど……遺体の胸元に大きな風穴は開いていたし、ズタボロの状態だったので討伐のみの報奨金となっています」
マックスさんの『ドラゴンバスター』で傷をつけることができず、セレスさんの魔法でも効果が薄く退治するのに難航した巨漢。
でもニット君がとっさに呼び出した風の精霊の女王さん達、風の精霊の力がなければ私たちはどうなっていたかはわからない。
最悪、命を落としていたかもしれない。
そう考えるともらえるだけでもありがたい気になる。
冒険者登録証明書を返却してもらい、受け取る。
報奨金も私が一時受け取った。
ニット君の華々しい活躍がなければ、こんなにも報奨金を受け取ることはなかっただろう。
あとで分けて持たせてあげるようにしなければならない。
「アテナ様にも、これって書いてあるの?」
ニット君は、自分の冒険者登録証明書を私に見せるように広げた。
「これって、どれのこと?」
「ここだよ」
ニット君が小さな指で差し示す。
魔物の討伐記録のところに、巨漢一体の討伐の文字が書き込まれていた。
私は自分の冒険者登録証明書を開いて確認してみる。
私の証明書の魔物の討伐記録には、何も書かれてはいない。
「私の方には書かれていないわよ」
証明書をニット君に見せる。
「あぅ?何で僕の方には書いてあるんだろう?」
ニット君は首を傾げていた。
「昨夜のことを覚えていないんですか?君が巨漢を風の精霊で倒したんですよ。だから、書き込んでいます」
まあ、それは事実だから、書き込まれていても不思議ではない。
「僕だけなの?」
「ええ、討伐したことは、私がこの目でしっかりと確認していますから……まあ、風の精霊の姿は見えませんでしたけれど……」
パラライザさんは大きな瞳をしばたたかせながら、ニット君に視線を向けていた。
「アテナ様と一緒じゃないのか……」
ニット君は残念そうに大きな溜め息を吐いていた。
「良いじゃないかい。ボーヤが呼び出した風の精霊がいなけりゃ、あの巨漢を倒せなかったんだからねぇ~」
確かにその通りだった。
風の精霊さんたちの力だったけれど、それを呼び出したのはニット君でもある。
彼の手柄となっても、私は特に文句はない。
セレスさんもマックスさんもそのことには、異論はないみたい。
「うっ……うん……」
ニット君は頷くしかなかった。
「そう言えば、単眼の巨人の運搬の方はどうなったんだ?」
マックスさんは気になったようで尋ねていた。
「先ほど一体目が運び込まれてきましたので、処置を施すために奥の部屋にありますよ。見ていきますか?」
単眼の巨人の死体に興味はないので、私は見るつもりはない。
「いや、遠慮しておく。運ぶことができたのか気になっただけだからな」
「もう一体の方も今日の夕方前には運び込まれる予定になっているようです。二体とも状態はそれなりに良いのでお二人には感謝です。良い標本になってくれると思います。欲を言わせてもらえれば、突然変異体の巨漢も欲しかったんですけれど……あんなひどい状態だとちょっと……」
残念そうな表情をパラライザさんはしていた。
「それじゃあ、この後はどうしようかねぇ~?」
報奨金も貰ったし、後はこの街を出て行くだけだけれど、準備が必要だと思う。
保存できる食料を補充しておきたいし、もうすぐお昼の時間にもなる。
これからこの街を出て次の街へと向かったところで、夜までに辿り着けるとは思えない。
「あの~……食料の買い足しなどをしたいんですけれど……」
私は意見を述べる。
「そうかい。じゃあ、この後は、それぞれ明日出発するための準備をしようじゃないかい」
「出発は、明日の朝ってことだな?」
「ああ、そうだよ」
セレスさんは頷いた。
「この街から近い村や街ってなると、どれくらいかかりそうだい?」
パラライザさんに向かって、セレスさんは尋ねていた。
「北門から街道を通って北西に向かえば、一日程度の距離の場所に村がありますけれど、その先へ進むとなると川を越えたりして四~五日かかってそこそこ大きな街がありますね。南の街道を行くルートだと、昨日の森の方へ進んでいき二日ほどで街に着けるはずです。そのあとも二日程度歩く距離で街が続いているといった感じです」
ザックリとした説明を聞いた限りだと、南へと進むのがよさそうな気がする。
この辺りは巨人や巨漢などの魔物が多いと言っていたので、野宿をするのは危険すぎると思う。
昨夜の剣で斬ったり魔法攻撃が効きにくいような突然変異の魔物と遭遇してしまったら、大変な目に遭いそう。
なので、出来るだけ野宿をせずに街へと辿り着けるルートを選択したいと思った。
「南に進むのがよさそうだねぇ~」
セレスさんは、私と同じ意見のようだ。
「嬢ちゃんは、それでいいのか?」
同意を求められ、「はい」と私は二つ返事で答えた。
「特にどこへ向かうといった目標はありませんので……」
自分でそう言っておきながら、自分の旅の終着点を見いだせていないところは問題かな?と感じた。
でも、私が旅をする目的は、大切なお友達をたくさん作りたいということだった。
全くと言っていいほど、その目的は果たされていない。
それを口実に旅をしているだけかもしれない。
どこかの街に定住することはしたくない。
けれど、友達は欲しい。
そのための行動って何もできていない気がする。
私は、そんな自分自身に嫌気がさし、大きな溜め息を吐いていた。
「じゃあ、それぞれ自由行動にしようじゃないかい」
「それが良さそうだな」
セレスさんとマックスさんは、歩き出してギルドの出入り口へと向かって歩き出す。
「お金も手に入ったことだし、食料とかの買い出しをしましょう」
私はニット君に向かって手を差し出す。
「うん。お手伝いすることがあれば、僕も手伝うよ」
「ありがとう。その時は、よろしくね」
私は、片目を瞑ってウインクをして見せた。




